6.こういうことは2度もなくていい
「メレを私の養子にしたいのだ」
つまり、ディナータ子爵の目的で、話というのはこのことだったのだ。
メレは驚いて目をまん丸にして、他のみんなは何のことかわからずにひそひそとささやきあっている。
ブローは……
「メレに何をするつもりだ!」
やっぱり、怒った。
それを、子爵は大人の余裕で笑った。
「君がメレの兄か。妹を守ろうとするとは、いい兄だ」
「っだ、騙されないぞ!メレが不思議な力を持ってるから、自分のものにしたいんだろう!」
「まずは聞いてほしい。君たちにも悪いことじゃない」
続く子爵の話は、ミカの予想通りだった。
メレの治癒スキルは貴重なものだ。
それを使って自分たちの生活を良くしようというのは、自然の流れだった。
けれど、『小さな天使』の噂は広まっていく。そうして国や神殿の耳に届けば、きっとメレを狙っていろんなことが起こるだろう。
そう、家を焼かれたのは、ある意味当たり前だったのだ。
「私は、君たちのような身寄りのない子供を助ける活動をしている。メレは特殊だ、このままだと君たち全員が不幸になってしまう」
メレが、ふと悲しげな顔をした。
「私の……せいなの?」
「メレ、違うの!」
「そうだ、誰も悪くない」
ミカの声に被せて、子爵がきっぱりと言った。
「ジョブスキル、特にそれが判明する子どもの段階で、誰が何を持っていようとそれは運命というものだ。それでも誰かのせいと言うなら、神様のせいだな」
「神さま……」
ふと、メレがミカを振り返った。
「……そうなのね」
「どうしたの?」
「……ううん。あの、ししゃくさま」
メレはディナータにもう一度向き合った。
「考えてもいいですか?」
「いいとも」
「メレ!」
ブローが足でカーペットを蹴る。気に入らないとそういうしぐさをするのだ。
「お兄ちゃん、考えさせてほしいの。これは、みんなのためになると思う」
「いやだ!メレはおれの妹だ!」
「お兄ちゃん……」
「ブロー、メレのことも考えてあげて」
「いやだ!」
「……大丈夫だ、急に妹を取っていったりしない。君も、考えるといい」
「……!」
ブローの前で膝をついて目を合わせるディナータに、彼はうろたえた。
「ここにはしばらく好きにいたらいい。ゆっくり考えて……昨日のこともある、心が落ち着くまで待とう」
「……う」
ブローはふんっと顔をそむけた。まっすぐに言われて、きっと戸惑っているのだ。
「何か聞きたいことは?」
メレに子爵が尋ねると、メレは首を振った。
「よくわからなくて……考えてから、また聞いてもいいですか」
「ああ、いくらでも」
「あの、」
ミカが手を上げると、子爵は分かっていると頷く。
「ミカ君はお茶を一緒にどうかな。もちろん他の子たちも別室に用意してある」
「おちゃ?」
「なんだそれ?」
「ふふ、みんな行ってらっしゃい。きっと驚くと思うよ」
執事らしい人とメイドたちに促されて、メレたちは部屋を出ていった。
「……さて、君は別のゲストルームで私に付き合ってもらうことになるが、かまわないか?」
「えっと……お招きいただき、感謝します?」
「はは、すばらしいね。君ならどこの社交場に出しても恥ずかしくない」
「からかわないでください」
ちょっと前世の漫画を思い出して真似てみただけだ。頬が熱い。
「いや、君はどこか違うね」
子爵に連れて行かれたのは、大きな窓がある比較的小さな部屋だった。上品な内装で、これなら落ち着いてお茶ができそうだ。
「うわあ……」
テーブルにはところ狭しとならぶお菓子と軽食。
(ティースタンドなんて初めて見た!)
窓際にセッティングされていて、椅子に座ると外の庭が見えた。
今は初夏で、きれいに整えられた花壇にバラのような花が咲いている。
「きれい……」
「お気に召したかな」
「はい!……あ、ありがとうございます、このような素敵なお茶会に……」
「大丈夫だ、マナーも挨拶も強制しない。私相手なら気にすることはないよ」
本当になんでもなさそうに席に着くディナータに、ほっとした。
「……ありがとうございます。慣れていないのはそうなんです……」
前世だって、こんなしっかりしたお茶なんてしたことがない。ファストフード店か、ファミリーレストランで友達と話したことがあるくらいだ。
(あ、会社の人に新歓だってちょっといいお店に連れて行ってもらったっけ)
それくらいの乏しい社会経験だ。
すぐにメイドの人がお茶を持ってきた。押してきたカートに綺麗なカップが並んでいる。
どきどきと待っていると、美人のメイドさんはそっと微笑んでミカにお茶を出してくれた。
思わず頭を下げるのは、前の人生の記憶のせいだ。
「君も下がっていい」
「かしこまりました」
メイドさんは子爵の言葉にお辞儀して、部屋を出ていく。
しばらくお茶とお菓子を堪能し、美味しさに蕩けそうになったところで、子爵は話し始めた。
「君の質問を聞く前に、私の質問に答えてほしい」
「……はい」
何を聞かれるのか、ちょっと緊張してしまう。
「君だけ、他の子どもたちと様子が明らかに違う。昨日も、最近仲間たちのところに来たと言ったな、どういうことか教えてほしい」
「……はい。私は……」
家出をして、あそこにたどり着いたこと。
父親と二人暮らしだったが、毎日暴力を受けていたこと。
仕事はミカがしていて、ほとんど生活費はミカが稼いでいたこと。
仕事をもらえなかった日に、命の危険を感じて逃げ出したこと。
話していくと、本当にどうしてこうなったのだろうと落ち込んでしまう。
前世もそうだったのだ。
幼い頃は両親と妹がいて、あまり裕福ではないが一緒に暮らしていた。
けれど両親の仲は悪かった。どうして毎日ケンカをするのか、分からなくても怒鳴り声や物を壊す大きな音に、妹と部屋の隅で震えて身を寄せ合っていた。
ミカが小学5年の時、両親が離婚をした。
理由は、母親の不倫が分かったからだった。
妹は、父親が違っていた。
妹は母親に連れられてアパートを出ていき、ミカもまた、父親の稼ぎが悪く追い出されるようにその部屋を出た。
母親と妹が出ていってから、本当のミカの苦しい時間が始まる。
行政からの支援でかろうじて生活できていたが、父親は働かず、ミカは中学はなんとか出たものの高校へは進学できずに働きに出た。けれど、稼いできた給料は父親に取り上げられ、数円でも先月よりも稼ぎが悪ければ罵声を浴びせられ、殴られた。
まるで、一緒だったのだ、今のミカと。
転生というものだろうと思う。今の『ミカ』としてちゃんと生きてきた感覚がある。
けれど、なら、どうして同じ苦しみを味わわなければならないのか。
惨めで、むなしい。
――前世の記憶は、そんな父親から逃げ出し、会社に正社員として雇用されて、やっと解放されたと思った18歳の頃までだ。
セオリーというなら、死んでしまったのだろう。よく覚えていないのだが。
(……せっかく、自由になれたのに)
すこし涙が出てしまったが、子爵は今までのミカの人生に泣いたのだと思ったらしい。
「……大変だったようだな」
「そうですね。……い、今も、帰りたくなくて……」
「なら、その件は黙っておこう。君が我慢して父親の面倒を見る必要はない」
「……いいんですか?」
子爵は苦い顔をしてため息をつく。
「ああ、そういう、親で苦労する子どももたくさんいる。君はこうやって違う環境に身を置けたのだ、幸いと思っておくといい」
「はい。あの、子爵にご迷惑は」
「君の父親は下層民だろう。貴族に楯突くならいくらでも黙らせる手はある。……おっと」
手を口元に当てた子爵は、どうやら言うつもりがないことを言ったようだ。
「すまない。どうにも君と話していると子どもだということを忘れてしまう」
「過激だと思ったんですけれど……聞かなかったことにします」
「そうしてくれるとありがたい」
バツのが悪そうな様子を見ると、本気で予定外に口を滑らせたようだ。
それだけ、信用してもらっていると思っていいのだろうか。




