第3章 第1話 帰還の儀
マリンが心血をそそいでくれた魔法陣が完成し、いよいよ元の世界に帰る日。
俺、珠莉、ハム太の三人は、エルドリア国王の玉座前に集まった。
「マリン、俺たちのためによく頑張ってくれたな」
「これ、自分達からのささやかなお礼っす」
「マリンちゃん頑張ってくれて感謝してるよ」
「いえ、お礼なんてそんな……」
「遠慮せずにとっといてくれよ」
俺は、ダイヤがちりばめられた金のネックレスと、革で簡易製本した小さな手帳サイズの冊子を差し出した。中には3人で書いた最後のメッセージが書かれている。
内容は、マリンへの感謝の気持ちを綴ったものだ。
マリンは最後まで読み終えると、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
「……こんなもの、要らないと言ったら嘘になりますね」
声が少し震えている。俺がネックレスをかけてやると、珍しく耳まで赤くなった。
「それに、こんな高価な品まで」
「まあ、職人たちが頑張ってくれたんだよ」
「皆さん、ありがとうございました。一生大切にしますね」
やがて俺たちはひと際大きな魔法陣の真ん中に移動した。
「いよいよこの世界ともお別れだな」
「何だか名残惜しいっす」
見守るのは、国王レイ=アルベルトと少数の衛兵、そしてマリンのみである。
俺は国王に対し、正直微妙な思いを持っていたが、今となっては過去の話だ。
「今までお世話になりました。国王様もお元気で」
「うむ」
三人を代表してありきたりの言葉を述べる俺にアルベルト王は鷹揚に頷いた。
よく見ると体が小さく震えており、やがて涙を隠すかのようにアイマスクを付けた。
さすがに、俺たちに対する罪の意識もあるのだろう。
マリンは王に一礼すると、俺たちに向かって両掌を広げた。
「では、これより、帰還の儀をはじめます。ナーム~……」
しばらくして足元の魔法陣が金色に光り、ゆっくりと回転し始めた。
光の輪は、徐々にスピードげ、俺たちを包むようにせり上がってきた。いつかハム太が男の子の姿になったときの光の繭とは段違いの眩しさだ。
「スイ様、眩しいっす~」
「お兄ちゃん、これって、ホントに大丈夫なのかな」
「おい、ここまで来て、そんなこと言うなよ……って何押してんだよ」
「私は押してないわよ、お兄ちゃんこそ」
「自分も誰かに押されてるっす~」
あまりのまばゆい光に思わず目を閉じた。
そして……。
「きゃーっ!」
聞き覚えのある声に目を開けると、見覚えのある者が抱き着いてきた。
「え? マリンか? これ一体どういうことだよ!」
「勇者様、やっと帰ってこられたのですね!」
「ちょっと待て! 一体どうなってるんだ!」
「スイ様、ここ王国の王宮っすよ」
「でもお兄ちゃん何だか雰囲気が違うよ」
珠莉が言うように、床や柱や調度品などは同じだが、玉座が無い。そしてどことなくくたびれた感がある。
衛兵たちの中にも見知った者がいるが、なというか一様に老けている。
そんな中、ひとり変わらぬマリン。逆にこいつはどうやってガキんちよ体型を維持しているのだろうか。
「おい、いい加減離れろよ!」
「マリン様、一体、どういうことっすか」
「これって、失敗したってこと?」
「いいえ。帰還の儀は無事成功しました」
「んなわけあるか!」
マリンはしぶしぶといった感じに俺から離れると、表情を消して俺を見つめた。
「実は……。魔法陣が転移の光に包まれたとき、国王様が中にお入りになったのです」
「なんだって!」
「恐れ多いことに、我が国王は、先代の勇者であられました。元の世界に帰還される皆さんがうらやましかったのか、ぎりぎりで心変わりされたようです」
「ちょっと待て! 羨ましいからって、国王ともあろう人が、割り込みみたいなことするかよ!」
「ですから、アルベルト様は、国王とはいえ元は勇者様。思い返せばいつもご飯やみそ汁を涙を流して召し上がっておられました」
「そんなの関係あるかよ!」
「なんて自分勝手な人なの!」
「許せないっす!」
「いや、待てよ。返還の儀で王が付けていたアイマスク。あれは、サングラスだったんじゃないのか? ならば、計画的な犯行だよな」
「……コホン。そのあたりの事情はともかく、帰還の儀を途中で止めれば、全員がどこかの世界に吹き飛ばされるところでした。私が突然のハプニングにも動じず、帰還の儀をやり遂げたおかげで魔法陣の中心におられたアルベルト様は無事にご帰還され、皆さまが時空のはざまで迷わぬようつなぎ留めておくことに成功したのです!」
腕組みをして胸を反らし、ドヤ顔のマリン。
どうしてこいつは、こんな恩着せがましい言い方が出来るのだろうか。
「それじゃ俺たちも元の世界に返してくれるんだろうな。言っとくが、国家予算の10年分なんてもう稼いだぞ」
俺の言葉に、マリンはゆっくりとかぶりを振った。
「それが……勇者様を失ってからというもの、黄金米も次第に実らなくなり、収穫は下がる一方。国庫もすでに空になり、もう一度勇者様におすがりするしかなくなったのです」
「おい!」
「現在、我が国は財政破綻の危機に瀕しています。この難局を打開するため、今こそ、勇者様の力が必要なのです!」
「ちょっと待て!」
「……少しお待ちしましたので、話を進めさせていただきます。財政再建の手段は勇者様に一任いたします。細かい部分は何なりとご相談ください」
「それって前と同じパターンじゃねえか!」
「国王様不在なので随分違ったパターンだと思いますが」
マリンの胸元には、俺たちが感謝の気持ちを込めて贈ったネックレスが光っている。
「ふざけんな!」
「感謝して損した気分っす」
「また、やり直しだなんて……」
「ネックレス返しやがれ! それ国宝級の代物なんだぞ!」
結局、俺たちはまたこの世界でやり直す羽目になったのだった。




