24.これもですか!?
フィショノを使ったお菓子、つまりスイートポテトだ。
高級かどうかは……そこはちょっとあやしい感じがするのだけれど、これは子爵になにやら計画があるらしい。
名前は、シークレット感があるというので『ミカが覚え間違えをしていた』スイートポテトそのままでいくとか。
「王都で、ディナータ家に関わりがある商店などに声をかけ、関係レストランやパティスリーにこの『スイートポテト』をメニュー展開させ、その商品とレシピの利権で収益をあげる、というのが事業の中核です」
実のところ、材料費はそこまでかからない。
牛乳やバター、卵などはものすごく安価なのだ……前世の日本に暮らしていたらわざわざ買わないといけなかったけれど、この世界だと村に牧場がひとつでもあればもらってくれと言われるほど。
値段が高い、というより貴重なのはフィショノと甘味料だ。
「材料のフィショノについては、この国ではディナータ子爵の独占栽培になっておりまして、価格がついていない状態です。今フィショノ自体を売り出そうとすると、市場の価格を子爵家ではどうともできない」
この国で初めて出てくる作物、その実は簡単に、大量に生産ができるので、誰かが気づいてしまえばもうあとは作りたい放題だ。もっと力がある貴族だったら、ずっと独占できていたかも、ということだったが、ディナータ子爵自身、食糧事情対策で南の国から輸入したのだ、国で流通するにはむしろいいのではないかということだった。
「そこで、『スイートポテト』はフィショノを広めるいいきっかけになります。見たことのないデザート、味の方もかなりのものです、乳や卵を加えただけの芋だとは誰も思いつきません」
意外性というやつだ。
「材料費もさほどではなく、作り方も……その、簡単と言いますか」
「ええ、そうです、本当はそれを売りにしたいくらいなんですけど」
見た目さえ気にしなければ、混ぜて焼くだけ。
たくさん材料や調味料を使って、たくさんの工程を踏むのが高級料理、と思うのは、ミカも覚えがある。
だから、簡単と言うのは悪口になりそうだと、ジョエックはためらったのだろう。
ミカは簡単で美味しいのは、とてもいいことだと思うけれど。
「気にしないです。お店にも気にしないように言っておいてください」
「分かりました。安物に見えて受け入れられない店などもありそうですね……」
かきかきとメモを取るジョエック。
「それと……」
――いろいろなことを話した。
(会議って大変!)
事業自体大変なものだと思うけれど、それを具体的にするのには色々なことを決めなければならない。
頭がふわふわぐるぐるする。頭にだんだん入らなくなってきた。
ちょっと休憩、と言おうとしたときに。
「あの、お腹すきません……?お昼ご飯はいかがですか……?」
ちょっとおっかなびっくりキッチンから出てきたエンリエッテが、ミカには輝いて見えた。
「ちょうどいいですね、休憩いたしましょう」
ジョエックもご飯は賛成なようだ。
すっとロダンが立って、エンリエッテと一緒にキッチンへ。
「お手伝いします」
メイドのコリーナさんも行って、すぐにいくつかのお皿を3人で持ってきた。
「これは」
シュモークが気づいて笑った。
「あの時のパンですか。おいしくいただきましたよ」
「お口にあったようでよかったです」
王都に戻る時にあげたサンドイッチだ。
パンに具材を挟んで食べる方法はあるのだけれど、どうやら労働をする中層以下の人間が手早く食べるための形式みたいで、大きなパンを割って適当に挟むとか。
ミカは――今回はエンリエッテが作ったけれど――、前世の白いパンの耳を落として薄切りにして具をはさみ、三角にしたやつだ。パンの耳はバターで揚げ焼きにして、はちみつをかければ3時のおやつになるので、エンリエッテは必ず楽しげに耳を切り落とすのだ。
「ほお、これは……見た目を整えればなかなか」
子爵のコックのバーエンも気になるようで、しげしげと皿を見ている。
「えっと、エンリエッテ、何を入れたのかな?」
ミカは見ればわかるけれど、ちょっとレストラン風に「こちらはチーズとハムのサンドイッチになります」とか紹介してくれたらなー、という思いつきだった。
エンリエッテはミカの意図には気づかなかったけれど、たどたどしく説明を始めた。
「は、はい、こちら、エテーニ(とまと)と鶏肉の煮たのを細切れにしました」
「ほう?鶏のエテーニ仕立て」
珍しい料理ではないけれど、バーエンは持ち上げて匂いを嗅ぐ。
「何か匂いが……ハーブ?」
「はい、香りがいいので、近くの育てているおうちから分けてもらって」
「なるほど!たしかに料理に入れるときもありますね。こちらは」
「玉ねぎをバターで茶色になるまで炒めたあと、豚のお肉を細かく切って入れて……」
「甘い香りがする。色は沈み気味ですが、匂いで食欲がわきます」
「あとは、ハムとチーズ、もうひとつのは『ポテトサラダ』です」
「「「「「ポテトサラダ?」」」」」
王都からの5人が全員、言った。
(あっ、しまった)
ミカがいつも言っていたのをそのまま口にしてしまったエンリエッテは、お客の反応に驚いてぴゃっと飛び上がった。
「えっ!?なんですか!?」
「えっと私が!覚え間違いをしていた料理なんです!クセで言ってたのをエンリエッテは……あの、ホーンクのマヨネーズあえ、」
「「「「「マヨネーズ?」」」」」
「こ、これもですかぁ」
どうやらマヨネーズ、見かけないと思ったらそもそもこの国にはない、ようだ。
食べたことがあるエンリエッテとロダン、シュモークは変わった味だなと思っていたけれど悪くはなかったので、料理ができるミカのオリジナルだと思っていて気にしていなかった。今回エンリエッテは作り置きしておいたものを手順通りに使ったのだった。
苦しいのは分かっているけれど、本当のことを言うとややこしいので、思いつきで作ったソースをホーンクにかけて、異国の『ポテトサラダ』という似た料理と勘違いした、ということにした。
「……まあ、いいでしょう」
やはり無理がある設定だから、ジョエックは疑わしそうだった。けれど、材料と調理方法を聞いていちいち探るほどでもないと思ったらしい。卵黄と酢と油を混ぜるだけなのだから。
油はちょっと手に入りづらいけれど、たまたま隣町に行ったときに菜種油のような物を見つけて買っておいたのだ。一般的に売っているのは間違いない。
「で、これは秘匿するつもりはございますか?」
「え?」
「売りましょう、マヨネーズというものも」
「……はい!?」
仕事が増えた。




