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静まりかえった玉座の間に、甘い甘い声が響いた。
「きっとお姉様は、無意識なのよ」
「メイフェア?」
ゴードンの声にこてんとあざとく頷くメイフェア。
うるうるとした涙目の癖に、声に泣いた名残もない。急にハキハキと、まるで何度も練習していたかの様に妹姫メイフェアは語り出した。
「もう堕ちきっているからその自覚がないの。可哀想なお姉様。まだ清らかだなんて思い込んでて。でも恐らくその身に悪の種子が植え付けられている。狡猾な魔王の残滓。わたしにだってこれくらい思い付くんだから、魔王ならばそうするに決まっているわ。きっと魔王復活の贄。内側からじゅくじゅくと、わたしたちを邪悪に染めるの」
根拠なんて何もない。
けれど言葉は、場を支配した。
「なるほど確かに一理ある」
「お父様。哀しいけれど、民を護る為に王として決断の時です。邪の可能性を一欠片たりともわたし達の国に浸蝕させる訳にはいかないの」
「でもね、メイフェア。もしかしたら解呪される可能性があるかも知れないわ。しばらく何処か遠いところに繋いでおいて、時間経過で穢れをどうにか排出……」
「時間を与える事は危険ですわ、お母様。魔王は狡猾。死んでも復活の策くらいはあると用心しておくべきです。その第一候補がお姉様。半年も魔王城にいたのです。お母様も国母として覚悟の示し時、お分かりでしょう?」
「欲しがり屋さんの甘えっ子だった、可愛いメイフェア。貴女はもうすっかり賢い女性に育ったのね。頼もしいわ」
「有り難うございますお母様。もうこの国に残っている王位継承者はわたしだけ。せめてわたしは頑張らないと思ってずっと勉強しているの」
「そうねメイフェア。貴女とゴードンならばこの国の未来をきっと明るいものにしてくれるでしょう」
「お任せ下さい、王妃殿下!」
「私達の可愛いメイフェアをどうかよろしく頼むわね」
結果が既に決定している様な会話。
リリアの意向なんて無視。
そもそも生きてる扱いじゃない。
厳かに父王が告げる。
「我々は邪に屈さず、邪を排除する! これは宣告にして慈悲だ。この決別に感謝せよ、かつて娘だったモノ」
王の目配せに頷く婚約者ゴードン。
彼は剣を抜き構える。
微々たる清めの気配を纏った儀礼剣だった。
「対策は万全に。民の安全の為にこの場を設けた。感謝しろよ魔王の売女。ガワの罪を減らしてやるのだからな。いくら暴れようと邪を撒こうと無駄だ。感じるだろう苦しいだろう清らかなるこの空気を! ここに集うは国の精鋭! 我ら貴族は邪への耐性が高く、愛するメイフェアは更に高い! けれど私は愛しいメイフェアの手が汚濁で汚れる事を望まない!」
神々しくも実戦的な勇者の剣とは大違いの華美たる剣。
まさかあれでリリアを殺すつもりだろうか?
刃の潰された儀礼剣では斬れないだろうに、死ぬまで剣で殴打するつもりなのだろうか?
それはどんな拷問だ。
わたし、そんな仕打ちにされる様なこと、した?
どうして誰もこんな話を止めないの?
姫としての勤めもきっちりこなしていたし、聖なる力で祈り、国中浄化し続けていた。王家の長子として政治の勉強も事務仕事も軍務の把握も、外交も、王家の礼儀、儀式、全部全部頑張った。
貢献と価値を示してきたと思っていたのに。
それでも誰も、躊躇せずに殺して良しとしているの?
リリアとしての感情がわめく。
でも。
でも、そうね。
ここまで理解して貰えないなら、もう良い。
誤解は解けない。
ここまできたら純潔証明が為されても納得できない領域に見える。きっと恐いのだ。魔王を感じさせるものが。
人々の不安は分かる。言い分も分かる。
ならば死にましょう。
リリアはこの国の王女だ。
ヴァールバラ王国によって生かされ育まれてきた。王の権威に守られ、民の税によって民より豊かに生活できた。
民から頂く献身を当然として享受すべきではない。
贅沢もしない民から捧げられてきた税によって得た高度な教育、他国に恥じない質の衣服、食。
献身的な王国民の安寧の為ならば、コストを掛けて育てて貰った恩を返すべきだと考えた。
王国の意思がリリアを消すべきと結論を出したのなら、姫として生きていた者として、その決定を受け入れるべきなのだ。
生きたいけれど、リリアは姫だ。
姫としての価値を示せないのだから、無価値な私は死ぬべきだ。
私は目を閉じた。
きっと死ぬけど、長い苦痛と拷問の果てだ。
ひと思いに殺す慈悲すら与えられない。
殴られ続ける以外の選択肢は無い。
耐えよう。死ぬまで。




