第81話 嫌いなモノと嫌いなモノ
「良かったのか? リリシア、あんな事を言ってしまって」
「私の立場か? 問題無いだろう。何と言っても長い付き合いだ、多少は優遇してくれるさ。逆に私と同じエルフだからと言って、下手に仲間意識を持ったり手の内を晒してしまう方が不味い。先程言った事は全て事実だ」
アグニの部屋を後にしてから、俺達と少女パーティの二人は長い廊下を歩いていた。
ひとまずの話し合いを終え、一旦他の皆を迎えに向かっている訳なのだが……やはり、誰しも表情は優れない。
先程のリリシアの発言により、現在この城に居るというエルフの民が敵に近い認識になってしまった事。
そしてなにより同じエルフ族である彼女の見方も、周囲から多少なり変化してしまうのではないかと心配しているのだが。
「そう暗い顔をするな、全てのエルフがそうだと言っている訳ではない。事実私は、グラベルと共に普通の生活を送っているだろう? それに私が同族の元を出てからかなりの月日が経っているんだ。もしかしたら多少変化はあったかもしれない」
「だと、良いな。お前の為にも」
「心配し過ぎだ、グラベル。逆に此方にエルフが居る事で、多少なり交渉が有利になる可能性だってある上、世界樹さえ見つからなければひとまず問題は先送りに出来る」
こればかりは、やはり直接話し合ってみない限り答えは出ないだろう。
相手だっていつまでもこの国に居座っている程暇ではないだろうから、もしかしたら時間が解決してくれる問題なのかも知れない。
というのは、長寿である彼等に対して甘い認識なのかもしれないが。
「まだ情報共有の全てが終わった訳ではありませんので、明日はもう少し話し合いの場を設けた方が良いかと思います。私達の方は今回の件であまりお役に立てそうにありませんが……情報は多い方が良いかと」
「ありがとう、ワンさん。とはいえまずは、目立たずに居る事が重要だな。世界樹の情報もそうだが、あのリンゴを見られては言い訳も立たなくなる。何はともあれ、交渉事はアグニに任せる他無い」
なんて会話をしながら四人揃って歩いていれば。
廊下の曲がり角から、普段見ない集団が現れたでは無いか。
「噂をすれば、お出ましか」
正面から迫って来る彼等に対し、リリシアがチッと舌打ちを溢して見せれば。
相手はそのまま目の前までやって来て。
「こんな所に同胞が居るかと思えば、お前か。ローレンスの娘、確か……リリシアと言ったか?」
身長が高い男性のエルフ。
彼等特有の長い耳と、男性にしては長すぎると思う程の金髪を揺らしている。
人前に出て来るエルフの数は、そう多くない。
だからこそこれだけの人数が揃っている光景を見る事は、かなり貴重とも言える訳だが。
「ほぉ、私などを覚えているとは。歳の割に記憶力は衰えていないらしい、てっきりもうボケてしまったんじゃないかと予想していたのだが」
真正面から喧嘩を売り始めるリリシア。
流石に不味いんじゃないかと冷や汗を流していれば、予想通り相手の配下達が額に青筋を立てながら正面に踏み出して来た。
このまま戦闘にでもなっては不味いと、此方もリリシアを守る位置に着いてみたが。
「構わん、この娘は昔から口が悪い。気にするな」
リーダー格であろう男性が静かに呟き、周りの仲間達に向かって掌を向けて制して見せる。
ここだけ見れば、かなり懐の大きな相手にも見えたが……。
「それで、そっちの三人は何だ? 全て人族とは……我らが同胞を囲んで、何を企んでいる?」
彼はリリシアから視線を外した瞬間、ゾッとする程の敵意を此方に向けて来た。
あぁ、なるほど。
リリシアが言っていた“エルフ主義”の男、それがコイツか。
思わず納得してしまう程、彼は他の種族を見下している様だった。
確か、その名は。
「言葉を慎め、“サレイヤ・アレーン”。ココは人間の国だ、お前達の方が余所者だと理解しろ。森の中でひっそりと暮らしていれば良いモノを、他所の国に来てまで威張り散らすとは。もう少し常識というモノを学んだらどうだ? 御老体」
リリシアの言葉に、相手の口元がピクッと反応する。
サレイヤ・アレーン。
間違いなく彼女がアグニに警告していた相手の名前。
「やはり森を出た者は俗世に染まるという事かな? 嘆かわしい限りだ、こんな悪意ばかりを持ち合わせる人族などに媚びを売るとは。お前だって知っている筈だ、他者を奴隷にするような魔術を作り出したのは、人族のみだと言う事を」
「ハッ、言うに事欠いてその程度か老人。その他種族だって、反逆者や賊を捕まえればそれ相応の扱いをする。やっている事は変わらないというのに、悪意があるのは人族だけだとでも言うつもりか? では今お前が我々に向けている感情は何だ? 新たな魔術の開発が他の種族に一つ負けたからと言って、いい加減根に持つのは止したらどうだ? 何百年もウジウジと情けない」
エルフ族というのは、基本的にこうなのだろうか?
こういう言い方が良くないのは分かっているのだが……二人共、徹底的に言いたい事を言うまで喋るのを止めない。
普段はリリシアが、喋る時は一気に喋るなぁとは思っていたが。
二人揃うと、隣で聞いているのがヒヤヒヤするくらいに煽り倒しているのだが。
これで周りの連中まで口を開いたら、いったいどうなってしまうのか。
そんな事を思いながら、二人の会話に耳を傾けていれば。
「ふんっ、エルフである以上貴様も此方に迎え入れようかと声を掛けたが……無駄だったな。今この地の魔素は非常に乱れている、間違いなく何かの前兆だ。預言者のお告げもあり、こうして調べている訳だが……全く、人族というのは口先ばかりでアテにならん。これだけの魔素が動いているのだ、どう考えても新たな世界樹が生れたとしか思えん」
「……世界樹、預言者。そんな事ばかり言っているから時代に取り残されるんだ。例え世界樹が生れたとしても、あんなモノはただのデカい樹木に過ぎない。であれば、その土地を所有している者に権利がある筈だろうが。何を持って“世界樹はエルフの物”だと主張する? 馬鹿なのか? 人々のルールを理解していないのか?」
流石にこれ以上は不味いだろう。
煽り合いもそうだが、世界樹の話に変わって来ている為雲行きが怪しい。
下手にボロを出して、此方が不利になる条件を作るのは非常に良くない。
「リリシア、そろそろ行こう。相手方は国が迎え入れている相手だ、俺達が関わる事はあまり褒められた事じゃない」
「貴様! サレイヤ様のお話の邪魔をするか!」
ただ一声掛けただけだというのに、相手方の一人が剣を抜いて迫って来た。
おいおいおい。
ココは王城で、しかも彼等は迎え入れて貰っている立場だろうに。
それ程までにエルフの方が立場は上だと考えているのか、それとも若い衆は考え無しなのか。
見た目が若くとも、俺より年上の可能性もあるが。
「緊急時の為、失礼」
振り下ろされた剣の腹を殴り軌道を逸らしてから、相手の喉元に肘を叩き込んだ。
加減はしたので、死ぬほどではないだろうが。
それでも相手は地面に転がり、ゲホゲホと苦しそうに咳き込んでいる。
はっきり言ってしまえば……軟弱。
実力差も分らず突っ込んで来るばかりか、この程度で蹲り立つ事すら出来ないとは。
俺が知っているエルフは、もっともっと強いというのに。
「貴様、自分が何をしたか分かっているのか?」
「そちらこそ、部下をしっかり教育する事をお勧めします。私は防衛しただけに過ぎませんが、そちらは王宮内で争い事の火種を撒いた。この意味をしっかりご理解頂きたい」
今度ばかりは俺からも言葉を残してみれば、周りのエルフ達は揃って武器を抜き、此方に対して鋭い視線を向けて来る。
これは、またやらかしたかな。
ため息を溢しつつ、腰の剣に手を当ててみれば。
「何を騒いでいらっしゃるのでしょうか? 誰も彼も喚いてばかりでは、そこらの獣と同じですよ?」
廊下の先、彼等の向こうからそんな声が聞えて来た。
全員揃ってそちらに視線を向けてみると、そこには……エルフの少女?
スーよりも若そうに見えるのだが、何故こんな子がこんな所に?
「フィリアリス、何処へ行っていたのだ? ただでさえココには人族ばかりが蠢いているのだ、我々の元から離れる等――」
「サレイヤ、何度も申し上げますがいちいち長い言葉を聞いていると疲れるんです。ただでさえ私は貴方と違い、他の“未来”さえ見ているので。報告がありますから、さっさと部屋に参りましょう」
それだけ言って、彼女はスタスタと歩きはじめる。
まるで目の前の戦闘など見えていないかのように、武器を持った男達の間をすり抜けて来るではないか。
そして先程彼女が言っていた“未来”さえ見ているという発言。
まさかこの子が“預言者”という事なのか?
色々考えている内に、相手は此方まで歩み寄り。
「貴方……森の匂いがしますね」
「はい?」
俺の隣を通り過ぎる際、歩みを止めてそんな事を言い放った。
森の匂いと言われても……確かに森で生活しているし、くらいの感想しか残らなかったが。
「私は、正直人族が嫌いです。荒っぽい人が多いし、私も一度盗賊に攫われかけました。なので、嫌いです。先程も何故王城に居るのかと思ってしまう様な、品の無い人族に会いました」
「は、はぁ……」
結局何が言いたいんだろう?
思わず首を傾げながら剣の柄から手を放し、しゃがみ込んで視線を合わせてみれば。
「貴方からは、そういう匂いがあまりしません。というか、良い未来が見えます。多分」
「多分」
「多分です、私だって全てを見通せる訳ではありませんので。でも貴方は、良い人族なのでしょう。そう言う人が居る事も、私は理解しています」
何というか、ますます意味が分からないが。
とりあえず、この子には気に入って貰えたという事で良いのだろうか?
本当に意味が分からないが。
「またお話する事もあるでしょうから、その時は此方の森に関して聞かせて下さい。急に引っ越しなんて話をされても、私だって準備が必要ですから」
「それはつまり……えぇと、フィリアリスさんだったかな? 君がこの地域に越して来るという事なのかな?」
「“世界樹”があるのなら、必然的に。巫女は必要ですから、それに目星も付けました」
それだけ言って、彼女はさっさと歩き出してしまった。
結局何だったのだろうか。
それに、目星をつけたというのは一体……。
などと思っている間に、エルフの兵士は俺達を押しのける様にして彼女の事を追いかけていく。
更には先程の男性も。
「あまり調子に乗るなよ、特別な才能の欠片もない人族風情が」
「そう言う発言は、交渉の場に立つ人間が使うべきではない。それだけ助言しておきましょう」
此方には随分と嫌われてしまった様で、横を通り過ぎる際に舌打ちを溢されてしまった程。
何ともまぁ、リリシアの言っていた“エルフ主義”というモノを絵に描いた様な男だ。
過ぎ去っていく彼等の背中を見ながら、思わず大きなため息を溢していれば。
「とても、とても腹が立ちました。呪って良いですかね」
「リーダー、私も物凄くイライラしてる。攻撃して良い?」
「グラベル、安心しろ。我々がアイツ等を殲滅してくる、だからお前は早く部屋に――」
いきり立ってしまったらしい女性陣三人。
まぁ確かに、俺もイラッと来たのは確かだが。
それでもやはり、駄目なモノは駄目だ。
「落ち着け、皆。種族による価値観の違いなんてよくある事だ、いちいちカリカリするな。それにココは王城だぞ? 手を出したら不味い事くらいわかっているんだろう?」
そう呟いてみれば、誰しもギリギリと音がする程奥歯を噛みしめてから武器から手を離してくれた。
全く……若い二人ならまだ分かるが、リリシアまで沸点を低くしてどうする。
「行くぞ、何やら相手方も気になる事を言っていたからな。この状況であまり人を分けるのも良くない、皆を迎えに行こう」
何度目かのため息を溢しながら、皆を連れて彼等とは反対側に歩きはじめるのであった。
さてさて、スー達は一体どこへ行ってしまったのか。
まずは彼女達を探す所からだ。
――――
「それで、報告とは?」
まだ私達が与えられた部屋にも着いていないというのに、サレイヤがそんな声をかけて来た。
私達はエルフ、とても長い時を生きると言うのに……この人は非常にせっかちだ。
「金色のリンゴを持っている人物に出合いました」
「つまり、やはりどこかに世界樹が!? しかも既に果実を実らせているというのなら、結構な大きさになっているはずだ! おぉ、やはりこの地に……して、場所は!?」
やけに食い気味に質問してくる彼の目は、かなり血走っていた。
正直、これでは我々エルフは高潔なのだと教えられても鼻で笑ってしまいそうになる。
何たってこの人は、“世界の為”だと言ってこの地を堕とそうとしているのだから。
「まだ不明です」
「何をしている! 手掛かりを掴んだのに、おめおめ帰って来たというのか!」
「必要な事でしたので。あのままその場に居れば、獣に食われていたかもしれません」
「また訳の分からない事を! 巫女として、お前はどれだけ優遇されて来たと思っているんだ!? しっかりと仕事をしろ!」
まだ廊下だというのに、怒鳴り散らされてしまった。
あぁ……本当に、これだから。
私は、人族が嫌いだ。
野蛮な人が多いし、エルフは高く売れるからって私の様な小さい者は狙われやすい。
でも、だからと言って同族が好きかと言われれば……そんな事は無い。
巫女として育てられてきた私は、彼の様な立場ある人間から度々こういう扱いを受けている。
人族が汚くて、エルフは綺麗?
そんな事、有る訳が無い。
どっちも汚くて、どっちも嫌いなのだ。
だからこそ、ため息の一つでも溢しそうになるが。
「引き続き調査します。けど、私は自由に動きますから。その方が効率も良いので、“変なの”を連れているより」
「生意気な……まぁ良い。しっかりと成果は残せよ? フィリアリス」
昔から、ずっとこんなだった。
しかしこうする事でしか生きて来られなかったのも確か。
だからこそ感情を捨てるつもりで、普段から仕事をしている。
だというのに。
『“フィー”とか呼んでも良いですか? 間違いなく覚えやすいし。それにスーとフィーだったら友達っぽくて良いかなって』
そんな風に言ってくれた女の子が居たのだ。
初めてあだ名というモノを貰った、それに友達になりたいと正面から言われている様な気がして。
私の立場を知らず、あの場だけの社交辞令という可能性もあるが。
でも、同じ顔の人族が迫って来た時。
彼女は私を守ってくれた。
懸命に両手を広げ、恐ろしいと思ってしまいそうな相手の前に飛び出して見せたのだ。
普通あんな事出来ないし、しようとも思わない筈。
強くて優しい女の子、スガ アサヒ。
彼女からもスーって呼んで良いと言われたから、これはもう友達と思っても良い筈だ。
なら、友達だけは守らないと。
エルフの民がおかしな事を企てていようと、彼女だけでも守り通さねば。
だから、サレイヤに渡す情報は最低限。
しっかりと下地を整え、スーには危害を加えないという条件が揃ってからではないと報告など出来ない。
だってあの子は、私の初めてのお友達なのだから。
特殊な環境で育ったからこそ、いつだって周りには大人ばかり。
うんざりしていた人生を送っていた私に、スーだけは真正面から微笑んでくれた。
ならば、やる事は一つだ。
「何としても、あの子を手に入れてみせるわ……」
例えこの国が亡ぶ事になっても、友達だけは傷つけさせない。
それだけを心に置いて、私は同族と共に部屋に向かうのであった。




