偏差値1
「あなたの魔力偏差値は、いかほどでしょうか?」
かつて魔法は奇跡と呼ばれていた。だが今では、それは単なるスコアになり果てた。属性への適性度は「配点」となり、魔力量は「正答率」となる。偏差値70以上は選ばれし「特権階級」として君臨し、40を下回る者はさげすまれる。
数値が足りなければ、就ける職はなく、守られるべき法も届かない。
揺りかごから墓場まで、人々は一刻一秒を惜しみ、数値を「1」上げるためだけに心血を注ぐ。
魔法はもはや神秘で語られるものでなく、他人を値踏みするための道具に過ぎない。
鳥の囀りが聞こえ、真っ青な空に白い雲が浮かんでいる。ここは、レスポール王国ルーメンの森の西の町。人々は森と大地の恵みで暮らしている。
今日5月5日は、この年5歳になる国中の子供達が教会の検定を受ける日である。
・・・・「次」
司祭に呼ばれた女の子が石板に手を乗せると石板が光りだし、何かが浮かび上がった。
「えー属性は水。魔法適性4、5歳時点の偏差値45」
「ええーそんなぁ…」
女の子は不満げに唇を尖らせた。
「精進なさい」
司祭は事務的に言葉を述べたが、次の名前を見て少し姿勢を正す。
「次、サイオン君」
サイオンは緊張した面持ちで隣にいたラッシュの目を見ると、ラッシュは迷いなく頷いた。サイオンもまた小さく頷いた。二人に言葉は要らなかった。
サイオンは石板の前まで歩み出ると、石板に手を乗せた。とたんに石板はさきほどとは比べ物にならない光を放った。
「うぉ......っ! なんだこれは......ぜ、全属性だと! さらには魔法適性…に、25……5歳時点の偏差値、きゅ、95」
うぉーーーー
周りの大人達からも大歓声が上がった。
「さすがアルファルドの家系だわ!」
「やっぱり領主様の子は天才だったな」
「こりゃ100年に一人だぜ」
皆、口々に称えた。
暫し歓声が鳴り止まぬなか、
「皆さん、静粛に、静粛に。次」
という司祭の声に皆口を閉じると、司祭の呼び声に促されラッシュが歩みでた。
ラッシュはゴクリと唾を飲み、右手を握り締めた。
「どうした?」
と司祭は言い、手を乗せるよう合図した。
ラッシュの記憶が蘇る。
(おにい、おにい、見て揺れる、揺れる)
(お前、それ魔法か?もしかして風属性か?)
(なにそれ?)
(『俺には未だになにも無いのに、妹はもう能力が出てきてる。とーさん、かーさん、アニキ、みんな使えるんだ。俺だって!.....』)
……ラッシュは現実に引き戻され、石板に手を乗せた。
だが石板からは何の反応もない。
「い、一回手を離し、もう一度乗せなさい」
司祭は石板が壊れたと思い焦って言った。
ラッシュは言われた通り、もう一度石板に手を乗せた。
だが何も起きない。
先程の歓声とはうって変わり、教会内がざわつきで埋め尽くされた。
困った司祭が試しに自分の手を乗せると石板は光を放った。
「むむむ…ラッシュ、属性無し、魔法適性無し、五歳時点の偏差値......ゼロ」
えーーーー
ざわつきに悲鳴でも混ざっているかの様だった。
検定が始まって千二百年の歴史で属性無し、魔法適性無しは前例は知られておらずが、皆一様に驚きを隠せなかった。
ラッシュはただただ呆然としていた。
ラッシュの両親はラッシュに駆け寄ると肩を抱いて帰ろう、と促した。
サイオンは呆然としているラッシュにかける言葉が見つからなからず、拳を握りしめていた。
ラッシュの父も母も前向きな性格であり、千二百年に一人なんて凄い事だ、きっと意味があると言ってくれ励ましてくれたが、そう簡単に割り切れるはずもなく、ラッシュはその日、母が用意した大好物のワイルドボアのシチューを食べず、寝床に入った。
ラッシュは夢の中にいた。
つい1ヶ月一月ほど前、大統領が就任挨拶の全国行脚で、この地方では大きい町であるルーメンの北の町を訪れた。。そのラッシュはサイオンに誘われ、共に大統領の見学に行っていた。
「魔法偏差値は、魔力計測値から算出計測から算出できる数字だ。だが、人の可能性は計測も算出もできない。考えてみてほしい。千二千二百年前、最初に石板を作った者が測定しようとしたのは、あくまでも単に魔力だ。人間の優劣ではない。それがいつの間にか、偏差値となり、偏差値が就ける職を決め、権利、義務を決め、愛する資格まで決めるようになった。だがそう決めたのは石板か?違う。私たち「人間」だ。偏差値40を下回る者がだめだと言うなら、問いたい。この国には今日も、満足な数値を持たない子供たちがいる。その子達に光はないのか?いや違う彼らの目を見てほしい。必ず光がある。その光がある限り、その子は可能性を持っている。測れないものを切り捨てるのは、簡単だ。だが国とは、切り捨てた者たちの上には決して築けない。偏差値はひとつの指標に過ぎないはずだ。だがそれを人間の序列にしたのもやはり私たちだ。ならば、変えられるのも私たちだ。私は大統領になったばかりだが、この魔法偏差値に偏った考えを正そうと思っている」
まだ幼いラッシュには、この演説の意味など十分には分からなかった。しかし魔力が全てではないと大統領が言っていることだけはわかった。大統領の発言は未だ魔力の発現がないラッシュに勇気を与えるには十分だった。
だがその時
ゴゴゴゴゴーーーー
地鳴りと共に辺りから悲鳴が聞こえてきた。
突如、どこからともなく魔物が大量発生しルーメンの北の町を襲い出した。
ラッシュとサイオンはアルファルド家の従者と一緒に舞台の下のスペースに隠れた。そこから見えた景色は地獄であった。
大統領の護衛達は、大統領の身の安全を最優先したが、ここで止めなければ町が壊滅しかねない。
大統領は、護衛達に逃げるのではなく、討伐を指示した。
大統領の護衛は精鋭ぞろいであり、魔物は撃退されていった。しかし、魔物の数が多く、徐々に形勢は不利になっていった。
しかも見たこともない巨人の様な魔物が現れ、町の建物を薙ぎ倒していった。
ラッシュとサイオンが隠れていた舞台も吹き飛ばされた。その勢いでアルファルド家の従者もどこかに吹き飛ばされ、二人だけが取り残された。
その姿を大統領の護衛が発見した。
護衛は発見するなり二人に近づき、降りかかるがれきから二人を守っていた。
しかし巨人の様な魔物や、更に人型の牛や熊の様な魔物に囲まれて動きが取れなくなってしまった。
大統領はラッシュとサイオンに近づき、頭にそっと手を乗せ、一瞬驚いた顔をしたが、ニコリと笑うと「そうか、君もそして君も二人は大丈夫だ。うんきっと助かるよ」そう言うと護衛から刃物を受け取り巨人に向かって走り出した。
ラッシュは目を覚ました。そして夢の続きを思い出していた。
そこからは激しい火柱が上がる光景しか見えず、大統領がどこにいるのか分からなかった。
大統領の護衛は二人の周りに水魔法を張り巡らせ防御した。
ラッシュはその戦闘を目を見開き見ていた。
サイオンも泣きながら見ていた。
そして大統領とその数人の護衛、町の騎士団などで全ての魔物は打ち払われ、町の壊滅は阻止できたが、二人を保護していた護衛が、その後大統領を必死で探していた光景が今でも目に焼き付いていた。
ラッシュはベッドから起きるとキッチンに向かった。まだ日の出前の時間であったが母の包丁を持ち出し、ロデスの丘に向かった。
ロデスの丘は草原になっており、そこには多くのスライムが生息していた。
ラッシュは、丘の上に立ち、朝日に向かって誓いを立てた。
俺は絶対に、絶対に大統領になってやる。そして俺の様に何にもない奴でも生きていける世界にしてやる!
うぉーーーー
ラッシュは叫び声を上げると、半透明のネバネバした泥の塊のようなスライムを切りつけた。
ザクザクザクザク
カチ
じゅぶじゅぶぅーーーーー
包丁が核に当たりスライムが、熱い鉄板で氷が溶けるかのようにドロドロと溶けて、小さく割れた紫色の核が残った。
ラッシュの初めての魔物討伐であった。
****
あれから10年。
属性、魔法適性が一切ないラッシュは、スライムだけを狩り続けた。それしかできなかった。朝日が昇って、日が落ちるまで、毎日毎日。
他の奴らは学校に行き魔法を学んでいる。
でも俺には無駄。
俺は俺のやり方で大統領になってやる。スライムだってこんだけ倒せば、そこそこ金にだってなってくる。少しは力もついてきているはず。
もっとだ、もっと狩ってやる。
ラッシュのスライム狩りは終わらなかった。
**** 数日後
「今日も大統領目指してやってたか。さすがだな、ラッシュ」
「また来たのか、エリート坊ちゃんのサイオン様」
「はは。ばーか。お前だけはそうやって変わらないでいてくれ」
「何を格好つけてんだよ。俺は変わり様がない。お前と違ってな」
「お前は100年に一人の超天才。周りからは羨ましがられたり妬まれたりで大変だろ。俺は楽でしょうがねーよ」
お前のどこが楽してるっていうんだよ。
周りからは能無しだの何だの言われて。しかもお前の家族もだ。うちの両親は俺同様そう言う奴を許さないが、国中のやつらは未だに魔力偏差値しか見ない。魔法偏差値の測定外のお前を無視どころが害悪として見てる奴もいる。だがお前は何も諦めていない。毎日毎日出来ることをやり続けている。そんな奴が報われないでどうする! 俺が大統領になって、絶対にこんなおかしな世界を変える。
「まあ、俺もお前ももう時期離れ離れだ。お互いの夢に向かって頑張ろうぜ!」
そう言ってラッシュが右手を顔の前に出すとサイオンがそれに応じ、二人はがっちりと手を握り、声を合わせた。
「大統領に俺はなる!」
その瞬間、サイオンの目がラッシュの背後にいたスライムを見つけた。
こういう瞬間を狙って飛びかかろうとは、ふてーやつだ。
ラッシュはサイオンの手を離すと、くるりと振り返り、包丁を長くした様な粗末な武器でスパンと核ごとスライムを斬ると、スライムがドボドボと地面に落ちた。そして同時に、ラッシュの体がぼんやりと光った。
「何だ?ラッシュ、体が光った様に見えたぞ」
「そうか?俺にはよくわからなかったが」
「見間違いだったか?もしかして、何か属性が発現したんじゃないんか?」
「ないない。俺には属性なんかないよ。だって今も何も感じないしな」
「そうなのか?」
「属性持ってる奴は、発現した時何か感じるんだろ?......妹だってそうだったぜ。一緒にいた時、急に何かを感じて風属性の魔法を使い始めたんだ...... けど俺は何も感じない。強いていえば今すこぶる調子が良い」
「はっはっは、やっぱりラッシュだ。じゃあな。あんまりやりすぎるなよ!」
「ああ、またな」
ラッシュは冗談ではなく本当に絶好調だった。
このまま夜通しスライム狩りが出来てしまいそうな気もした。
だがサイオンの言う通り、やり過ぎは良くないと思い、ほどほどで家に帰る事にした。
****
「遅かったわね。疲れたでしょ」
「母さん、ただいま。俺、全く疲れてないよ」
「すごいわね。それで今日は何匹と戦ってきたの?」
どさーーーー
テーブルは紫色のスライムの核で山のようになった。
「ちょっとこんなに?」
「100から先は数えてないから分かんないんだよねぇ」
「200?300はありそうかしら?」
「完全に割れてるのもあるからね」
「本当に疲れてないの?どうしちゃったの?」
「それがさ、全然疲れないし、お腹も空かないし、喉も乾かないんだよ」
「ちょっと、大変。先生に診てもらわないと」
「えーあのやぶ?」
「そういうの言ったらダメでしょ。あの先生は名医なんだから」
**** 翌日 ヤギー診療所
白い顎髭に丸いメガネの医者だった。
「んー別に異常はないがのぉ」
ヤギ―は顎鬚を摩りながらつぶやいた。
「ほら、大丈夫だって」
ラッシュが呆れた様に言った。
「いや大丈夫ではない」
「教会へ行ってきなさい」
「ヤギー先生それはどういう事でしょうか?」
母が心配そうに聞いた。
「わしにも正確には分からんが、恐らく何らかの魔法属性に関連している可能性がある」
「え?俺に属性?」
「きゃーうちの子にも属性が!」
母は小躍りして喜んだ。
「ベルさん、喜ぶのは属性を見てからじゃよ」
「はい。すみません。はしゃぎ過ぎました」
二人は診療所を後にし、教会へ向かうことにした。
**** 教会
母は教会の入り口の取っ手を握ると、扉をたたいた。
コンコン
しばらくすると司祭が扉を開いた。
「ベル夫人、如何なされたかな?」
司祭は眉を潜め、怪訝な表情で夫人を見つめた。
この司祭、本当にいけすかねー。いつもいつも家を見下しやがって。
ラッシュの心の叫びが顔に出てしまっていた。
「ヤギー先生に言われたのですが、教会でこの子の属性をみてもらえと……」
ラッシュを見た司祭の顔が更にゆがんだ。
「ヤギー先生ですか?困ったものですね。彼は医者であり魔力を見ることはできないでしょ。それ以前にオタクの息子は5歳の時に無属性で決まってます?どんなに遅くとも5歳の検定までに、人間は100%、いずれかの属性に分類されるんです。この年まで無属性なんですよ?今更何をやっても無駄でしょう」
「そこを何とか。お願いできませんか、ヤギー先生にも言われてますので」
母は粘るが、
「こちらも忙しいのでね、もう帰って下さい」
司祭は犬でも追い払う様に手をひらひらさせた。
「母さん、もう帰ろう」
ラッシュは母の手首を掴むと教会から立ち去った。母はがっかりしていたが、ラッシュは全く気にならなかった。
「教会なんかの世話にならなくとも、自力で何とか出来るよ。俺なら大丈夫。大統領にもそう言われたし」
「あんたそればっかりね。ほんとラウール大統領のこと大好きなんだから」
母は亡き大統領にやきもちを焼いていた。
このラウール大統領亡き後の10年間で、また更に魔法偏差値への偏重が進んでいた。
人々は偏差値を上げれば子供達の将来が約束されるとして、必死に偏差値向上の魔法訓練に勤しんだ。
****
ラッシュはその夜、殆ど眠れなかったので、朝日の出る前に起き上がり、ロデスの丘へ走って向かった。
いつもより疲れない。疲れないというレベルではない。息切れも殆どない。
ラッシュはどうすれば息切れがするだろうと思い、全力で走った。
しばらく走って、やっと息切れしてきた。だが少しペースを落とすと、元に戻る。
うぉーーーーーーー
ラッシュはどこまでも走った。ようやく少し疲れてきたと思ったとき、村が見えたので一休みする事にした。朝から昼までほぼ全力で走ってきた。
「ここはどこだろう?……ハミルトン?」
村の入り口にそう書いてある。
だがシーンと静まりかえっていた。
「誰かー。誰かいませんかー」
ラッシュは村の中を見て回った。
ガヤガヤガヤガヤ
向こうから人の声が聞こえてきた。
ラッシュが声のする方へ向かっていくと、子供が目隠しのうえ、手足を縛られ丸太に括り付けられていた。更に、大人が松明を持ち、今まさに火がかけられようとしていた。
ラッシュは何も考えもせず、その子供の前に飛び出していた。
「オメーら何やってんだよ。子供じゃねーか」
ラッシュが叫んだ。
「何だオメーは?」
松明を持った男がラッシュに松明の火を向け叫んだ。
「俺は通りすがりの冒険者だ」
「はあ?冒険者?どう見ても農民だろお前。どこの村だよ」
「かんけーねー、大の大人が寄ってたかった子供をいじめてんじゃねー」
「このクソがきゃー」
男が火のついた松明でラッシュに殴りかかってきた。
ガン
ラッシュはその松明を素手で受け止めると、火を握り潰した。
「何だこのガキ、今何の魔法を使った?」
「何にも使ってねーよ」
「嘘つけ、水だな水で消したんだな。誰かあいつを追い出せー」
「いきなり攻撃してくる大人がまともなはずはねーな」
ラッシュは自作の剣を抜き、スパンと丸太のロープを斬った。そして女の子を肩に抱えると逃げ出した。
「おーやるねーあいつ。先越されちゃったじゃない」
建物の陰から見ていたテンガロンハットを被った男が呟いた。
ラッシュは走った。自分に出来る事は走る事しかない。
ラッシュは直ぐに町に戻るのは危険と判断して、東へは向かわず南に向かった。
1時間ほど走ったであろうか、川に出た。ラッシュは肩から女の子を下ろして目隠しと足の縄を解いてやった
「大丈夫か?」
「あ、ありがとう」
「それで、お前、なんで縛られたんだ?」
「私の家で、私だけ適性が低くて何をやっても上手くいかなくて、家を追い出されたの……そしてお腹すいて、リンゴを盗んじゃったの……そしたら、八百屋のおじさんにつかまって、警備の人に紐で縛られられて……わーーーーん」
「そ、それだけでか……」
「う、ん」ヒック、ヒック
「俺の町よりひでーなハミルトン」
「お前、名前は?」
「ルビー」
「いいぜ、ルビー、俺の町にくるか?」
「ほんと!」
「ああ、親と離れる事になっちまうが、いいか?」
「うん。もう帰っても同じ目にあわされるだけだし」
ルビーは少し寂しそうに答えた。
「ちょっと待ちな、おにーちゃん」
岩陰から声が聞こえてきた。
「だれだ!」
「誰だ!じゃねーって。お前追っかけるのどれだけ大変だと思ってんだよ」
「1時間も走りやがって、疲れたぜ、まったく」
顔から大汗を滴らせたテンガロンハットを被った男が姿を見せた。
「なんだ帽子野郎、お前俺を追っかけてきたのか?ハミルトンから」
「まあ、その、あれだ、剣かそれ?……それを下せ。俺はお前に用はねえよ」
「下せるかよ。お前、この子を攫っていくつもりだな」
「あん?お前なぁ、この子みたいな魔法適性が低い子たちは、どこでもああいった目に会うんだよ、だから俺たちはそういった子供を保護してるんだ」
「そんなの聞いたことねーぞ」
「当たり前だろ、謎の組織だもん」
「謎の組織が、そんな簡単に「謎の組織って」名乗るわけねーだろがよ!」
「まあ、そりゃそうだ。だが、お前だって適性低いんだろ?見てりゃわかるぜ」
「走ってるだけで全然魔法使えてねーもんな」
まあ、あんだけ走れるだけ大したもんだが……
「とにかく、俺の話を」
「ルビーのれ!」
ラッシュは、ルビーを背負うと再び走り出した。
今度は東へ走った。
さっきよりも早く走った。
「あの野郎、まったく、俺から逃げられると思ってるのか」
帽子の男は風魔法で小さなつむじ風を作ると、それに乗ってラッシュの後を追った。
**** 2時間後
「小僧、どこ行きやがった」
「逃げられちまったーーーーくそーーー、これ結構疲れるんだぞ」
**** 帽子の男のアジト
「師匠、帰ってきたのか?」
ピンク色のフードをかぶった子供であろうか?帽子の男の弟子の様である。
「ああ、疲れたぜぇ。今日はもう寝る」
帽子の男はさっさと自分の部屋へ行ってしまった。
「あら、珍しいわね、あいつがあんなに疲れて帰ってくるなんて」
サラサラの青く長い髪の女性が、帽子の男を気遣った。
「たまには真面目に仕事したのだろう。よいことだ。わっはっは」
漆黒の鎧に身を包んだ男は、豪快に笑っていた。
****
「振り切ったな」
ラッシュは少しペースを落として村まで走って戻ってきた。既に日は落ちていた。
「ただいまー」
「おかえりーって、あんたその子なに?」
母が目を丸くして言った。
「えっと、ごめん、ちょっと家で引き取れないかなって」
「事情があるんなら話してくれないと。後でお父さんも帰ってくるから」
****
父、母、ラッシュ、女の子の4人の顔がダイニングのテーブルに集まっていた。
「それで、お前は朝にハミルトンまで行って、さっき帰ってきたのか?」
父エルドの眉毛がぴくぴくいっている。
「それはどうでもよくない?ルビーのことが重要だろ」
「お前は事の重大さがわかっていなようだな!」
「なんだよ。殺されそうな子を助けちゃいけなかったっていうのか?」
「そうじゃない。お前は結果としてその子をさらってきてしまった。すなわち誘拐犯になってしまったということだ」
「誘拐なんかしてないだろ。助けたんだぞ」
「そりゃそうだが、ルール上はそうはならない。明日、アルファルドに相談に行くぞ」
領内であればまだよかったが、アルファルドの権限の及ばない領外の話だ。ややこしくならなければよいが……
**** 翌日アルファルド邸
エルド、ラッシュ、ルビーの3人で領主邸へ赴いた。
アルファルドの部屋には、領主アルファルドとサイオンがいた。
「久しぶりだな、エルド!」
アルファルドがエルドに歩み寄ると、二人は握手を交わした。
二人は幼馴染で仲が良かった。
「ああ、アルファルド、久しいな」
「さっそくなのだが、この子の事だ」
エルドは、ルビーをアルファルドに紹介した。
****
話を聞いたアルファルドは、
「問題ない。この子は領内で保護する」
と、強く言い切った。
「いいのか?ハミルトンの子だぞ」
「大丈夫だ。この子が殺されそうになったのを、ラッシュが保護したんだ。命を救った英雄が犯罪者扱いされてたまるか。よくやってくれたなラッシュ。お手柄だ」
ラッシュは照れくさく、顔が赤くなるのを感じた。
「それよりも気になるのは、その帽子の男が言っていた謎の組織だな。以前から魔法適性が低いと判断された子供を誘拐している奴らがいると、噂にはなっていたのだが、実際に接触できたという話は聞いたことがない」
「それにしてもよかったなルビー」
ラッシュが親指を上げ二コリと笑った。
「ありがとう、ラッシュ」
それを見てサイオンもなぜか誇らしげだった。
ルビーはラッシュと離れるのが辛そうではあったが、領内にいればいつでも会えると諭し、ラッシュと父は領主邸を後にした。
ラッシュは、全くの無能の自分でも一人の少女を救い出すことができたことが、自分でも誇らしく思った。帰り道に父と二人になったラッシュは父に尋ねた。
「とーさん、俺も学校いけるかな?」
「…」
父は突然の息子からの問いに驚き、何も答えられなかった。
「ナッシュ兄も王都のクレメント・アカデミーに行ってるし、他のみんなも学校に行ってる。俺だけ行ったことがないんだ。俺も行ってみたい」
「…今のお前では無理なんだよ。この世界で魔法が使えないのはお前だけなんだ。だからお前が学べる場所が…いや、一か所だけある。が、しかしあそこは…」
「とーさん、それどこだ?教えてくれ、そこでいいよ。入れるなら」
「学校だけが人生じゃないぞ、ラッシュ」
父はその後、口をつぐんでしまった。
****
ラッシュは翌日も走っては、スライムを狩り続けた。
ラッシュは、父が口をつぐんだ理由は理解している。
しかし、学校に行きたいという気持ちはより強くなっていくばかりであった。
ラッシュはとにかく自分をいじめた。
大きな石を見つけると、それを持ってスクワットをしたり、ダッシュをしたり、体を酷使した。だが、これでも全く疲れることがなかった。
ついにラッシュは昼夜問わず走っては狩り、狩っては筋トレという訓練を始めた。怒り、いら立ちの全てをぶつけた。
一週間後、家に帰って鏡を見てびっくりした、骸骨なのかと驚くほど痩せこけていた。腹は減らないのに痩せていく。このままでは、いずれ死ぬ事になる。そう思い、眠くないが寝て、腹は減っていないが食った。
ラッシュは自分の体に起きている事を全く把握できず、時間が過ぎていった。
そして更に数週間が経過したある日、父が喜び勇んで家に飛び込んできた。
「おい、ラッシュはいるか!」
「また外で走り回っているみたい、だけど、どうしたっていうの?」
「朗報だというのに、あいつめ、さっさと帰ってこい!」
その夜遅く、ようやくラッシュが帰ってきた。
鍋に入った冷たくなったスープを温めて、皿を持ってテーブルに着いたとき、目の前の置手紙に気が付いた。
『ラッシュ、お前、学校にいけるぞ‼』
そう書いてあった。
「ほんとか、やったーーーー」
ラッシュは歓喜の声を上げた。
この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件等とは一切関係ありません。なお、似ているように見える場合も、あくまで偶然です。




