第92話 決戦
「スー、準備しておいで」
随分と多い人数で朝食を終えた後、そう彼女に伝えてみれば。
元気いっぱいに頷いてから、自分の部屋に戻っていくスー。
昨日の会議で色々話し合った結果、彼女達を送り出すのは昼食後にしようと決まった。
未だバステビュートも現れておらず、あの精霊も姿を現していないのだ。
世界樹の元へ向かった所で、結局何をすれば良いのか分からない為……というのもあるが。
最後に、また狩りに行きたいと我儘を通させてもらった結果だった。
我ながらいつまで逃げるつもりだと言いたくなるが、それでもスーは狩りに行くと伝えると非常に喜んでいる御様子。
「あの、グラベル様……私も」
「止めなさい、ミー。貴女も家族だってのは分かるけど、いつものメンバーで行かせてあげなさい」
おずおずと手を上げるミーに対し、ワンさんがピシャリと言い放った。
彼女もまた、スーの家族だというのなら心配なのは分かる。
が、今だけはワンさんのご厚意に甘えようと思う。
いつもの様に、普段通りの狩りをする。
リリシアも少し寂しそうに笑いながら、家で待つと言ってくれた程だ。
特別じゃ無くて良いんだ、俺達は。
何も無い日常に、皆満足していたのだから。
「すまないね、皆。こんな所まで来てくれたのに、時間ばかり取らせてしまって」
「いいえ、構いません。なんて、私が一番言ってはいけない台詞なのかもしれませんが。どうか、楽しい思い出を増やして来て下さいませ」
そう言って頭を下げるフィーは、なんだか今までより少しだけ明るく笑う様になった気がする。
会議中、彼女には一度スーの話し相手になるようお願いしたが、どうやらこの子にとっても良い影響になった様だ。
「フィー、ありがとう。君に付いて来てもらって良かったよ、スーも元気になったみたいだ」
「私達はお友達ですから、当然の事をしたまでです」
どこか自慢げに胸を張る彼女に思わず笑みを溢していれば。
「グラベル、――!」
準備が整ったらしいスーが、いつもの革鎧を身に着けてリビングに登場した。
壁に掛けてあった弓と矢筒を背負い、準備完了とばかりに此方も胸を張って見せる。
この姿を見るともしかたら、フィーはスーの真似をしているのかも知れないなんて思ってしまう。
まるで娘が仲の良い友達を家に連れて来た様で、どこか微笑ましい気持ちになってしまったのだが。
「ん? スー、籠手はどうした?」
ふと、シャームがそんな言葉を残した。
確かに今の彼女は、アグニに貰った黒い籠手を着けていない。
畑仕事や狩りに行く時は、いつも装備していた筈なのだが。
部屋に忘れて来たのだろうか?
なんて思ったが、スーは当初買ってやった革のグローブを嵌めているではないか。
シャームと二人揃って首を傾げてみれば、彼女はバッグをごそごそと漁り始め件の籠手を取り出した。
そして。
「シャーム、――」
「え?」
黒い籠手を、シャームに向かって差し出した。
何をしようとしているのか、コレは通訳など無くても分かる。
「……いいのか? スー」
優し気な、それでいてどこか寂しそうな微笑み溢したシャームが問いかけてみれば。
満面の笑みを浮かべて、スーは籠手をシャームに手渡した。
もう自分は使う事が出来ないからと、アレを彼女に託したのだろう。
確かにナイフなどの武器を扱う人物にとって、アレは確かな“盾”となる。
それくらいに貴重な魔道具。
「ありがとう、大切にする」
頷いて返すシャームは、魔力を通しながら籠手を嵌めた。
スーが使っていた時よりも大きくなり、更には形まで変わっていく。
盾であると同時に、武器にもなりそうな荒々しい見た目へと。
「それじゃぁ準備も整った所で、行こうか」
一声掛ければ、二人共俺の方へと向き直って頷いてくれた。
さぁ、出かけよう。
いつも通りの、最後の狩りに。
――――
結局狩りは恙なく終わり……とは言えない状況だったが、とにかく俺達は帰って来た。
獲物を見つけたスーが走り、矢を放つが当たらず。
諦めず何本も放っている内に動物達にもみくちゃにされ、シャームが救出し俺が数匹狩る。
当初はこういう狩り方に使われていたのではないかと、随分心配したものだが。
今となっては、そんな暗い過去がある訳では無くて良かったと思っている。
むしろ狩り方としては俺がその筆頭になってしまった。
なんて事を思いつつ家に戻れば、リリシアが笑顔で迎えてくれた。
本当に、いつも通り。
しかし本日は人数が多い為、些か騒がしい昼食となってしまったが。
それでも皆楽しそうに食事をとっていたのだ。
何よりスーが、楽しそうに笑っていた。
だったら、これで良かったのだろう。
しっかりと後片付けまで終え、それぞれ一息ついた後。
「では……そろそろ行こうか。皆準備は出来ているか?」
そう声を掛ければ、皆静かに立ち上がった。
周りの様子を見て、スーも慌ててその後に続く。
本音で言うなら、もっとゆっくりと過ごしたかった。
明日も明後日も、この時間を味わっていたかった。
だが、そうはいかないのだろう。
そんな我儘に付き合わせてしまっては、エルフ達の相手をしてもらっているアグニに申し訳が立たない。
そして何より、スーとミーには帰るべき場所がある。
だったら、早く帰してやるべきだ。
この子からはもう充分過ぎる程多くのモノを貰った。
子供を授からない筈の夫婦に、一時でも我が子が出来たのだ。
それどころか、引きずっていた問題も全て解決してくれた。
もっと言うなら、今まで以上に生きているのが“楽しい”と思える環境を、俺達に与えてくれた。
もう、十分だ。
これ以上は、貰い過ぎになってしまう。
「一度世界樹の元へ向かう、なんて言っても裏庭だが。とにかくスーとミーを近づけ様子を見よう。何も起こらないかもしれないし、起こるかもしれない。後者だった場合、恐らく……」
「バステビュートの言っていた、“神殺し”が始まる訳だ」
リリシアの言葉に頷いて見せれば、少女パーティの皆がゴクリと生唾を呑み込んだのが分かった。
「私達は、基本的に後衛。エルフの巫女であるフィーを守る事が最優先、ですよね」
「そして私が、魔力の流れを見ながら皆様に警告を飛ばす。お任せください」
ワンさんが緊張した面持ちで自らの役目を再確認してみれば、続けてフィーが言葉を放ちスッと頭を下げる。
「そうだ。基本的に俺が前に出てリリシアが魔法で援護、そしてシャーム。お前が一番忙しくなるが……出来るな?」
「あぁ、何としてでもやって見せるさ。常に動き続け補助と追撃のサブアタッカー。そして敵の標的が後衛に向いた時には、囮になって注意を私に引き付ける。任せてくれ、師匠」
最初に会った頃より何倍も頼もしくなったシャームが、力強く頷いて返した。
よし、準備は整った。
では、後は。
「スー、大丈夫かい? もうすぐ本当の家に帰れるからな、安心してくれ」
そう言って彼女の頭に手を乗せてみれば。
コクンッと、小さく頷いて見せるが。
その体は、震えていた。
やはり不安なのか、それとも俺達と同じ様に思っていてくれるのか。
それは分からないが、今だけは分からないままで良い。
もしも彼女から“ここに居たい”なんて言葉を貰ってしまったら、俺達は世界を敵に回してもこの子をこの場に留めてしまいそうだから。
「では、行こうか」
今度こそ踏ん切りをつけ、俺達は玄関の扉を潜った。
世界樹があるのは裏庭の畑。
本当にすぐそこなのだ。
冬の間は、この距離だって億劫だった筈なのに。
今はもっと遠ければ良かったのにと、心の底から思ってしまう。
あの場に着けば、この生活の終わりがやって来てしまう。
例えただ歩いているだけのこの時間だったとしても、娘と一緒に居られるなら。
なんて事を嘆いても、現実とは無情なモノで。
たった数十秒足らずで目的地に到着してしまった。
俺達の前にあるのは、日に日に大きくなっていく“世界樹”。
もはやそこらの木よりも大きくなり、広がった枝には美しい葉と金色のリンゴを数多く実らせていた。
思わずため息が出そうになるその光景を、皆して見上げていれば。
「ムム……、――」
ポツリと呟いたスーが、掌に乗せたモモンガのムムを世界樹に向けた。
するとムムは世界樹へと飛び立ち、ピトッと木の表面にへばりついたかと思えば。
「……やはり、そう言う事なのか?」
小さな白い体が輝き始め、次の瞬間にはいつか見た白い精霊が姿を現した。
何やらスーに向かって言葉を紡いでいるが、相変わらず俺達には分からない。
いつ見ても神秘的な光景、なのだが。
「となると、お前が“そう”なのか? ビル」
スーの隣に大人しく座っていたビルに声を掛けてみれば、此方もまた変化が訪れた。
周囲には暴風が吹きすさび、そして現れたのが。
『流石にココまで来れば気が付くわな』
過去、俺達と戦った神獣。
ここ最近になって再び姿を現した喋る猫の大型魔獣。
その巨体が、目の前に出現した。
「お前がスーを守っていると言った上に、前からビルと会話でもするかの様に喋り掛けているからな。だが、確信があった訳じゃない。まさかこんな事が現実に起こるとは、流石に信じられないからな」
『まぁ、何でも良いさ。世界ってのは、不思議に満ち溢れてるもんだ。ホラ、そろそろみたいだぜ?』
バステビュートが俺から視線を逸らし、世界樹に目を向けた途端。
精霊は輝きを増し、詩を紡ぎ始める。
スーは世界樹に歩み寄り、慌てた様子でミーもその後に続く。
これで、お別れ。
本当に呆気なく、最後の言葉も交わせぬまま。
そう思って、俯きそうになったその時。
『来るぞ、やべぇ気配がビリビリと伝わって来やがる』
「“神様”、とやらの御光臨か?」
『ハッ、どうだかな。かつては神と呼ばれていたのかもしれねぇが、随分と“クセェ”。ろくでもねぇ結末に至った、我儘な神様って奴かもな。結局は言葉次第だ。俺も、ムムも、コイツだって。つまり――』
「何であろうと、“殺す”事が出来るという訳だ」
全員揃って、武器を構えた。
バステビュートが臭いと表現したソレ。
光り輝く精霊とは別の、神秘的な気配。
だがしかし、背筋が凍りつく程の恐怖を感じた。
「バステビュート、相手はいったいどこに――」
俺の言葉をかき消すように、ゴォォォンと重い鐘の音が周囲に響いた。
時計塔にある大きな鐘を思い出す響き方だが、その音はアレよりずっと低く重い。
更には、世界樹の根元に居るスー達よりこちら側。
まるで俺達と彼女達を分断するかの様に、赤い門の骨組みがユラリと現れたではないか。
幻か陽炎でも見ている気分ではあるが、コレは確かスーを見つけた時にもあった……。
『来るぞ!』
その門の内側が、まるで時空が歪んでいるのかという程捻じ曲がっていく。
そして、そこから飛び出して来たのは。
「あれは、なんだ?」
『神様の成れの果て、って所じゃねぇか?』
黒い、とにかく黒い物体。
歪な球体から何本もの足を生やし、まるで虫の様に見えなくも無いが。
良く観察すればその球体すらミミズの集合体かの如く、ウゾウゾと動き回っている。
気味が悪い。
そうとしか表現出来ない何かが、俺達の前に出現した。
「行くぞ皆! リリシア! 先制攻撃を頼む!」
「分かっているさ、あんなモノにいきなり斬りかかれなんて言えないからな!」
こうして、俺達の“神殺し”は幕を開けたのであった。




