18.山向こうの村の子
「……これが食べ物の……色なの?」
「嫌なら返して」
まったく人の親切を仇で返すような言い方だ。
衝撃を受けている赤い髪の少女に片手を差し出しながら、ミカは干し芋をかじった。
……たしかに色はちょっと濁っていて白い粉がふいている、見た目は悪いのはそうだけれど。
もっと手間暇かけた干し方をすればあの金色の色味が残るもっと柔らかい干し芋ができるだろうけれど、どうやるのか知らない。
「んー」
口の中で噛むほど甘みが出てくる。
ロダンは、ミカが干し芋にかじりついたときにためらいなく口にして、今は目を輝かせてもぐもぐしている。
そのミカたちの様子を見て、少女はふんふんと手の中のものの匂いを嗅いで……ん?と首をかしげて、ぱくり。
「……っ!」
ぱあっと若草色の目が輝いたので、ちゃんとお口にはあったようだ。
「よく噛んでね……ああ、ほら、急ぐから!」
よっぽどお腹が空いていたのだろう、飲み込むのが早くて喉を詰まらせている。
あわてて水を渡す。
「……おいしい!」
「よかったね」
「色は使い古した……だけど……じゃない……えっと何これ」
「まだ言う?もうあげないよ!?」
「ごめんなさいごめんなさいもっとください」
もう一枚渡すと、今度はゆっくりと小さな一口を味わっている。
もうなくしてしまいたかった牛乳もカップに注いで、即席で厨房に作った敷物のスペースに木箱のテーブルに置いた。
「今ご飯を作るけど、その前にあなたの名前を聞いていい?さっき聞こえなくて……」
「んはい。私はエンリエッテです。えっと……ここはどこでしょう?」
「ファルニル村だよ」
「あ……」
なにやら、エンリエッテの顔色が変わる。バツが悪そうだ。
「……ありがとうございます。こんなによくしていただいて……あの、帰ったら村の人にお礼のことは相談しますのでご勘弁を……」
「ん?」
「……」
ミカとロダンは顔を見合わせた。
「どういうこと?私たち、最近この村に来たからよく事情が……」
「えっそうなんですね?」
「うん。だから、あなたのこと村長に相談しようかって言ってたの」
「ひえ、そ、村長さんですか」
うー、と口を動かしながらエンリエッテは心底困っているようだった。
「……簡単だけど、ご飯を作るよ。食べながら教えてくれる?」
「うっ帰るって言ったら……」
「もう夜だけど」
隣町でも馬車で丸一日かかるのに、彼女がどこから来たのか知らないけれど移動は危険だ。
ミカよりもたぶん2つ以上年上だろうと予想したけれど、少女がひとりで行き倒れているのを思うと、ミカはこのまま放り出せない。
「……うう、まさかこんなことに……」
むぐむぐとずっと芋をかじっている。
気に入ったらしい。
「……まあ、もうちょっと待っててよ」
ミカは言いながら立ち上がった。
簡単な野菜のごろ煮スープにハム、小麦のパンにヤギのチーズ。
エンリエッテはお腹の方は壊したりしていなかったので、柔らかいものとは考えたけれど普通の料理にしてみた。
まだ厨房が復活していないので外で煮炊きしているが、シュモークが簡易的な囲炉裏を作ってくれたのでとてもやりやすい。
(ちょっとアウトドアっぽくてこれはこれで)
そうやって作った食事に、エンリエッテはとても喜んだ。まあ、3日間ほとんど食べていないと言っていたから、口に入れば何でもよかったかもしれない。
「……山向こうの村?」
「あい。えっと、カンテール村っていいます」
その村の住人のエンリエッテは、狩りで入った山で、途中で遭難したらしい。
彼女はしょんぼりと最後のチーズを頬張り、
「私のジョブスキルは『犬使い』なんですが……レベルが低くて猟犬をあまり手なづけられなくて」
村の猟犬が、エンリエッテの言うことを聞かず、どこかに走っていってしまった。
それを追っていつもは行かないところに入り込んで、猟犬も見つけられず、エンリエッテは道がわからなくなってしまった。
「……それで3日も山にいたの?」
「う、うん……」
エンリエッテはなんとなく、目が泳いでいる。
(嘘っぽいよね)
けれど、嘘をつく理由がわからない。
「どうしてすぐに帰るなんていったの?」
「ご迷惑かけられませんから……」
「それはこっちの村長さんに?」
「……えっと」
ぎゅっと、胸元のシャツを握るエンリエッテの、その目。
なんとなく見覚えがある。
ロダンやメレ、他の仲間たち。そして……ミカ自身も、きっとこんな目をしていた。
追い詰められて、どうしていいか分からない――
「……いいよ、今日はここに泊まっていって」
「……え」
きょとんとエンリエッテはミカを見た。
「もう遅いし、部屋はいっぱいあるから。でも、」
ずい、と木箱テーブルを挟んで向こうのエンリエッテに顔を近づける。
「明日の朝、村長さんに相談に行くから」
「え……」
「だってエンリエッテだけじゃ、なんだか不安だもの。おとなに聞いてもらうよ」
「……そ、そんなことしなくても、明日帰るから!」
「だめ。どうやって山を越えるの、また迷いそう」
そもそも3日も迷うだろうか?
見たところそんなに深くもなく高くもない山だ。
それは置いておくにしても、エンリエッテが心配なのは本当だ。
「ね?今日は休もう。疲れたでしょ」
ミカがにっこりと笑うと、エンリエッテはうっと言葉に詰まって、肩を落とす。
「……あい」
「よし。じゃあ、どの部屋がいいか見てみよう」
「えっ」
「この家広いんだよー?」
ちょっとくらい自慢したい。
全部見ては回らなかったけれど、屋根裏部屋がいいというのでそこに泊まらせた。
疲れていたのは本当らしく、ここ!と言ってベッドのマットレスもないのに飛び込み、そのまますやぁ……と寝息が聞こえてきた。
毛布を荷物のまとめたところから持ってきて彼女にかけて、ミカたちは片付けをしてからそれぞれ使っている部屋に入る。ミカは主寝室、ロダンは奥方の部屋使っていて、ぐっすり眠った。
翌朝。
「おはよーございますぅ……」
「おはよう」
外でミカとロダンが料理をしていると、エンリエッテが起きてきた。
その目が赤い。
「……もうちょっとでできるからね」
気づかないふりをして、ミカはぐるりと鍋をレードルでかき回した。
「恵みに感謝を……ふあ、おいしい」
パンをよく磨いた石に置いて火にあぶって焼いて、ベーコンは大まかに切って串焼きのように。卵は今日はお隣さん……門から畑を挟んで向こうのフレーさんちのニワトリさんがご機嫌がよろしくなくて手に入れられず、ホーンク(じゃがいも)を蒸し焼きしたのにバターをかけて。
スープは手持ちの最後の牛乳を入れて、ふわふわになるまで野菜を煮込んだ。
「スープってこんなにおいしいの……」
「そう?」
「……うちの……村のスープはちょっと……」
なんだか悲しそうにスプーンで器をかき回すエンリエッテ。
話を聞くと、どうも食糧事情が良くないとか。
村の食事係が毎回作り、それを各家がもらいに行くらしい。持ち回りで、料理がうまくない係に当たると、それはそれは悲しいことに。
それ以前に、スープの具が、狩りで手に入った獣の肉、だけらしい。
「ちょっと匂いがすごい時が……わかる?」
「ジビエ……野生のお肉でしょ……?」
前世の記憶だけれど、ぼたん鍋とかたぬき汁とか。
そういうジャンルの料理はあるのは知っているけれど、相当下ごしらえに気を使うとか。
つまり、動物の種類や狩った人間に調理の人、運が悪ければ、とんでもないことに。
ミカが顔を引き攣らせると、エンリエッテは苦笑した。
「でも、だいたいいつもそうなの。お肉……しかもそのとき手に入ったのが主な食べ物なの、うちの村」
「え?お肉だけ?野菜は?」
「……その……、木の実とかなら、たまに」
どうやら、手に入りにくいようだ。
(栄養バランス……!)
という概念は、この世界にはないらしい。
これこれこういうのが体に良い、というのは上流社会で流行りものとしてあるらしいが、中層の人間になると知識もないし食料を選ぶ余裕もない。
うっとりしながらスプーンを口に運んだエンリエッテ。
「野菜って、こんなにおいしいの……」
「ミカのスープはおいしい」
めずらしく、ロダンが口をきいた。
びっくりしてミカが彼を振り返ると、スープの器を持ってごくごくしている。
「へへ、ありがとう」
褒められて嬉しい。




