第95話 活力
終わりは、本当に呆気ないモノだった。
俺達が落ち着くまでの間、少女達も別れを済ませたらしく。
「お別れだ、ミー」
「向こうでも元気でねぇ~、楽しかったよ!」
「お前の持って来るトラブルにはこりごりだが……少し寂しくなるな。元気で」
仲間たちの言葉に、スーと同じ様に泣きだしたミー。
彼女達もまた、良い仲間達だった様だ。
その後各々別れの言葉を交わした後、二人は手を繋いで赤い門へと向かっていく。
内側の見えぬ、時空が歪んだ様に見えるソレの目の前まで歩き、振り返ったかと思えば。
「――――!」
スーは何かを叫び、手を振ってから門を潜った。
それで、終わり。
二人の姿が消え去ってから、ガラガラと崩れる赤い門。
もう追う事も、彼女達が戻って来る事もない。
まるでそう言われている様で、誰も言葉を発せずにその残骸を見つめていた。
『んじゃ、俺の仕事もここまでって事で良いな』
そんな事を言いだしたバステビュートが、ノソノソと歩き始めた。
「どこへ行くんだ?」
『どこも行かんさ、アイツとの約束があるからな。俺に構わずお前等も好きにしろ』
などと言いながら、神獣は世界樹の根元で丸くなった。
眠るのだろうか? そんな感想しか出てこないが、放っておけと言われたのだ。
だったら、今はこれ以上声を掛けるべきではないだろう。
「……帰ろうか」
「そう、だな」
ポツリと呟いた言葉にリリシアだけが答え、俺達はゾロゾロと我が家へと戻って行った。
行きとは違い、少しだけ人数が少なくなったメンバー。
ここに居るのは冒険者が殆どだ。
だからこそ、別れなんて慣れているモノだとばかり思っていたが。
「やはり、辛いモノだな」
この別れは、長い事引きずってしまいそうだった。
――――
翌日になれば、少女達のパーティとエルフの巫女であるフィーは、アーラムに向かって出発する事になった。
護衛に付くと申し出たが、フィー本人から断られてしまう始末。
俺達が始めた事なのだ、最後まで面倒を見ようとしていたのだが。
「今の皆様に必要なのは、休息です。仕事や責任を全うする事ではなく、心を癒す事。彼女もソレを望んでいるでしょう」
そう言ってからフィーは、スーが最後に語っていた内容を話してくれた。
多くの言葉を残していた訳ではない。
ただただ、俺達に対して“大好きだ”と口にしていたらしい。
そして、皆の事を家族だと言ってくれていたそうだ。
俺の事を、父と。
リリシアを、母と呼び。
シャームは姉だと言ってくれていたそうだ。
少なくとも、“こちら側”の彼女にとって俺達は。
あの子の家族になれたという事なのだろうか?
「では、皆様お元気で。また落ち着いた頃に、御挨拶に参ります」
それだけ言葉を残し、彼女達は森から去って行った。
あれから、どれくらいの時間が経っただろう。
俺もリリシアも、シャームだってボーっとしたまま時間だけが過ぎて行く。
畑の近くであんなモノが暴れた後なのだ、それこそやる事は山ほどある筈なのだが。
どうしても、やる気が起きなかった。
「酒でも、飲むか」
「そう……だな。シャームも今日くらいは付き合うだろう?」
「あぁ、もらう。ツマミは……買って来た物で良いか、今から作るのも面倒だしな」
誰しもノロノロと動き出し、ふと窓の外へ視線を向けてみるともう暗くなっていた。
いつの間にそこまで時間が経ったのか、皆が出発したのは朝だったはずだが。
いや、それどころか家を出たのは今日の出来事だっただろうか?
もはやボケてしまったのかという思考回路のまま、三人分のグラスに酒を注いだ。
「備蓄庫に作り置きがあったから、それも持って来たぞ。漬物の類だから、まだ食べられる筈だ」
リリシアが野菜の漬物各種が乗った皿をテーブルの真ん中に用意して、各々に受け皿を配っていく。
その数は、四つ。
「……リリシア。今は、その……三つで足りる」
街から買って来た菓子の類をテーブルに置いたシャームが、視線を逸らしながら呟いてみれば。
「そう……だったな」
彼女もまた、肩を震わせながら皿を一人分片付けるのであった。
そしてテーブルに並んだ菓子の類は、甘そうなモノが多い。
恐らくスーの為に、シャームが買っておいた物だったのだろう。
行き場を失った土産が、今テーブルには並んでいるという訳だ。
「とにかく、飲もうか。もう皆、我慢する必要は無い。二人共、泣いても良いんだぞ?」
「ははっ……確かにな。酒が回ったら、大騒ぎしながら泣きわめいてしまいそうだ」
「いいじゃないか、どうせこんな森の中なんだ。私達に対して、苦情を言いに来る奴はいない」
ポツリポツリと呟きながら、俺達はグラスをぶつけ合ったのであった。
――――
あれからまた、何日か経ったある日。
ガンガンと扉を叩く音で目を覚ました。
こんな森の中まで足を運ぶ程の来客だ、知り合い以外にはいないだろう。
酒が残ってズキズキ痛む頭を押さえながら、玄関の扉を開けてみれば。
「久しぶりだな、グラベル。調子は……良くはないらしいな、酒臭いぞ」
「アグニ……あぁ、久しぶり。えぇと、あれから……どれくらい経ったんだか」
アーラムの国王様ともあろうものが、直接こんな所まで足を運んだらしい。
正直、この来客は意外だった。
「一月だ、馬鹿者め。まさかずっと家に引き籠っていた訳ではあるまいな?」
「馬の餌やりもあるから、外には出ているよ……」
「それ以外には出ていない、とでも言いたげだな」
まぁ、その通りなのだが。
備蓄庫で凍らせてあった肉などをチマチマ使い、ある程度腹を満たして酒を飲む。
ここ最近は、そんな記憶しかない。
それはリリシアとシャームも同じ事で、三人揃って自堕落な生活を送ってしまっている状態だった。
そろそろ買い出しに行かないとな、なんて話していた記憶はあるが。
「英雄が聞いて呆れるな。入らせてもらうぞ、残りの二人はどうした?」
アグニは溜息を溢しながらも、俺が承諾する前に家の中に上がり込んで来た。
立場のある相手だからこそ、文句など言える筈も無いのだが……アグニは本来、こう言った行動はしない筈。
そうしなければ俺が立ち入りを嫌がるとでも思ったのだろう、その憶測は間違ってはいないのだから。
多分玄関先で話して終わるなら、俺はその選択肢を選んでしまった筈だ。
「この酒瓶だらけの部屋を見たら、スーが悲しむぞ」
「すまないアグニ、今その名前は……」
「いつまで逃げるつもりだ、グラベル」
彼は俺の腕を掴み、室内をズンズンと進んで行くと、無理矢理ソファーに座らせてきた。
そして当人はテーブルを挟んだ向かいの椅子に腰を下ろし、此方をジッと睨んで来る。
「現実を見ろ。今のお前の立場は、もう逃げ続けて良いモノでは無いんだ」
「どういう、事だ?」
立場、とは?
俺達はただの冒険者であり、コレと言って高い身分は存在しなかった筈。
そんな事を思っていた俺に、アグニはバッグから書類を取り出し突きつけて来た。
「冒険者身分の剥奪、だそうだ。こればかりはすまない、俺のせいだ。お前に仕事を依頼する際、ギルドに話を通すべきだった。何分緊急のモノばかりだったからな。直接依頼ばかりしていたのが、つもりに積もってこういう形になってしまった。ギルドマスターも色々手を回してくれたが、流石に規約違反を重ね過ぎた」
「は、ははは……そうか、そういうルールもあったな。俺も忘れていたよ、そういえばそうだ。前にも注意された事があったな……俺はもう、冒険者ですらないんだな」
なんだかもう、乾いた笑いしか漏れなかった。
冒険者という立場を都合良く使い、身分証明の為にと使っていたツケが回って来たのだろう。
確かに、ギルドからの依頼なんて暫く受けた記憶すらない。
書類を受け取ってみれば、そこには俺の名前だけではなく、リリシアとシャーム。
そしてスーの名前が書かれていた。
あぁ、そうか。
俺達はずっと逃げて来たのに、スーの身分証を発行する為、アーラムに向かったのが始まりだったな。
懐かしい記憶を辿りながら、文面にしか残らないスーの名前を指で撫でた。
「そこでだ、勝手ながら此方で新しい身分を用意させてもらった」
「というと?」
ボーっとしながら、彼の言葉に生返事を溢していると。
アグニは、三つの豪華なブローチをテーブルに並べた。
間違いなく騎士の勲章。
しかもこれはロイヤルナイトに送られる筈の物。
「アグニ、冗談は止めてくれ。俺達はそんな――」
「受け取り拒否は認められない。お前達の働きは俺の国に多大な影響を与え、何度も国の危機を救った事に他ならない。そして何と言っても、“神獣狩り”と“神殺し”。こんな偉業を成した御仁を、放っておくと思うか?」
「しかし、俺達はもう……戦えない。戦おうとすら、思えないんだ」
彼の言葉に首を横に振ってみると、アグニは大きなため息を吐いて勲章を懐に戻してくれた。
良かった、分かってくれた。
そんな風に思っていたのだが。
「外には出ていると言っていたな。だが、何も見えていないらしい。来い、グラベル」
何やら妙な事を言い始め、彼は再び俺の腕を掴んで立ち上がらせた。
そして。
「リリシア! シャーム! いつまでも寝てないでさっさと起きろ! 引き籠っているなら扉を蹴破ってでも外に連れ出すぞ!」
アグニの大声が家中に響き渡った。
しばらくすると、二人が目を覚ましたのか。
廊下から足音が聞えて来たかと思えば、非常にだらしない恰好で姿を見せた。
「あれ……アグニ? どうしてウチに居るんだ?」
「まだ朝じゃないか師匠……馬の餌やりなら、もう少し後でも良いだろ? いつも夜に沢山あげているんだから……」
ぼさぼさの髪の毛のリリシアに、未だ半分眠っている状態のシャーム。
二人の姿を見て、彼はもう一度大きなため息を溢してから。
「全くどいつもこいつも……ちょっと来い! 眠気覚ましには丁度良い筈だ!」
三人揃って、アグニにグイグイと押されてしまった。
いったい何だというのか、そんな風に思っていれば。
「ホラ、見てみろ! 昼間外に出ればすぐに気づけただろうに、何をやっているんだお前達は」
玄関の扉の向こうには、不思議な光景が広がっていた。
夜に出た時は、雑草が増えたとか、虫が多くなったなんて感想ばかり残していたのに。
そこには、多くの動物達が我が物顔で闊歩しているではないか。
しかも俺達が追い払っていないから住み着いた、という雰囲気ではなく。
多種類の動物達が争う事無く、のっそのっそと何処かへ向かって歩いていた。
「お久し振りです、皆様」
「一か月ぶりですね。予想はしていましたが、随分と痩せましたね?」
そんな中、アレクシアとフィーが声を掛けて来る。
視線を向けてみれば、多くの兵を連れた状態で庭に待機していた。
そして何故か、彼女達が乗って来たであろう馬さえも、どこか落ち着かない様子で他の動物達と同じ方向へと向かおうとしている。
「これは……いったい」
目の前の光景に理解が追い付かず、三人揃って周囲を見渡していれば。
静かに近づいて来たフィーが、此方に頭を下げてから。
「本日は“通訳”として参りました。またお力になれれば、幸いです」
「通訳? えぇと、それは……誰と話す為に?」
この子のスキルは、未知の言語でも一時的に意思疎通が可能になるというもの。
つまり話せない相手が居ないと始まらないのだ。
もうこの場にスーが居ない以上、通訳など必要ない気がするのだが……。
「居るではありませんか、私達が誰も会話出来なかった者が。者、と表現して良いのかすら分かりませんが」
そう言って指さす先には、また成長して大きくなった世界樹が見える。
「今回私がお話を伺うのは、あの白い精霊。“ムム”の声を聴く為に参りました」
「……それは、なんの為に?」
「私は何と呼ばれていましたか? エルフの巫女の他に、もう一つあった筈です」
確かに、彼女はエルフ達から巫女としての存在以外にも重要視されている部分があった。
それは。
「少々気になる預言を頂戴しましたので、確かめる必要があるかと。そしてソレが現実のモノとなれば……きっと貴方達は、間違いなく再び立ち上がる事でしょう」
やけに意味深な言葉を残しながら、彼女は口元を吊り上げるのであった。




