第98話 最終話 約束したから
「お兄ちゃん!」
「ゴファッ!?」
ソファーで横になっていた所を、急に妹に襲撃された。
鳩尾にコイツの石頭がゴッ! って、入って来たんですけど。
何、急に何してくれてんのコイツは。
「み、雅……お前……寝てる時に奇襲すんな……」
全身プルプルするし、ものっ凄く息苦しいんですが。
つぅか何で急に抱き着いて来た上に、締め付けてるんですかね!?
圧死させるつもりか!? プロレス技でも試してんのかコイツは!
「お兄ちゃん大丈夫!? ちゃんと戻って来てる!?」
「だ、だいじょばない……今現状お前に殺されそうになってる上、戻れない所へ旅立ちそう……」
「ふざけてないで真面目に答えてよ!」
「ふざけてないから真面目に放せ……く、苦しい……」
またこれか、このパターンか。
コイツの中では何やら筋が通っているらしい発言の様だが、俺には全く分からない。
さっきから理解出来ない事ばっかり言ってるし、何か滅茶苦茶力が強い。
あ、駄目だ。
口から中身が出そう。
「……お兄ちゃん、だよね?」
やっと解放してくれた妹が、何故か超至近距離で俺の事を覗き込んで来た。
近い近い、距離感バグってるって。
「それ以外の誰に見えんの、全く……こんな高身長でイケメンな兄は、この世に二人として――」
「うん、この馬鹿っぷり。間違いなく兄貴だ」
「おいコラ最後まで聞けよ。相っ変わらずジャイ〇ンしやがって……」
はぁぁと大きなため息をついてみれば、未だに此方を見つめて来る妹。
何かおかしいぞコイツ、いやいつもおかしいけど今日は特に。
「なんだよ雅、お前なんか変だぞ?」
起き上がって問いかけてみるものの、相手からはやはり心配そうな眼差しを貰ってしまった。
おい待て、なんだその瞳は。
残念な生き物を見る眼差しを今すぐ止めろ。
「もしかして……覚えて、ないの?」
「はぁ? 何を」
やばい、何かコイツと約束してたっけ。
忘れてたなんて言ったら、急に暴れ出すかもしれない。
妹とはそれくらいに危険な生き物なのだ。
「あぁ~ちょっと待って。今思い出すから、ちゃんと思い出すから」
記憶を振り絞りながらも、キョロキョロと懐かしいリビングの中を見渡した。
カレンダーカレンダー……えっと、どこに吊るってあるんだっけ。
久し振りだから、あんまり覚えて――
「え?」
「お兄ちゃんどうしたの!?」
「あ、いや。何でもない」
何か、今変な事考えなかったか?
懐かしいとか、久し振りだとか。
いや、無いだろ。
だってココ俺の家だぞ、毎日生活してるのにその感想はおかしいって。
ヤバイ、妹が心配そうにしている理由ってコレか?
もしかして俺、ボケたとか……もしくは。
「まさか俺、タイムリープとかしてる!?」
「あのさ、真面目に答えないと怒るよ? マジで」
スっと妹の目が座り、履いていたスリッパを持ち上げ始めた所でカレンダーを発見。
えぇと、えぇと。
あれ、ヤバイ今日何日だ?
まだ寝ぼけているのか、さっきから感覚がおかしい。
ていうか頭が混乱しているのか。
こういう時、どうやって確認するんだっけ。
何かもう良く分からなくなって、ワタワタとその場で奇妙な動きをしていれば。
「はい、コレ」
「……あー、うん? あ、サンキュ」
妹が差し出して来たのは、俺のスマホ。
本格的に不味くない? 何故か一瞬コレが何か分かんなかったんですけど。
とはいえ手に取ってみればしっくりくるし、普通に操作も出来る。
むしろさっき認識できなかったのが謎だ。
やっぱりまだ寝ぼけてるんだろうか? 変なの。
「十二月三十一日……あぁ、初詣行くって話か!」
そういえば年越ししたら、家族全員で初詣に行く約束をしていたんだった。
夕飯を食べて、そのままソファーで寝落ちしたから妹が起こしに来たって事か?
だいぶアグレッシブな起こし方だったけども、まだ痛いけど。
ぐっと体を伸ばしてから、ソファーから立ち上がれば。
「あれ?」
「今度は何? 何か思い出した?」
何か、やっぱり変な感じ。
体に違和感があるというか、いつもより視界が高いというか。
「俺って、こんなに身長高かったっけ」
「百六十いくかどうか」
「だまらっしゃい」
続いて妹も立ち上がれば、大して身長は変わらない。
やっぱり気のせいか、いつも通りだった。
というか何か悔しい思いをしただけだった。
「まぁ良いや、とりあえずもう起きるか。お前も準備しておけよー」
そんな事を言いながら、ヒラヒラと手を振って自分の部屋へと戻ろうとした所で、再び妹に止められてしまう。
今度は何だと振り返ってみれば、雅は随分と悲しそうな顔でそっぽを向いていた。
「雅、本当にどうした? 大丈夫か?」
流石に心配になって来て、妹を覗き込んでみれば。
「大丈夫、ホント。平気だから……」
妙にしおらしい態度というのもちょっと不安の種になるのだが、とはいえ今はそんな冗談を言う空気ではなさそうなので。
「どうした、マジで」
「……」
結局妹は答えず、そのまま俯いてしまう。
普段なら、何か気に入らない事があれば獣かって程にガウガウ吠えるのに。
珍しく、本気で落ち込んでいる御様子だ。
はぁぁとため息を溢してから妹の手を引き、再びソファーへと腰を下ろした。
黙ったままテレビをつければ、年末らしくそれっぽいバラエティ番組。
ソレが妙に懐かしく思えてしまうのは、やっぱり俺もおかしいのだろうか?
妹はもっと様子が変だけど。
「あのさ、お兄ちゃん」
しばらく二人揃ってテレビを眺めていると、ふと雅が声を洩らした。
視線はモニターに向けたまま、「んー?」と気の抜けた返事を返す。
もしかしてアレかな、こんなに大人しいって事は。
誰かにフラれて傷心中とか、そういうお話をされたりするのだろうか?
俺は恋愛とか詳しくないから、その手の相談をされても困るのだが。
まぁ愚痴とかなら聞いてやろうと、次の言葉を待っていれば。
「グラベルって名前、聞き覚えない?」
「え、何急に。誰、ゲームのキャラ?」
これまたおかしな事を言い始める妹。
まさかまたソシャゲか何かで気に入ったキャラが出たから、ガチャ回させろとか言うつもりなのか?
だとしたら不味い、俺のお財布がピンチだ。
「リリシア、シャーム。アグニ、アレクシア。それから――」
「待て待て待て、ホントに待て。さっきから何、どうしたの」
急に色んな名前を言われても分んない上に、ちょっと怖いって。
こっちに身を乗り出して来るし、表情とか真剣そのものだし。
しかも出て来る名前が完全に海外の人なんだけど。
俺にそういう友人も居なければ、俳優さんとかだったら全然分からないぞ。
「スー」
「えっ……と」
ズキッと、胸の奥に痛みが走った。
「ごめん何でもない、気にしないで。私、出かける準備してくるね」
そう言って席を立つ妹は、目元を擦っていた様に見えた。
更には。
「忘れちゃったんだね……でも、その方が良いのかも」
雅がリビングを出ていく際、微かにそんな声が聞えた気がした。
それからは、何だか心がざわついたままテレビを眺めた。
お笑いとか、バラエティとか。
見ていれば思わず笑ってしまいそうな事をやっているのに、皆年末を楽しんでいる筈なのに。
何故かそんな気分になれず、ジッと無表情のまま映像を眺めていた。
『スー』
誰かにそう呼ばれていた気がする、最近までずっと。
学校の友達は俺の事を“すーさん”って呼んだりするから、別に珍しい事じゃない筈。
だというのに、凄く違和感があるのだ。
自分でも分からない、変な感覚が纏わりつく。
「えっと……なんだっけ? グラベル。あとはリリシア、シャーム……」
妹から勢いよく名前を並べられたというのに、何故かスラスラと出て来る。
ホント、意味分かんないわ。
――――
結局答えらしい答えは出ずに、家族総出で初詣に出かけた俺達。
妹は「別の神社にしよう」と駄々をこねたが、他の所へ行くとなると結構な時間が掛かってしまうので当然却下。
という訳で、毎年訪れるいつもの神社の階段を上り切ってみれば。
「んなぁぁお」
「おん?」
どこからか、やけに野太い猫の声が聞えた。
まぁ神社だし、周りに木と生えてるし。
猫の一匹や二匹、いてもおかしくは無いのだろうが。
「お兄ちゃん? どうしたの?」
やはりどこか不安そうな様子の妹は、何故かガッシリと俺の手を掴んでいる。
もう子供じゃないんだから、手なんか繋がなくても迷子になんぞならないでしょうに。
という訳で。
「悪い雅、ちと離れるからお父さん達と一緒に居て」
「ちょ、ちょっと!?」
一旦妹には手を離して貰い、声の聞えた木々の中にダッシュした。
何でこんな事してるんだろう、俺。
猫の声が聞えて突撃するなんて、いつもなら妹がやっている事なのに。
草木をかき分け、スニーカーを泥だらけにしてまでやる事ではないと分かっているのに。
どうしてか、先程の声が気になって仕方がない。
「おーい、猫ー? どこだー?」
声を上げてみれば、やはりどこからか「んなぁぁお」と気の抜けた声が響いて来る。
割と近くから聞えて来る気がするけど、どこだ?
とりあえずその辺をガサガサ歩き回ってみれば、やがて神社の裏手に出てしまったのか。
思いっ切り手入れされてないよねって感じの社が一つと、俺でも頭をぶつけてしまいそうな背の低い鳥居が一つ。
おい神主、これは放置して大丈夫なヤツなの?
結構罰当たりな事してない? 平気?
明かりもスマホのライトしかないので、結構不気味な光景な訳だが。
そんな事を思いながら、恐る恐るソレに向かって歩み寄ってみれば。
「んなぁ~」
「どわぁぁっ!?」
件の猫が、急に俺の脚に絡み付いて来た。
流石にビビった。
探してたのは俺だけど急に出て来るなマジで、心臓止まるかと思ったわ。
一人暗闇の中でぜぇぜぇと息を吐いていれば、足元にはやけに擦り寄って来る猫が一匹。
スマホのライトを当ててみれば、眩しそうに目を細めるその姿は。
何て言うんだっけ、こう……顔がむぎゅっと潰れたみたいな、ブサ可愛いとかって言われる種類の奴。
三毛っぽい柄の、少々丸い猫がジッとこちらを見つめていた。
「……よう、猫」
「んな~」
人懐っこいなコイツ、さっきからずっと足に擦りついてくるし。
誰かが餌やってたり、実は飼い猫だったりするのかな?
とか思ってみたものの、社の近くにも周囲の草むらにも、見る限り猫缶のゴミとか落ちてないし首輪もしてない。
「お前はココに住んでるのかー? どうなんだー? 猫ー」
しゃがみ込んで話しかけてみれば、ソイツは俺の膝の上に飛び乗って来た。
なんか良く分からないけど懐かれたらしい。
一度下ろして、その場を離れてみれば。
「んなぁぁお」
ちょっと怒ったような声を上げて付いて来るし。
これは、あれかな。
食べ物あげるまでずっと付いてくるヤツかな。
「腹減ってるのか?」
問いかけてみれば、猫は完全無視。
「一緒に来たいのか?」
「んなぁ~」
お、今度は鳴いた。
まぁ猫が言葉を理解するなんてありえないだろうけど。
「俺帰って良い?」
「……」
「なんだよ、お前も一緒に来たいのか?」
「んなぁ~」
凄い、返事する不思議猫発見。
いや、そもそも何でコイツの声が妙に気になったのかもよく分からないんだけどね。
何てことをやりながら、しばらく猫と会話していれば。
「お兄ちゃん! 何やってるのこんな所で!」
流石に時間を掛けすぎたのか、妹まで草むらの中に突っ込んで来てしまった。
不味いな、俺等二人共消えたとなれば両親が心配して――
“ポピン”という着信音と共に。
『今どこー? 人多いから、先に参拝済ませちゃうよ? 終わったらお父さんと一緒に出店見てるから、旭達もおいでー』
そっか、そうだよね。
連絡取れれば、別に問題無いよね。
『了解、雅と一緒に居るから。終わったらすぐ合流する』
っと、これで良し。
ふぅと安堵の息を溢してみれば。
「お兄ちゃん、その子って……もしかして」
「お、何か知ってるのか? 妙に懐かれちゃってさ。嘘だと思うかも知れないけど、コイツちゃんと質問に答えるんだぜ?」
何てことを言いながら、猫の前脚を腕に引っ掛ける様にして持ち上げてみれば。
びろーんと情けなく伸びるブサ猫。
間抜けな姿を晒しているくせに、その表情だけはキリッとしているのだからちょっと面白い。
あと謎のフィット感。
「飼うの?」
「え、あーどうかな。面白い猫だし、人懐っこいけど。もしかしたら飼い猫かもしれないし」
そう呟いてみれば、猫は抱っこされたままジッと此方を見つめて来た。
なんじゃい猫、そんなに見るなよ。
「大丈夫、だと思うよ。きっと野良猫だよ。この神社の神主さん、猫飼ってるなんて聞いた事ないもん。それにホラ、お父さんもお母さんも猫好きだし」
「あ、そうなの? それじゃ試しに連れ帰ってみるか? 確かに良く見ると汚れてるし、野良かお前?」
「んなぁ」
お、返事した。
野良なのか。
「名前、何て付ける? お兄ちゃんなら」
いくらなんでも気が早いんじゃなかろうか。
思わずそう声を上げそうになったのだが、何故かすんなりと頭に浮かんできた名前がある。
本当に今日は不思議な日だ。
とはいえ今だけは、というかこの猫と出会ってからはあんまり悪い気分ではない。
てな訳で、抱えていた猫を俺の正面に持って来て瞳を見つめる。
相変らずブサ可愛だし、ちょっと不機嫌そうな表情だし、野良の癖に何か丸いし。
そんなお前の名前は、やっぱり。
「ビル、お前の名前はビルでどうだ?」
「なぉぉん」
「お、気に入った? んじゃ、決まり。よろしくな、ビル」
こうして、初詣に来た俺達は一匹の猫を拾った。
もしかして人語理解してる? ってくらいに言う事聞くし、返事をする不思議な猫。
新年早々何をやっているんだと言われてしまいそうだが、それでも。
「ビル、出店あるけど何か食う? お願いすれば、焼き鳥とか塩なしで焼いてくれるかもよ」
「んなぁぁお」
「あいよ、そんじゃ行きますか」
何故か、やっぱりコイツを連れていると謎の安心感が生まれるのであった。
よく分かんないけど、ビルと俺は出会うべくして出会った。
何となく、そんな気がするのだ。
多分、俺の気のせいなんだろうけど。
因みにおみくじを引いたら『待ち人、既に来ている』という珍しい文章を引き当てた。
ほんと、不思議な事は続くもんだね。
『神獣飼いの獣人少女』 完
ご愛読いただいた皆様、本当にありがとうござました。
感想とか評価とか入れてくれると、凄く嬉しいです。
まだ別作品を更新予定なので、是非そちらも読んでいただければと思います。
今後ともどうぞ、よろしくお願いいたします。




