第三話 土置き
取引の場は、岡山城下から険しい山を一つ越えた先にある静かな宿場町だった。
相手方が厳重な桐箱を開けると、中から現れたのは一つの茶器――備前焼であった。通常の備前焼といえば、良質な土と松割木の灰が織りなす素朴で煤けた赤茶色が身上だが、箱に収められたその一品は異様だった。炎の加減か、あるいは備前の土に微量に含まれる成分の偶然か。窯の中の極限状態が生み出したその茶碗は、見る角度によって燃え上がるような真紅や、黄金色を帯びた妖艶な光を放っていた。同じ土、同じ窯でありながら、万に一つ、いや十万に一つの確率でしか生まれないという奇跡の産物。金に糸目をつけない数寄者たち垂涎の、極めて希少で価値の高い名品である。
取引は滞りなく成立し、莫大な額の小判と引き換えに無事に黄金色に光る備前焼は客の手に渡った。重蔵は小判を後生大事に懐に収め、口元からは笑みがこぼれるのを堪えられずにいた。
行きは陽の高い時刻だったが、帰りの山道に差し掛かる頃には、西の空が赤黒く沈み始めていた。いわゆる「逢魔が時」である。木立の影が不気味に長く伸び、山を吹き抜ける風が昼間とは違う冷たい湿気を帯びてくる。
前を歩く雇い主の番頭は、懐を抱え込むようにして足早に山道を急いでいる。その後ろを、先輩用心棒である陣十郎が周囲に目を光らせながら歩いていた。最後尾につく丸もまた、黙々と草鞋の音を響かせている。
だが、丸の研ぎ澄まされた感覚は、「何か」を微かに嗅ぎ取っていた。
丸は表情を一切変えず、腰に差した長船の鯉口へ静かに親指を滑らせた。猪の類かもしれんが、暗がりに何者かが潜んでいる感じがする。
びゅう、と冷たい山風が木々を大きく揺らした瞬間だった。
「お命頂戴!」
薄闇の前方から突如として、刃を構えた野盗たちが襲いかかってきた。
重蔵は無様な悲鳴を上げて、懐の小判を抱える形のまま、その場に尻餅をついた。
「ええい、野盗めが!」
先輩用心棒の陣十郎はすかさず剣を抜き放ち、正面から躍り出た野盗の凶刃に応戦する。野盗が上段から勢いよく振り下ろした袈裟斬りを、陣十郎は刀で受け止めた。ギギギッと鋼同士が嫌な音を立て、両者は力のこもった鍔迫り合いの形でもつれ込む。
しかし、陣十郎が次の手を打つより早く、ひとつの影が風のように横合いから滑り込んだ。丸である。
道場剣術が重んじる「一対一の立ち合い」など、丸の頭には毛頭ない。敵の動きが止まっている鍔迫り合いの最中など、実戦においてはただの格好の隙でしかない。丸は一切の躊躇なく刀を抜き放ち、陣十郎と押し合っていた野盗の無防備な胴を、無造作かつ凄惨に叩き斬った。
「あ……」
野盗は短い声をもらし、おびただしい血を吹き出して崩れ落ちる。返り血を浴びた陣十郎が、丸のあまりにも容赦のない、そして実戦的すぎる横槍にギョッと目を見開いた。
だが、息をつく暇もない。
「死ねぇ!」
間髪入れず、今度は横の茂みから別の野盗が飛び出してきた。狙うは尻餅をついて震える重蔵だ。
「ひぃっ、助け……!」
重蔵の悲鳴が山道に響く。野盗の刃が重蔵の首筋に届きかけたその刹那、丸は獣のような低い姿勢から早業のごとく地を蹴った。
一閃。暮れなずむ山道に、広大な刃紋を持つ特異な刀身が、一筋の妖しい銀となって空を裂く。
重蔵に襲いかかった野盗は、己の身に何が起きたのかも理解できないまま、深く両断されていた。ドサリと重い音を立てて肉塊が地面に転がり、重蔵の顔のすぐ横に温かい血しぶきが飛び散る。
丸は血に濡れた刀身を下げたまま、地面に倒れ伏した野盗を一瞥した。その目は、人を斬った恐怖や高揚感など微塵もなく、ただ冷徹に澄み切っていた。




