偏差値7
二人は教習室へやって来た。
ナイスは、石板を用意するとラッシュに手を載せるよう促した。
ラッシュは、自分に起きていることは不思議ではあると思っているが、とりわけ興味があるわけでも無く、さっと手を乗せると、前回同様に青く文字が表示された。
称号: スライム・スレイヤー
スキル: 生体修復1
「え?スキルが変わってる」
ナイスの目が驚きのあまりこぼれ落ちそうなほど見開かれている。
「自己修復から生体修復に変わったってことは、生きてるものだったらなんでも修復できるって事で、あの女子も俺が修復したってことか…それと、この1って書いてあるけど、2とか3になるんだろうな...たぶん」
ナイスの驚きとは全く異なり、ラッシュは冷静に語り、石板から手を離した。
「そ、そんな感じがするわね。ーーーーただ、前も思ったんだけど、治癒とか回復じゃなく、修復って言うところが気になるわ。治癒っていうのは、その怪我をした人の回復の力を助けてあげる感じだけど、修復っていうのは、積極的に直している感じというか、机とか椅子が壊れたら修復するっていう意味と同じだとすればよ...」
ナイスは既に文字の消えた石板をぼんやり見つめながら、独り言の様につぶやいた。
このときナイスの脳裏には、ドラゴンスレイヤーが最後にドラゴンになってしまったという学園長との会話が思い出されていた。
欠損した箇所の修復をしているとすれば、修復に使われるものは何なのか、それがスライムに関係するものであれば…
そして修復が繰り返されれば、あるいは…
そしてナイスは続けた。
「この生体修復というスキルが、あなたの言う通りD組の生徒を助けたかもしれないわね。ーーーーだけど、これもまだ内緒にしましょう。また変わるかもしれないし。それと、修復できるからと言って、無茶はしないこと。この修復があなたに影響がないとは限らないでしょ。そんな便利なものは世の中にないと思うべきよ」
「先生、それならもう遅いよ。俺、相当そのスキル、使っちまってる。だって腹も減らねーし、眠くもならねーから、寝ないで走ったり、筋トレしたり、スライム狩ったりしてた」
「なるほど、あなたのその尋常じゃない体はそうやって作られたのね」
「ああ、だけどそれ続けてたら痩せてきたから、普通に飯食って、寝る様にしたよ」
「まあ、あなたが活躍するのは決して悪いことではないけど、無理させない様にするのは、我々の役目ね」
**** クインテックス・アカデミア大会議室
こちらでも教職員会議が開催されていた。
「先日、お隣のマーシャランド学園において、エリフの森での演習中に発生した事故について、報告申し上げます」
会議を進めているこの副学園長は第256期クインテックス・アカデミアを次席で卒業した超エリートのエネックス・リング。
彼も当然統領を目指したが、現水属性の統領との競争に敗れ、官僚を離れることになった。
「マーシャランド学園では重症者8名、軽傷者10名となり、遭遇した魔物は、ラット100数十、コボルト80から100、オーク20から30、だそうです。エリフの森へは、一般の市民でも山菜取りやちょっとした狩にでかけることがありますが、今までにこのような事故が発生したとは、聞いたことがありません」
リング副学園長は、周囲を一瞥すると続けた。
「事故というより、もはや事件とも言うべき状況ですが、エリフの森では、2週間後に我々も演習を予定しています。それを行うか否か。この場で検討頂きたく」
「まあ、うちはあっちとは違うから報告にあった魔物程度では問題無いと思うがのぉ」
「A組ジザイル先生からご意見ありましたが、他の方如何ですか?」
「ですが、変化についてはその原因を知りたいですね。2週間後にもっと高レベルの魔物が出ないとも限らないでしょうし」
理論派のC組レナンのメガネが光った。
「では原因が分かるまで演習を中止するか、場所を変えるかと言うことになりそうですが?」
副学園長が聞いた。
「ご意見なしですか?では別の候補地があるとすれば、例えば、現世の洞窟、或いはエバンス平原くらいですかね。後は遠いですから」
「…」
副学園長の問いにようやくジザイルが口を開いた。
「どちらもウチらの演習にはちょいと弱いな」
「ジザイル先生の意見の他には如何ですか?ここにお集まりの先生方は、この国でも指折りの方々のはずですが、他にご意見無しですか?ーーーー子供達の将来がかかった演習ですよ」
副学園長は少しイラついた様子で
「では、決をとりましょう、エリフでいいと言う方、挙手を」
というと、C組レナン先生以外全員が手を上げた。
「では2週間後、エリフで演習を実施します。生徒の安全を万全に願いますよ」
副学園長はそう言い残し、会議が締めくくられた。
**** 2週間後エリフの森、クインテックス・アカデミアの演習日当日
A組のジザイルが台に登った。
「お前らいいか?先日マーシャランド学園がここで酷い目にあったそうだ。お前らはアイツらとは違う。何があっても対応できるほどの頭脳、属性、適性を持っている。全く問題なく対応できるはずだ。自信を持って挑め。ーーーーそれと確認のためもう一度言っとくが、魔物は何体倒して良いが点数にはならない。集めるのはあくまで満月草だ。時間は15時まで。ちょっとでも遅れたら失格だ。いいな。ーーーーあと何か有れば救助弾を放て。我々が直ぐに駆けつける」
「それでは、はじめ!」
**** A組 サイオンチーム
このチームは5属性のサイオンをリーダーとして、他の3人も2属性以上、かつ偏差値75を超える最強の布陣であった。
水、木属性のルカ
火、土属性のグリス
風、火、水属性のシスカ
「まあ、オークであろうがハイオークであろうが私達には全く問題外の話ね」
シスカがニヤけた。
「サイオン、目標の数は?」
グリスが聞いた
「…オーク50体」
「サイオンらしいわね。ふふ」
袖で口を覆ったルカは笑ったつもりであろうが、その目は冷たいままだった。
その時、
「こっちだ」「こっちね」
サイオンとルカがほぼ同時に満月草を見つけた。
「お、早速一つ目だな」
グリスの顔が少しだけほころんだ。
**** 15時
終了の合図がなった。
どどーーーん
サイオン達は、22個の満月草を見つけ、当然トップの成績だった。
だが不思議な事に、どのチームも魔物に出くわす事がなかった。
この不気味な状況にクインテックス・アカデミアの誰しもが一抹の不安を頂いていた。
**** 王都の中央、武器屋
「こんちはー」
店員の男は、相変わらず泥沼学園の生徒だと見るや、一瞬嫌な顔をしたが、直ぐに商売人の顔になり、
「いらっしゃいませ」
と無理矢理口角を上げて取り繕った。
「俺の頼んでた剣なんだけど、できてるかな?」
すると、中からオーナーが出てきた。
「来たか小僧、出来てるぞ」
オーナーの肩から水蒸気が上がっている。
「ほんとか、見せてくれ」
「そんで、そっちの剣はどうだった?」
「こいつかぁ」
ラッシュはそう言って、腰から鞘を外すと、カウンターの上に置いた。
「それがさぁ、スライムに剣を向けただけで消えちまうし、つまんねったらねえよ」
「他の魔物はどうした?」
「他?」
「いや、だって俺は基本スライム専門だし」
「なに?そいつをスライムにしか使ってないのか???お前、そんな体してスライム専門って…」
オーナーは呆れながら、もじゃもじゃのひげを撫でていた。
「まあいい。そいつは必要になったらまた貸してやるから、その時にここに来い。ーーーーそれで、これがお前の新しい剣だ。オーククラスにはこいつで楽に戦えるだろうよ。抜いてみろ」
オーナーはラッシュの胸元に鞘に入った真新しい剣を差し出した。
ラッシュは、両手でガッシリと受け取ると、直ぐにその柄を握った。
とたんに、借りていた剣と同様に、しっくりくるのが分かった。
「おっちゃん、すげーな。握りはばっちりだぜ」
そして抜いてみると、
スラリ
と小さな音がして、刀身が露わになった。
「うわ、すげーかっこいい。借りてたヤツより、こっちの方がいいや。重さなのかな、重心かな?抜くと握りが更に安定する」
「だろが。そのつもりで作ったんだよと言いたいところだが、お前また少しでかくなってねーか?」
「そうか?自分じゃ変わった感じはしないんだけどな」
「まあ、お前も成長期だしな。もし剣に違和感を感じたら持ってこい、修正してやる」
そんなやり取りを見ていた店員が、『オークを?こんな泥沼の底辺のガキが?オーナーは客の目利きにおいては間違ったことは一度もなかったけど、オーナーも、もう…』と思ったのをオーナーが悟ったのかは分からないが、少し怒ったように、
「おい、マッカス、大事なお客さんだ。ちゃんとお見送りしろぉ」
と凄むと、マッカスは
「は、はいーー」
と上ずった声で返し、冷や汗をかいた。
****エリフの森
クインテックス・アカデミアの演習後3ヶ月たった今も、エリフの森に魔物はいない。
あまりの異常現象に大統領直属のリサーチコアが15人もの編成でエリフの森の調査に入った。
「たく、面倒な。ワシにはスライムの研究があると言うのに」
「ボーン教授、こう言う事に協力しないとスライムの研究させてもらえませんよ」
ラネッサ・ボーンはリサーチコアの特別調査メンバーとして召集されていた。
「分かっておるわ」
ラネッサはしばらく森を探索するとその異様さに気がついた。
「教授、どうかされました?」
「スライムさえおらんのお」
「ここには元々スライムはいませんよ」
「これだから素人困る。スライムは見えづらいだけで探せば大抵の場所にはおる。この森はラットがいたというからな、スライムたちは隠れていたはず。でもなぁ、おらんのよ。ーーーースライムがおらんようになってラットが消え、コボルトも消えたんかのう?ーーーーであればスライムが消えた理由があるはずだが。ーーーースライムが消えたとすれば、食料がないか、排除されたか」
「スライムの食料ってなんですか?」
「魔力というのが通説よのぉ。だがそうすると理屈に合わない事もあってな」
「教授の考えはどうなんですか?」
「ワシはな、生き物の生命力だと思ってる」
「せ、生命力?ーーーー確かに、そう言えばここに鳥も虫もいない。花は咲いているが、元気が無いというか、枯れかかっているのもある様に見えますね。ーーーーこの森には生命力が無くなっている、というか死にかけているか、既に死んでいるという事ですか?」
「そうさな。それで生命力が無くなった森からスライムが消えた。その可能性は否定できん。だとすれば、なぜ森が死んだか、という新たな謎が出てくるのぉ」
魔物の急増からの魔物消滅、そして森の死。
なぞは増すばかりであった。
**** ラネッサの研究所
マーシャランド学園の学園長とラネッサがソファに座って話をしていた。
「それにしても相変わらずスライムだらけじゃの、ここは。ーーーそれで、調べはついたかい?ラネッサ」
「…よう分からんかった」
「あんたが分からなかったら、もう誰も分からんってことじゃな」
「そうは言っても分からんもんは分からんのよ、ねーちゃん。ーーースライム・スレイヤーなんて聞いたこともないしね。ただ、その自己修復スキルっていうのはちょっと気になったがね」
「というと、なんじゃ?」
ラネッサは、スライムが魔物でもトップクラスの自己修復能力があり、核を破壊されない限り生き続ける事ができる。そしてそのエネルギー源は、その他の生き物の生命力ではないかという自説を述べた。
「むむむ、それであれば、スライムは我々人間からも生命力を吸い取っているということか?」
「吸い取っているんじゃなく、あふれている生命力を集めているというイメージじゃとわしは考えとる」
「あの小僧もそうなのかも知れんと?」
「腹が減らないとか、眠気がしないとか言っているんだろ?まさにスライムの特徴よ。あ奴らは餌を与えりゃ喰うが、与えなくともほぼ死なないんよ。5年前にな、研究所のスライムに全く餌を与えない状態で放置した。そしたらな、そいつは未だ生きとる。小さくはなってきているがな。だから自然の中に置いとけば、普通に生き続けるのよ」
「スライムは増え続けるという事か?」
「そうさねぇ。取り込める生命力さえあれば、無限に増えるだろうね」
「ドラゴンスレイヤーが最後ドラゴンになってしまった話は知っておるな?」
学園長の目が少し曇った。
「ああ」
ラネッサもそれを察し、静かに答えた。
「小僧は、もしや既に…」
「それは分からん。その変身したドラゴンは、人間の様にしゃべったのかのぉ?少なくともその小僧は普通の人間として活動しとるんなら、それで問題ないんじゃないかの」
「そうかい。ーーーーそれともう一つ、スライムの属性じゃが、あいつらはどうなっておるんじゃ?」
「基本的には無属性だの、だが永遠に属性が無いということもない。奴らは環境によって属性を得ることがある。本当に面白い奴らなんよ」
「ほーそれは興味深いのう。あんたの研究もどうやら、ちっとは役にたちそうじゃの。ーーーーまあスライム・スレイヤーについては謎のままじゃが、色々参考になった。感謝するぞ、ラネッサ」
「それとな、ねーちゃん、エリフの森に魔物がいなくなったんで、調査を依頼されていったんじゃが、スライムがおらんかったところからすると、あの森は死んだんとかも知れんーーーー森の突然死は、古から不吉な事の前兆じゃ。しばらく生徒を近寄らせん方がいいじゃろ」
「そうかい。怪しいとはおもっとったんじゃがのお。そんなことになっておったとは」
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