第七話 素延べ
瀬戸内海の交易を通じて、当時の岡山には対岸の讃岐からさまざまな文化や食も流れ込んでいた。なかでも「讃岐のうどん」は、強いコシと独自の味わいを持つ評判の味として、城下の人々の胃袋を掴んでいた。
三人は暖簾をくぐり、温かいうどんを注文した。
湯気の中に差し出された丼からは、いりこをふんだんに使った力強い出汁の香りが立ち上る。先ほどまでのピリついた緊張感がわずかに緩み、麺をすする音が静かな店内に響き渡った。温かく出汁の効いたうどんは滑らかな舌触りでありながらも、噛み締めるほどにしっかりとしたコシがあり、腹を空かせた男たちの箸を止まらせない美味さだった。
夢中でうどんをかき込む丸に、陣十郎が箸を止め、苦笑しながら声を飛ばす。
「丸よ、美味いうどんはついつい箸で束を掴み、口へかき込みたくなるが、それでは作法としてよろしく無い。讃岐うどんは麺一本を箸で持ち上げ、啜ると大体ちょうど一口分となる。そうすると口から麺がブツ切れることなく、食べる姿がより美しくなり、麺一本の味わいも増すのだ」
丸は「そうか」とだけ答え、教えられた通りに素直に箸の使い所を変えて聞き従った。
その向かいで、重蔵も汁を飲みながら、ふうと息をついて得意げに蘊蓄を垂れ始めた。
「手延の自家製うどんは店により麺の太さやコシが違う。手打ち・手切りならではの不揃いもあれば、噛むほどに広がる小麦の味わいも店ごとに違う。それを楽しむのも讃岐うどんの醍醐味だな。……にしても、ここのうどんは出汁がやたらと美味いな」
重蔵は幾度も水とうどんの出汁を交互に飲み、余韻を味わい尽くし、火照った顔を扇子で扇ぎ始めた。
腹に温かいものが収まり、落ち着いてきたところで、一堂は自然と昨日の件――本題へと意識を切り替えた。
ガマの親分の言い分が本当でただの偶然であるのかか、あるいは完全に嘘で我々を陥れるための策略だったのか。今の段階では、どちらとも決め手を欠いていた。あちらの物腰は確かに紳士的で、こちらの早合点である可能性も完全には捨てきれない。しかし、場数を踏んだ商人の眼から見れば、狡猾な者ほど紳士的な仮面の下でしっかりと私腹を肥やし、裏で毒を盛るものである。奴を完全に信用するのは素直がすぎる愚か者というものだ。
(では、ガマが言っていた例の場所には、一体何があるというのか)
もしさらなる罠なのだとしたら? こちらを嵌めるための仕掛けなのだとしたら?
だが、ここで尻尾を巻いて引き下がるのも、気に食わん。ここまで舐められたまま引き下がるわけにはいくまい。
陣十郎が鼻息を鳴らし男気を見せて声高に言った
「たとえ罠であるとしても、あえてその誘いに乗って見るのはいかがでしょう。今度刺客が現れたらその時はふん縛ってやる!」
丸も続けて淡々と同調した。
「ああ。そうすれば今度は、逃れようのない決定的な証拠を掴み取れる。」
重蔵も勢いづけられ、扇子をパチンと閉じ、声を上げた。
「それもそうだな。怪しさは拭えぬが、敢えて乗ってやろう。今度こそあの狡猾なガマガエルに一切の言い訳を与えず白状させてやる」
三人は腹を決め、件の場所で出向くことにした。
──夕刻。
重蔵、陣十郎、そして丸の三人が、草鞋の音を忍ばせながらその薄汚い小屋の引き戸に歩み寄る。戸の隙間からは、うらぶれた行灯の頼りない明かりが漏れていた。
重蔵が「ここだな……」と低く呟いた。今度は不覚をとるまい。意を決してガラリと戸を開けた。
行灯の光が揺れて屋内を静かに明るく照らしている。室内は外から見るより小綺麗で整然としていた。物が少なく、生活感は無い。
「あら、お客さん、もう来たのかい。話は聞いてるよ」
出迎えたのは、狐目の女だった。切れ長の三白眼で、肌は白く体の線は細い。ねっとりとした愛想笑いを浮かべている。
意外な出迎えに重蔵は虚を突かれたが、威厳を保つようにゴホンと咳払いをした。
表向きは街外れにある寂れた小屋、楽しんでこいとガマは言うた。蓄財と道楽にまみれた商人の勘から、ガマも中々話が分かる男ではないかと、この後の接待に期待をした。
隣に立つ陣十郎も、やれやれといった顔をしながらも、どこか男としての下世話な興味を隠そうとはしなかった。丸だけはいつものように冷たい目で佇んでいた。
狐目の女はにんまりと妖艶な愛想笑いを浮かべ「支度をします故、少々お待ちくださいな」と言い三人を奥へと案内した。




