15.黄色いほくほくのアレ
村には子爵の連絡があって、ミカとロダンが来ることは先に知らされている。
「よう来なさった。嬢ちゃんと坊やがあの家に住むのかい」
村長に会いに行くと、小さいけれど、元気そうなご老人が迎えてくれた。
住まいはこぢんまりした、あちこちに修繕した跡があるけれど、大事に使われている家のようだ。
小さなテーブルにレース編みの綺麗なクロスがかかっていてちょっと意外だった。そこにあり合わせの椅子でミカとロダンを座らせてくれた。足がつかないのは御愛嬌だ。
「はい。お世話になります。よろしくお願いします」
「まあお行儀のいい嬢ちゃんだ。びっくりした。クレシオの坊っちゃんに習ったのかい」
「……ま、まあ、そんなところです」
クレシオの坊っちゃん……ディナータ子爵のことである。
笑いそうになったのはミカだけではなかったことは言っておく。
「クレシオ坊やもなあ、立派になったと聞いたよ。なかなか会いに来ないと、タレオのが悲しがっていたが……どうだい、元気にやっているのかい」
ここには居ない誰かを思い出しているのだろう、村長はしわしわの目を細めている。
「はい、よろしく伝えてくれ、と言っていました」
「そうかいそうかい。元気ならそれでいい。が、ワシがおっ死ぬ前に顔を見せんと……老い先短いと分かっとるのかねえ」
「は、はは……」
前世でも今でも思うけれど、こういうご老人の冗談はどう返せばいいのか。
クレシオ坊やこと、ディナータ子爵はこの村で育った。
詳しくは聞いていないが、小さなころに伯爵家から追い出され、この村の夫婦の家に実の家族同然で育てられたという。
村は肥沃な土地で、農業が盛んで十分に自給自足で生活できるほどだが、中途半端に街や王都に近いので若者が外に行ってしまうらしい。過疎化というやつだ。
そこに小さいとはいえ男の子が来たので、数年子どもが生まれなかった村ぐるみで、それはそれは可愛いがったとか。
クレシオが先代ディナータ子爵の養子になり、王都へ行っても何かしら繋がりはあるという。
「何でも困ったことがあったら言いなさいな。まだ嬢ちゃんたちは小さいし……本当に、あの家に住むのかい?」
「そ、そうです……その、あの家って、以前は誰が住んでいたんですか?」
「……」
ふと、村長は暗い顔をした。
そのまま何かをこらえるようにうつむき――顔を背けた。
「……」
「え?あの?」
「いったいどうしたんです?」
「……わしの口からは……くっ」
一体、あの家に何が。
怖くてそれ以上聞けなかったミカたちだった。
ミカたちは村長の家と、もう1軒にぜったいに寄らなければならない。
「おう、よく来た!おお、小さいめんこいのが来たなあ!」
「あらあらあら!かわいい子たちねえ、どうぞいらっしゃい!」
筋骨隆々としたもうちょっとでおじいさんになるかという男の人と、年は同じくらいで細くて小さい女の人。
声が大きくて、元気である。
それが、クレシオのご両親だった。
想像してたんと違う。
あの優雅な子爵からは想像できなかった。
とりあえず、挨拶だ。
「お、おじゃまします」
「……」
ロダンも無言で頭を下げる。
それをまあああと嬉しげに見て、家のなかに案内してくれた。
「お久しぶりです、タレオ殿」
「おう、騎士のあんちゃん、去年の収穫祭ぶりか!そっちの人は初めて見るな……ああ、使用人。はーあの倅がえらいもんになって」
「レシーは元からえらいもんでしょ。今さら何言ってるんだいこの人は」
「はっはっは。おっと嬢ちゃん坊主、こっち座れ」
「は、はい」
「ごめんねえ、こういう大きい人で。こわくないからね」
「いえ、……ぜんぜんこわくないです」
「おう、泣かれなくてうれしいぞ」
「やだねえ、もうちょっと優しく笑いなさいよ」
元気だ。本当に元気だ。
ミカが面食らっているうちに、シュモークと子爵のお義父さん――タレオが和気あいあいと会話している。
子爵が村に何度か人を送っているのは聞いていたが、シュモークも来たことがあるようだ。
まあ、一目で悪い人には見えないご両親だ。
「嬢ちゃんや坊主も、この年で苦労してきたんだってか。……はあ、世の中どうなってるのかねえ」
「こんな小さい子が親も家もなくしてねえ……これをお食べ」
「あ、ありがとうございます」
小さな薄黄色い丸いものが差し出されて、受け取った。
そして、ふわりとした匂いで分かった。
「……さつまいも!」
「さつ……なんだって?」
きょとんとしたお義母さんのナキに、ミカは思わず聞いてしまった。
「これ、お芋ですね!?」
「あ、ああ、ここらじゃめずらしい芋だろう?知ってるのかい?」
「えっと……前に、食べたことがあって!」
「へえ。これは数年前にレシー……おっとクレシオ様が送ってくれた南の珍しい作物だって、植えたら出来たんだ……どうだい、甘いだろう?」
ロダンがかじって、目をちょっと丸くした。
ミカもかじると、うっすらとさつまいもの甘い味がする。どうやら小麦粉でかさ増ししてあるが、クッキーのようなパンのような中間の歯触りで、そういうお菓子は前世でも食べたことはある。
そう、なつかしい、さつまいもだ。
「……間違えて名前を覚えていたみたいです、ほんとうはなんていうんですか?」
「フィショノっていう芋さ。これは不作の年でもボコボコ出来て、食べるものに困らなくなってね、レシーは本当にいいものをくれたよ」
さつまいもがそんな名前になって、役立っているとは。
前世の世界と同じものがこの世界にもあるのは知っていたが、こうやって名前が違うので見るまでわからない。
(さつまいももそういうよく採れる芋だったのかな?)
小さな頃に何かの催しで、植わっている芋を引っこ抜いたら何個もくっついて出てきたのを思い出した。……だとしたら、一気に何個も収穫できる。
しかも甘くて美味しい。
「王都には出回っていませんが、子爵邸では備蓄として置いてあります。ミカさんがいらっしゃった間はたまたま食事に出なかったのでしょう」
「そうなんだ……食べたかったかも」
「残念です。そうだ、子爵に伝えておきます」
「い、いいですって!」
「はは、気に入ったんなら苗を分けてやろう。自分で作ったらもっとうめえぞ!」
「あ、いいですね!ありがとうございます!」
そうだ、畑も作れる!
作物を作ったことはないけれど、自分で好きなものを植えられると思ったらやる気になってきた。
「足りないものとか、困ったことがあれば言いなよぉ。まあ貧乏な村で贅沢はできないけど、暮らせるには暮らせるよ」
「ありがとうございます!家と、その、子爵からお金をいただいたので……」
「おう、あいつはしっかりしてるなあ、誰に似たんだか」
「少なくともあんたじゃないね」
「そうだな、似なくて本当によかったぜ!」
がははと豪快に笑うタレオ。
その手が軽くテーブルを叩く。
「……あれ?」
「ん?どうしたんだい」
「あの、このテーブルクロス、村長さんのところ同じものがかかっていたような……」
「ああ、よく気づいたね。これは私が編んだのさ」
「え!?すごくきれいです!」
繊細な編み目で、おしゃれだ。
ナキはちょっと自慢げだ。
「ありがとうね。私はジョブが『裁縫師』で、ジョブスキルのひとつに『レース編み』があってね、まあちょっとはこれで稼ぐからさ」
「わあ、素敵です……」
「……そうだねえ、じゃあ、あんたたちにお祝いに作ってあげようか」
「え!?いいんですか!?」
「ああ、テーブルも作ってやろう」
「え!?」
「俺のジョブが大工だ」
腕をぐっと折り曲げて、タレオ。
「悪いが畑があるからあの家のことはいっぱいは見てやれねえが、もし手がほしいなら言うといい」
「……いいんですか?」
「村に住むんなら他人じゃねえしな」
「あ、ありがとうございます……!」
館は広いし、あちこち壊れているのはざっと見ただけで分かった。
どうしようと思っていたのに、あっさりと手伝ってくれる人が見つかった。
「その、本当に、うれしいです」
「小さいんだ、無理にするこたぁないよ。でも、本当にあの家に住むんだねえ……」
「ああ……」
遠い目をするご両親。
……どこかで見た反応だ。
「あの、あの家って、以前は……」
「俺の口からは……っ」
「……ごめんねぇ……」
一体、あの家に何が。
やはりそれ以上聞けずに、ミカたちは問題を見送った。




