25.フィショノ御殿
スイートポテトと、その関連商品のレシピの権利。
マヨネーズのレシピの権利。
これらがディナータ子爵とミカの共同事業の目玉になった。
まず、スイートポテトについては、『フィショノに乳とバターと卵を混ぜて焼いたもの』として、これを作るお店はまずはフィショノそのものをディナータ子爵から買い、レシピも一緒に決められた金額を最初に払ってもらう。フィショノの在庫が少ないけれど、ファルニル村からもすべて子爵が買い上げてお店に渡すことになった。フィショノは収穫が目前に迫っている。ちょうど王都にスイートポテトがお目見えする頃で、供給不足にはならないだろう。
スイートポテトの正体はしばらく伏せておいて、ディナータ子爵はその原材料の芋の生産をファルニル村を中心に増やすつもりらしい。
『スイートポテト』のレシピ、それとそのアレンジだったり派生商品の権利も子爵にあるので、新しい商品ができればその権利の料金も入ってくる。そもそもそのうちフィショノが大量に出回り値崩れすることはお店にも言ってあり、料金もそんなに高いものじゃない。
今は、フィショノの希少価値で高くなるらしいけれど、高級志向にするには高く質のいい材料をつかったり、アレンジで色んなものと一緒に出す、という方法になるようだ。
マヨネーズは、スイートポテトとは違い、庶民向けの変わったソースとして中層以下のお店で使ってもらうことにした。こちらもレシピを買ってもらうのだが、ほんの少しの料金だ。そのうち広まってしまって権利は主張できないことになるだろうし……ということで、これは事業としてはおまけである。
……という話を、ジョエックたちとまとめたのが3週間前。
「ふえー……すごいねえ」
「ミカはすごい」
「いやすごくないよ、子爵のおかげ」
コネもカネもないので、ぜんぶ子爵にやってもらったのだ。
ただ、事業としてはそこそこの儲けになるだろうというので、慈善事業もしているディナータ子爵は金策ができたと喜んでくれたようだ。
「けど……マヨネーズのレシピでこんなにお金ができるなんて」
最近衝立(タレオ作)をパーテーションのように使って、正面大ホールを区切ってくつろぐスペースにした。
子どもたちが使うからとローテーブルに低い椅子を用意して、なかなかいい雰囲気のそこに、不釣り合いな金貨袋がでーんと存在を主張している。
「来月と再来月くらいはカンテールの契約金払えちゃうよ……」
「そんなに!?」
喜んだエンリエッテの顔を見て、まあいいことだよね、と、ミカもやっと実感する。子爵の使いの人に手渡されたときは、何かの間違いかと思ったけれど。
子爵が気を利かせてくれて、マヨネーズの権利は仲介料で少しだけもらうと本当に少しだけ減っていただけだった。そして、中層が主にターゲットだったけれど、上層や貴族にもレシピを融通したとのこと。意外と、美食家や好事家という人たちがいて、世に出るより先に変わったソースを堪能できると喜んだらしい。貴族料金というものを払われて、こんなパンパンの金貨袋になった――と明細と手紙が一緒に添えてあった。
「このままだと、スイートポテトもすごいことになるんじゃ……」
「ええっお金持ちになっちゃう!?」
もしかして、子爵がやり手だったのではの件。
ただ、これがずっと続くわけではないと子爵は考えている。
スイートポテトにしろマヨネーズにしろ、元々が安価で難しいものではないので、すぐに物珍しさはなくなり、さらに安価になる。レシピだってすぐに漏れるか研究され判明して権利は主張できなくなる。
広まるより先に広める、というのが次の戦略で、王都で人気を確かめてから、この国のあちこちに今度はじかに店を作り、スイートポテトとマヨネーズを広める。
あとは安定した経営とフィショノの生産販売で、売り上げを継続していくつもりだという。その利益をミカにも分配してくれるというので、今しばらくは生活に困らなさそうだ。
そして――ミカに秘策がある。
それは、館のすみっこに。
「もう、ほとんど村のフィショノと変わんなくなっちゃったね……」
「ほんと、夢見てるみたい……」
「……」
館の井戸の近くの畑が、とんでもなく成長が早い。
仮説だけれど、ミカの『座敷わらし』が植物がだいたい持っているジョブスキル『成長』に作用して、成長促進しているのだろう、ということだ。
ミカが植えたときは、気温や天気などはちょうどだったのだが、普通なら赤の1から2の月(地球でいう6,7月)に植えるもので、その1か月以上ズレた栽培だったから季節の最後にやっと食べる量ができればいいなと思っていたくらいだった。
それが――こんもりと、畑が繁っている。
小松菜に似たぺぺはもう収穫が始まっているし、遅い時期だがトマトに似たエテーニももう数日ではないだろうか。
そして、その横に、もうひとつ畑ができた。
色んなものが植えてあるのは、実験だからだ。
季節外れのものや育てるのが難しいものが、10株ほどと――20株のフィショノ。
この成長の早さなら、もう一回行ける!と子爵と村の人々に押されて植えたものだが……数日前に植えたのにやっぱり、葉っぱはだいぶいっぱい増えてきている。
もういくつかフィショノの畑を作る予定で、今急ピッチで館の空き地が耕されている。
「フィショノだらけの館になりそう」
「フィショノの館」
なるほど!とエンリエッテはすごく納得しているが、そういえばニシン漁で儲けた人の大きい御殿が……前世を思い出してちょっと遠い目をしたミカだった。
――そして、冗談でもそんなことを思い出さなければ……と、後悔したのは次の日だった。
「へ、家の周りをフィショノ畑に!?」
「嬢ちゃん、頼めんかね」
村長直々のお願い。
あとから作った屋敷のフィショノ畑が順調なので、今植えれば収穫を見込めるのでは、ということだ。
ミカのスキルのことはエンリエッテには説明したけれど、村の人々には言っていない。けれど作物の異常な生育については関係があるとだけぼかして伝えたのだ。
「で、でも、その……私の家じゃないと……」
「ふむ、土地を嬢ちゃんにあげるから、というのでは」
「へ!?」
確かに家の周りはなにもなくて、少しひらけているのだけれど。
そしてたぶん、土地をもらってしまえば、できないことはない。自分の家の敷地だと思えばいいのだから。
「子爵との事業の足しにするためであるからの。あまった土地くらい、どうにでもできるのでな」
「……そ、村長さんがいうなら……?」
独断で村の土地を来たばっかりの子供にあげるのは、村の人たちにどうなのだろう?
と、心配したが、ただの杞憂だった。
了承したら、すぐに手すきの村の人たちがあれよあれよと集まってきて、館のまわりを耕しはじめた。
男たちがクワを振り上げ、ざっくざっくと地面に突き刺さり掘り返され、石や太い草は女が取り除いていく。柔らかくなったところに、数人の子どもとご老人方が肥料を撒いて。
「だってフィショノが増えるんでしょ?」
「売れるんだろ?今までは食うばっかりで……いや飢えるのよりはもちろん悪くはなかったが」
「館のまわりだって……あんなことがあったから……」
「え?」
「なんでもないって!なあ!?だからあまってるっちゅーより使えなかっただけだから!」
……何かまた不穏なことを聞いた気がするが、1日で畑として整ってしまい(村人の整地スキルと農業スキルが発揮された)、翌日の夕方には一面の苗に埋まっていた。
「……うん……『家』になってるっぽい……」
「わーい!フィショノいっぱーい!」
エンリエッテはフィショノが大好きで、大変喜んでいる。
もちろん村総出で収穫まで世話をするというのだから、ミカの負担はほとんどない。
(土地……増えちゃった)
フィショノ御殿と呼ばれる日も近いかもしれない。




