13.それぞれの場所に行く
出発の日にふさわしい、いい天気だ。
数週間前、その大きさと豪勢さに驚いてぼうぜんとなったことを思い出しながら、ミカは子爵邸を見あげた。
「本当によかったの?」
そのポーチで見送ってくれる子爵と、その横に立つ身なりの良い少女――メレが、こちらを心配そうな目で見ている。
「メレこそ、無理してない?」
「ぜんぜん。とってもうれしいよ」
にっこりと、メレは笑った。
メレは、子爵家の養女になる。
子爵の誠意ある説明に、ちゃんと全部理解をしたうえでのことだ。
ディナータ子爵なら、メレを守ってくれる。
それはミカも信じているけれど、彼女の人生はこれからも大変だ。なにせ、平民から貴族になるのだし。
そして、気がかりはもうひとつ。
「ブローは?」
「拗ねてるよ」
くす、とメレは笑った。
「おとなげないんだから」
「はは……」
今はここにいない、ブローのことだ。
メレが子爵家に入り、ブローとは書類上は兄妹でなくなる。
やはり駄々をこねたブローだし、それにメレがめずらしく怒ったし泣いたのには驚いた。
なんとか彼を、子爵家に仕える騎士にして男爵の養子にし、屋敷から離れないことを約束することでなだめた。
というより、メレの養子になる条件として、彼女が提案した。
兄は子爵家から離れないこと。
他のみんなは、安全なところへ――働く場所や養子になる家を見つけること。
そして――
「でも、そんなにブローとロダンが仲悪いなんて知らなかった」
主に、今ブローがミカとロダンの見送りに来ない理由だ。
メレの件が決まった直後に、ブローは今度はロダンに怒った。
何か勘違いして、ミカとロダンだけ別のところに行くのを特別扱いだと思ったらしい。
そもそもロダンとブローは仲が悪い。
ブローが一方的に突っかかっていたらしい――なんでも、しゃべらないし仲間の輪に加わらないのに、スリなどで稼ぎはブローの次だったから、生意気だとよく怒っていたとか。
一言で言うと、合わない。
ロダンは特に何も思っていなかったらしいのはよかった。
――そう、ミカとロダンは子爵邸を離れる。
この街は王都だったらしいが――気づくには地理というものが分かっていなかったミカたちだった――、そこから出て、近くの村に移住する。
子爵に縁のある村で、そこに使われていない館があるという。
そこを、ミカたちの家にする。
子爵邸からその館に移住する理由はいくつかある。
まず、メレを養子にすることで、ますますディナータ子爵の生家である伯爵家との対立が深まるだろうということ。
そこに、問題児ふたりを匿えるだろうか?
子爵は否とは言わなかったが、それこそ見栄だとミカは思ったのだ。
もうひとつは、ミカのスキルだ。
『座敷わらし』――詳しくその単語の意味を話すわけにいかなかったが、説明にある『特定のエリア内』が、どうも家ではないか……ということをほのめかし、ミカがある程度自由にできる家があれば、と持ちかけてみた。
小屋でもよかったのだが、オンボロ(子爵談)のとはいえしっかりした家屋が見繕えるというので、その言葉に甘えた。
本当に特定エリアが家なのか――まあ、実験であるし、そうじゃなくても、ミカたちだけの住まいというのは悪くない。
今度こそ、安全で素敵な家になればいい。
ロダンを連れて行くのは、子爵を信じていないからじゃない。
どう見ても、ミカになついて(?)いるからだ。
ロダンの暗殺者というスキルは、誰彼構わず襲いたくなるようなものではない。なぜか情緒があまり育っていない気がすると、子爵は言っていたが、けれど分別はつくし頭は悪くないようだ。おまけに、ミカの言うことは、よく聞く。
だからいっしょのほうがロダンにとってもいいのではないか――と。
ロダンは二つ返事で一緒に来ることを了承した。
ミカは嬉しかった。一人ではないので。
「……じゃあ、そろそろ行くね」
「うん。……ありがとう、ミカ。また会えるよね。ううん会いに行く」
「隣の村だよ、意外と近いんだから、大丈夫」
馬車で2日のところだ、子どもだって行けない距離じゃない。
「気をつけて」
「はい。お世話になりました」
子爵にはちゃんと頭を下げた挨拶だ。
けれどほとんど彼の領分で館を使わせてもらうのだから、今後とも宜しくお願いします、のほうが正しいのだろうか。
「定期的に人を送る。何かあれば彼らに言ってくれ」
「はい。何から何までありがたいです」
「いや。……結局、直接ちゃんと面倒を見てやれなかった。君の判断は正しいが……面目ないな」
「いいえ、子爵がいなければ、私たちは今ごろ……感謝します」
「何かあれば必ず言ってくれ。その点は大人の仕事を奪わないでほしい」
「ふふ、分かりました。では……」
子爵やメレ、仲間たちや屋敷のひとたちに手を振り、ミカはロダンと一緒に馬車に乗り込んだ。




