5.遅かれ早かれ
子爵邸だというお屋敷は、貴族のものだけにすごかった。
同じ街にいて、こんな豪邸をみたことがないミカを含め、全員がびっくりしてしばらく何も言えなかった。
保護してくれた子爵は、メイドたちにミカたちを任せた。
接してくれた人たちは、嫌な顔をしたりいじわるしたりなんてことはなかった。中には気さくに話しかけてくれる人もいて、少し緊張がほぐれた。
食事もくれた。パンやスープ、くだものといった軽食だけれど、新鮮でおいしくて、こんなもの食べたことがないとみんな喜んでいた。
でも、おかみさんがくれたまかないを、持ってこれなかったのが残念だ。
その夜。
「……お話したいのですが」
「ああ、いいとも」
使用人に子爵に会えるかと聞くと、取り次いでもらえた。
執務室らしいところで椅子を勧めてもらって、ミカは緊張を取り戻してしまってぎくしゃくと座った。
少し固めの、生地が高級な椅子は、座り心地がいい。
「何から話そうか」
「……まずは、お礼をしたいと思います。本当に、ありがとうございました。住む家もなくなって、あなた様が来てくださらなければ、きっとどうしていいかわからず……」
「ああ、偶然だが本当によかった」
穏やかに向かいに座った子爵に、悪い影は何も見えない。
けれど……ミカはなんとなく、納得できなかった。
「本当に、偶然ですか?」
「……」
すっと、子爵は笑みを消した。
「実を言うと、宿から君たちをつけていたんだ」
「……やっぱり、そうでしたか」
「それは謝罪しよう。だが、危害を加えるつもりは最初からなかった。話がしたかったんだ。それと……火事は私の仕業ではない」
「……信じます」
本当に?と言いたい気持ちもあるが、今は警戒するだけにしよう。あの時の子爵の様子は演技には見えなかったのだし。
「……火事は、誰かに火をつけられたみたいです」
ミカは仲間に聞いて回った。失火ならどうしようもない。けれど、もともとあまり火は使わないのだ、燃料がもったいない。
やはり火は使っていなかった。それと、壁の修繕を見ていた子が、シミのような汚れと、嗅いだことのない臭いにおいがしたという。
おかしいと思い、あとから仲間に見てもらおうと思った……その数分後に、そのシミのあたりから火が出た。
あわてて外に出て、全員無事だったのは不幸中の幸いだった。
「……現場で水の魔法を使って消火した部下が、油の匂いがした、と」
「やっぱり」
「犯人は……特定しようがないと思う。どうする?探すかい」
ミカは首を振った。
予想できる犯人はふたつ。メレの治癒能力を疎ましく思った人。もしくは羽振りが良くなってきて動きが活発になってきた子どもたちへのやっかみ。
どちらも、犯人を見つけても今のミカたちにはどうしようもない。
「それよりも……これからメレのことを考えないと……」
「まさにそうだ。私はその話をしたかったのだ」
「遅かれ早かれ、と言われましたよね……貴族のディナータ様が来るってことはやっぱり、メレの力は噂になりすぎたんですか」
治癒をして回ったのは、底辺……つまりスラムや生きるために必死な下流の階層の人たちだった。それ以上の階層の人たちは、下の人たちのことなんて見向きもしない。
だから、もう少し、噂が広まるにしても猶予があると考えていた。
その読みの甘さが……今回のことを起こしたのだとしたら。
「もしそうなら……火事は、私のせい、」
「それは違うだろう」
きっぱりとディナータは言った。
「誤解させたようだ。私が来たのは目的があったからだ。貴族の間では『天使』のことはなにひとつ聞かなかった。庶民の間でも。私は……こういってはなんだが、慈善事業をしている」
ディナータは膝の上で手を組んだ。真剣な目だ。
「だから、下流社会の噂は少し耳が早い。その中でも最近いきなり出てきた、どう聞いても治癒スキルを使う子どもの話は無視できなかったんだ」
「そうだったんですか」
「……君は、治癒スキルがどんなものか、知っているのか?」
「よく……知らないと思います。持っている人が少ないのと、神殿と国が独占しているくらいしか……」
よく分からないのに、メレに使わせていた。
やっぱり、ミカは悪いことをしていたのだろう。
ディナータは、驚いたように目を丸くした。
「いや、それが分かっていたのならじゅうぶんだ。だから、その、君は悔いているんだな」
「……後悔していると言うなら、そうです。私が、余計なことをして、メレを、みんなを危険な目に合わせて、家を……なくさせて、」
「違う。それは勝手な周りの思惑だ。君たちは心ない人間に害され、家をなくした。火をつけた人間が悪いのだ。だからそう……自分を責めるな」
「でも……私は、メレばかり目立たせて、」
「外から見る人間はいくらでも言えるんだ、ああすればこうすればというのは。遅かれ早かれという言葉が悪かった、謝ろう。君たちはよくやった。今、こうやってみんな生きている」
涙が出そうだった。でも、ミカが泣くのは卑怯だ。
みんなのためにといって、本当はただ自分が生きたいから仲間を利用していたのじゃないか。
「家がなくなって……みんな、悲しいだろうなあ」
「君も、悲しいんだろう」
「私は、少し前に来たばかりで」
「時間は関係がない。みんなと一緒だろう。悲しかったな」
「……う、」
とうとう涙が出てしまった。
本当は、みんなとあの家で暮らしたかった。
大変だったけれど、楽しかった。みんなと一緒に帰る家があって、少ないけれどみんなと食べる食事が好きだった。痛いこともなくて、笑って。
みんなといたほんのちょっとの時間が、こんなにも愛おしい。
ぼろぼろと涙が止まらない。
「ひっ……ごめんなさ、」
「いいや、我慢しないほうがいい。君はまだ子どもだ」
そっとディナータが近づいてきて、ハンカチをくれた。
このハンカチ高いだろうな、と思いながら、みっともなくて恥ずかしくて結局使わせてもらった。
「……っ、すみませ、ん」
「かまわない。言ったように君もまだ子どもだ。大人のふりをしなくていい」
「……」
もう大人だというと笑われるんだろうな、とぼんやりと思う。
「けれど、おそらく君が一番話ができるというのも本当だろう。大人扱いはするつもりはないが、いろんなことを聞かせると思う。嫌だったり、負担がおおきいと思えば言ってくれ」
「はい。お気遣いありがとうございます」
「本当に大人顔負けの行儀のよさだ」
ふっと子爵は笑った。
「今日はもう遅い。ゆっくり休むといい。明日から話を始めたい。急ぐこともないからね」
「分かりました」
泣いたせいか、すごく疲れて話を聞けない気がする。素直に休ませてもらおう。
「それと、何度も言うが、ここにいる間は誰も君たちを悪くするものはいない。安全だ」
「……ありがとうございます、本当に」
今はこの色々してくれた人を、信じようと思う。




