21.金策だ!
雇用契約書を作ったら、カンテールの人はそれが何か分からなかったらしく、置いて帰ろうとしたので慌ててしまった。説明を村長と一緒に丁寧にして、とりあえず「なくしたり破ったりしたら金貨2枚はない」とだけは覚えてもらった。
どうも、いろいろ考えさせられる一件だった。
村長宅で最後の書面を交わすまでやって、疲れて少し休ませてもらっている。
「……ごめん、勝手に雇うとかなんとか……」
終わってみてはっとしたけれど、エンリエッテに聞かずに勝手に自分の使用人にしてしまった。
それに、帰るのは嫌だと言ったけれど、この村……館に来たいなんて、エンリエッテは言っていない。
(やっちゃった……)
勢いって怖い。
けれど、エンリエッテはものすごく笑顔だった。
「ありがとう!あの、ミカのところにいられるってことだよね!?」
「え、うん?」
「スープ食べられるよね!?」
「え?ああ、スープなら作るの楽だし……えっスープ」
「うん!スープ食べられるなら何でもやる!」
スープで釣れてしまった。
「エンリエッテがいいなら、いいんだけど……」
「あっ、でも、私何もできることないし……それにお金が」
しょぼん、としたエンリエッテには、大丈夫とは言い切れなくてちょっと申し訳ない。
「やることはいっぱいあるし、お金は、まあ、何とかなるよ」
実際はちょっと苦しい。
館の維持費などでちょっと使ってしまい、カンテール村には即金で金貨2枚払ったので、子爵からもらったお金の半分近く減ってしまった。
さらにこれから毎月金貨2枚の人件費だ。
「すまんの、余計なことを言ったか」
村長さんがバツが悪そうにしているが、それには首を振る。
「いいえ、とてもありがたかったです」
ああでもしてくれないと、男たちはいばりくさってエンリエッテを強引に連れて帰りそうだった。
「村も強盗……じゃなかった、ちゃんと取り引きできるようになったのはすごくいいことです」
「そう言ってくれるとうれしいの。じゃが、嬢ちゃんに負担がかかる。儂らも協力できることはするでな」
ファルニル村として関わっていますよ、というアピールになって、何か問題が起こっても村を頼ることができる。
「はい、よろしくお願いします」
そうして、一度館に帰る。
「……さて、今後のことを考えないと」
ロダンとエンリエッテにもミカの部屋――2階中央の主寝室に集まってもらい、話し合いだ。
「まずは、ともかくお金です」
「あう」
エンリエッテが泣きそうな鳴き声を上げるが、彼女のせいではない。
「私がエンリエッテのことに勝手に同情して、勝手に決めちゃったんだよ。あなたが嫌じゃないなら、この家で一緒に暮らすの。決まったことだよ」
「はいっ!せいいっぱいご奉仕します!」
「ああ、そうじゃなくて、一緒の……そうだね、仲間みたいな」
「……仲間?」
「うん。あんまり使用人とか言いたくないな、あのときはああしか言えなかったけど……私の気持ち、だけど」
「仲間……うん!」
嬉しそうなので、よかった。
「ということで、意見ほしいな。まず、お金と言ってもとつぜん明日食べるパンを買えないとかいうわけではないので、その点はご心配なく」
「……よ、よかった」
エンリエッテは肩を落とす。ロダンも心なしかほっとしているように見えた。
「ただ、ずっと契約金を払うので、何もしなかったら……ええと……3ヶ月後にはそういうことになっちゃいます」
指折り数えるのは許してほしい。
前の世界の記憶があるから、どうしてもそれと比べてしまうミカだ。
実はこの世界の暦、地球とちょっと違う。
まず1日が22時間なのだ、大幅に違わないだけにややこしい。
そして、1週間は6日だ、さらにややこしい。
曜日の呼び方も違う。こちらの曜日は、天の日、地の日、光の日、海の日、風の日、命の日、だ。
神殿が言うには、休日は天の日。天地創造の神話で、この世界を神がお創りになった記念日だそうだ。大きな店や国の施設などは天の日に閉まることが多い。
1ヶ月はなんと……45日である。
うるう月などのズレはないようで、きっちり45日。その点はわかりやすい。
そして12の月に分かれるのは一緒。ただし3の季節ごとにそれぞれ4ヶ月という数え方だ。春にあたる『青の1から4の月』は日本でいえば3から6月、夏から秋にあたる赤の月が7から10月、雪が降る白の月が11から翌2月ということになる。
このあたりは、ミカしか気にしないことだけれど。
「ので、どうにかお金を作るために……どうしようね……?」
1ヶ月で大人2人分の稼ぎと、3人の生活費。
なかなかヘビーである。
「い、一生懸命働くのは……」
「絶対ムリ。あのね、私たち子供だから、大人の半分くらいしかお金はもらえないの」
「お金をもらう……?」
「あっそこからか」
どうやら村の獲物を売るという以外に稼いだことがないらしい。売る以外の稼ぎ方――雇用という仕組みを教えて、子どもの稼ぎでは絶対に間に合わないことを再度言う。
「細かい計算の方法とかはまた教えるね。文字も覚えよう」
「あ、あい」
「……働くだけじゃ、無理なんだよなあ」
本当なら半年以内に畑を作って、自給自足、それとロダンと交代で隣町に稼ぎに行こうか、くらいの計画だったのだ。
エンリエッテは多分うまくいい職場を見つけたら、年齢的には大人の賃金はもらえるだろう。最低賃金というものがないので、雇用主の胸先三寸なのは今ミカたちにとってはプラマイゼロだろう。
「……大きな畑を作っても、うまくいっても1年とかかかるよなあ、その元手もかかるし……3人じゃあ……」
「え、ええっと、か、狩りとか」
「ううん、今度こそカンテールと喧嘩になりそう」
狩りができるできないは……多分できるのではないだろうか。ロダンの運動神経はすごくて、軽くだがシュモークに剣の稽古もつけてもらっていた。罠とかならミカも不器用ではないので簡単なものなら作れるだろう。
それに、足しにはなるけれど根本的な解決にならない。
「……やっぱり、商売とか事業、かあ」
「事業?」
ロダンが声を上げた。子爵が言っていたかもしれない、覚えていたのかも。
「えっとね。例えば畑を作って人をたくさん使って野菜をいっぱい作って、売りに行くのがそう。けど、その場合、作物は買ってもらえるような立派なものを作らないといけないし、これ買ってくださいってちゃんと言えて実際に買ってもらわないといけないから……」
「……もしかして、売れなかったら狩りで獲物が捕れなかった日みたいに具無しスープとか」
「そう、お金にならないどころか、それまで使った種とか肥料とか、道具とか、人とか、買ったもののお金がなくなったまま」
「ええと、超貧乏ってことに……」
「そう」
だから、あまりやりたくない。見た目が子供なので、まだ商売の信頼は持ってもらえないだろうし。
けれど、これしかないだろう。
「何をするか、それも考えないと……」
「えっ野菜売らないの?」
「う、うん……きっとこの村全部を畑にしないと、間に合わないから」
「そうなの!?」
それくらい、金貨2枚という金額は大きかった。
また青くなったエンリエッテをなだめつつ、しばらく話し合ったけれどいい意見はなかなか出なかった。




