第96話 新しい命
「これは……」
久々に足を運んだ世界樹の元には、多くの動物達が寛いでいる様子を見せていた。
そしてその木の根元には。
「バステビュート……なのか?」
そこには、まるで草木が集まって出来たかの様な大きな繭が転がっていた。
最後にアイツが眠りについた場所、それは間違いない。
更に言うなら、アイツ独特の強い魔力を肌で感じる。
本当に繭の様になってしまっているが、この中にバステビュートが居るのか?
フラフラと歩み寄ってみれば、世界樹から一匹のモモンガが飛び出して来た。
まるで怒っているかの様に、プクプクと声を上げていたが……。
「ムム、か?」
恐らく、同じモモンガだと思う。
いつもスーが連れていたから、すぐにムムだと判断出来ていたが。
こうして草木の中から急に現れると、正直俺には見分けがつかないのだ。
どうしたものかと頬を掻いていれば、モモンガは世界樹の方へと戻っていった。
そして。
『――、――――』
急に輝いたかと思えば、件の白い精霊が姿を現したではないか。
その表情はスーを見ている時は違い、どこまでも無表情。
やはりこの精霊の関心はスーにしか向いておらず、俺達には興味が無いのだろう。
そんな風に思っていれば。
「では、お話を伺わせて頂きますね」
俺達よりも前に歩み出したフィーが、スキルを行使して何やら精霊と言葉を交わし始めたではないか。
あの子のスキルは、人だけに留まらず精霊とも対話できるのか。
思わず感心してしまったが、此方としては両者が何を喋っているのか理解出来ない。
なので大人しく話が終わるまで待っているしかないのだが。
「グラベル……どう思う?」
「正直俺には、もう何が何だか分からないよ」
耳打ちして来たリリシアにも、そう答えるしかなかった。
まさか我が家の周りがこんな事になっている事も。
バステビュートが何故あんな状態になっているのかも。
また投げ出してしまった俺達には、想像する力すら残っていなかったのだ。
でもどうか、悪い変化ではありませんように。
そんな事を願いながら、対話中の彼女達を見つめるのであった。
――――
「あまり、良い結果とは言えませんね……」
何やら対話が終わったらしく、フィーが難しい顔をしながら俺達の元へ戻って来た。
結局何がどうなったのか、出来れば分かりやすく説明して欲しい所なのだが。
「世界樹は無から命を作る、そういう話は聞いた事がありますよね?」
「あぁ、まぁ」
流石にコレばかりは、与太話の類だと考えているが。
全ての生命の原点は、世界樹から生まれて来た。
そんな伝承が残っているのは知っているが……どうしてもこの樹木から命が生れるとは思えない。
あるとすれば、スーの様な存在の“出入口”として存在するという所だろうか?
それならば納得できる。
実際に俺達はそうしてスーと出会った訳だしな。
「簡単に言うと、今それが現実のモノとなりました」
「はい?」
思わず、おかしな声を上げてしまった。
命が生れたと言う事で良いのだろうか? 何処に?
ポカンとした表情を浮かべながら、彼女の事を見つめていると。
フィーはコホンと咳払いを一つ溢してから。
「一つずつ話していきますから、良く考えながら聞いて下さい。その答えによっては、精霊は“貴方達には渡さない”と仰っております」
「良く、分からないが……とにかく、聞かせてくれるか?」
いったい何の事を言われているのかはさっぱりだが、その後フィーの話を聞く限り、何やらムムは怒っているらしく。
元々俺達に渡そうとしていた物を、今のままでは自分のモノにすると伝えて来たとの事。
本当に何を言っているんだ?
「詳しく説明し過ぎても時間ばかりかかりますので、端的な言葉を残します。世界樹は命を生み出す。これは肉体その物でもあり、魂を下ろす、もしくは作り出す所まで含まれます。そして当然、何かを作り出すには設計図が必要になる訳です」
「まぁ、そうだな。出鱈目に作り出しても、それは生き物の形をしていない可能性すらある」
あまり詳しくは無いが、錬金術師という存在がそういう実験をしていると聞いた事がある。
人工的に作られる人間、すなわちホムンクルス。
例え材料を揃えようが、魔術を駆使しようが。
未だに魂と呼べる概念が判明せず成功していないという噂に、失敗すればとてもではないが見られたモノではない肉の塊が出来る、なんて与太話もあるくらいだ。
つまりそれは、“設計図”が整っていない状態。
「そしてその設計図となった人物と限りなく近い存在を、この世界樹は生み出した。彼女の魂は“こちら側”には存在しませんが、肉体はこの地に来た時新たに作られたモノ。つまり本来肉体だけはこちらに残していく筈だったそれを、この白い精霊が“概念”として預かった形です」
「まて、待ってくれ」
「かのバステビュートと呼ばれる神獣も、その命を使ってまで協力したそうで。ビルとムム、両者の彼女に対する記憶と……更には送り出した際に読み取った彼女の情報。それらを元に、あの繭の中で生まれる時を待っていると。そう言っております」
「ちょっと待ってくれ!」
そんな事、ある訳がない。
あり得る筈がない。
だってそんなの、叶う訳が無いのだ。
「それはつまり……あの中に、スーが居ると言うことなのか?」
それはもはやスー本人ではない気がする。
だってあの子の魂は、既に“異世界”に帰っている筈なのだ。
だとすればあの中にスーと同じ様な存在が居たとしても、それは複製に過ぎない。
いくら世界樹だからと言って、行っているのが神々だとしても。
まるで命を弄ぶ様な行為に他ならないのではないのか?
そして何より、俺達は。
スーと同じだと差し出されても、その子を受け入れられるのだろうか?
「その表情を見るに、言いたい事は大体察して頂いた御様子ですね。その通りです、あの中に居るのはスーであってスーではない存在。それでも貴方方は、彼女を愛せますか? 世界樹の精霊と、彼女の為に命を使った神獣に誓って。少しでも不安があるのなら、精霊に任せるべきだと、私は判断いたします」
非常に冷静な様子で、フィーはそう言い放った。
本当に待ってくれ、急にそんな事を言われても。
視線を彷徨わせて、リリシアに瞳を向けてみれば。
「あの中に……本当に居るのか? スーが……いや、スーではないのか? 待ってくれ、頭が混乱している」
此方もやはり、正常な判断が出来ないでいるらしい。
そして反対側に立って居たシャームを見てみると。
「私は……愛せる、と思う。例え複製だと言われても、そこに確かな命があるのなら……そこにスーを重ねなくとも、良いんじゃないか? 師匠」
シャームに関しては、既に意志が決まっている様だ。
しかしながら、腕を抱いた掌が震えている。
例えそう“決めて”も、やはり怖いのだろう。
もしも生まれて来たその子が、スーと全く同じだったのなら。
きっと俺達は、どうしたってあの子と重ねてしまう。
それはきっと、生まれて来たその命に対して何よりも失礼な感情だ。
「先程は期待させる様な事を言ってしまい、申し訳ありません。私の“預言者”としての能力では、てっきりスー本人が帰って来るものだとばかり……まさかこんな事になっているとは。それで……どう、されますか? 皆様」
気まずそうに視線を伏せるフィーも、どこか落ち着かない様子。
その様子は、もはやこの決断を先送りには出来ない事を意味しているのだろう。
この場で答えを出さなければ、ムムはその命を俺達には絶対に渡さない。
むしろ今後この森に立ち入る事さえ出来なくなってしまうかも知れない。
そして何より、あの精霊は。
スーが居なくなってからの俺達の様子を見ていたのだろう。
情けなく酒ばかり呷っていた俺達に、スーの様な可能性が見いだせなかったのだろう。
だからこそ、怒っているのだ。
「ムム、正直な気持ちを言おう。今の俺達には、正確な答えを出す事が出来ない」
『――』
言葉を紡げば、精霊の表情が少しだけ冷たくなった。
相手の言葉は分からないが、此方の言葉は相手に伝わっているらしい。
「スーであって、スーではない人物。それは俺達にとって非常に不安定な存在になってしまうだろう。どうしたって今までの彼女と重ねて見てしまう、だがそれは新しい命に対してとても失礼な事だと思うんだ。スーはスーで、今そこに居る子はまた別人だ。例え姿形や、魂さえも似た存在だったとしても」
コレが、本音。
であればやはり精霊に預け、俺達は他の地に移り住んだ方が得策。
そう、理性は訴えかけてくるんだが。
「それでも多分、俺達はその命を放り出してはいけない。お前に預けていけば安心なのかもしれないが、でも……その決断をした自分達が許せなくなる」
『――――?』
結局何が言いたいのかと、そう問われている気がした。
精霊が求めている答えは非常に単純。
俺達がその子を、愛せるかどうか。
だったら。
「一度、会わせては貰えないだろうか? 顔も見ていない内から、絶対に愛せるなんて……簡単に言いたくないんだ」
会ったからどうなるのかと、自分でもそう思う。
それに一度目にしてしまえば、離れられなくなるのではないか?
あの子と同じ姿をしていたら、例え別人だったとしても俺達は依存してしまうのではないか。
そんな風にも、思えるのだが。
『……――』
白い精霊は、俺達の事を手招きした。
近づいて良い、と言う事みたいだ。
「リリシア、シャーム。行くぞ」
声を掛ければ、二人は無言で頷いてから俺の後に続く。
ゆっくりと息を整え、元バステビュートだったという“繭”に近付いてみれば。
『――――』
ムムの歌声と共に、ゆっくりと植物の繭が開いていく。
一本一本、まるで丁寧に編んだ紐をほどいていくかの様に。
随分と時間をかけ、その繭が完全に開いたその先に居たのは。
「……え?」
間違いなく、スーではなかった。
いや、姿形や顔立ちは本当に瓜二つなのだが。
まるで精霊が現れた時のあの子の様に、真っ白の長い髪。
やがて薄っすらと眠そうに開かれたその瞳は、炎の様に真っ赤だった。
そして何故か、以前スーがガルバリンデで貰って来たゴツゴツした卵を抱えているではないか。
「初め……まして。君の名前は?」
声を掛けてみると、彼女は不思議そうに小首を傾げた。
やはり本当に生まれたばかりというか、言葉が分からないのだろうか?
それともスーと同じ様に“異世界”の言葉を喋るのか?
三人揃って覗き込みながら、とりあえず自己紹介をしてみる事にした俺達。
「グラベルだ。ぐーらーべーる」
「リリシア、私はリリシア。分かるかな?」
「シャームだ。声に出す事は出来るか?」
あまりいっぺんに言われても混乱してしまうかもしれない。
そんな事を思って、もう一度ゆっくり語り掛けようとしたその時。
「ネーネ」
「え?」
「スー、ネーネ。ドコ?」
確かに、そう呟いた。
あぁ、そうか。
俺達が心配していた事なんて、的外れも良い所だった。
ビルとムムのスーに対する記憶、そして彼女本人の情報を元に生み出された命。
スー本人の魂を複製した訳でも無ければ、あの二匹が“偽物”を作ろうなどとするはずがない。
この子は正真正銘、新たな命としてこの世界に生まれて来たのだ。
「スーはね、今とても遠い所に居るんだ」
「ネーネ」
「そうか、君にとってスーはお姉さんになるのか」
それだけ言って、彼女の頭に掌を置いた。
あの子と同じように大きな猫の耳。
違いを上げるとすれば、真っ白い髪の色くらいなのだろうが。
でもやはり、今触れている存在はスーではないと分かる。
「君のお名前は?」
「……ナイ」
「ない?」
「ナマエ、ナイ」
おっと、そうなのか。
喋れるから、てっきり何か名乗ってくれるのかと思ったのだが。
「それじゃぁ、俺達で決めても良いかな」
「ン」
とても興味津々と言った表情で、彼女は此方を見上げて来る。
これは、責任重大だな。
それこそリリシアとシャームにも協力してもらおうと、視線逸らしたその時。
「……デテクル」
「うん?」
「ウマレル」
一体何の話だろうと、視界を戻してみれば。
彼女の抱いているゴツゴツした卵。
ソイツがピシリピシリと音を立てながら、内側から何かが突き破ろうとしているではないか。
この子の事だけでもいっぱいいっぱいだったのに、更に増えるのか。
今度は何が生れて来る。
そんな風に思いながら、今度は四人でその卵を見つめていると。
「シャー!」
「シャー、デテキタ」
卵の中からは、どう見ても小さくなったバステビュートが顔を出した。
それも、神獣の姿のまま仔猫になったかの御様子で。
おいまさか、お前まで生まれ変わったとか言わないよな?




