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ゴードンの剣がリリアの肩を強く殴打、手加減のない男性の暴力に華奢なリリアの身体が吹き飛ぶ。
その瞬間だった。
玉座の間、その外側から慌ただしい騒音が近付いてくる。
何かを制止する様な声。それも複数。
一瞬の静寂、そして金属製の大きな何かが吹き飛び、転がり落ちる轟音が響く。
途端に音が明瞭になった。
玉座の間を閉ざす、人の背丈を優に超える分厚い鋼鉄の扉、それがたった一人の人間によって叩き斬られ、吹き飛ばされた音だった。
「勇者様!」
「お待ち下さい勇者様!」
「勇者様! どうかお戻り下さい勇者様!」
「清めを! 清めが足りておりませぬ!」
「穢れ姫による汚染を除去して差し上げますから!」
「穢れ姫の隔離、処分が済んでおりません!」
舞う粉塵の向こう、聖職者達を引き連れ勇者ユリウスが現れた。
「黙れ」
大声ではない。
しかし声は低く、いっそ静かで冷ややかで。
それでも怒気を強く感じた。
ただの一言、聖職者達の騒音は止んだ。
「勇者の務めとやらは不要な浄化か? もっともらしい事を言って分断とはやってくれる」
「ですがソレは穢れ姫、魔王によって穢されているのです」
「お優しい勇者様の慈悲にてお連れしたのでしょうが、いかな勇者様とは言え汚物の放つ穢れを浄化せねば」
「二度言わすな。姫への無礼は即刻やめろ」
勇者ユリウスは普段の温厚さの消え失せた、敵を見るかの様な怖ろしい目で聖職者達を睨み付け、良く回る口を閉ざさせた。
勇者ユリウスは整った精悍な顔をこれでもかと苦々し気にして粉塵の奥、玉座の間を睥睨している。
やがて視界が晴れ、吹き飛ばされて地に伏すリリアと、殴打した体勢のままのゴードンが視界に入る。
勇者の目が、カッと見開かれた。
空色の瞳が怒りに燃え、強く歯を食いしばる。
怒りに呼応し生じた、美しき金色の炎が激しく踊る。
勇者の身体を取り巻く様に燃え上がる金色の炎。
神々しき勇者の光輝だ。
天より与えられし勇者の剣が光輝を纏い、光はより強く輝いた。そして一閃。
目にも留まらぬ一閃は玉座の間に居る者全てを透過し、衝撃は場の破壊となった。
広大なる玉座の間、その壁すべてを吹き飛ばし、大きな窓を粉砕し飛ばし、光閃によって破片は塵すら残らない。
外界の風が吹く、すっかりと見晴らしが良くなった玉座の間、しかしその場に死傷者一人たりも無し。
攻撃は一切の傷を作らず、ただ強烈な浄化の炎を感じた。
人であるならば、無害の一撃。
それでもとんでもない威力の一撃だ。物には作用するらしく玉座の間は床をのぞいて殆ど全てが吹き飛んだ。
王は無傷で、座してた玉座のみが粉砕。
王は尻餅つくばかり。
そんな王の姿すら目に入らず、人々は呆気にとられる。
人知を越えた理外の一撃、それを目の当たりにした無力なる人間達は何をするも考えるも出来ない。
静寂に朗々たる声が響く。
「これは魔王を討った技、生命ならば邪のみを断つ剣気だ。貴公らの生存を以て事実とお分かりだろうが」
邪のみを斬り裂く剣気。
つまりかの光に断たれ、生きてるならば邪の者ではない。
勇者様の発言だ。
事実だろうと場の全員が理解していた。
何せ身を以て体験したのだから。
ならばと人々は、唾棄すべき穢れ姫に視線を集めた。
意地の悪い好奇に満ちた目ばかりだった。
「おお恐い。どんな無残を晒すのでしょう」
「魔物の本性を現わすのかも」
「でも安心ね。勇者様がいらっしゃるから」
「ふん、当然の報いだ」
土煙の向こう、騎士によって十重二十重に護られた高貴なる者達の声が、聞こえよがしに響き渡る。
見晴らしの良くなった玉座の間に吹く外界の風により素早く粉塵は流れ行き、彼らにとって信じがたき光景を示す。
ゆっくりと身を起こすリリア姫。
その姿は変わらず美しく、醜い醜態を晒すことなく、化け物化もせず、切り裂かれもせず、先と変わらぬ姿であった。
つまり、儀礼剣による殴打痕のみの姿。
勇者が駆け寄り抱き抱え、殴打の傷を癒やしている。
聖なる癒やしの光にも苦痛を示さず青アザは消える。
貴族達は驚愕していた。
穢れ姫なのに五体無事に、生きている。
確かに彼女も攻撃の最中にいた。むしろ攻撃は彼女に向かっていた様にすら見えていた。
しかし切り傷はおろか、苦悶のひとつも浮かべていない。
つまり彼女は邪ではない。
穢れ姫であるはずなのに。
「…………なぜ?」
呆然と、婚約者ゴードン。
「何度も申し上げたでしょう。わたくしは潔白だと」
「は? でもだって、メイフェアが」
妹姫メイフェアに注目が集まる。
しかしメイフェアは余裕たっぷりの様子だ。
べたべたと恋人の様な振る舞いをしていたゴードンに対し、急に冷たく押しのけて、勇者ユリウスに対し甘ったるい笑みを浮かべた。
うるうるとした瞳をぱちぱちとさせ、甘ったるい声で軽やかに言葉を紡ぐ。
「わたし、間違ったこと言ってません。お姉様の邪が駆除されたから、こうしてお姉様が戻ってきたの。良かったわねお姉様、元に戻れて。全て勇者様のお陰です。有り難うございます勇者様。姉を助けて下さったお礼、わたしがたっぷりして差し上げたいの……。ねえ、よろしかったら今宵……」
「御託は良い。お前の言い分は聞かせて貰った」
甘さにさらに蜜垂れた声が秒速で媚びてくるのを即座に斬り捨て、ゴミを見る目で妹姫メイフェアを見下す勇者。
周囲が姉姫に向けてた視線とそっくり同じものである。
大きく無骨な手が自身の右耳を示す。
淡く緑に光る宝玉抱きし耳飾り。
同様のものが、リリアの左耳を彩っている。
「対策しないと思ったか? 用意は周到に、だったか」
軽くゴードンを嘲り、しかしそれも直ぐに消え、物憂げに重く嘆息し、勇者ユリウスは俯いた。
「せめてここくらいは、姫を傷付けないと信じたかった」




