第97話 幸あれ
「セレーナ! セレーナどこに居る!」
あれからまた、しばらく経った。
飲んでばかりでろくに動かなかった俺達は、自堕落な生活をきっぱりと終わりにして今に至る。
生活圏の雑草は全て撤去したし、今ではあの頃の様な無法地帯は見る影もない。
畑は世界樹に埋め尽くされてしまった為、新しく作り直す必要があったが。
随分と手を掛け、現状また野菜が取れる程になった。
コレも世界樹が近くにある影響なのだろうが、すくすくと育つのだ。
更に、育つと言えばもう一つ。
いや、一人と言った方が良いか。
「ばぁっ!」
「おぉっ、そこに居たかセレーナ。驚いたよ」
「お父さん、腰抜けた?」
「もうちょっと勢いが良かったら、そうだったかもしれないな」
草陰から飛び出して来たその子に微笑みを向けて、彼女の頭の上に掌を乗せた。
世界樹から生まれた、新しい命。
外見だけなら、真っ白いスーとでも言えそうな見た目だが。
それでもやはり別人であると感じ取れる。
幼さが残り、とにかく周りの物全てに興味を持って。
何よりスーと違って、随分と悪戯好きだ。
結局、どちらにせよ可愛いのだが。
そして俺達は、この子に“セレーナ”と名付けた。
「今日からアーラムに行くけども、準備は済んでいるか?」
「……ナイ」
「だろうな。リリシアが慌てて準備していたぞ?」
「準備行って来る!」
随分と慌てた様子で、家の中に駆け込んで行くセレーナ。
やれやれとため息を溢しながらも、口元は緩みっぱなしだった。
あの日、セレーナに会った初めての日。
俺達はムムに対して謝罪し、懇願した。
この子を、俺たちに育てさせてくれと。
アレだけ不機嫌そうな様子を浮かべていたのだ、精霊の怒りに触れてしまった事だろうと予想していたのだが。
ムムは呆れたような笑みを浮かべ、俺たちにセレーナを預けてくれた。
世界樹の精霊となった彼女は今でもあの大樹に宿っており、セレーナが遊びに行けば姿を現す程気安い存在になっていた。
そしてもう一つ。
こちらはもう一匹と言った方が良いのだろうが。
「ジル、お前も家に戻れ。置いて行かれても知らないぞ?」
セレーナと一緒に草むらから飛び出して来た猫の魔獣。
その姿はどう見ても、バステビュートが小さくなった様な見た目をしている。
だがしかし、こっちもまた別物だったようで。
当然喋らないし、行動はまるで仔猫の様。
とはいえ大きさは以前のビルとそう変わらない程度なのだが、これからバステビュートの様に成長したりするのだろうか?
今の所それは不明だが……現状は人の脚にじゃれ付き、俺のブーツをガジガジと齧っている。
コイツの名前も皆で考えた結果、ビルの子供と言う事で“ジル”と名付けた。
かなり安直にはなってしまったが、セレーナにも呼びやすかったらしく。
ジルジルと連呼しながら、いつでも一緒に遊んでいる。
まるで以前のスーとビルを見ている様な光景だったが、あのコンビよりも賑やかな上に両者とも悪戯好きと来たものだ。
やれやれとため息を溢してしまう事もあるが、それでも楽しい毎日を送っているのは間違いない。
「こら、いい加減にしなさい」
「んなぁぁお」
「全く……セレーナ、忘れ物だ! ジルを置いて行くなよー!?」
家に向かって叫んでみれば、ドタバタと走る音が聞えて来て。
勢いよく玄関の扉が開いたかと思えば。
「ジルー! 準備ー!」
セレーナが声を上げると、今まで俺のブーツに齧りついていたジルもすぐさま家に向かって走りだした。
本当に、あの子の言う事だけはよく聞く事で……なんて思ってしまうが、それも当然なのかもしれない。
鑑定の結果、セレーナにも“愛猫”のスキルが宿っていた。
その為やはり動物達からは異常な程好かれ、街に行けば周りの人々からも可愛がられる程。
そして街、というかアレからのアーラムはと言えば。
俺達は結局、アグニの誘いを受ける決断をした。
本来ロイヤルナイトなんて言えば国の為、王の為にその身を捧げなければいけない身の上である筈なのだが。
「そんなもの、口実と身分証代わりに渡しただけだ。ただし、仕事を依頼したい時には遠慮なく呼ぶので覚悟しておくように」
だ、そうだ。
という訳でかなり自由にさせてもらっている。
これでは周りに示しがつかないのではないのか? と問うた事もあったが。
国の最高戦力として英雄に首輪を付けたと説明すると、皆黙ってしまうそうだ。
何ともごり押しというか、物凄い言い分だとは思ってしまったけども。
更に件のエルフ達はというと、今ではフィーが大使として招かれているだけに留まっているとの事。
残るエルフ達は、彼等の里へと戻って行ったらしい。
よくもまぁそこまで上手く事が運んだものだと感心したのだが。
「族長に今回の事を報告すると共に、彼の愚行を事細かに説明した結果です。罰として、私が回収した“堕神の残滓”の浄化を任せてあります。それさえ終われば膨大な魔力の塊になる訳ですが……ご安心下さい。あの魔道具、魔力を回収した者にしか放出出来ない仕組みみたいですから。いくら綺麗にした所で、使用できるのは私だけです。まぁ、百何十年かはかかるのではありませんか?」
なんて、とんでもない事を言っていた。
気の長い話だと思ってしまうと同時に、サレイヤ……彼は族長でも何でもなかったのか。
えらく強気に出ていたので、それなりの立場にある人物なのだろうが。
それでも相手国の国王に食ってかかる程の権力は持ち合わせて無かったらしい。
その謝罪と今後の関係修復の為に派遣されたのが、巫女のフィーだという話。
今では王宮に勤め、預言者としての力を使いアーラムの為に手を貸しているそうだ。
度々この森に足を運んでは、ムムと会話しているが。
そして次、獣人の国ガルバリンデ。
此方は以前と変わらずアーラムと協力関係にあり、お互いに手を取り合っている状態。
両国の間に新たな街道まで作り、物流も盛んになったそうだ。
ただし問題がない訳ではなく。
最近はガルバリンデの王子、ライルザッハが王位継承権を放棄すると騒いでいるとの事。
なんでもその理由が。
「シャームに“王妃とか無理”と言われたからな! なら俺は一般人になってアイツを嫁に貰う!」
との事。
王マイルカーラと王女イリーゼは呆れかえり、とりあえず今は好きにしろと放し飼い状態にしたと言っていた。
これの影響か、この森の中に王子が一人で遊びに来るという、とんでもない出来事が度々発生しているが。
それからもう一つ、此方はそう騒がしくない変化だが……王女イリーゼだけは度々この森に訪れて、世界樹に祈りを捧げている。
誰の為になのかは、言葉を聞かなくても分かるが。
「本当に、賑やかになったものだな」
前にも呟いた台詞を、こうしてたまに溢してしまうのも仕方ない事だろう。
俺達は相変らず四人で暮しているというのに、以前よりずっと来客が多くなった森の生活。
今では俺達の家まで馬車で通れる様にと、アグニがわざわざ道を拵えてしまった程。
行動的になったと感心するべきか、まるで観光地の様になってしまったと嘆くべきか。
何とも言えない現状となってしまったが、悪い気はしないのは確かだ。
たまに冒険者の“豪鉄”や、ギルド長まで遊びに来て。
「罰則と言う事で身分剥奪にはなりましたけど、再登録はいつでも出来ますから。お待ちしてますねぇ~?」
などと、決まり文句の様に言って帰る始末。
もはや国に仕える騎士の立場を頂いてしまった以上無理だと説明しても、俺達がまだ森暮らしをしているのを知ってからは、なかなかしぶとい。
俺は本格的に老後を考える歳になったというのに、誰も彼もこんな調子である。
やれやれと、日に何度もため息を溢してしまう様な毎日。
それでもやはり、充実していると言って良いのだろう。
「グラベル! いつまで庭を散歩しているつもりだ!? 老人になるのはまだ早いぞ、お前もさっさと出発の準備をしろ!」
「お父さん、お母さんに怒られてる」
「そうだな、セレーナ。怒られる前に、お前は早く準備を終わらせなさい」
「うい、シャーム姉」
玄関からプリプリと怒ったリリシアが顔を出し、二階の窓からはセレーナとシャームが笑いながら俺の事を見ていた。
「まったく……忙しいな、本当に」
「忙しくなるのは準備が遅いからだろう、グラベル。ため息ばかり吐いていては、更に老けるぞ」
「リリシア、冗談でもそう言う事を言わないでくれ……」
という訳で本日もまた慌ただしい一日が始まったのであった。
あぁ、そういえば。
アレクシアが書いたという絵本が、そろそろ本屋に並ぶ頃合いだっただろうか?
アーラムに着いたら、まずはソレを買いに行こう。
何でもスーの事を描いたらしく、セレーナも楽しみにしていたのだ。
ネーネの事が知りたいと、何度も何度も昔の話を聞かれたくらいだからな。
そしてその絵本製作の為に、俺達は……というか他の皆も揃って協力したのだ。
こんな事があった、こういう事もあった。
昔話に花を咲かせ、皆スーとの思い出を語り合った。
でも最後まで、アレクシアは完成品を見せてくれなかったのだ。
だから、俺達も本を読むのは初めて。
今から楽しみになってしまうが、ある程度の内容は聞いている。
全く知らない土地からやって来た旅人の女の子が、不思議な喋る猫と出会うお話だそうだ。
彼女はその猫と共に様々な人々と出会い、多くの経験をする事となる。
その女の子は大変な思いをしながらも、その猫と旅を続けた結果。
白く美しい精霊と出会い、力を授かる。
しかし少女は決して自らの為に、力を使う事は無かった。
誰かを守る為に、助けるために力を使い続けた。
彼女と共に精霊の力を受け、共に旅をしていたその猫は神獣と呼ばれ始める。
そして少女本人も、一部の人間からは天使と呼ばれるそうだ。
周りの人々の目に彼女はどう映るのか、喋る猫はどう映るのか。
彼女を天使と崇める地に行けば、猫の方は天使の飼っている獣とされ。
猫を神獣と崇める地に向かえば、逆に少女の方が神獣に飼われている人間と言われる。
アレクシアは、この些細な違いが争いの原因になると訴えかけたそうだ。
結局、結末がどうなるかまでは教えてくれなかったが。
それは読んでからのお楽しみと言う事なのだろう。
だが実際の所どうだったのだろうか? スーとビルの関係は。
バステビュートの性格を考えると、最初はスーを飼っていると認識していたとしてもおかしくはない。
逆にスーも、いつだってビルを抱えていた所を見ると、気に入ったペットとずっと一緒にいる感覚もあったのだろう。
今となっては想像しか出来ない……が、最終的に本人達にとってはどちらでも良い話だったのかもしれない。
何であろうと、共に居られれば良い。
互いが互いを支え合って生きて来た、それだけだったのかもしれない。
人はそう言う関係を、家族と表現するのだから。
「では、行くか」
「一番準備が遅かった奴が何を言うか、馬鹿者」
「お父さんより準備早かった!」
「そうだな、偉いぞセレーネ」
全方面からチクチクと攻撃され、思わずため息を溢してしまったが。
それでも俺達は、再びアーラムへと向かって出発した。
長く生きて、そろそろ俺も隠居するかと考えた所でスーと出会い。
様々な事が変わって、今では周りから必要とされる存在に返り咲いた。
この歳で、まさか騎士になるとは。
人生とは、本当に何があるか分からないものだ。
そんな事を思い、馬に揺られながら真っ青な空を見上げる。
清々しいとは、こういう時の気持ちを言うのだろう。
なんて事を柄にもなく考えながら、心の中で毎日の様に問いかけるのだ。
『そっちは元気でやっているか? 俺達は、まだ何とか生きているよ。どうか、お前の人生に幸あらん事を』
もう会う事の出来ない娘に向かって、本日もまた。
俺は、遠い世界に居るであろう彼女の幸せを祈るのであった。




