7.優しい子
「そうか。では治癒スキルのことも、働いているうちに見聞きしたのか」
「はい。その……種類とか、本当のところはどうなっているとか、使い方とかはしらないんですけれど……」
「ああ。君たちはスキル鑑定を受けずに、派手な能力も見たことはないから理解が乏しいのだね。君だけがどういったものかおぼろげに分かっていると」
「はい。メレだけは……偶然スキルが分かって……」
「だから、あのような方法でお金を稼いでいたのか」
「……お金は稼いでいません。ものをもらって、それを売っていたんです」
「ああ、神殿に目をつけられても、そこは言い逃れできるか」
「ええ、そして、お気付きの通り、下層民にしかスキルは使いませんでした。裕福な人たちに使うと何かとめんどう、えっと、危ないですし……それに、神殿や国には見つかりたくなかったんです」
「賢明だな。最低限の自衛はできている」
ディナータは感心しているが、彼に見つかってしまった時点でミカの浅はかさは分かってしまった。
「子爵は、どうしてメレを養子にしたいんですか?」
これがミカの聞きたかったことだ。
話だけ聞いていると、メレを保護することで、みんながこれから起こるだろう騒動に巻き込まれないようにするということだった。
「子爵にいいことがない気がします」
「……いや、私にも大きな利益はあるんだ」
ディナータは首を振る。
「むしろ、私の目的のために、メレ君……その治癒スキルを欲している。君にだから正直に話そう。メレ君のスキルで、このディナータ家を守りたいんだ」
「守る……?」
「君は、貴族階級は理解しているかな」
「えっと、すこしだけなら……」
「おさらいがてら、教えておこう」
貴族は偉い順に、王、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、と爵位がある。
ディナータ家の子爵は、どちらかというと下級貴族になる。それでも平民とは天と地の差があるけれども。
「私は、養子なんだ。前はただの平民だった」
「……え!?」
クレシオ・ディナータ……目の前の若い上品な男が、元は平民だとは見えなかった。
彼は肩をすくめた。
「とはいっても、その平民の前は貴族だった。伯爵家でね……今よりも上の家だった」
「え?どうしてそんなことに?」
伯爵家の子息が、平民になり、そして今は子爵だ。謎の階級の変わり方である。そして激しい。
「いろいろ事情があるが……私は伯爵の期待に添えなかった。家には不適格だと、追い出された形だ」
「そんな……」
「だが、平民に下って、悪いことばかりかと言えばそうではなかった。元から私を気に食わなかった生家より、温かく迎えてくれたオンボロ屋根の家のほうが居心地はよかった。本当の親だと思ってくれていいと、育ての親も愛情をくれた」
「それは……わかる気がします」
「そうか」
子爵は微笑んだ。
「……けれど、私には貴族の血が流れている。それは隠しようがない事実で、他の貴族が騒いだのだ。まあ、詳細は省くが、とても面倒なことが起こってね……」
うんざりとした子爵の顔を見ると、ほんとうにとても面倒だったのだろう。
「その中で、ディナータ先代子爵が、私を養子にしてくれると言った。もちろん、ただの好意や憐れみからじゃない。この、元をたどれば伯爵の血を持つ人間がよかったのは否めないと言った」
「……それは、子爵は、良かったのですか?ご両親も……」
「みんな納得した。これが最善だと。子爵家は後継ぎとなるからにはそれなりのことはしてくれると約束し、実際そうだった。先代子爵は亡くなったが、夫人は今も別邸で私のことを見守ってくれている。だからこそ、私は……この家を守りたい」
ぐっと、子爵の手がテーブルの上でこぶしを握る。
「一度平民に下ったとはいえ、出自が貴族ではある私に文句を言うものは減ったが、その代わりの敵ができた。……そう、伯爵家だ」
「追い出した息子が、別の貴族になっているのは……気に入らないかもしれませんね……あ、すみません」
「そのとおりだよ」
くつくつと笑う子爵は機嫌は悪くなさそうだ。
「実のところ、私がいたらないばかりに子爵家の立場はそこまで良くないのだ。そこに伯爵の圧力がかかり……今はすこし、よろしくない状況だ」
「そうですか……では、そこにメレを、養子にして何をしようと……?」
「ああ。治癒スキルは希少だ。それだけでも一目置かれる……有り体にいえば、権力が持てる。その力を、我が子爵家に取り込みたい」
「それって、」
「ああ、メレを利用したいということだ」
「……」
ずいぶんとあっぴろげに言うのだな、と子爵の貴族らしい笑みを見て思った。
「決して、彼女に悪いようにはしない。何一つ不自由ない生活を約束しよう。君たちもスラムには戻れないだろう?どこか働き口、あるいは養子縁組も考えよう」
「……それは……メレが決めることですね」
「怒ったかい。けれど、私も必死だ。あの兄に恨まれようと、これはメレに承諾してもらう」
「私が怒ることはないです。同じことを、メレにしていたようなものですから」
利用して、生きるためといって危険だと分かっていて彼女を連れ回した。
「……君とは根本的に違うと思うがね。物わかりがよすぎるのも……いや、君とは昨日会ったばかりだ。いろいろと急いでもしょうがない」
子爵のなんとなく呆れたような顔を見て、ふとミカは気づく。彼のおかしな言い方に。
「……子爵もです。どうしてメレを国からも神殿からも守るためだからと言わないんですか?」
彼はちょっと驚いたようだった。
「……そうだな、どうして言わなかったのか。ただの見栄だろうね……見栄か、はは、なんてみっともない」
「それは私にはどうとも言えません」
「ありがとう。本当に君は子どもとは思えない……いや、心優しい少女なのだろう」
「違います。優しくなんて……」
メレのことが思い浮かぶ。
彼女こそ、優しい子だ。ミカなんか、ぜんぜん足元にも及ばない。
子爵はしばらくじっとこちらを見て、それから立ち上がった。
「……私はこれで失礼しよう。君はお茶をもう一杯飲むといい。さっきのメイドを呼ぼう」
「……ありがとうございます」
子爵と入れ違いに、メイドがやってきた。
彼女はお茶を優雅に淹れながら、
「旦那様に何か言われましたか?」
「え?」
「何か嫌なこと言われたら、怒ってもいいですよ。そう私も旦那様に言われましたので」
「……ふふ、そうなんですか。大丈夫です。ちょっと私の……そうですね、いたらなさに落ち込んだだけです」
「まあ、ミカさんは大人のようですね」
子ども扱いされて、とても笑いたくなってしまった。




