第91話 “帰る”という意味
月明かりの零れる窓の外を、何となくジッと見ていた。
背が低いので、覗き込む様な形になってしまっているが。
『スー、どうした? 明かり付けねぇのか?』
「ううん、別に。何となく、ボーっとしてるだけ。その内明かり付けるよ」
ベッドで丸まっているビルの声に、生返事を返して月を見つめる。
“向こう側”より、ちょっと大きいだろうか?
それに、少しだけ青っぽい気がする。
此方に来てからもう随分と経ったと思うのに、今更そんな事に気が付いた。
忙しくてそれどころじゃなかったって言うより、何にも考えていなかったのだろう。
我ながら何をしているのやらと感じるが、何となく色々な物を見ておきたくなったのだ。
この森だからなのか、それとも世界的になのかは分からないけど、大樹が多い。
枝が生えている位置も高いし、葉っぱも大きい。
庭の草だって“向こう側”では見た事のない物が多い上、花壇に咲いている花はすっごい変な形。
今までは大して気にしなかった物まで、今は気になっていた。
ビルとムムは見た目普通の動物だけど、他の動物はどうだったかな?
どこかしら違いがあったのかもしれない、よく覚えてないけど。
あれっぽいとか、コレに近いという考え方ばかりで、ちゃんと観察してこなかった。
勿体ない事したなぁって、今では思ったりもするのだが。
「もうちょっとだけ、“こっち側”に居たいって言ったら……駄目なんかな」
『どうだろうな。アレからムムも精霊の姿にならねぇから、詳細は分からん。が、急かして来ねぇって事は、二~三日は平気かもな』
「じゃ、じゃぁ!」
『それも俺の予想だ、真に受けるな。相手が相手だからな、正確な所はわからん』
「あはは……だよね」
何たって須賀旭の体に入っているのは神様だって言っていたんだ。
此方から挑発してしまった以上、どんな事をするか分かったもんじゃない。
だからこそ、早め早めに事態を進めてしまった方が吉って所なんだろうが。
「ムム、こっちおいで」
呼んでみれば、真っ白いモモンガが俺の足をよじ登って肩まで到着。
プクプクとどういう感情なのか分からない鳴き声を上げつつ、グリグリと頭を擦り付けて来る。
やはり白い精霊さんは出て来る様子は無く、いつも通り懐いた小動物状態。
ほんと、もう少し何かしら情報があれば……いや、俺じゃどうにもならないか。
結局のところ皆に頼る他無いし、いくら頑張っても俺は戦力になった事も無い。
こんな今更過ぎる感想が出て来るって事は、多分不安なんだろう。
こういう時は誰かと雑談でもして気を紛らわせるのが一番。
なんて思ったりもするのだが、俺が会話出来るのはビルだけな訳で。
この調子のまま話していたら、きっと弱音ばっかりになってしまう。
はぁ……とため息を溢したところで、コンコンッと扉がノックされた。
「――、スー」
「フィー? どうしたの?」
俺の部屋に、エルフ少女が入って来たではないか。
何故この子まで付いて来たんだろうと最初は不思議に思ったが、それでも友達になったんだ。
もしかしたら見送りの為に付いて来てくれたのかもしれない。
そんな訳で森に戻るまで移動の数日は、毎朝の雑談していたのだが。
今日はまだ、彼女は通訳能力を使っていない。
一日一回しか使えないらしいので、最終日の為に温存しているのだろうと思っていたんだけども。
『あー、あー。これで分かりますか? スー』
「うん、聞こえる。でも使っちゃって良かったの? この時間じゃ、明日の分を先に使っちゃったりしてない?」
『大丈夫です。私のスキルの使用制限は、日が昇ると共にリセットされますから。隣、よろしいですか?』
リセットって、本当にゲームみたいな……あぁいや、通訳によって俺にそう聞えているだけか?
一人納得し、彼女の言葉に頷いてみれば。
トットッと軽い足音を立てながら、俺の隣に並んで窓の外を眺めた。
「なんか、皆で相談してたけど……そっちはもう終わったの?」
『いいえ、彼等はまだ話し合っています。私はあまり力になれそうも無かったので、此方に足を運んでみました』
「そっか、皆は何て……ううん、何でもない」
きっと俺を“送り出す”為の相談。
神様相手にどう戦うかとか、そういう話し合いだってしている事だろう。
だとすれば戦術なんか聞いても俺には分からないし、何よりフィーの能力の時間をオーバーしてしまうかも知れない。
『不安ですか? スー』
彼女は視線を窓の外に向けたまま、そんな言葉を溢した。
「多分、不安なんだと思う。あと、寂しいのかな。あはは、皆俺と妹の為にやってくれてるのに、情けないよね。ホント、迷惑かけてばっかりだ」
乾いた笑いを洩らしながら、俯きそうになったその時。
ちょんちょんっと指先で肩を突かれた。
何かと思って視線を上げれば、彼女は目の前の窓を全開に開き。
『花壇に咲いているあの花、何か知ってますか? 紫色の、尖った三角形みたいな形の』
「えぇと、リリシアが育ててる花だね。最初は無かったと思ったんだけど、いつの間にか花壇に居た」
この家に来た時には、花壇って言うよりあっちも畑みたいな見た目をしていたと思う。
とはいえ野菜を育てている訳ではなく、草みたいなのがいっぱい生えてたけど。
いつの間にやら、色とりどりになったなぁって思った記憶がある。
『アレは安眠効果のある薬……という程ではなく、お茶の原料になります。その隣の赤い花は、お風呂に入れたりすると擦り傷程度なら回復を早めると言われています。その他にも――』
その後もフィーは、リリシアが育てていた花々や草の説明を続けていく。
どれもこれも普段から使用する事が出来て、身体に良い。
そんな物ばかりだと言う事が分かった。
元々はもっと薬草って感じの草がいっぱいだったのに、今では健康維持に役立つみたいな花や薬草だという。
擦り傷、打撲、鎮痛、安眠などなど。
本当に薬品として扱うならどれも効果が弱い代わりに、毎日摂取しても毒にならない物が殆ど。
『愛されているんですね、スーは。グラベルという御仁や、シャームという戦士に使用するならもっと強い効果のある物で大丈夫なんです。でもコレはきっと、全て貴女の為に育てられている。子供には、あまり強い薬やポーションは推奨されていませんから』
フィーの言葉に、また目頭が熱くなって来てしまった。
だってリリシアは、俺達が狩りに出かけている間調薬だってこなしていたのだ。
そのほとんどが俺の為にだなんて、想像もしていなかった。
山暮らしをしている以上怪我もするから、皆の傷薬とか作っているのかと思っていたのに。
『辛く悲しいのは、スーだけでは無いと思います。私だって、お友達になったばかりだというのに、貴女が居なくなってしまうかもと思うと……正直泣きそうです。でも、皆様はそれ以上なのでしょう。でもこうして互いを想い合っている証明が幾つも残っている、今でも何が一番良い結果なのか模索している。だから、貴女の事を迷惑だなんて思っている人は一人も居ませんよ』
「は、ハハハ……フィーは、俺なんかよりずっと大人だね。なんかもう情けなくてさ、マジで泣きそうだよ。こんなに皆良くしてくれてるのに、俺なんも返せてない。貰ってばっかりで、何にもあげられない」
『そうでもありませんよ』
クスクスと笑いだした彼女の方へと視線を向けると、フィーは優しく微笑みながらジッと俺の顔を見ていた。
エルフっていうのはやっぱり美人だ。
こんな状況で、泣き言ばっかり言った後なのに、思わずドキッとしてしまう程。
『幼い頃から周りに大人ばかりだった私は、全てを嫌っていました。堅苦しい礼儀作法、巫女だ何だと言われ病弱な母からも引き離され、各地を回る日々。結局母を看取る事も出来なかったというのに、どこへ行っても誰とでもサレイヤは口論して。そんな事をされれば、相手だって私達エルフに悪い感情を向ける。だから私は、どんな種族でも嫌な所ばかり知っているんです』
「えぇっと……」
こういう時、なんて言葉を返すのが正解なんだろう?
大変だったね、とか言っても違うだろうし。
口ごもりながら、思わず視線を逸らしそうになったところで。
『こんな事を言ったら悪いですけど、多分私は貴女の妹よりも我儘で性格が悪いです。そんな私でも、不思議と貴女には嫌悪感を抱かなかった。少し話しただけなのに、惹きつけられて行った。そして何より、私の初めての“お友達”になってくれました。この短い間に、私は様々な初めての経験を貰いましたよ?』
今までの落ち着いた表情とは違い、ニカッと。
それはもう年相応な笑みを浮かべた彼女は、急に窓の外へと上半身を乗り出した。
すぅぅっと外の空気を胸いっぱいに吸い込んでから、再び部屋の中へと体を戻すと。
『この森は、とても優しい匂いがします。森に住む動物や人々によって、木々は様々な影響を受けます。環境的な意味だけではなく、魔力的な要素や、時には生物の感情さえも。ソレを感じ取るのも、巫女の仕事です。そしてその巫女が宣言します、この周辺は温かい感情に包まれています。だからきっと、皆も貴女からたくさんの物を貰っていますよ。そうじゃなきゃ、こんなにも優しい環境は生まれない』
「そう、だと良いな……」
『そうですとも、だって巫女の私がそう言っているのですから』
この子は、強い。
俺なんかよりずっと辛い環境に居たみたいなのに、こんな風に笑っているんだから。
恵まれていた筈のダメダメな俺を、こんな風に慰めてくれるんだから。
会ってまだ数日だけど、この子の友達になれて本当に良かったと思える。
「ありがと、フィー。何か元気出て来た」
『なら、良かったです。スーは笑顔の方が似合いますから』
何だか恥ずかしい事を言われてしまい、ポリポリと頬を掻いて視線を逸らしてみれば。
その先に、懐かしい代物が見えた。
「そうだ、フィー。これって何か分かる?」
回収し、彼女に差し出したのは……ファットマンから頂いた懐かしき玩具の拳銃。
今更ながら、コレを銃と言って良いのかって程の簡単な作りに見える代物だが。
真ん中から折れている筒に、引き金が付いている様な。
『何かしらの魔道具……ですね。複雑な作りな上、素材も高級。とんでもなく強力な魔力に耐えられる様作られているみたいです。今パッと魔導回路を見ただけでは、どう使うのかまでよく分かりませんが……』
「まどーかいろ? というか、そんなのも見ただけで分かるの?」
『魔道具が起動する時、魔力が通る道の事です。さっきも言った通り、巫女とは物体から様々な物を感じ取る事が出来る存在ですから。この場から“感情の残滓”を読み取ったのと同じです』
良く分からないけど、巫女ってスゲェ。
もはやサイコメトリーみたいな能力じゃん。
通訳が巫女の能力なのかと思ってたけど、本業はこっちですか。
むしろ通訳すら、その能力の一片なのかもしれないけど。
あ、でも使用制限があるって事は違うのか。
魔法とかスキルの事はやはり良く分からない、俺には使えないし。
「俺も貰った物だから、こういうの良くないかもしれないけど……これ、フィーにあげるよ。俺が持ってても使えないし。“向こう側”に帰っちゃったら、ただの置物になっちゃうからさ」
『よろしいのですか?』
うんうんと頷きながら、彼女の掌に魔道具だったらしい玩具の拳銃を乗せてみれば。
フィーは嬉しそうにそれを胸に抱いてから。
『お友達から“初めて”、プレゼントを頂いてしまいました』
「な、なんか恥ずかしいから“初めて”を連呼しないで……」
そんな事を言って笑い合っている内に、能力の制限時間が訪れたらしく。
その後彼女は、嬉しそうに手を振りながら部屋を出て行った。
やっぱり、誰かと話すのは良い。
ビルと話していても楽しいけど、どうしたって甘えちゃうし。
『少しは気が晴れたか?』
「ん、ごめんねビル。御心配お掛けしましたっと」
『なら、もう寝ろ。多分自分が思ってる以上に疲れてんぞ』
と言う事で、本日は大人しくベッドに潜り込む。
この家での暮らしも残り僅か。
だったら、可能な限り楽しい思い出を作ってから“向こう側”に帰ろう。
段々とそんな風に思える様になっていったのであった。




