第78話 エルフ
「着いたぜー」
『着いたなぁ』
あまり興味無さそうなビルの声を聴きながら、見上げた先にはいつぞやのお城が。
結構な頻度で訪れている気がするんだけど、やっぱグラベルって凄い人なのかな。
多分またファットマン……じゃなかった、王様からの依頼か何かの為に訪れたのだろう。
そんな事を考えながら馬に乗ったままプラプラと足を揺らしていると。
「――――、グラベル」
庭先から、杖を突きながらゆっくりと歩いて来るファットマンの姿が見える。
おぉ、脚も良くなってきているみたいだ。
以前の様な危なっかしい感じはせず、周りの人にも手を借りていない。
そしてなんか、前より細くなった?
お姫様も彼の隣を歩いているが、前よりもサイズ比が大人しい気がする。
ここまで来てから皆して馬を降り、それぞれが挨拶を交わしてく。
集団が喋っていると、やっぱり単語すら拾えない訳で。
良く分からない言葉が飛び交っている様にしか聞えない。
「次郎さん、どこだろ」
『あの同族殺しか』
「だからその呼び方止めなよビル」
胸に抱いたブサ猫様を叱りつけていれば、お城の扉が開き何人もの人影が……だけだったら良かったのだが。
『居たな、それから余分なのも』
「どこ行っても出現するじゃん……」
室内から現れたのは、俺が探していた次郎さんと。
その後ろには妹達のパーティ四人衆が。
ほんと、どこ行っても遭遇するじゃん。
――――
「丁度良かったという他無いな。何度も悪いが、またグラベル達に力を借りたい事例が発生している」
「ほぉ、また何か面倒事に巻き込まれるのかな?」
以前よりずっと軽い調子で言葉を交わしながら、彼の執務室へと集まってみれば。
ふぅと息を吐き、ゆっくりと腰を下ろすアグニ。
「脚はどうだ? 見た所、前よりも調子が良さそうだが」
「あぁ、お陰様で。スーにはまたお礼をしないとな」
優しい笑みを溢しつつ、部屋の隅で大人しくしている彼女に二人揃って視線を向けると。
本人はやはり会話の内容を理解していないらしく、首を傾げながら此方を見ていた。
全く、こんな偉業ばかり成し遂げて来た人物と思えないくらいに、緩い。
今でも猫耳をピクピクと動かして此方の会話を聞こうとしている様だが、不思議そうに首を傾げてはビルに話しかけたり、ジローと話したり。
相変らず、マイペースだ。
「話が長くなるようだったら、またスーは温室に連れて行ってもらっても良いか? 流石にこの部屋に、これだけの人数が集まっていると息が詰まるだろう」
俺達とアグニ、そしてアレクシア。
それだけだったら良かったのだが、今では少女達のパーティ四人とジロー。
更には使用人が数名と、結構な人数が居るのだ。
「そうだな、少し人を減らそうか。だが……すまん、温室は今先客が居るんでな。そちらは無理だ。姉さん、適当な部屋に案内してやってくれるか? 軽食でも食べられる所か、もしくは遊べそうな広い場所の方が良いだろう」
アグニが声を掛ければ、アレクシアはすぐさまスーを確保しニコニコしながら連行していく。
その際彼女の護衛であるジローは共に歩み始め、此方からはシャームが着いていく。
さて、それでは仕事の話を……と思った所で。
「すみません、ウチからも人を出して良いですか」
少女パーティのリーダー、ワン・リーシェが声を上げた。
視線を向けると、明らかに眠そうにしているのが一人。
そして彼女の襟首を掴んで立たせているのは、タンクのフォール……と言っただろうか?
彼女達のパーティで一番ガタイの良い少女。
「構わないぞ、警護という意味で付いてやってくれ。では、残ったメンバーで仕事の話をしようか」
という訳で彼女達のパーティからもミーとフォールの二人が外れ、室内は随分と広くなった。
俺とリリシア、アグニとワンに斥候のニーナ。
最初よりも半分以下になった事により、皆ソファーに腰を下ろす事が出来た。
「それで、仕事の話というのは? こちらからも報告があってな、そちらの話が終わったら少し相談に乗って欲しい」
「ほぉ、珍しいなグラベル。お前が俺に相談なんて。あぁいや、嫌味を言っている訳じゃないんだ。それに俺も少々訪ねたい事がある、特に……リリシアの方に」
「私に? それこそ珍しいじゃないかアグニ」
何やら話し合う必要がある事が多いらしく、誰しも皆何かしらの相談事があるみたいだ。
こういう席で、急にウチの庭に世界樹が生えたとか言ったら……いったいどうなってしまうのか。
「俺達はまた違う国と関りを持った。というか関係を持つ他なかったと言うべきなのだが。そちらの説明は……ワン、頼めるか?」
「はい、お任せを」
スッとソファーから立ち上がり、俺達に資料を配って来る少女組のリーダー。
今までは疲れたような顔ばかり見て来たが、こういう場面にも慣れているのか。
実に堂々としている立ち振る舞いに見える。
もしかしたら、彼女は他の国で貴族の立場にあったのかもしれないな。
そんな事を思いながら資料に目を落してみれば。
「……エルフ?」
資料を見て、まず目についた言葉。
それが、エルフ。
何やら彼女達が経験した内容を時系列順に書かれている様だが……コレは?
「彼女達のパーティに居る“ミー”。彼女の称号はお前達も知っているだろう? だからこそ育てる為に様々な場所に足を運ばせ、多くの経験を積んでもらっているという訳だ。しかし、今回もまた少々問題が発生してな」
「私達は、少し離れた森に出現したという魔獣の相手を任されました。相手の情報は資料にまとめてありますので、後でご確認下さい。重要なのはソチラではなく……森で出会ったエルフの方です」
言い回しからして、アーラムの管理する地域内という話で良さそうだが。
そこでエルフと会ったからと言って、何が問題なのだろうか?
リリシアの様に外に出るエルフだって当然いるのだから、珍しくはあるが特別な事ではない気がするのだが。
「そこで出会ったのはエルフ数名。だったのですが……何やら“預言者”と呼ばれる者が居るらしく、彼等も此方の地を調査していた模様です。なので、遭遇したエルフ達に交渉され王族と何とか話が出来ないかと頼まれてしまい……それを報告して、アグニ陛下がソレを承諾。その後が問題なのです……」
「何でも、世界的に魔力の流れが変わっただとか色々言われてしまってな。しかも話している内に相手の国のお偉いさんも此方に到着。雑に扱う訳にもいかず、調査と話し合いが済むまでは城で生活してもらっているという訳だ。それが、温室の先客と言う事だな。全く、訳の分からない事ばかり言って権利を主張されても、此方では何も出来ないと言うのに……」
何やら、雲行きが怪しくなって来たな。
相手は世界規模の何かを訴えかけ、更にはその原因がこの国にあると言っているかの様。
何かしらの権利を主張しているらしく、アグニもそれを突っぱねるには悪い相手だと考えていると。
まぁ相手がエルフの国となれば、魔法の達人が何人もいると考えて良いだろう。
そんな国と喧嘩をするとなると……正直、被害は計り知れない。
「それで、彼等は何を主張しているんだ? 普段は森の中で大人しくしているエルフの民が、何故こんな所まで足を延ばした?」
コレが分からない事には話が進まない。
思わずため息を溢しながらそう呟いてみれば、アグニはハッハッハと乾いた笑い声を洩らし。
「聞いて驚け、グラベル。彼等の主張は何とこの国、もしくは周辺に“世界樹”が誕生した可能性があるのだそうだ。全く、面白い冗談もあったものだ。そして世界樹とはその名の通り、世界との繋がりを持つ希少な物。確認されている人種の内、一番長寿であるエルフが管理する必要があるから、場所を教えろとさ。更には世界樹が生えた場所はエルフ族が管理するから、聖地として土地ごと向こうが預かるそうだ。全く、暴論も良い所だ。要は貴重な世界樹は自分達の物だから、土地ごと寄越せという話だな」
疲れた様子のアグニがそう言い放ち、椅子の背もたれに体重を預けた。
そんな物がある訳がないだろうと言いたげな雰囲気で、盛大にため息を溢している訳だが。
俺とリリシアだけは、頬が引きつってしまった。
「何度説明してもダメなんですよ……“預言者”のお告げは絶対だからと、周辺全てを調査するまで帰らないと言い始めていまして。あまりにも身勝手な行動ですが、相手は一応大使的な扱いでして。此方も下手に手が出せない状況に陥っている、と言う事です」
ワンも困った様に眉を下げながら、恐らく今滞在しているのであろうエルフ達の名前が書かれたリストを渡して来た。
これはまた、なんというか。
ビックリするぐらいに、面倒事の中心地に立ってしまっている気がする。
「アグニ、その……なんだ。コレ、お土産だ」
「あぁすまない、毎度気を遣わなくて良いんだぞ? こっちだってお前達に面倒事ばかり……まて、グラベル。コレは何だ」
「リンゴだ、ちょっと変わった色をしているが」
「そうか、リンゴか。森の中でリンゴも作り始めたのか。本当に、少々変わった色をしているな?」
「そう、かもしれないな? たまに口の中が光ったりするから、気を付けて食ってくれ。害は無い」
二人して現実から目を背けながら、お土産の受け渡しを完了させた。
彼の机の上に、金色のリンゴが十数個。
どれもこれも木から毟って数日経ったのに、未だにペカーっと七色の光を放っておられる。
もはや、顔ごと背ける他無かった。
非常に気まずい、何たって彼等が抱えた問題の答えを提示してしまっているのだから。
「まさかとは思うが……俺が渡したアレか? アレから、芽が出たのか?」
「まぁ、その、なんだ」
「いくら調べても何も変化の無かった木の実だぞ!? どうやって芽を出した!? 姉さんがいくら頑張っても、土の中で一切変化が無かったんだぞ!?」
「その、スーが。いや、正確にはムムが畑に植えたら……それはもうすくすくと」
「これは困った事になったぞ……」
アグニは頭を抱えてしまい、ワンとニーナはプルプルしながら机の上に転がっているリンゴを眺めている。
これはもう、最悪のタイミングで訪れてしまったという他あるまい。
「あの、えぇと……では、相手方に情報提供するという事で大丈夫でしょうか? 実際にコレが、本物の世界樹の果実だとしたら……彼等の言う通りな訳ですし」
もはやどうしたものかという様子で、ワン・リーシャが恐る恐る手を上げてみれば。
「そんな事出来る訳がない。いや、情報提供しないと帰ってくれなそうだが……これはちょっと、どうしたものか」
アグニは顔を伏せながら、そんな事を言い始める。
そして、俺の隣に座っていたリリシアだけは少々低い声を上げ。
「その通りだ、絶対に土地ごと渡すなどしてはならない。個人的な意見で言うなら、私達の家があると言いたい所だが……もっと大きく見るなら、コレは間違いなく国に関わって来る問題になるぞ」
「リリシア? それは一体……」
急に怖い事を言いだしたリリシアは、思い切り溜息を吐いてから視線を鋭くした。
嫌悪としか表現出来ない様な雰囲気を隠そうともせず、渡された資料を睨んでいる。
「エルフとドワーフは仲が悪い、これは昔から定番だ。何故だと思う? ドワーフが職人気質で、依頼されればエルフに何と言われようと木を切り倒すからだ。仕事だからな、切らず帰るという選択肢はない」
「えぇと? 領地の問題等が無ければ、仕事である以上コレと言って問題に聞こえないのだが?」
「そう、問題じゃない。自分の管理する地域の木を切り倒そうが、誰も文句を言える筈もない。が、しかし。エルフというのは頭の固い奴等が多くてな、人々が決めた法よりも自らの思想を重んじる事がしばしば見られると言うことだ」
誰しもリリシアに視線を向ける中、彼女はもはや頭を抱える勢いで顔を顰めてから。
「自分達は世界を一番良く知っている種族だと言い張り、時に人々の理を無視する輩も居る。今回のはまさにソレだな。その為、エルフに主導権を握らせるのは非常に不味いと断言する。エルフとは基本的に自然と共に暮らす、別の言い方をすれば自然を最優先に考える」
「ちなみに、不味いというのは具体的にどういうことなのだろうか? エルフの知り合いは他に居ないからな。その辺りを相談したくて、お前達を呼び出そうとしていたんだ」
冷や汗を流すアグニに対し、リリシアはもう一度だけため息を溢してから立ち上がった。
そして自らに渡された資料を彼の机に乗せて、今回関わっているエルフのリストの一番上を指さした。
「コイツは、私でも知っている程の“エルフ主義”だ。だからこそ、断言する。コイツ等に土地と世界樹を明け渡してみろ。エルフは植物を育てる技術に長けている事も考慮した上で、世界樹まで手に入れた結果何が起こると思う? どんどんと森は広がり、数年後にはこの国すら樹木が飲み込むだろうな。そして人々の生活に支障をきたすからと切り倒せば、世界樹を守る森を攻撃したとされ、エルフから敵視される」
「いや、まさかそこまで……話してみた感じでは、その様な異常者には見えなかったぞ?」
「そう、だからこそエルフは“人”として扱われている。がしかし、言語と知識を有する害獣とも言える存在なんだよ。奴等は“世界の為”と謳って、他者を排他しようとする連中があまりにも多すぎるんだ」
リリシアの言葉に、誰も声を返せないでいた。
コレはまた、非常に面倒くさい事になって来た気がする。




