第70話 鉄槌
目を開けてみれば……何処かのお屋敷だろうか?
随分と豪華な食堂が見えるが、窓のカーテンが閉じられていて薄暗い。
そんな中私は手首をベルトで縛られており、隣には気を失っているスーの姿が。
思わず駆け寄ろうとしてみれば、どうやら足首も縛られているらしく身悶えるだけに終わってしまった。
「おや、丁度お目覚めかな? イリーゼ王女」
急に扉が開いたかと思えば、えらく聞き覚えのある声が聞えて来たではないか。
「アダマン侯爵……どうしてここに?」
助けに来た、という雰囲気はまるで無い。
となると、まさかとは思うが。
「どうしてここに居るかって? そりゃ侯爵様の家なのだから、ココに居ても不思議はあるまいさ、ハハッ」
彼に続き入室して来た男は、何というか……ガラが悪い。
見た目的には貴族という感じではないが、そこらのゴロツキという訳でも無さそうだ。
明らかに着ているモノが高価。
「ご説明頂けますか? 侯爵、そちらの方は? 私は何故縛られているのかしら」
キッと鋭い視線を向けながら言葉を紡いでみれば、彼はつまらなそうにため息を吐きながら此方に椅子を引き寄せてから腰を下ろした。
とてもでは無いが、王族に向ける態度と視線ではない。
「やはり今の腰抜け王は駄目だな。この状況でも、こんな間抜けな質問を投げかけて来る出来損ないを育てている様だ」
「……なんですって?」
私自身だけならまだしも、父まで侮辱し始めたその男は。
大袈裟にため息を溢しながらテーブルの上に置かれていた酒瓶を手に取り、グラスなど使わずにゴクゴクと飲み始めた。
下品だ、と罵ってやれば良いのかもしれないが……アダマン侯爵は武闘派。
鍛え上げられた肉体と、鋭い眼光でこんな真似をされれば、それこそ肉食獣の様に見えてしまう。
「あぁ、この男の詳細でしたね。お姫様だって“ダイアラス”という名前くらいは聞いた事があるでしょう? コイツはそこの頂点に立っている男ですよ。ウチの国じゃ随分と顔の効く、ちょっと腕っぷしに頼りすぎている組織のリーダー。しかしどうやら喧嘩ばかりが強いようで、部下の教育は良くないらしい。人族というのは、何故贅沢をすると牙が抜かれるんですかね? 私には不思議でならない」
仲間であろう相手の事をコケ降ろすかの様な言葉を吐きながら、彼がダイアラスのリーダーと紹介された男を睨む。
すると相手は大して気にした様子も無く、ハハッと軽い笑いを溢しながら彼も酒瓶に手を伸ばしている。
「いやぁすみませんねぇ、旦那。俺等みたいな“裏”の人間は、お天道様の下を堂々と歩けないもんで、夜にはお家に帰っちまうお姫様がどっちか分からなかったんですわ。しかも部下に任せたとなれば、それはそれは。まぁ一人でも二人でも構わないでしょうよ」
「フンッ、やはり人族は使えないな。次からは獣人の組織に支援するとしようか」
「そりゃないですぜ侯爵様、こうしてちゃんと仕事だってこなした訳でしょう? それに“向こうの国”の裏仕事も任せてくれるって約束でしょうよ」
何やら気になる事を喋りながら、ガラの悪い男が気安い感じにケラケラと笑い始めた。
コイツ等は、一体何を言っているのだろうか?
頭が付いて来ない、というか理解したくない想像ばかりが溢れて来る。
「アダマン侯爵、まさか貴方……我が国を裏切るつもりですか?」
「これはこれは、先に裏切ったのは貴女達王族側でしょう?」
彼は、何を言っているんだ?
私達が、彼の事を裏切った事など……。
「貴女のお爺様が生きていた頃は良かった、ここは獣人の為の国なのだと実感できた。しかし今の王はどうですか? ヘラヘラヘラヘラと情けない、その上に人族をどんどん受け入れ、終いにはアーラム国への攻撃を禁止? 何を馬鹿な事を。神獣が居ない今こそ、徹底的にあちらの国を叩くべきだ」
「……まさかそんな理由で? その古臭い理想を振りかざす為に、貴方は国に牙を剥いているのですか?」
「まぁ、あとは金の流れなどなど色々だよ。そして何と言っても、今の王族には意識改善して頂いて、戦争の一つでも起こしてもらおうかと。事を荒立てれば様々な場所に隙が生れる、その際に王座を他の者に譲り渡して頂ければと思いましてね」
「貴様……結局自らの欲求の為に、国内に混乱を招いているのか!」
「フンッ、その“お綺麗”な思想はまさに今の王族だな。戦争が起こり、獣人らしく雄々しくなってくれるのなら、こちらもこれ以上手を出そうとは思わんが……まぁ期待するだけ無駄だろう」
それだけ言って、彼がスッと掌を上げてみれば。
隣で酒を飲んでいた男が酒瓶片手に、大きなナイフを懐から抜き放った。
薄暗い中でもはっきりと光を反射する程の、高価そうなナイフを。
「お嬢ちゃんがパパに“人族なんか嫌い! 全部ぶっ殺して!”とか言ってくれれば、こんな事にはならなかったのになぁ。あんまりにも判断が遅いから、こんな直接的な手段になっちまったんだぜ? パパには君の切れ端をちょっとずつお返しする事にしたそうだ。そうすりゃ旦那の言う様に、ちょっとくらいあの王様も変わるんじゃねぇかなぁ?」
「下衆がっ! 貴方だって人族でしょうに!」
「俺は金が稼げればなんでも良いのさ。旦那の様に、ちゃ~んとこの国の事を考えて動いてるって訳じゃねぇからなぁ。あぁそうだ、お友達の方から片付けようか。そうした方が面白そうだ」
そんな事を言いながら、彼は隣で眠っているスーに向かってナイフを振り上げるではないか。
ニタニタした笑みを浮かべながら彼女の前にしゃがみ込むソイツは、とてもじゃないが冗談か何かで刃物を構えているとは思えなかった。
「ま、待って……お願い、スーには手を出さないで……」
「へぇ、この子はスーちゃんって言うんですかい? いやはや、この子も運がない。お友達を作る度に襲撃されるお姫様なのに、諦めず誰かと仲良くなっちまうからこういう事になるんですよ? あららぁ、可哀そうに。この子はなぁんにも悪くない、ただお姫様の近くに居ただけ。でも、それが“悪かった”」
未だ気味わるく笑う彼は、スーの頭を撫で始めたではないか。
もう片方の手には、大きな刃物を構えているというのに。
「やめっ、やめて! 傷つけるなら私にしなさい! 彼女は此方の言葉を喋る事が出来ないわ! だから貴方達の情報が洩れる事はない! スーだけは解放して! お願い!」
もはや泣き叫ぶかの様な状態で、地面を這いながら相手に近寄ってみれば。
彼は、それはもう楽しそうに笑い始めた。
ゲラゲラゲラと、心の奥底から楽しんでいるかの様子で。
「ですってよぉ侯爵様ぁ。お姫様も、ここまで仲良くなったお友達は初めてなんじゃないですかい? どうします? 慈悲の心でもくれてやりますか?」
もはや涙を浮かべながら笑っている彼が、アダマン侯爵へと言葉を投げかけてみれば。
侯爵は思い切り溜息を溢しながら酒を呷っていた。
「いちいち無駄な時間を割くな。どうして人族はこう、仕事の間でも遊びたがるんだ? 殺し殺されという状況で、何故無駄な事をする? やはり獣の血が薄いからか?」
「あららぁ、俺らの雇い主が駄目だってさぁお嬢ちゃん。残念だったねぇ?」
本当に遊んでいるかのような態度で、情も何もない言葉を投げ放ち。
彼は、再びナイフを構え直した。
駄目だ、それだけは許してはならない。
私は王族で、彼女は平民。
だったら私が守るべきで、彼女は守られるべき存在の筈。
それに、私に心を許してくれた初めての友達なのだ。
そんな彼女を奪われてなるものか、命に代えても。
そう、心から思えるのに。
「なんで、なんでっ! 何で私は何も出来ないの!?」
私には、攻撃魔法が使えない。
適性が無いから、才能が無いから。
唯一手に残ったのが、テイマーとしての適性。
ソレさえも、スーと出会わなければ動物の一つも従える事が出来なかった程度。
そしてここには、私が従えている子達が居ない。
だからこそ、必死になって手足を固定されているベルトを外そうとした。
皮膚が擦り切れても、血が流れても。
全力でスーの事を助けようとしているのに、こんな拘束具一つ解除する事が出来なかった。
「止めて! 殺すなら私で良いでしょ!?」
「あぁ~俺そういうの大好きだよ。胸を打たれるっていうか、感動するっていうか。良いよねぇ~」
「おい、早くしろ」
必死に声を上げながら、彼女の元へと這って行く。
もう少し、もう少しなのだ。
でも相手は無情にも、私が辿り着く寸前にナイフを振り下ろした。
「いやぁぁ! 誰か! 誰か助けて!」
その声が、届いたのだろうか。
「は?」
「なんだと?」
二人の男性が声を上げる中、スーへと振り下ろされたナイフの切っ先は。
十字に光り輝く何かによって防がれていた。
まるで光の剣の如く、コォォンと高い音を立てて光の波紋が広がっていく。
この光景を、私は以前に見た事がある。
そうだ、だって彼女は。
「は、ははは……」
「何がおかしいイリーゼ王女! コレは何だ!?」
アダマン侯爵も流石にコレには驚いたのか。
酒瓶を投げ捨てて、壁に掛けてあった長剣を手に取ったが。
同時に、轟音が周囲を包んだ。
正直に言って、私にも何が起こったのか分からない。
酷い耳鳴りがする程の轟音と共に眩い光に包まれ、とんでもない衝撃がこの身を襲ったかと思えば。
『貴様等、誰の妹分に手を出したか教えてやろう』
先程まで見えていた部屋は半壊しており、いつの間にやら巨大な猫の魔獣が私達の間に滞在していた。
すぐに近くに居たガラ悪い男は何か攻撃を受けたのか、部屋の隅まで吹っ飛ばされていたが。
「これは……これはどう言う事だ!? イリーゼ王女、コイツは何だ!?」
剣を構えたアダマン侯爵さえも、ガクガクと膝が震えている。
それはそうだろう。
こんな見た事も無い喋る魔獣に睨まれているのだ、恐怖を覚えない方がおかしい。
その姿は、まるで以前森に住んでいたという“神獣”を連想させた。
物語や、言伝に聞いた事しか無いが。
しかし想像するのは、こんな姿。
だって“神獣”と呼ばれるくらいだ、これくらい格好良くないと嘘だろう。
そしてその獣が守っている者は、どう見たって……。
「フ、フフフ……貴方は、絶対に手を出してはいけない存在に牙を剥いたという事ですよ」
「何を言っている!?」
動揺する相手を見つめ、静かに上体を起こしてから。
「だってこの子、スーは。私の“テイマー”としての先生ですもの。何かを従えているとは思っていましたが、まさか“精霊”と“神獣”とは」
「何を……馬鹿な……」
「だって目の前に居るじゃないですか、分かりませんか? 貴方は神に愛された存在に剣を向けた、そう言う事です。運が悪かったですね? 私程度に気を取られて、こんな存在を“ついで”に攫ってしまったのですから」
喋っている間にも魔獣はバリバリと雷を放ちながら、威圧感を大きくしていく。
本当に、押しつぶされそうだ。
などと思っていれば。
『――、――』
スーの背後に、前にも見た精霊が現れていた。
真っ白い髪の、真っ白い姿で、赤い瞳の彼女。
精霊が微笑んでくれれば、私の身に押しかかっていた“圧”がフッと軽くなる。
「諦めなさい、アダマン侯爵。貴方は、この国の歴史を重んじるばかりに……現世の天使とも言える相手に牙を剥いたのです。国どころか世界を敵に回しましたね? その罪は、万死に値する事でしょう」
「訳の分からない事を……この、牙を抜かれた獣人風情がぁ!」
もはや無謀だと分かっているだろうに、彼は長剣を構えて突進してくる。
だが当然、目の前に居る“神獣”がソレを許すはずも無く。
『獣人だ人族だと鬱陶しい。種族が何であろうと、貴様が雑魚だという事に変わりはない』
目の前の巨大な猫が呟いた瞬間、先程以上に強烈な雷がすぐ近くに降って来た。
精霊が守ってくれたお陰で、此方には大した被害はないが……相手にとっては、そうでは無かったらしく。
「がっ、あ、ぎ……」
意味の分からない言葉を紡ぎながら、床に転がってビクビクと痙攣しているではないか。
見た所死んではいない様だが……加減してくれた、という事で良いのだろうか?
不思議に思いながら、“神獣”と思わしき獣を見上げると。
『スー。おい、起きろ。何か白くなってるが大丈夫か? お前が死人を見たくねぇって言うから加減してやったぞ、起きろ。あとそっちの精霊はなんだ?』
『――、――。ムム』
『……マジか』
何やら気の抜けた雰囲気を放ちながら、鼻先で倒れているスーをグイグイと押し始めるのであった。
勢いで喋ってはみたけど……やっぱりこの二体、スーが従えているって言う事なのか……。




