決闘 3
昨夜遅くまで起きて魔刺繍をしていたせいで、少し体がだるい。
早い話が寝不足だ。
入学二日目ということで、ろくに授業がなかったから助かったけれど。
さすがに、マイアもマルドーネ公子も絡んでくることはなかった。
特にマルドーネ公子は、緊張のあまりに言葉数が少なく、なんとなく顔色も悪かった。
一般的な決闘は、『決闘する』と宣言してから、実際の決闘日まである程度の日付を要することが多いのだが、今回は翌日。早急な決着をリオンさまが望んだのは、解決を急いだのだろうけれど。
決闘が告知されたのは、昨日の放課後。
決闘は、学生同士のものでも役所に書面提出をし、許可をうけなければいけないのだが、そこは皇族がらみ。迅速に処理されたようだ。
観客席の中央高くには超多忙なはずの皇帝陛下に皇后陛下。それからリオンさまの母であるルシアーナさま。マルドーネ公爵夫妻に、うちの両親。身内枠だけでもかなりの人数だ。当然護衛もいるし。それから、なぜかローバー・ダリン司祭、ザナン伯爵などの著名人も来ているとか。エミリアさまのお話では、メルダナ公爵も陛下とご一緒に見学なさっているらしい。
それにしても、身内でもない人たちがどこから聞きつけたのか、剣術部道場は、二千人近く入るちょっとした体育館くらいの大きさなのだけれど、大入り満員である。
とにかく、『決闘』というのは娯楽の側面もあり、人気なのだ。とりわけ学生の場合、生死にかかわるような『決闘』は許可されていないため、逆に純粋に娯楽として楽しめるらしい。
しかも今回は、第二皇子であるリオンさまと、王配候補であるニック・マルドーネ公子という、ある意味継承権争いを彷彿させる『決闘』である。
否が応でも関心を集めてしまうのかもしれない。
ちなみに、学生同士の決闘の場合、決闘見物客から招集したチケット代金は学院の収益になることもあって、学院も禁止にしないとか。うん。世の中、金なのね……。
運営は、学院職員と生徒会役員で行うのだけれど、今回は役員の一人であるリオンさまが当事者のため、兄は、同級生たちを巻き込んで手伝ってもらっているらしい。
「アルキオーネさま、こちらです」
会場にどうやって入ったらいいのか迷っていたところをクラーク先輩に見つけてもらい、案内してもらうことになった。
「すごい人でびっくりしました」
「今日はまた特別かと思われます」
クラーク先輩は少し苦笑いをする。最近はようやくクラーク先輩も私と普通に話してくれるようになった。前は私が怖いのか、身分の高さに委縮してしまうのか、やたら挙動不審なところがあったのだけれど。
相変わらずガタイがいいのに、ちょっと気弱な印象がある人なのは変わらない。ただ、兄の話では、既にエリート中のエリートである近衛隊への入隊が内定しているとか。とにかく剣術は強いのだ。
「ご心配なさらずとも、リオンさまはお強いですよ」
にこりとクラーク先輩は微笑む。
「それは、分かっています」
リオンさまが強いのは知っている。
「ただ、決闘の原因を作ってしまって申し訳なくて」
たとえ圧倒的に強かったとしても、無傷で済む保証はどこにもない。
「それは、アルキオーネさまが気になさることではありません。リオンさまは二度とアルキオーネさまを傷つけたくないと思われているのでしょう。体はもちろん、お心も守りたいとお考えなのですよ」
「私が椿宮で骨折したのは、リオンさまのせいではないのに」
あれは、不慮の事故だった。
「僕もアルキオーネさまが傷つくのは見たくないです」
「ありがとうございます。でも、私だって、それと同じくらいリオンさまや先輩が傷つくのを見たくはないのです。守っていただいて嬉しい気持ちはもちろんありますけれど、それ以上にいろんなことが怖い……」
「僕としてはそんな風に思っていただけるリオンさまが羨ましくもあります」
領地経営研究同好会のメンバーはエミリアさまも含めて、私に対して甘い。
兄が言うには、『餌付けの効果』らしいけれど。
「アル、クラークこっちだ」
フィリップ兄さまが私たちに気づいて、道場に併設しているロッカールームに手招きした。どうやらここはリオンさまの控室らしい。
リオンさまは、皮の鎧を身にまとって、椅子に腰かけていた。
「アルキオーネ嬢」
リオンさまは私に気づいたらしく、ふわっと柔らかい笑みを浮かべた。目がとても優しくて、決闘前とは思えない。
心臓がうるさく感じるのは、リオンさまの代わりに私が緊張しているせいだろうか。
「リオンさま、これを」
私は持ってきたリボンをリオンさまに渡す。
「もっと良いものがあったらそちらを使ってくださって構いませんので」
「アルキオーネ嬢の魔力が宿っている。水の護りだ……」
リオンさまは目を見開いてリボンを見た。
「はい。針仕事はあまり上手ではなくて申し訳ないのですが。魔刺繍はそれなりに出来ているはずなので」
「凄い。まさか君からリボンをもらえるなんて思わなかった。ありがとう。とても嬉しい」
リオンさまは胸にリボンを押し抱く。本当に嬉しいと思ってくれたみたいで、胸がぽうっと熱くなる。
「勝利を君に捧げられるように頑張るよ」
私の手を取り、そっとその甲に唇を落とした。
あまりにも優雅なその仕草に、私の全身の血が顔に上ってくるような感覚になった。
「リオンさま、さすがにやりすぎです」
フィリップ兄さまがコホンと私の脇で咳払いをした。
「アルは、そういう方面に免疫がないのですから。あと、さすがに我々のいないところでやってください」
「悪い。でも嬉しくて」
「ええ、嬉しいでしょうねぇ。おれでもアルにリボンとかもらったことがないですから」
フィリップ兄さまは少し悔しそうな顔をする。
幼い頃から親しいフィリップ兄さまだけれど、言われてみれば手芸系のものを贈ったことは一度もない。兄や父には渡したことはあるけれど、満足のいく仕上がりにならず、とても人さまに自信をもって渡すことはできないのだ。
「フィリップ兄さま、ごめんなさい。見ればわかると思うけれど、私、魔力を載せることはともかくとして、刺繍そのものは苦手なので……」
「アルには他にいろいろもらっているから、別に責めてないよ。ちょっと悔しかっただけだから気にしないで」
フィリップ兄さまは俯いた私の頭をポンと軽くたたいた。
ただその顔は少しだけ寂しそうに見えて、申し訳ない気持ちになった。
「リオンさま。とりあえず、隣室でそのリボンは検査を受けてください」
クラーク先輩が口をはさむ。
「検査?」
「持ち込みが認められるリボンは、せいぜいが魔力付与から一か月までのものだけだからね」
リオンさまが苦笑する。
「リボンのいわれはともかくとして、決闘のルールとしてはリボンの術を誰が施したかは問わない。その気になれば著名な魔道具の職人などに頼むことは可能だ。そうなると『家宝のリボン』なんてものを使う奴もでてくるだろう? それだと名家が圧倒的に有利になるからという理由で作られた規則だよ。今回私は、用意しなかったけれどね」
「リオンさまなら、塔に頼むことも可能でしたのに」
「それは、勝っても負けても、あまり面白いことを言われないと思ったからね」
確かに塔に依頼して、すごいアイテムになったとしたら。勝てばそのアイテムのおかげと言われてしまいそうだし、負けたら職権乱用までしたのにと後ろ指をさされるだろう。
「それに、これ以上のリボンは手に入らないよ。ただ……これをあまり人に見せたくないな」
「ええと、やっぱりそうですよね」
機能的にはともかくとして、縫い目はあまりそろっていないから美しくない。魔力の検査ではあるのだけれど、当然出来栄えも他人に見られるってことだ。さすがに皇子の持つ物としてのクオリティではない気がする。
「そうじゃない。あまりにも君が優秀すぎるからだよ」
リオンさまはなぜか不安そうな顔をした。
なかなか決闘しない(;^_^A すみません。




