19.近所付き合いは難しい
朝食が終わり、片付けて――エンリエッテも手伝ってくれた――いよいよ、村長さんのところへエンリエッテを連れて行く。
ものすごく緊張しているが、なぜだろうか。
「ハイハイ、どちらさまで。おんや、ミカの嬢ちゃん」
「おはようございます、村長さん」
「おはよう、坊やも。何か御用かな……あら」
家のドアを開けてくれて、ミカとロダンにあいさつをなごやかにしてくれて――その後ろの、エンリエッテに気づく。
普段は細い目を見開いて、それからにこりと村長さんは笑った。
「おや、カンテールのとこの。来ていたのかい」
「えっ……、あ、は、はい」
なにに驚いたのか、エンリエッテはどもりながら頭を下げる。
「……私のこと、覚えていて?」
「ああ。ご両親のことは聞いているよ。大変だったね」
「……ありがとう、ございます」
戸惑って、しきりにエンリエッテは頭を下げる。
(ああ、この子も)
ミカはなんとなく、エンリエッテのことを納得した。
「話があるのかい?なら、中に入ってくれ」
「おじゃまします」
「……おじゃまします」
「失礼します……」
初めて挨拶に来た時と同じくリビングのようなところに通され、あり合わせの椅子に座る。
「で、どうしたんだい。はるばるカンテールの娘が来るとは」
「その……」
もじもじとするエンリエッテに代わって、ミカが話すと、村長は首をかしげた。
「迷った……?あの山で?」
「……」
エンリエッテは冷や汗をかいている。
ミカは、尋ねることにした。
「……ねえ、エンリエッテ。本当のことを話してくれない?」
「……な、なにをですか?」
「何か、隠してるよね。すごく怪しいもの」
「そ、そんなことない……」
「……話すだけ、話してみない?」
「……う……」
たっぷり迷って、エンリエッテはうなだれた。
「……迷ったのは本当なんです、一晩ほど……」
けれど、何度も狩りで来た山だ、すぐに正しい道は見つかる。
エンリエッテは、迷ったのだという。
「このまま、村を抜けられないかって……」
「どうして?」
「……もう、いたくなくて」
「なにかあったんだね」
村長がそっと話しかけた。
「ご両親が亡くなったと他の村人から聞いたが、あんたのことは聞かなかったんだ。どうしたかなと思ってたんだよ」
「山向こうの村と交流があるんですか?」
ミカの質問に、村長は頷く。
「ああ、連中は売れそうな獣を狩るとやってきて、うちの農作物と交換する。ただ……」
一度エンリエッテを見て、
「あやつら、相場というものを知らん。農業を草を余った土地に生やしておけばいい楽なものだと言うてな、勝手に収穫後の作物を目勘定で持っていくわ畑から引っこ抜いていくわ」
「すみませんすみません」
エンリエッテが泣きそうになってテーブルに額をこすりつけた。
「強盗?」
思わず呟いてしまった。
村長は深い溜息をつく。
「まあ、まったく足りんが、売れそうな毛皮とかは置いていくよ、まったく足りんが」
「うっうっ……」
エンリエッテは悶えている。身内が恥ずかしいのかもしれない。
「だから、ここがファルニル村って聞いたら夜でも帰ろうとしたんだね」
「きっとすごく怒られて……石投げられて……村中引き回されて腐った卵とんできて……」
「年端もいかない娘にそんなことはしないよ」
呆れたような村長だった。
「それに……あんたも、ご両親がいなくなって生活が苦しいいんじゃないか」
「……はい」
エンリエッテはこくりと、頭を上下させた。
「父ちゃん母ちゃんは腕の良い猟師だったけど、私はまだ何もできないひよっこで……犬使いのジョブですけど、犬には逃げられるし……」
「レベルが低いの?」
「としか、考えられなくて……小さなころに鑑定したっきりだから……」
鑑定しないと、レベルも分からないのか、そういえば。
「だから、父ちゃんたちが……遠い山に行って急な大雨で土砂崩れに巻き込まれて……それっきり、私一人では一匹も狩れなくて……シルシル……家で飼ってた猟犬も、父ちゃん達と一緒にいなくなって……っ」
その家の猟犬は懐いて言うことを聞いたのかもしれない。
思い出したのだろう、涙を浮かべるエンリエッテに、ミカはハンカチを差し出した。そっとそれを手にとって、エンリエッテは目に押し当てて鼻をすすった。
「……もしかして、カンテールで冷たく当たられたかい」
こくこくと頷くエンリエッテの、ミカはそっと肩に触れた。村長は憐れみを浮かべて彼女を見ている。
「……カンテールは根っからの猟師の村で、獲物を狩れてこそ一人前としている。だものだから、狩りができない人間は、半人前と……」
「もしかして、だから農業が中心のファルニルも……」
「まあ、馬鹿にしておるのは態度で分かるな」
びくり、とエンリエッテが震えるので、そっと背を撫でてやる。
「嬢ちゃんは失敗したから、村に帰りづらかった……ってことかい」
また首を振って、エンリエッテはハンカチで涙を拭いながら顔を上げた。
「……帰ろうか迷っているうちに山から出るのが怖くなって……バカだった」
「ううん、分かるよ」
ミカは、エンリエッテを笑えない。
エンリエッテは村が嫌で、でも山を降りてもあてもない。迷って迷って。
ミカと一緒だ。
「私も逃げてきたの。親切な仲間に拾われてなかったら……」
父親が怖くて逃げて逃げて……ブロー達に助けられていなかったら、今頃どうなっていただろう。
「だから、怖かったのよくわかるよ」
「……うう……」
また泣き出したエンリエッテの肩を撫でた。
「うむ、どうしたものかのう」
村長があごを撫でながら唸る。
それはどういう意味、と聞こうとする直前に、家のドアがドンドン、と叩かれた。村長がよっこいせ、と椅子を降りて扉へ。
「はいよ。……おや、どうしたタレオ」
「ああ、それがカンテールの奴らが来て……」
「びゃあ!?」
エンリエッテは椅子の上で飛び上がった。
ガタガタ震えだす彼女の背をさすっていると、タレオがこちらに気づく。
「おう、ミカ。っと……あれ」
「おはようございます……」
「……」
「あわばばばば」
顔色を真っ青にするエンリエッテを不思議そうに見るタレオ。
「なんだあ……?」
たぶん、間違いなく、エンリエッテのことで山向こうの村人はこの村に来たのだ。




