第33話【神の技】(後編)
前回の続き……
「……さぁ……決着の時だ……」
シュラスはそう言うとティルディールから距離を取り、 ティルディールの本体の側へ寄る。
終わった……これでルーミちゃんの体も……!
誰もが決着を確信したその時……
『……どうした……早く始末すれば良かろう……その体にはかつての様にもう加護は無い……貴様なら容易い事だろう……』
抵抗しないティルディールを見たシュラスは動きを止める。
「……何故抵抗しない……」
『分かりきっている提で聞くか……意外にも冷酷なのか……それとも人間の真似事か……? 』
不敵な笑みを浮かべながらティルディールは言う。
「……この本体が無くなればお前の魂は否が応でもその体を離れざるを得ない……やるなら早い方がいい……が……お前、 まだ本体が他にあるな……? 」
「え! ? 」
「どうもおかしいとは思っていた……いくら魂の移し替えが出来るとは言え本体が朽ちてしまえばそれまで……ここまで生き長らえる事は不可能のはずだ……だとすれば本体となる器を複数に分けて作ってあるとしか考えられない……」
その事実を知った二人は驚愕した。
まさか……それじゃあ、 あの本体を殺しても……
そう、 二人が見つけた本体を殺そうが代わりがいくらでもいる……すなわち、 ルーミの体をどうされようとも本体をどうされようともティルディールにとってはどうでもよかったのだ。
となると……
『ご明察だ紅の死神よ……だがこうなるのは知っていた……手の内も見抜かれもはや打つ手なしとなれば……』
この体はもう要らぬな……
次の瞬間、 シュラスは何かを察し、 ティルディールの本体を破壊しようとする。
しかし……
『ブシュッ……! 』
「……へ? 」
その瞬間、 床一面に血しぶきが飛び散り、 辺りを赤く染めた。
その光景をエルとディアは見てしまった……
ティルディールは自ら首を掻き斬ったのだ。
『……今回は私の敗北を認めよう……だがせめてもの報いだ……貴様らには大切なモノを奪われる絶望を与えてやる……平和しか知らぬそこの小娘に……せいぜい教えてやれ……この世には……どうにも出来ない理不尽があるのだと……』
首から大量の血を噴き出しながらティルディールは不気味な程の無表情でそう言った。
「……端から体を移動させる準備をしていた訳か……」
シュラスはティルディールの本体を破壊しながら言う。
『紅の死神よ……我々はまだ終わらぬ……この世界を変えるまではな……』
そう言い残すとティルディールはルーミの体から抜け出し、 その場から消えてしまった。
身体が戻った瞬間、 ルーミは血だまりの上で倒れた。
「そんな……ルーミちゃん! ! 」
「あ……あぁ……」
エルは急いでルーミの元へ駆け寄るが、 ディアはあまりにものショックで動けなかった。
そんな……そんな……ルーミちゃんが……まさかこんな……!
倒れたルーミの体をエルは起こす。
ルーミの顔は失血で青白くなっており、 殆ど意識が無かった。
瀕死のルーミはうっすらと目を開ける。
「エ……ル……ちゃ……」
ルーミの声は途切れ途切れだった……
「ルーミちゃん……大丈夫、 シュラスさんなら何とか……! 」
そう言うとルーミは首を横に振る。
「……もう……間に……合わ……な……シュラ……スさ……いそ……し……そ……」
そう言うルーミの視線の先にはシュラスがいた。
シュラスはティルディールの本体を破壊するのに手こずっている様子だ。
「シュラスさん! 早く! 」
「駄目だ……下手に破壊すればここ一帯が蒸発する魔力爆発が起きる……そうなれば街の人間が死ぬ……一人の為に幾多の命を犠牲にするのはあまりに非合理だ……」
そんな……シュラスさん……
するとルーミはディアの方に目をやる。
ディアはそれに気付き、 我に返る。
「あぁ……お姉ちゃん……! 」
ディアはルーミの側へ駆け寄る。
目からは大量の涙を溢しており、 その顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
口調もいつもの強気の口調ではなく、 一人の幼い少女のようだった。
「フェ……ミ……ル……」
「やっと会えたのに……こんなのって……! いやだ……やだよッ! ! 」
この時、 始めてディアの本名を明かされた。
しかし今はそんな事はどうでも良かった。
フェミルはルーミの体にしがみつき、 必死に呼びかける。
しかしそんなフェミルの叫びは虚しく、 ルーミの表情は段々と弱弱しくなる……
シュラスはまだ手が離せない様子……もはや絶望的だった……
するとルーミは血濡れた手をフェミルの顔に添える。
「ごめ……ね……こんな……おね……ちゃんで……あなたを……守り……たか……った……のに……」
「そんな事……いいよ、 許すから! だからお願い……もう私を置いて行かないで! 」
ボロボロと涙を溢しながらフェミルは叫ぶ……
しかし……
「愛して……る……よ……フェミ……ル……」
その言葉を最後に、 ルーミの手は地面に落ちた。
その瞬間、 フェミルの泣き叫ぶ声が辺りに響いた。
丁度、 シュラスはティルディールの本体の破壊を終えた。
「……やはり……変えられない……か……」
「シュラスさん……やっぱり予知していたんですね……」
エルはシュラスの言葉に何も驚かなかった。
……これが……運命……
どう足掻こうがこの結末を回避できなかった事を理解したからだ……
しかしそれでもエルは諦められなかった……
「シュラスさん……貴方なら、 死者を蘇らせられるんじゃないですか……? 」
死者の蘇生……それはこの世界ではおとぎ話の魔法である……今までの歴史の中で、 死せし者を完全なる蘇生をさせた術者はいない……あるとすれば……それは『神話』の世界の話でしか存在しない……
すなわち、 エルの言っている事は完全なる不可能……いくら伝説の冒険者とて成せる事ではないのだ。
しかし、 シュラスの答えは……
「……可能だ」
「! ……なら……」
「駄目だ……それはこの世の理、 運命への冒涜だ……この世界の……変えられぬ未来を変えてはならない……」
エルの言おうとしていた事が分かっていたかのようにシュラスは断る。
……やっぱり……シュラスさんならそう言うと思ってた……でも……
「お願いです……シュラスさん……これは私の為じゃない……この子の為に……」
そう言いながらエルは泣きながらルーミの死体に縋り付くフェミルを見る。
「……生きとし生ける者……誰しも等しく死は訪れるものだ……遅かれ早かれ、 それは同じく『死』だ……フェミルの様に、 側で大切な者を失い、 悲しみを背負って生きていく者はこの世にはいくらでもいる……今ここでルーミを助けるのは……この世界にとっても……『不平等』だ……」
シュラスの言う事は尤もだった。
確かに……世界の神々は全ての命を『平等』としている……その『平等』は決して冒涜してはならない……私が望んでいる事は……神々への反逆と言ってもいい……
でも……
「確かに……死者を蘇らせるのはいけない事です……でも……目の前で大切な人が死んで……辛い思いをしている人を見捨てたくない……それが……」
「私達『人間』なんです! ! ! 」
そんなエルの言葉を聞いたシュラスは何かに気付いたように
「……そうか……愚かなものだな……愚か…………そうだな……」
そう呟くとシュラスは何かを唱え始め、 ルーミの亡骸の元へゆっくりと歩み寄る。
「……この世界の神々よ……どうか愚か者の願いを聞き入れたまへ……現実の冒涜……運命への反逆……俺はその『罪』を受け入れよう……故に……今は許して欲しい……」
そう唱えるシュラスの手から優しい光が溢れ出す……
やがて光はルーミの体を包み込み始める。
…………
その頃、 エルンソアのギルドにて……
シュラスの呪文で発生した光は地面から溢れ出し、 光の玉が街中を包み込んでいた。
その光景を見ていたウェヴィーラは……
「……この魔力量……並みの人間じゃ到底辿り着けない境地……まさかシュラス君が……? これじゃまるで……」
「神の技……! 」
…………
「……目の前で唯一無二のモノ亡くし……嘆く者の為に……今一度……この死せし者に……生きる筈だった未来を……命を……還したまへ……」
すると次の瞬間、 ルーミの体を包む光は傷を塞ぎ、 飛び散った血がルーミの体の中へと戻っていった。
やがてルーミの体は血の気を取り戻し、 呼吸が戻ってきた。
ルーミの体に触れていたエルとディアはルーミの心臓の鼓動が戻ったのを感じる。
まさか……シュラスさん……本当に……!
心半ば半信半疑だったエルはシュラスの成す技に驚愕する。
そして……
「……ん……あれ……? 私……」
ルーミは目を覚ました。
「目覚めたか……阿保……いくら面倒を掛ければ気が済む……」
「ルーミちゃん……! 」
目の前の信じられない光景にエルは思わず涙を溢す。
「エルちゃん……シュラスさん……? え、 それに……フェミル! ? 」
イマイチ状況が掴めないルーミにエルとフェミルは思い切り抱き付く。
「ルーミちゃん! よかった……本当に良かった! 」
「このバカ姉貴! ! 散々探させておいて目の前でくたばりやがって! ! 私がどれだけ……どれだけ……寂しかったか……本当に……よかった……」
泣きつく二人にルーミは困惑する。
「え……えぇ~……? 」
・
・
・
しばらくして、 四人はエルンソアへ戻り、 ウェヴィーラの元へ向かった。
ルーミはシュラスから今までの経緯を聞き、 大体の記憶を取り戻した。
「……そうだった……私……魔王に乗っ取られて……」
「全く……世話が焼けるにも程がある……アジトにあった扉は予想通りとは言えハズレの扉だった……加えて俺は世界最大の罪を犯した……このツケは大きいぞ……」
「うぅ……ごめんなさい……」
……良かった……いつものルーミちゃんだ……
二人のやり取りを見てエルは心底安心する。
するとウェヴィーラが話し始める。
「まさか君にあんな力があるとはねぇ~……いやはや、 久しぶりに心から驚いたよぉ~……」
ウェヴィーラは感心する反面、 シュラスの事を心配していた。
「でも……話を聞くに、 君はこの世界で最も重い罪を犯した……世界の人々は知らずとも、 神々はきっと許しはしないだろうねぇ~……こればかりは僕が入れる領域じゃないから、 何もできない……」
「分かっている……だが罪に関しては……まぁ何とかなるだろう……かなり面倒だが……」
それを聞いたウェヴィーラは何かに引っ掻かる様子を見せるが何も言わなかった。
そんな事をしていると……
「なぁ……難しい話はもういいって! それよりもこのバカと話を付けてぇんだよ! 」
フェミルがルーミの頬を引っ張りながらそう言う。
そうだよね……折角家族に再会できたし……話したい事は沢山あるよね……
「シュラスさん……ここは……」
「……勝手にしろ……人の家族の話を邪魔する程俺は無粋ではない……」
「そうか、 そんじゃ行くぞバカ姉貴! 」
「あぁ~フェミル~、 耳は引っ張らないでよぉ……」
シュラスが言うとフェミルはルーミを引きずりながら部屋を出た。
…………
「全くこのバカ姉貴! この三年間ずっと探し回ってたってのに……エル姉さんから聞けば随分と好き勝手やってたそうじゃねぇかコラァ! 」
「ギクッ……その……えぇ……と……」
エルから全てを聞いていた事を知ったルーミは冷や汗をだらだらと流す。
「あぁ痛い! 治ったばかりの首がぁぁぁ! ! 」
そう叫ぶとルーミはギルドを飛び出し、 逃げた。
「誤魔化すの下手か! ! そして逃げんなぁぁぁ! ! 」
その後をフェミルは追いかけた。
続く……




