第72話 繋ぐ
「いやぁ、すみませんね。皆揃って力を貸して頂いて」
「まぁ、えぇと……はぁ」
馬車の窓から声を掛けて来るガルバリンデの国王に、何とも気の抜けた声を返してしまう。
俺達はその後、一週間程度ガルバリンデに滞在したのだが……急に、王族からの依頼が入ったのだ。
その内容が何と。
「アーラムに向かおうと思います、ですので護衛を頼めないですかね? ホラ、貴方方なら向こうの王族にも顔が利く。手紙を出してしっかりと準備を~何て事も考えたんですけど、状況を聞く限り我々が手紙を送った処で警戒されてしまうのがオチでしょうし」
という事でアポ無し突撃をかまし始めたマイルカーラ王。
だ、大丈夫なのかコレ?
思わず口元をヒクヒクさせてしまう程の思いだったが、彼の意思は固いらしく一週間で準備が終わり本日旅立ったという訳だ。
アーラムに帰る面々が勢揃いしている上に、王族を守る為の兵士が馬車を囲んでいる状態。
行きは随分とのんびりした旅だったのに、帰りは御大層な事になってしまった。
ついでに言うと。
「あの……陛下」
「はっはっは、我々は親同士。所謂パパ友……とは言わないのかな? まぁそんな感じで、緩く喋ってもらって大丈夫ですよ?」
「はぁ、それでは……後ろの馬車が引いている檻。アレはどういった趣向で?」
やけに大きな馬車が引いている檻の中には、今回の事件に関わった連中が囚われていた。
侯爵は勿論、ダイアラスという組織のトップ。
更には幹部連中もこの一週間で片っ端から捕らえたらしく、まとめて一つの檻に放り込まれていた。
「突然相手の国お邪魔する訳ですから、“手土産”くらいは必要でしょう?」
「手土産、ですか?」
何やら意味深な事を言い始める彼を見つめていれば。
彼は今までと変わらない表情を浮かべながらも、温度が下がったのではないかと思える程の冷たい雰囲気を放ち始めた。
「屋敷をひっくり返す勢いで調べてみれば……それはもう色々出て来ましてね? 現状アーラムに攻撃を仕掛けている証拠はもちろん、過去にアーラムの王子と王女を攫った記録まで。いやはや、本当に昔から蔓延っていた様ですねぇ」
緩い表情を浮かべていると言うのに、殺気とも呼べる気配がビリビリと伝わって来る。
やはり、彼も王という事か。
普段の態度と雰囲気では想像出来ない程に、威圧する覇気を放っているではないか。
そして更に、今回捕らえたアダマン侯爵。
陛下の話が本当なら、アグニとアレクシアに獣人への憎悪を刷り込んだ人物という事になる。
だからこそ、“手土産”という訳か。
いやはや、この人もなかなか恐ろしい人物の様だ。
なんて事を思い、冷や汗を流していれば。
「お父様、止めて下さい! 今は誰かにお説教をしている訳ではないのですから、その気配を引っ込めて下さいまし。モモと“ラビィ”が怯えてしまいますわ」
馬車の中から、そんな声が聞えて来た。
覗き込んでみれば険しい顔をしたイリーゼ王女が、二匹の小動物を抱えながら陛下の事を睨んでいた。
「あらら、これはすまなかったね。ごめんよイリーゼ、それにモモとラビィも。お前達に怒っている訳じゃないからねぇ? ほら、こっちにおいで。オヤツをあげよう」
先程までの雰囲気を霧散させた陛下が小動物のおやつを懐から……うん? たしかに懐から取り出し与え始めた。
「本当に、どうしたものかな」
「ま、何とかなるでしょう。はっはっは」
そんな会話を続けつつ、俺達はアーラムへと向かうのであった。
――――
「報告は聞いたが、これはまた。随分と急に足を運んでくれたモノだな、ガルバリンデの王よ」
「本来この様な状態であれば、しっかりとやり取りしてからが礼儀だという事は分かっていますが……その場合は余計に我々を警戒すると思いましてね? なので神獣狩りの英雄に乗っかって、参上させて頂きました」
グラベルがやけに謝って来るとは思っていたが、まさかこの様な事態になろうとは。
此方を攻撃してくる相手組織の大元を潰した事、神獣が復活した事。
ソレがスーを守っている事などなど、色々と驚く報告ではあったが。
というか姉さんが見たという魔獣は、件の神獣だったのか……精霊に神獣を従えるテイマーとは、本当に彼女には驚かされる。
「それで、如何ですかね? 資料もお渡ししてある状態ですし、信じてもらえました?」
「あぁ、“土産”の件か。こちらは有難く頂戴しよう、資料を見るまでもない……その面を、俺達は良く覚えている」
そんな言葉を洩らしながら、部屋の隅で拘束されている奴等に視線を向けてみれば。
その中の一人、獣人の男には特に見覚えがあった。
俺と姉さんを痛めつけた連中の雇い主、拷問をつまらなそうに見つめていた男。
コイツだけは……。
「そちらの意向は理解した。自らの国の“毒”を吐き出したという証明、そして俺に復讐の機会をやるから、今後は国同士仲良くやろうという事だな?」
「まぁ、そんな所ですかね。とは言え私の父が此方の国に迷惑を掛けたのも確かだ、思う所はあるでしょう? まずはその謝罪と――」
「不要だ」
「はい?」
彼の言葉を遮ってみれば、相手は不思議そうに首を傾げて見せる。
以前までの俺だったら、俺達を苦しめた元凶含め、その関係者の子孫なんぞが目の前に現れれば即刻首を刎ねていた所だろう。
が、しかし。
「親が子の責任を取るなら分かるが、その逆はあり得ない。子は親を選べないからな。なのでそちらは不問とする」
「ふ、ふふふ……はははっ! 貴方は素晴らしい王様だ、それに良い親になる。私の言葉では不快かもしれませんが、そう確信いたしました」
「最近色々と思う事があってな。そちらこそ、随分と懐に入るのが上手い御様子。飄々として見せながらも、仕事はキチンとこなしているようだ。提出してもらった書類からも、ソレがよく分かる」
相手はカラカラと楽しそうに笑い、此方は口元を吊り上げた。
コレは王同士の会合。
だというのに、随分と歪な雰囲気が広がっている。
コイツ、間違いなく“出来る”。
それにこの場で戦闘にでもなってみろ……兵を差し向けようと、恐らく狩られるのは俺の方だ。
だとすれば、仲良くしておいて損はないだろう。
「いやはや失礼。こんな場所で、大声で笑ってしまった」
「なに、構わないさ。今後は緩い口調で仲良く国同士の話でもしようじゃないか」
お互いに笑みを向け、手を取り合ったその瞬間。
「ふざけるな!」
捕らえられていた面々の、獣人の男が大声を上げて来た。
全く、その顔を見るだけでも虫唾が走るというのに。
上手く行っている国通しの話合いに水を差すとは。
「腰抜けが玉座に座ると、ここまで腐るのか!? さっきから人族なんぞにヘラヘラヘラヘラと! 貴様それでも獣人か!?」
唾を飛ばしながら叫ぶ相手に対し、対面に座っていたマイルカーラ陛下は静かに立ち上がった。
笑顔を張りつけているも、殺気立った雰囲気で。
「えぇ、私は獣人ですよ? だからなんですか? この様々な種族が暮す世界で、“獣人”として生まれて来ただけの王族です。民の幸せを願い、常に国の繁栄を考える。だからこそ他種族の王様とも、今こうして手を取り合っているのですが?」
「だからふざけるなと言っている! 何故我々獣人が、人族なんぞに――」
「それ以上言葉を紡がないで頂けるか? アダマン、貴様の戯言は古臭い上に聞き飽きた。種族云々を謳って失敗した親父の意思を、何故俺が継がなければいけない? はっきり言おう、どうでも良いんだよそんなもの。我が子が幸せに暮し、民が安心して生きる国が欲しかった。ソレを邪魔したのは、その下らない思考だ」
彼が片手を上げてみれば、周囲からは熱が奪われ空中にいくつもの氷柱が現れた。
ほほぉ、これはまた。
彼は相当な術師であるという事か。
だが。
「マイルカーラ陛下。いや……友好の印として、出来ればもっと親しく呼び合いたいものだ」
「ではマイルとお呼びください、アグニ陛下。こちらは何とお呼びすれば?」
「俺はコレと言って愛称が無いからな、アグニと呼んでくれ。して、マイル。“それ”は俺への手土産だったはずだが?」
ニッと口元を吊り上げ、叫び声を上げていた獣人を指さしてみれば。
「あぁ~これは失礼。こちらで処理してしまっては、この場に死体が一つ転がるだけですからね。アグニ陛……ではなく、アグニ。コレ、どう料理しますか?」
「なに、“俺達”が味わった痛みを味合わせてやるだけさ。だったら、“平等”だろ?」
「ハッハッハ。なるほどなるほど、それは良いかも知れませんね。ただ首を刎ねるだけよりかは、本人達も反省する事でしょう。あ、そう言う事でしたら最後は解放されるという事でしょうか? 救助に来る人間は居ないでしょうが、アグニの雰囲気を見る限りトドメは刺さない様に見えますね」
「では、どうする?」
「“使い終わった”ら、此方に送ってくださいな。ちゃんと受け入れますよ? 犯罪者、反逆者、国家転覆罪のクソヤロウとして」
とてもでは無いがスーの様な子供達には見せられない表情と、内容を話しながら俺達は笑い合った。
なんたって俺達は“王”なのだ。
この手の連中を野放しにする訳にも、簡単に許してやるつもりも無い。
コイツ等を許せば、他の善良な市民が犠牲になるのだから。
「き、貴様らぁぁ!」
取り押えていた兵を振り払い、腕を縛られたままの彼が此方に駆け寄って来たが……馬鹿かコイツは。
王と謁見する会場に設置された兵が、彼等の周りに居るだけだとでも思っているのか?
「ジロー、取り押えろ。殺すなよ?」
言葉の分からない彼にも伝わる様に、ハンドサインを示した結果。
ズダンッ! と物凄い音と共に獣人は取り押さえられた。
そして、自らを組み敷いた相手の顔を見上げた瞬間。
「ジロー!? 貴様、寝返ったのか!? ふざけるな! 所詮は人族か、誇りの無い種族めが!」
どうやら彼の事を知っているらしく、相手は再び大声を上げ始めた。
あぁ、なるほど。
彼は“元暗殺者”。
その仕事を、言葉の分からない彼に殺しを強要していたのはコイツだったのか。
これはまた、予想外な所から情報が転がり込んで来たものだ。
「どうします? アグニ」
「なに、俺達はゆっくり酒でも飲みながら語ろうじゃないか。まずはそうだな……臭い台詞と思われるかもしれないが、様々な“愛”の形から語ってみようか。面白い話を知っていてな? どこかの馬鹿から差し向けられた暗殺者が、暗殺対象に恋をした結果。魔術契約まで交わして護衛に変わった、なんて話がある」
暗い笑みを溢し、取り押さえられた相手を見下ろしてみれば。
「おぉっ、いいですね? そう言う話は大好きです。私の方は愛する娘にやっと友達が出来て、しかもその子が精霊と神獣を使う凄腕。更には娘にも従魔を与えてくれた上に、国を繋ぐきっかけになった話とかですかね? あとは親同士の友人も出来ましたし。いやぁ語りたい事は山ほどありますよ」
「興味深いな、では別室で話そうか。良い酒を出そう。ジロー、後は頼む。牢に放り込んでおいてくれ」
「――、――」
此方のハンドサインを確認したジローが、スッと頭を垂れながらその男を立ち上がらせる。
本当に、良い護衛だ。
姉さんに惚れ込んで、俺の様な者さえも全力で守ってくれる。
「アダマン侯爵と言ったか……あぁ、今はアダマンと呼ぶべきかな? 貴様に一つだけ礼を言っておこう、ジローを差し向けてくれた事だ。彼はもう、俺の家族と呼ぶべき存在になっている。ありがとう、俺の姉を守ってくれる人間を送り込んでくれて」
「き、貴様ぁぁ!」
その後兵とジローによって連行されていく彼らを見送り、俺達は溜息を溢した。
これからもやる事は山積みな上に、もっと忙しくなる。
しかし、悪い方向に転ぶわけではないと約束されているのだ。
だったら、少しくらいの面倒な仕事は喜んで受け入れようではないか。
「では、移動しようかマイル」
「はいはい喜んで。と、その前に。押しましょうか? 車椅子」
「すまない、頼んでも良いか? 何処かの精霊様を宿した女の子のお陰で、治ってはいるのだが……まだ筋力が足りなくてな」
「お安い御用ですよ、むしろ私の父が原因なんです。責任云々ではなく、これくらいはさせて下さいな」
そんな会話をしながら、俺達は揃って別室へと移って行くのであった。




