第89話 送り出す為に
「ではアグニ、後の事は頼む」
「あぁ、任せろグラベル。そっちこそ、気を付けろよ? 何たって今回は……」
深夜、俺達は城の裏口に集まっていた。
随分と急な出発にはなってしまったが、これ以上城に残っては相手がどんな手段を取るか分かったモノではない。
今日の朝だって、エルフの巫女とスーを二人きりにする様にと向こうから提案があった程。
間違いなく相手は、スーから何かしらの情報を聞き出そうとしている様子を見せていた。
よって明日の朝の面談よりも前に、森に戻ってしまおうと言う話になったのだ。
「何とかなるさ、しかしその……ジローは、本当に良いのか? 彼もまた、スーと同じ故郷の様だが」
「あぁ、何やらスーが誘っていた様子は見られたが、それでも本人が拒否していた。姉さんが紙芝居まで作って説明していたのにな、ジローは首を縦に振らなかったよ」
「愛ゆえに、と言った所かな?」
「だろうな。しかも二人共傍から見ていて恥ずかしくなる程なのに、未だくっ付かない。今後は言葉の勉強時間をしっかりと取ってやらないと」
やれやれと首を振りながら、アレクシア王女の隣に並ぶジローに視線を向けてみれば。
彼は少しだけ困った顔で手を振りながら、その場を離れようとはしなかった。
そしてアレクシアに関しては。
「スーちゃん、これでお別れなんて寂しいです……」
「姉さん、もう決めた事だろう。それに、故郷に帰れるんだ。笑って送り出してやろう」
「でもだって、異世界だなんて……未だに信じられません。そんな所に行ったら、もう会えないじゃないですか」
「神獣の話や、エルフの巫女がスーから直接聞いた話だ。信じる他無い。それでも、最後に姉さんを見た記憶が泣き顔では可哀そうだ」
何とかアグニが宥めているが、アレクシアは泣き止まずいつまでもスーの掌を握っていた。
とは言え、当の本人は半分眠っているのか。
うつらうつらと頭を揺らしながら、ふにゃっと緩い笑みを浮かべていたが。
まぁ、深夜だしな。
「それから、君達も本当に良いんだな? 予想されるのは、過去のどの戦いよりも辛いモノになるかもしれないぞ」
「覚悟は出来ています、グラベルさん。私達は仲間を無事故郷に帰す為に戦う、それだけです」
ワンさん率いる少女達のパーティ。
その内の一人、ミーは今回の件に大きく関わっている。
そしてコレが上手くいった場合には、彼女達もまた……仲間と永遠の別れを経験する事になるのだ。
無理をする事は無いと諭したのだが、彼女達もまたジローと同じく、首を縦には振らなかった。
「では、行こうか」
皆に視線を巡らせると、全員確かな覚悟を持って頷いてくれた。
さぁ、出発しよう。
コレが最後の戦いになる筈だ。
今回は神獣どころか、神様を相手にするという。
怪我人どころか、死者だって出るかもしれない。
例えそういう事態になったとしても、俺達はスーを。
少女達はミーを送り出すつもりでいるのだ。
「気を付けてな、皆」
「行ってらっしゃいませ……皆様。無事に戻って来て下さい」
アグニとアレクシアに声を掛けられ、ジローは静かに頭を下げて送り出してくれる。
此方も頷いて返してから、暗い街中へ向けて馬を歩かせ始めた……筈だったのだが。
「お待ちしておりました」
「なっ!?」
裏門の外には、エルフの巫女が待っていた。
門番達もどうしたものかと慌てている様子から、アグニにも連絡が行っていない事態なのだろう。
不味いな、もうエルフ達にも情報が漏れたのか?
だとすると、また面倒な事に――
「ご安心ください、サレイヤ達は何も知りません。現状どころか、スーが語った世界樹の情報も殆ど話しておりません」
「それは、どう言う事だ?」
彼女は彼等の同胞であり、巫女として称えられる存在だった筈。
だというのに、まるで反旗を翻すような真似をしていると言っている様に聞えるのだが。
「言葉のままです、私は彼等を好いていない。子供と言うのは反抗期があるものです。生まれた時から道具の様に使われ続ければ、それはもう不満だって溜まる上に突如として家出だってするものです」
「あぁーえぇと。つまり?」
「私も連れて行って下さい」
いや、流石にそれは……いくら何でも急すぎる上に、我々が巫女を攫ったなんて言われてしまう恐れすらある。
色々と説明しようと口を開きかけたその時。
「手紙を置いて来ました。可能な限りの罵詈雑言と共に、この街中で暮していくと綴っておきましたので、しばらくは此方の国の方々も含め私の捜索に回るでしょう。つまり、その間は世界樹がどうのという会議は進まない筈です。逆に私を置いて行った場合、徐々にスーを取り込もうとする動きを見せる企てを立てておりました。そんなのは、まっぴら御免ですから」
「此方が有利になる為の警告と、時間稼ぎをしようと? 何故そんな事をするのか、理由を聞いても良いかな」
何だか先程から凄い事ばかり言ってる巫女は、フッと表情を崩してスーの事を指さした。
「スーと、お友達になりましたので。友人とは共に支え合うモノなのでしょう? ならば、スーの目的を叶えるために私は動きます。出会ったばかりですが、私の中では亡き母の次に愛すべき相手なので。それ以外の有象無象には、正直興味がありません」
凄いなこの子、完全に言い切ってしまった。
確かにサレイヤとはあまり仲が良くない様子だったが、まさかここまで嫌っているとは。
だがしかし、これだけの内容で彼女を連れて行く訳にも……。
「神獣が私に協力を求めていたのも事実。そして何より、相手は神様なのでしょう? 神獣も貴方方と共に戦う筈です。ではその時、スーが何かを紡いだら誰が言葉を聞くのですか? もしかしたら別れの言葉になるかもしれないのに。それを、貴方方は聞き逃すおつもりですか?」
なるほど、確かに。
この子、幼いと言っても良い年齢だろうに非常に頭が回る。
やっている事はおてんば娘そのものだが、彼女の言う通りの事態にもなりかねないのも事実。
全体の状況を考えるのなら、彼女は置いて行くべきだ。
しかし我々の我儘を通すとすれば。
「フィーと言ったね、馬には乗れるかい?」
「跨るだけなら」
「十分だ、俺かシャームの馬に乗ってくれ」
それだけ言い放つと、彼女はパッと表情を明るくして俺の馬に飛び乗って来た。
身長が低いので、此方で持ち上げてやらないと跨る事もままならなかったが。
「すまない、この事態をアグニに伝えてもらえるか? サレイヤ達の耳には入らない様にして。もしも置き手紙を隠し、誘拐だ何だと騒ぐようなら……そうだな、俺達が彼女の護衛依頼を受けたと知らせがあった事にしてくれ。いざという時は、国ではなく俺達を悪役にしたてろと伝えてもらえるか?」
先程まで困り果てていた門番にそう伝えてみれば、彼等はビシッと敬礼で返してくれた。
よし、今度こそ準備は整った。
改めて皆を見回し、頷いて返事を貰ってから。
「では、行こう。世界樹の元へ」
俺達は随分と多い人数で、暗い街中に馬を走らせるのであった。
――――
「これはどう言う事だ!」
朝早くから、食堂に怒鳴り込んで来たサレイヤ。
まだ食事中だというのに、騒がしい事だ。
姉さんなんて、驚いてシルバーを取り落としてしまった程。
「何が、だろうか。サレイヤ卿」
「白々しい! 貴様等、フィリアリスに何をした!? おかしな入れ知恵でもしてたぶらかしたか? それとも攫って無理矢理こんな物を書かせたのか? 答えろ人族!」
よりによって、テーブルの上に件の手紙を叩きつけて来た。
グラベル達が出発してから、門番が大慌てで報告を上げて来た時はどうしたものかと頭を痛めたが。
まさか感情に任せて置手紙をそのまま持って来てしまうとは。
どうにか口元が吊り上がるのを我慢しながら、その手紙を手に取って読んでみれば。
「ここに書かれているではないか、理由までしっかりと。随分と酷い環境だった様だな? いくら傍から見て良質な環境を整えようと、鳥は籠に入れられれば空に焦がれる。特に幼子ともなれば、反発する意思はより強いだろう」
「黙れ! フィリアリスは今どこに居る!? それともお前の城の兵達は、小娘一人止められない程愚かなのか!」
「これはまたおかしな事を言う。君達を、特にサレイヤ卿と巫女は城で自由に動ける様にと言ったのはその口だった筈だが? 世界の為に動くエルフだからこそ、協力を惜しむなと。その願いを叶えてやれば、今度は何故自由にさせたのか? 随分と我儘な言いがかりだな、サレイヤ卿」
つらつらと言葉を並べてみれば、彼はギリギリと奥歯を噛みしめている。
長い時を生きていると言っても、その全てを我儘に生きているとこんな風になってしまうのだろうか?
自らが正しいと疑わない姿勢は、傲慢な態度は、周りの全てを敵にする。
「ここまで君達に、出来る限りの譲歩をしてきたつもりだが……まさか連れて来た巫女が家出したからと言って、それさえも此方の責任だと喚くようなら、我々の関係もココまでだな。他国に使者を送り込み、内部で騒ぎを起こして戦争に持ち込む。良くある手口ではあるが、まるで下手な芝居を見せられている気分だ」
「貴様……言うに事欠いて」
ギリッと拳を震わせる彼に向かって、此方も鋭い視線で返した。
「そう言われても仕方のない愚行を繰り返していると言っているんだ。そちらがそのつもりなら、こちらも相応の態度を取らせてもらう。戦争を望むなら、君達の故郷へ兵を送ろう」
「我々エルフに勝てるつもりでいるのか?」
「勝つさ、人と言うのは神獣さえも狩り取る程強くなれるからな」
両者共睨み合い、ピリピリとした空気が立ち込めたその時。
ゴホンッと咳払いが室内に響いた。
二人揃ってそちらに目を向けてみれば。
「先程から随分と物騒な事ばかり言っておりますが、二人共まずやる事があるのでは無くて? 幼い子供が一人で街中をウロウロしているかもしれないんですよ? 大人なら、責任の押し付け合いの前に迷子を探し出すべきかと」
姉さんが静かな声を上げてから、俺達を睨んで来た。
その勢いは、サレイヤさえもグッと息を呑み込む程。
女は強いというが、まさにその通りだな。
演技だと分かっている俺ですら、少々肝が冷える気迫だ。
「確かに。では両者の友好関係を取り戻す為にも、互いに人を出し合い街中を調査するとしようか。今後の話は、件の巫女が見つかってからと言うことで」
「だが、しかし……」
未だに承諾出来ずに居る彼に対して、姉は立ちあがり距離を詰める。
いざという時はジローが動くだろうが……些か大胆な行動が過ぎる気がするな。
一応此方も警戒しながら、二人を観察していれば。
「貴方は人の上に立つ立場にあるのでしょう? ならば、仲間の為には真っ先に動きなさい。更に相手が子供だと言うのなら、その身を削っても守る姿勢を周囲に見せつけなさい。ソレが出来ない者は人として信用が得られませんわ」
「何を甘い事を……その程度の考えでは、真に多くの人々を動かす事など――」
確かに彼の言う通り、姉の思想は甘い。
だが人としての信用という意味では、間違っていないのだろう。
「さて、どうするサレイヤ卿。このまま子供の様に我儘を続け、時間ばかりか我々の信用まで失うか? まぁどちらにせよ、此方は此方で動かせてもらう。エルフの子供が迷子となれば、トラブルに巻き込まれる可能性が高いからな。結局話し合いはこの件が済んでからだ、忙しくなるのでな」
それだけ言って退出する姿勢を見せると、彼は今一度舌打ちを溢した後。
「此方からも兵を出す、人族に全て任せてはフィリアリアがどうなるか分かったモノではないからな」
観念したのか、ポツリとそんな言葉を残した。
全く、此方は協力している立場だというのに相変らず口が悪い事で。
「これはこれは、しかし街中で騒ぎを起こさぬ様厳命してもらおうか。民からの不満を買いエルフという種族の評判が落ちれば、巫女の安全は保障出来なくなってしまうからな。コレは人族がどうとかの問題ではなく、エルフの国に他の種族が招かれた時を想像してもらえばお分かりいただけると思うが」
「そんな事言われなくとも分かっている!」
最後にそれだけ叫んでから、彼はドスドスと足音を立てながら退室していった。
さて、これで暫く時間は稼げそうだが。
後はグラベル達が、早い所用事を済ませてくれるのを待つばかりだ。
「アグニ、私達も。形だけでも、捜索隊を作らなくては」
「あぁ、分かってるよ姉さん」
世界樹、それは存在するだけで意味がある。
金のリンゴは寿命を延ばすと言われている上、周辺の作物もよく育つんだとか。
つまり食うのに困らなくなる上、浄化の力を常に振り撒いているそうだ。
もっと言うなら奇跡を起こす、命を生み出すなんて与太話だってあるくらいだ。
何処までが本当なのかは分からないが、それでも。
「切り倒す他、無いのだろうな」
スーの願いを叶えた後、エルフに世界樹を引き渡さぬ様に済ませる為に。
欲を出す者が出る前に、無かった事にしてしまうべきだ。




