第2章 第12話 勝利の宴
ヴィクターの本陣には、次々と退却の報がもたらされていた。
「正門攻撃中の先鋒、壊滅」
「続く本軍も苦戦中」
「裏門攻撃中の部隊も押されています!」
「何だと!」
次々ともたらされる報告に、奥で休んでいたヴィクターが体を起こした。
「アレン、どういうことだ! 相手はたかだか1,000人なんだぞ」
「それが、兵たちは満足に動けず、しかもオルレアン軍が……」
「ええい、もうよいわ! 儂が出る!」
「なんじゃ、これは……」
よろよろと外に出たヴィクターの眼前には、信じられない光景が広がっていた。
炊き立てのご飯のふんわりした匂いに味噌やしょう油を焼いた香ばしい香りが広がる中、
攻めていたはずの兵が武装を解除し、オルレアン城の正門前に並んでいるのだ。
「うまい……生き返る……」
「体が……熱くなって、力が湧いてくる……!」
「もう戦うとかどうでもいい……ここにいさせてくれ……」
ご飯を口にして喜ぶ兵たちの姿に、ヴィクターの顔が真っ青になった。
「馬鹿者どもが! 軍律違反だ! 裏切り者め!」
「店主様……もはや、大勢は決しました」
背後からイリアスの声が静かに響いた。
「どういうことだ、イリアス! お前、何を知っている!?」
「投降した者に、黄金米を好きなだけ与える。それが敵の条件です。そして、一口食べればどんな重病や疲労もたちまち癒える、と」
「な、なんだと……!?」
「我々も止めることができませんでした。兵たちはもう、腹を満たすためなら何でもする状態です」
「お前……まさか、敵に通じていたのか!?」
激高して剣を抜くヴィクターを前に、イリアスは深々と頭を下げた。
「店主様の恩は忘れておりません。ですが私は同時にオルレアンの騎士でございます」
「今さら何を言うのだ!」
「馬車を待たしてあります。店主様、落ちのびなさいませ」
「……」
「さあ、今のうちに早く!」
この夜、ヴィクターは表舞台から完全に姿を消したのだった。
◆
オルレアン城の大広間は、戦勝の熱気と笑い声で溢れていた。
エールやワインが酌み交わさる中、宴の中心にあるのは、もちろん俺の炊飯器で炊き上げた黄金米である。
「スイ様、この度の勝利おめでとうございます!」
「俺はご飯を炊いただけだぞ。この度の勝利は、俺なんかよりハム太のおかげだな」
「自分はハムスターの姿で敵の食糧庫の中を駆け回っただけっすけど」
「そのおかげで、精霊たちが次から次に食料を腐らせてくれたんだから、やっぱりハム太の手柄だよ」
「そんな照れるっす~♪」
恥ずかしそうにメイド服の裾を掴み顔を赤らめるハム太。
どこから見ても可愛い女の子、いや男の娘……って、いかんいかん。
「じゃあ、約束通りスイ様に遊んでもらうっす」
ハム太はそう言うと胸元のリボンを外しスカートに手をかけたとき——
「「「おい待て!!」」」
近衛兵たちが一斉に立ち上がった。
「ハムちゃん酔っちゃったのか?」
「ちょっとこんなとこじゃダメだ!」
「いや、これから勇者様が遊ばれるそうだ」
「ハムちゃんとこの場でか?!」
「それはうらやま……けしからんな!」
「ていうか、勇者様って、ひょっとして変態なんじゃ……」
「ちょっと待った~‼ ハム太やめろ!」
近衛兵たちの白い視線を受けながら、俺は何とかハム太を思いとどまらせたのだった。
それにしても……。
どうも俺は勇者の割りにこの世界でイマイチ重んじられていないように感じるのは気のせいなのだろうか。
なのだろうか。
「まあ今回の手柄は、控えめに言って私が精霊さんたちにお願いしたおかげでしゅね~」
黄金米のパエリアを口に含みながらドヤ顔のマリン。こいつ、いつもいつも自分の手柄にしやがって。
「そうそう。イリアスさんが勇者ひゃまを探してましゅたよ。あっ、イリアスさんこっちこっち~!」
「イリアスどこ行ってたんだよ。ハム太が黄金米でパエリアを作ってくれたんだ。お前も早く食わないと無くなっちまうぞ」
「ありがとうございます。実は店主……いやヴィクターの件なのですが……」
「無事、返してもらったか」
「はい。マリン様のおかげで無事私の心臓も元に戻りました。それからこの場ではお目にかけづらいこともありまして……」
そっと大広間を出た俺に、イリアスが木箱を見せた。
「これをご覧ください」
「中にはまさか……。ヴィクターの……」
「敗軍の将は、命を差し出すのが常。禁忌のことですので公にはできませんが」
木箱の中には心臓が脈打っていたのだった。




