17.心機一転……?
正面の扉は鍵が内側からも開かず、2日後に隣の町から鍵屋を呼んで開けてもらった。ついでに裏口も扉を新しくして、鍵もつけてもらう。
それで堂々と玄関から入ることができるようになった。
「ありがとうございました!」
1週間滞在して、いろいろ子どもでは難しいことをしてくれたシュモークとトッツは、王都に帰ることに。
「お役に立てたのならよかったです」
「また、御様子をうかがいに参ります。それまでお元気で」
「はい!」
馬車が村の外に出て、見えなくなるまで見送った。
「さて、これから忙しくなるよー」
「……」
ロダンが隣でこっくり頷く。
引き続き片付けと、食料のことが最優先だ。
トッツや村長が生活に必要なものの相談に乗ってくれて、必要なものや準備は必死に覚えた。
まだミカは文字がほとんど分からない。けれど、なんとなく「これはこう書いてあるんじゃないのかなー?」というのがわかるのは、きっと少し働いていたのと、前世で英語だけはと勉強していたからだ。
ちゃんと読み書きできるようになるために、これから勉強もしなければならない。
(子爵から文字の早見表と絵本をもらったし)
本はまだまだ高価だが、子爵は古い絵本を気前よくくれた。辞書が本当は欲しかったけれど、それこそとんでもない値段になるらしい。
文字の早見表は……なにに使うのかと驚かれながら子爵の秘書というひとに書いてもらった。
決まった並びがないらしく、今回は画数が少ない順にしてもらった。……アルファベットと形は似ていないけれど、使い方は近いだろう。日本語みたいに漢字とひらがなが混じるようなものじゃなくてよかった。
――子爵が早見表を見て驚いて、これは使えそうだと言っていたのはなぜだろうか。
まあ、それはロダンに使ってもらって、ミカはこっそりその下に音がわかるようにひらがなで記したものを作り直して密かに持っている。
それは今日は使うヒマがないかもしれない。
「私はクレッチェさんのところに用意してもらってたものを取りに行く。その後下の厨房を片付けています。……ロダンは、大丈夫?本当にひとりで」
「……うん」
いつもの表情だが……まあ、本人が言うなら信じるしかない。
ロダンは歩いて1時間ちょっとの向こうの山に行く予定だ。
薪用の枝と、この季節に生えるキノコと果実を探しに行く。
王都と違い、お金がいくらあっても買えないものが多いのだ。完全に自給自足で暮らすこのファルニル村は、食料は自分の家の畑から取ってくるのだ。お肉もそう、家畜がいる。
村の人達が親切にいくらか分けてくれて数日は大丈夫だ、ただ、少しでも備蓄を増やしたい。
明日隣町に買い物に行くけれど、食料はあればあるほどいい。
「じゃあ、よろしくお願いね?」
「……」
こっくりと、深く頷いたロダンは、リヤカーを引いて村の外に向かった。
リヤカーは余っていたのを子爵の父のタレオに直してもらって1台譲り受けた。
(なんだか、王都でメレの仕事の帰りを思い出すなあ)
板と紐だけのカートで、荷物を持ち帰った。
そんなに時間は経っていないのに、遠く昔のことみたいだ。
「って、思い出に浸ってる場合じゃない」
まずは、雑貨屋に頼んでいたものを取りに行かなければ。
いちど館に戻り、お金が入ったカバンを肩にかけたミカは、数日前に直った正面玄関から意気揚々と村に向った。
タレオから借りたリヤカーで、雑貨屋からたくさんの道具やちょっとした食料などを運び、次は厨房の片付けだ。
……とはいっても、ほとんどトッツたちが片付けていってくれたので、ミカはこまごましたところの続きと、念入りな拭き掃除だ。
厨房は、最初は開かなかった、正面の大ホールから通じる扉を鍵屋が修理してくれて、発見されたのだ。
裏口への廊下の並びの部屋とは別に、それらを挟んで2つ、左右に部屋があった。
厨房と、ちょうど後ろの棟……居住棟というべきか、その廊下と部屋をはさんで反対側に同じ構造で厨房があった。
さらに反対にはリネン室が。その部屋から直通の出入り口で洗濯場は庭にあって、そのちょっと離れたところに井戸がある。まだ生きていて、水もきれいだったのでそのまま使うことにした。
(でも、厨房からだと遠いな)
ぐるっと居住棟を回り込まないと水汲みに行けない。
それはそうと、厨房。
広めの部屋で、調理台が数台と、コンロにオーブン(があるのだ、この世界も)といろんな道具や調理器具が揃っていたが、発見されたときには全部腐っていた。
コンロやオーブンは魔道具というものらしく、お金は掛かるが専門の人に直してもらえば使えるらしい。
他のものはおいおい買い揃えるとして、まずは掃除である。
スキル『安寧の覆い』で見た感じ、補修はちょっとだけで大丈夫そうだ。
傷み具合を直接見ながら念入りに掃除をする。
途中でお腹が空いたので、朝に作っておいたサンドイッチをもぐもぐ食べる。
薄焼きたまごに、ハムとチーズ、ホーンク(じゃがいも)の見様見真似マヨネーズ――このあたりでマヨネーズを見たことがなかった――サラダ。
これはミカが作って、シュモークたちと、ロダンにも持たせた。
いつの間にか備わっていた調理スキルだけれど、仲間で小屋にいたとき、食料が手に入ったときに振る舞うとみんな喜んでくれた。
久しぶりのひとりきりの食事。最近はずっと仲間や子爵邸のみんなといたから、なんだか不思議な感じだ。
少し休憩して、また気合を入れ直して掃除をして……
「ふう……」
かなり、綺麗になった。
まだなにもない広い空間だが、できるだけ早いうちにダイニングルームに改装する予定だ。
今日の仕事に満足しつつ、ふとロダンはどうしただろうと気になった。
だいぶ日も傾いてきてて、少し黄色い光になっている。
夕方にはまだ時間があるけれども……
「……疲れて帰ってくるよね、何かお菓子でも用意しておこう」
今日は干し芋が手に入ったのだ。天日干しされて甘みが凝縮したフィショノ(さつまいも)は、村の人達にも手軽なおやつとして人気だ。
せっかくだから、これを使って蒸しパンでも作ろか――そんなことを考えながら、さっき引き取ってきた道具が乗ったリヤカーがある、正面入り口に行く。
来た時にはあったアーチ型の柱や彫刻は崩れそうだったので、大まかに切抜き――シュモークのジョブスキル『剣技』で綺麗に切れたので、驚いた――今は館の脇の方に保存してあるので、直すまでは物寂しい玄関になっている。
その前に停めたリヤカーに近づくと、門の向こうから、かすかにガラガラと……車輪の音がした。
見ると、ロダンらしい銀髪の小柄な人影がこちらに向かってきている。
おやつは間に合わなかった。
「ロダン!おかえりー!」
手を振ると、すこし戸惑ったように一拍足を止めて、またリヤカーを引きながら近づいてきた。
「大丈夫だった?」
「……」
こくり。
見たところ、怪我だったり様子がおかしいということはなかった。ほっとして、彼の肩のところに葉っぱを見つけて摘んだ。
「くっついてたよ」
「……」
なんだか目をうろつかせて、ロダンが口を開く。
「……、これ、見て」
「これ?」
ロダンがぐるりとリヤカーごと後ろを向いて……
ミカは、驚愕した。
「……え、ええ!?」
リヤカーには、太めの枝の山、それといくつか麻袋が膨らんで載っていて、ロダンの働きぶりがうかがえる。
だが、ミカが驚いたのはそれではない。
その枝やら袋やらをぎゅうっと隅に追いやって――女の子がひとり、その荷台に眠っていた。
「え、ええ!?」
もう一度、大声をあげてばっとロダンを見ると、彼はじっとミカを見ていた。
「だ、だれ……?」
ロダンは首を振った。
「ど、どこにいた子……?」
「……山の中で、倒れてた」
「え!?」
山の中!?
改めて女の子をみると、どことなく全体的に薄汚れている。服装は着古したシャツにズボン、それに分厚いマント。靴は泥がこびりついている。
赤い髪をおさげにして、枯れ草がくっついていた。顔立ちは……すこし頬が出て痩せているように見える。
(まさか……遭難したの!?)
同い年か、少し上の年齢だろうか。
そんな子が山の中で倒れていた……一体何があったのだろう。
「ど、どうしよう……?」
「……」
ロダンも、放っておけずにつれてきたのだろうけれど……かといって、ミカたちに何ができるかというと。
「村では行方不明の子とか聞かなかったけど……隣町っていう可能性もあるよね。あ、そ、村長さんに連絡を……」
「う、んん……」
なんてやっているうちに、迷子(?)は目が覚めたようだ。
ふっと目を上げると、しばらくぼんやりしてから、あれえ?と寝ぼけた声を上げた。
「わたし、どうし……?」
「あのー……もしもし?」
「……?あれ?だれ?」
「えっとぉ……」
ムクリと荷台で体を起こした彼女は、ぼうっとミカを若草色の丸い瞳で見つめる。
「見たことない子……」
「私も、聞きたいの、あなただれ?」
「わたしは……、……」
名前を、名乗ってくれたのだけれど。
一緒に鳴った、ぐううう、という大きな音で聞こえなかった。
「……おなか……すいたよう……」
しくしくと泣き出してお腹を抱える彼女に、ミカとロダンは顔を見合わせる。
「……干し芋、食べる?」
ともかく、なんだかとってもかわいそうだ。




