第二話 金着せ
戦が減って街には失業した武士が溢れる一方、経済力をつけた豪商や高利貸しは「金はあるが自分たちの身を守る武力がない」という状態であった。そこで、財産や命を守るために剣の腕が立つ浪人を金で雇う文化が定着しつつあった。
岡山城下の表通りに豪を構える「大黒屋」の主、重蔵は、間違いなくこの町で最も忌み嫌われている商人であった。
品不足の噂を耳にすれば、他人がどれほど困窮しようがお構いなしにいち早く買い占めへ走る。そして町民が本当にそれを必要として泣きついてきた頃合いを見計らい、法外な高値で売り捌くのだ。
重蔵の辞書に「情け」の文字はない。それどころか、血の涙を流して銭を差し出す客に対し、
「阿呆め。あろうことか、私が居なければお前らはこの品を手にすることすらできなかったんだ
ぞ。むしろ地に頭を擦りつけて感謝しろ」
と傲慢に言い放つのが彼のやり方だった。
己の利益のためなら一切の躊躇を持たないその悪辣な商法は、当然のごとく無数の恨みを買っていた。重蔵の命を狙う者は絶えず、常に腕の立つ用心棒を雇い入れる必要があった。しかしつい数日前、恨みを持った暴漢たちの襲撃を受けた際、頼みの綱であった用心棒が負傷してしまったばかりだった。
「ええい、どいつもこいつも口先ばかりで、いざという時に役に立たん!」
奥座敷で苛立ちに身を任せ、次の用心棒をどうにか手配せねばと焦りを募らせていた重蔵の前に、一人の若い浪人がふらりと現れた。
着流し姿のその男を一瞥した瞬間、商人の鋭い嗅覚が「異質さ」を嗅ぎ取った。重蔵の目は、男の腰に差された一振りの刀に釘付けになる。通常の刀とは明らかに違う。鞘越しにすら伝わってくる重圧感と、どこか禍々しいまでの気迫。そして何より、男の瞳に宿る、強さへの執着が、只者ではないことを雄弁に物語っていた。
丸は短く告げた。
「腕の立つ用心棒を探していると聞いた」
「……貴様、名はなんという」
「丸だ。備前長船より参った」
頼りの警護がおらず、このままでは命の危機に晒されていたであろう悪徳商人にとって、目の前に現れたこの実戦主義の塊のような若者は、まさに渡りに船であった。
重蔵は煙管を灰吹にカンと叩きつけると、分厚い唇を歪めて笑みを浮かべた。
「よろしい。ちょうどこの後、郊外で大きな取引が控えておる。そのまま護衛につけ」
パン、と重蔵が柏手を打つと、背後の襖が開き、一人の大柄な男がぬっと姿を現した。顔に生々しい刀傷を這わせた、いかにも修羅場をくぐり抜けてきた古株の用心棒である。
「先達の陣十郎だ。道中はこいつの指示に従え」
丸は陣十郎を上から下まで見た後、答えた
「わかった。しかし、怪我人に警護が務まるのか。別に、俺一人でも構わんが」
陣十郎が野太い声で答えた。
「馬鹿を言うな。今回はでかい取引だ。それに、ぽっと出の新人であるお前が、口先だけでなくどの程度腕が立つのかも分からんからな。勝手な真似は許さんぞ」
莫大な金と品が動く取引ゆえ、凄みのある捨て駒は何人いてもよかった。
陣十郎は丸の細身の体躯と若さを見下ろし、侮蔑を隠そうともせずにふんと息を吐いた。丸はその挑発的な視線を完全に無視し、ただ己の腰にある備前長船の鯉口にそっと親指を添えた。鞘越しに伝わる、業火のような広い刃紋を持つ鋼の重み。道場での生ぬるい寸止めではない、血と肉を断ち切るための真の「仕事」が始まるのだ。
「……承知した」
丸の静かな返答には、微塵の恐れもなかった。




