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偏差値2

**** 


サイオンはアルファルド邸の前に停車している馬車に乗り込んだ。


「じゃあ、行ってきます」

 サイオンは皆に見送られ、馬車で王都に向かって出発した。


 ラッシュは後から走っていくと言ってサイオンの馬車には乗らず、それを見送った。王都までは馬車で三日もかかるにもかかわらず。


 ラッシュ、サイオンはじめ、アルファルドの管轄する領内からも多くの学生が誕生した。これまでの勉強の成果は、全て偏差値に変換され、それを基準として学校に割り振られた。


 偏差値30-40の者たち。

 この底辺レベルは、肉体労働者のクラスであった。多くは、卒業後、国の防衛、土木、輸送、農業、漁業に従事することになる。学校もそれを前提としている。


 偏差値40-60の中間レベルは、歯車のクラス。

 官僚が決めたことを確実に実行するクラス。誰が欠けようが、次の歯車が用意されている。いてもいなくても社会には何ら影響のないクラス。

 むしろ30-40の肉体労働のクラスの方が世の中の役に立っているほどである。

 だが、苦労せずに決まった額の金銭がもらえ、生活に困らない事もあり、肉体労働クラスに落ちないよう、このレベルにしがみつく学生も多い。


 そして偏差値60を超えてくると、いよいよ官僚機構への階段が見えてくる。

 しかし、上級官僚で出世できる人は極々一部。その中でもトップの官僚は、五大魔法の統領であり、この五名が実質国内の行政のトップとなっている。


 一方、大統領は、唯一選挙によって選ばれる。

 大統領の選挙は、六-七年に一度行われる。国民の十五歳以上、八十歳未満に選挙権が与えられる。

 選挙においては、各自が一定の魔力を魔力容器に注ぎ入れ、最も多くの魔力を獲得した人が、大統領に選出されるという仕組みになっている。


 大統領は、統領の罷免権限など大きな権限を持っているが、一人で仕事ができるはずもなく、官僚機構との協力は欠かせない。


 そして、魔法の管理、監督は教会が行っていた。大統領や五大魔法の統領の就任式においては、法皇からの任命証が授与される。

 大統領でさえ、教会への手出しはそう簡単ではない。


 社会は、民衆の代表者である大統領と、行政をつかさどる官僚機構、そして魔法を管理する教会、この3つの大きな権力構造で回っていた。


 一方、学び舎であるアカデミーや学園であるが、これらは一見すると政治からは切り離された存在に見えるが、優秀な生徒は基本的に官僚を目指しており、将来社会システムの上位に加えられる事が前提であるため、在学中からこの権力構造の一部として見られることも多い。特に王都の学校であればなおさらだ。


 この国で一番の学校と言えばクインテックス・アカデミア。通称超天才学校は、国の各地域から優秀な学生が集まっており、ここに通う学生は、官僚になっても必ず出世すると言われている。

 現に今の五大魔法の統領たちも、クインテックス・アカデミア出身者で占められている。

 サイオンは、このクインテックス・アカデミアの首席として入学することが決まっていた。


 一方ラッシュは、魔法属性がなく、適性もない。今まで学校に行ったことすらないという、いくつものハンデがあったものの、ハミルトンからの少女奪還が評価され、一校だけ受け入れ先が見つかった。

その名は、マーシャランド学園、通称泥沼学校であった。


 ルーメン領主であるアルファルドは、自分の領内の学校にラッシュを潜り込ませることもできたが、ラッシュの父エルドと相談の上、ラッシュには、あえて王都の学校に行ってもらうことにした。


「じゃあ、俺も行ってくるよ」


「気を付けてね。手紙書くのよ」

 母のミルカはエプロンの端で涙を拭きながらラッシュに声をかけた。


「大丈夫だよ、母さん、俺の足なら1日で帰ってこれるから」


「だからって、無理すんなよ」

 エルドがミルカの肩に手をかけながらニッコリ笑って言った。


「父さんこそ、もう歳なんだから、農作業もほどほどに」


「馬鹿言ってんな、今までもお前たち抜きでもやってきてんだ、まだまだ問題ねーよ。心配しねーで、さっさと行ってこい!」


「オルカも元気でな」

 オルカは、ラッシュの2歳年下の妹だが、既に風の属性が発現していた。


「うん、手紙待ってる」

「じゃあいっくよーーーー」

 オルカの手に風が集まり始めていた。


「おっし頼む」

 ラッシュがそう言うと、オルカがラッシュの背中に手を当てた。


「風魔法、風・・カタパルトー」

 オルカの手に風が圧縮された。 


「え?お前ら何やるつもり?」

 エルドがおののいた言った、その時、風がラッシュの背中の一点に集約し、 ドッパーーーーーンという激しい破裂音と共にラッシュの体を押し出した。


 しゅぱぱぱぱぱーーーー


 ラッシュは急加速すると、

「うっっひょーーー」

「じゃあなー」

 と言ったが、既に家族の耳からは遠く離れていた。


「あいつこの数か月間で、どんだけ成長したんだよ」

 エルドは、感心のような畏怖のような感情を覚えた。


「そうね。あの子、頑張ったから」

 息子が巻き起こした砂塵を、母は涙ながらに見送った


**** 王都光の門


 夜通し走ったラッシュは、本当に1日で王都へ到着してしまった。


「でっけーなぁ、これが王都の門かぁ」


「小僧、何用だ?」

 門番がラッシュに声をかけた。


 ここは一つ王都の学生らしくしないとな。

「はい、僕はルーメンの森の西の町から王都の学校に入学することになりました、ラッシュ・ベルと申します。こちらが、入学許可証です。はい」


「そうか。あんな辺境から王都へ。それはごくろうだな。って、おまえ泥沼学園なのか?泥沼に来るくらいなら、領内の学校に行った方が良かったんじゃないのか?」


 泥沼学園と聞いて、もう一人も門番まで冷やかしにやってきた。

「泥沼の新入生?お前、地元で何やったんだよ!泥沼に入れさせられるなんて、よっぽどのワルガキなのか?」


「は?なにそれ?どろぬま?」


「知らねーで来たのか?お前のこの許可証だよ。マーシャランド学園って書いてあるだろ?これは通称マーシュ学園(泥沼学園)っていってな、どうしようもない奴らの集まりなんだよ」

「お前もあそこにいったら、馬鹿になるから、今のうちに田舎に帰った方がいいぞ」


「何言ってんだよ、王都の学校だぞ、そんな馬鹿いるはずねーだろ」


「本当に何も知らされねーって、ちょっと可哀想になってきたぜ。まあお前も行ってみりゃわかるよ。とにかく王都への入場の許可は出しといてやる。まあ三日くらいは頑張ってみろ」


 門番の兵士からさんざん馬鹿にされながらも、何とか入場許可を得て王都に入ったラッシュであった。

「なんだったんだあいつら?失礼すぎだろ」


 ぶつくさ言いながら、ラッシュは、兄ナッシュの元へ向かった。


****


「えーと、タクセラト地区三-二ってここか?」

「結構古いなぁ。まあ家は貧乏だから仕方ないよな」

「これの五〇三、五〇三、ここね」


 コンコン


「だれー」


「ナッシュ兄、俺、ラッシュ」


「ラッシュ?」

 扉の向こうからうれしそうな声が聞こえてきた。


 ガチャ


「おーラッシューーー。久しぶり。なんだおまえ大きくなったなぁ」

 ナッシュは弟の存在を確認するかの様に、ラッシュの肩をグイっと掴んだ。


「ナッシュ兄も元気そうだな。よかった」


「はいれ、はいれ」


 二人は夜遅くまで兄弟トークに花を咲かせた。

 だが話題がラッシュの学校の話になったとたん。

 ナッシュの顔色が変わった。


「お前の行く学校だけどな、あそこは底辺中の底辺で、本当に酷い学校だ。できるなら、うちの学校に編入しろ」


 門番の発言、兄の発言の通り、本当に酷い学校なのか、ラッシュはむしろ期待が膨らんだ。


 翌朝、兄は最後までラッシュを心配していたが、ラッシュは、大丈夫だといって、マーシャランド学園の寮へ向かった。


****


 塀の壁にMarshaland学園男子寮と書かれた看板が目に入った。


 男子寮だと?女子寮でもあるのか?男子校だと聞いていたのだが?まあいいか。


 ゲートをくぐると建物の全容が見えると思ったが、寮の周りは木が生い茂り、その全容は見えなかった。

 元々の壁の色は水色だったのだろうか?一部に面影が残っているが、ペンキはほとんど剥げていた。

 建物の正面に見える外階段を3段上がると扉がある。

 ラッシュは、階段を上った。


 ぎー、ぎー、ぎー

 階段を上るたびに音がすす。兄のアパートの方が余程ましだと思えた。


 ラッシュはノブを回し、恐る恐る扉を開けた。


 ぎーーーーー


「失礼しまーす」


 茶色いタイル張りの床が見えた。


 誰もいないのか?


 ラッシュは1歩、2歩、中に踏み入った。

 中は薄暗く、シーンと静まり返っていた。


 すると、外から何やらガヤガヤと笑い声が聞こえてきた。

 そして、ドドンドンドンとあの古びた階段を壊すかの様に踏み鳴らす音が聞こえた。


 そして玄関のノブが回り......チンピラが入ってきた。


「んだテメー。うちらの寮で何やってんだ?」


「あ、失礼しました。僕はこの学園に入学することになった、ラッシュ・ベルと言います」


「え、新入生かお前?よくこんなとこに来る気になったな」


「おいおい、新入生君、君さ、ここは2年の寮だよ。1年は向こうなんだ」

 全く気配なく急に耳元でささやかれ、ラッシュはびっくりした。


「あ、そうだったのですね。すみませんでした。すぐに移動します」


「ちょっとまてい」

「せっかく来たんだ、少し遊んでけ」


 短髪のひときわ体格のいい先輩の一人が声を上げた。


「ジェイク、いいねそれ」

「あれやるんだろ、あれ」

「やっぱりあれだよなあ。お前も好きだなあほんと」


 泥沼名物 熱湯地獄


 熱湯地獄?なんだそれ?

 ラッシュは少し楽しくなってきた。


「先輩、熱湯地獄とは何でしょうか?」


「焦るなって、今準備すっからよぉ」


 そういうと全員で寮の外に出た。するとどこからともなく、大きなタライが2つ用意された。

 そして、土魔法を使える先輩が竈の様なものを作ると、その上にタライを乗せ、水魔法が使える先輩がタライに水を入れた。

 更に竈に薪がくべられ、火魔法の使える先輩が竈に火を入れた。

 あまりにも手際がよい。


「じゃあ、脱げお前」


「脱げって服ですか?」


「それ以外何があるってんだよ」

「ギャラリーも見てんだ、早くしろ」


 振り返ると寮のニ階、三階の窓から寮生が覗いている。


「了解っす」

 そういって、ラッシュは服を脱ぎ、パンツ一枚になった。


「よしじゃあ、俺が行く。俺は自分に五十かけるぜぇ」

 と言って、ロブロは既にパンツ一丁になっていた。


「ロブロが相手じゃ、こいつに勝ち目はないな」


 ロブロに百、ロブロに五十


 賭けが始まった。


「おめーら、賭けにならねーじゃねーかよ」


「じゃあ俺は新人君に千賭けるよ」


「くっ、フヒト、てめーに用はねえんだがなぁ」


「まあ、まあ、そう言わないで俺も混ぜてくれよ。これで賭けになっただろ」

 フヒトは不敵に笑った。


「まぁ、仕方ねぇ」

「よし、じゃ新人、タライに入れ」

 ジェイクが指示した。


「うっす」

 ラッシュは何も疑わず、躊躇わずにタライに足を入れた。


「おめえ、つったってんじゃねー。座れ!ちゃんと。横のロブロの様にやれや」

 

「あ、すいませんしたー」


 ラッシュはロブロに倣い、タライの中に胡坐をかいて座った。


 竈の火は轟轟と燃えてタライの水にあぶくが増えてきた。


 隣を見ると、ロブロ先輩は余裕で涼しい顔をしている。


「おい新人、もう結構熱いんじゃねーのか?」

 ロブロが聞いた。


「先輩、まだ、大丈夫っす」


 お湯の温度は上がり泡はどんどん増えてきた。


「おい新人もうだめだろう?」

 ロブロが顔に欠陥を浮かべ真っ赤な顔をしながら、無駄に笑みを浮かべて言った。


「大丈夫っす」

 ラッシュは涼しい顔をして答えた。


 こいつなんなんだよ。ふつうはもうダメだろが。なんかの属性使ってんのか?

 ジェイクが少し焦り考えを巡らせた。


 ロブロの顔も徐々に歪んできた。


『ロブロ、お前、風魔法で熱湯をとお前の体に隙間作ってんじゃねーのかよ』

 小声でジェイクが聞いた。

 

『やってるが、それでもこんだけやれば、だいぶ熱いっての』

 ロブロは真っ赤な顔で答えた。


「新人君、君まだ大丈夫なのかな?」

 ジェイクは自分が熱湯に浸かっているわけでも無いのに、汗をかきはじめた。


「うっす」


「うっすじゃねー。完全に沸騰してんじゃねーかー」

 ジェイクがいい加減にしろとばかりに怒鳴り散らした。


「でも大丈夫っす」


 ガシャーン


 隣でロブロがぶっ倒れた。

 体が真っ赤になっていた。


「あちあちー」

 周りで見ていた2年生達に熱湯が降り注いだ。


「おい、水かけろ水」


「あれ?先輩ダイジョブっすか?もう終わりでいいすか?」


「ああ、終わりだ、終わりってか、なんでお前は大丈夫なんだよ」


「いやぁ~、なんででしょう。ありざましたー」

「うおっと」

 立ち上がったラッシュがタライの中で滑ってこけた。


 ガシャーン


「あっちい、あっちいだろが」

「テメーまでこけんじゃねー、クッソが」


「すんません、滑りましたー」


「じゃあ賭けは僕の勝ちだね。もらってくよ」

 面白い新人だ…

 フヒトはニンマリと笑って掛け金を独り占めした。


 ラッシュは、服をもって2年生の寮の門を出るとお辞儀をし、向かいの寮に向かった。


 2年生は、ポカーンとそれを見送った。


ここまで読み進めて頂きましてありがとうございます。

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