20.交渉だ!
そんな気はしていたけれど、山向こうの村の人達は本当に酷かった。
「3日もどこほっつき歩いてたんだァ!?」
「さぞデケェ獲物捕まえたんだろうな?ええ?……はあああ?ウサギ一匹も捕れなかったってのか、無能が!」
「てめえの村の当番誰がやったと思ってるんだ?あーあー怒ってたぞ、あいつら」
3人の男たちはエンリエッテを見るなり、そんなことを怒鳴り散らした。
あまりにもひどいので、村長さんが、「やめないかね、子どもの前だ」と口を挟むほど(もちろん子どもとはミカとロダンのことである)。
言葉は少なくなったが、「軟弱ものたちが無能を拾うとは、さすがだな」ともっとあからさまになった。
これは村長の家の前でのやりとりで、騒ぎを聞きつけた村人たちが不安そうに見守っている。
「ともかく帰るぞ、帰ったら仕置きと、次こそ……」
「い、いや……」
手を伸ばしたカンテールの男たちから、逃げて、さっと下がってミカの後ろに隠れようとするエンリエッテ。……それはかまわないけれど、エンリエッテのほうがミカより頭ひとつ分大きいので、隠れられない。
カンテールの男たちは一度手を引っ込めた。
「なんのつもりか知らないが、獲物ひとつまんぞくに捕れねえお前にも仕事はたんまりあるんだぞ。無能のお前も村にいられるんだ、ありがたく思え」
「……」
「……エンリエッテ」
後ろで黙ってしまった彼女にミカは声をかける。男たちから目をそらさずいると隣でロダンがわずかに身構えた。
「村に戻る?」
「……いや」
「おい!」
男の大声にびくりとしたエンリエッテは、ぎゅっとミカの肩を手で握る。
「じゃあ、うちで、働く気はない?」
「え?」
「うち、広いでしょ?お手伝いさんが欲しかったの。どう?あなたさえよければ、私が雇ってあげる」
「え?え?」
「勝手なことを言うな!」
代表格の、一番大柄の毛皮のチョッキを着た男がさらに声を大きくした。
「だいたいガキがそんなお貴族さまごっこ、」
「私、ディナータ子爵からあちらの館の管理を任されております、ミカと申します」
見様見真似のカーテシーだったが、本物を見たことがないだろう男たちはぎょっとしたようだ。
「さしあたっては、エンリエッテを使用人として館にとどめ、雇用の契約金を、そちらに支払うというのは」
「契約金?」
「あれだろ、エンリエッテの給料をこっち(カンテール)に渡すっていう……」
「ほ、ほぉ?」
若干あやしいセリフが聞こえたが、おおむね間違ってなさそうなので黙っておく。
いちおうミカの言う事を飲み込んだらしい男たちが、にやにやと表情を変えた。
「その契約金とやらでそいつの稼ぎ分、払えるのか?」
「ちなみに1ヶ月、おいくら稼いでいたのですか?」
「金貨3枚だ」
「……はえ?」
素で声を上げてしまったこと、許してほしい。
村長も頭が痛そうにしているし、タレオも腕を組んで明後日の方向を見ているので、分かるだろう。
分かっていないのは、どうやらカンテールの男たちのほうだ。
「……本当に?金貨3枚?」
「あ、当たり前だろ!」
「金貨3枚あれは、王都で大人が3ヶ月遊んで暮らせますが……ほんっとうに、エンリエッテが1ヶ月で、それを、稼いでいたのですか?」
とうのエンリエッテがぶんぶんと首を振っているが、わかっている。
男たちは、自分たちで言ったのにうろたえている。
(さては適当に言ったな)
エンリエッテは獲物ひとつ狩れないくせに、と言ったのに。
「おっ、俺達の稼ぎはそんなものじゃ……」
「このあたりに出る獣は、大きくても毛皮や肉を売ってもだいたい相場は銀貨2枚程度じゃて」
村長が穏やかに言った。
「5匹獲れてやっと金貨1枚。この嬢ちゃんが15匹も獲っていたのかい?あんたらは無能と言っていたようだが?」
「そっそんなことは……」
「おい!」
「……ここは、大人一人分の金額でいかがですか?金貨1枚です」
これでも破格だ。貴族の使用人にちょっと足りないくらいの。
王都で大人が1ヶ月で働いていて稼げるのはだいたい銀貨8枚から9枚くらい。大店の偉い人なら金貨1枚くらいだろう。
そして、王都での生活費は、無理に使わなければ銀貨6枚から8枚。
物価が低い田舎の村では、銀貨5枚あれば十分のはずだ。
だが、男たちは納得しなかった。
「ごまかそうっていうなら容赦しねえぞ!そもそもエンリエッテは村のモンだ!」
「村のものって……」
絶句してしまった。
けれど村長が苦い顔をする。
「たしかにの。義務を果たせと言われたらどうしようもない」
「あ……」
村では、それが常識らしい。
「いえ、ですから、誠意を見せて契約するのです。金貨1枚であれば……」
「そういうことじゃねえんだよ!これだからガキは!」
「……たしかに子供だけどぉ……」
どうしたら。
この方法しか、エンリエッテを村から逃がす方法はミカには思いつかなかった。
経緯が問題なだけで、エンリエッテがミカに雇われるなんて出稼ぎと一緒のことだ、なのに、ここまで抵抗されるなんて。
「……では、こうしよう」
村長が、一歩前に出た。
「このミカの嬢ちゃんが金貨2枚でエンリエッテ嬢ちゃんを雇う。ただし――」
すっと、畑の方を指差す。
「今後、うちの村の作物を取引するときは、儂らが計算する。どうだい」
「はあ?……」
カンテールの男たちはうろたえたようにヒソヒソと話し合って、
「そうやって芋とかの値段釣り上げて儲けようってんなら……」
「今まで散々がめていったのはあんたらだろう」
呆れたように村長。
「ひいきにしてくれとる商人は、芋は箱ひとつで銀貨1枚、葉物は10束で銅貨6枚、小麦はそうそう売り物はないが、一袋で銀貨1枚……だいたいそれで買っていってくれる。それと同じにしようじゃないか」
「は、」
男たちは動揺している。いくつも値段を言ったし、計算ができないのかもしれない。ちらりとエンリエッテを見ると、やはり目を彷徨わせて一生懸命考えているらしい。
隣の村、教育が怪しい件。
「だが……うむ……」
「金貨2枚で、芋が20箱手に入るんでしょ?」
ミカは見ていられずに声を上げた。
「大きい獲物が10匹だよ?こんな良い話、どこにもない、王都にも」
「……」
三人の男たちは、顔を見合わせて、どことなく釈然としない顔をしながらも――やっと、頷いた。




