第65話 繋がり
「あー獣人主義っつぅか、他の種族は敵だー的なあの古臭い思考な。ウチの爺ちゃんがそうだったんだよ、そんでその残党が残ってる感じ? 国の中でも、特に年寄り兵士やらはそんな感じだな。とにかく武力派だったからなぁ……街中でもそう言う連中が集まって色々悪さをしてるみたいでさ。俺も兵隊集めて、面倒クセェ奴等を取り締まってんの」
「王子自身が? なんというか、意外だな」
「シャーム」
「あぁ、すまないライル。貴方が直接執り行っているのかと驚いただけだ」
試合後、彼から話を聞きながら私達は菓子の類を摘まんでいた。
本当に王子かと疑いたくなってしまう程、ガツガツと菓子を口に運んでいくライル。
コレだけでも情報量が凄い事になっていると言うのに。
「お? 来た来た。おいスー、コレ兎にやってみろよ。すげぇ喜ぶぜ? ウチの妹がエサやろうとしても、ものっスゲェ逃げるけど」
「お兄様! 余計な事は言わないで下さいませ!」
皆揃って小さいテーブルを囲んでいる為、全員距離が近い。
更に言うなら、護衛の二人が次々とお菓子と小動物のおやつを運んでくるのだ。
「――、イリーゼ。うーさ」
「え? 私があげても良いんですか? 食べてくれるかしら……」
スーと王女もえらく緩い雰囲気で言葉を交わしながら、小動物達の相手をしていた。
グリフォンに関してはすっかり彼女に懐いたらしく、今ではずっと膝の上に乗っている程。
そして、それだけには収まらず。
「た、食べてくれました! お兄様見て下さい! 私、動物に好かれましたわ!」
「おぉ、やったじゃねぇかイリーゼ。これでテイマーに一歩前進だな?」
まさに兄妹。
妹の成長を喜ぶ兄の姿が、そこにはあった。
この状況で仕事の話を進めようとするのは些か無粋に思えてしまうが。
「あぁスマン。んで、そう言う連中がそっちの国で騒ぎを起こしてるって話だよな? 俺からしっかりと報告しておくわ。んでそっちの国の事も知れた訳だし、父上には協力関係を結ぶ様に進言しようと思う。今まではなんつぅか、結構ギスギスしてたからな。こっちも世代が変わったし、向こうも変わって受け入れ態勢があるってんならいつまでも喧嘩してもしかたねぇだろ」
向こうから仕事の話に戻してくれた上、そんな御言葉まで頂いてしまった。
あまりにも上手く行きすぎている様で、何だか警戒してしまうのだが。
「ちなみに、何故今までこういう状況に至らなかったんだ? これだけ人の行き来があるんだ、国の情勢くらい少しくらい耳に入って来るだろう? あぁいや、本格的に獣人を受け入れ始めたのは最近か……やはり悪い噂が多かったのか?」
そんな言葉を洩らしてみれば、彼は「あぁ~その」なんて洩らしながら気まずそうに視線を逸らしたではないか。
やはり、何かあるのだろうか?
「こればっかりはこっちの不手際っつぅか、未だに処理しきれてない問題があってだな。簡単に言うと、さっき言ってた人族排他主義の奴等がまだまだ多いんだ。そういう連中が、度々武力行使で訴えかけて来る。しかも最近は行動が派手になって来ててな」
「まさか、昼間の件も?」
「本当にこればかりは申し訳ない、多分そうだ。そんな連中が国にのさばっている状態で他国と手を組むなんて出来ないだろう? だから俺も動いて、そう言う直接的な行動を取る連中を虱潰しにしてる所。そんでもって、多分昼間の件は……俺達王族に、人族への恨みを募らせようとしてんだよ。お前等を襲ったのは人族だ、やっぱり悪い奴らだろ? みたいな感じで」
なんともまぁ、地味な上に時間のかかる手段に出ている連中も居たものだ。
しかしながら効果的ではあるのかもしれない。
まだ直接王族に手を出しては居ないが、その周囲の人間に手を伸ばし悪評を買う。
今回で言えば王女と仲良くなったスーを襲撃し、それを襲ったのが人族。
コレで姫様が人族に恨みを抱く様になれば、彼らの作戦は成功と言えるだろう。
現状死人が出なかったからまだ良かったものの、実際に死者が出ていればどうなったか。
姫様の場合は友人が、王子の場合は妹が。
そして王の場合は子供達が“人族”の手によって亡き者とされた場合、どうなるか分かった物では無い。
それくらいに、暴力による説得というのは効果があるものだ。
だが、しかし。
「ただ、その為に。たったそれだけの理由で、スーは狙われたと言う訳か」
「あぁ、恐らくな。似たような状況が続いているから、妹には友達の一人も出来ねぇ……今じゃウチの妹に関わると人族の暗殺者に狙われる、なんて噂されるくらいだ。今すぐにでもぶっ殺してやりたいくらいに鬱陶しいぜ。しかも、それだけじゃねぇ」
「まだ何か?」
「そう言う連中を調べると必ずと言って良い程、“アーラムからの刺客”みてぇな証拠が出て来るんだよ。でも父上が調べた結果、偽物だと判明してる。つまりそういう偽装してまで戦争させたい奴らが居る上、今の所王族に直接手を出さねぇ所を見ると、間違いなくガルバリンデ内部の組織だってこった」
「ハッ、王族殺しとなれば徹底的に潰される事は間違いないからな。だから周りを傷付けるという訳か、腰抜け連中が」
二人揃って、ギリッと奥歯を噛みしめ目尻を吊り上げてしまった。
あぁ、なるほど。
この国に居る腐った連中は徹底的に淘汰してしまって良い様だ。
獣人の為だかなんだか知らないが、自らの理想の為に同じ獣人であるスーを傷付ける連中であり、願望の為に王女であるイリーゼを孤立させた。
つまり、こんな子供の未来さえ踏みにじってでも理想を叶えようとしている連中だ。
そんなものは、噛み砕いてしまえば良い。
未来を謳いながら子供を犠牲にする愚者共は、皆殺してしまえば良い。
そう言う連中のせいで、私の幼少期には良い思い出など一切ないのだから。
「まぁそっちの事情も大体分かった。この国の調査、向こうの国との関りを持つつもりはあるか。そんでもってこの国の情勢って所だろ? だったら一つ頼みたい事がある、シャーム。ウチの隊に手を貸してくれねぇか? どうしたって虱潰しだから、時間が掛かっちまう。しかも相手も結構な勢力がある、だからこそお前の力が欲しい。一回こっちを綺麗にしてから、そっちの国に仲良くしようぜって声を掛けた方が絶対印象良いだろ? だから頼む、お前の力を貸してくれ」
そう言って、私の瞳を真っすぐ見てから。
彼は静かに頭を下げた。
「すげぇ滅茶苦茶な事を言っている事も、お前達からしたら知るかって言っちまえる様なお願いをしている事も分かってる。でも、頼む。最近は戦闘も激化してきて、人が足りねぇんだ。シャームの実力なら、もっともっと事態が進む気がするんだ」
今までの軽い雰囲気は何だったのかと言う程、彼は真剣に頭を下げていた。
おそらく、彼の要求に嘘はない。
そして相手の事をないがしろにしている訳ではない事が伝わって来る。
相手の理想や思想を軽んじているのなら、きっとここまで必死にはならないだろう。
彼らが歩んで来た軌跡、他の種族と戦って来た歴史。
それらを考慮して、理解した上で。
未だに引きずられる人種差別を断ち切ろうと、この人は動いているのだろう。
だからこそ、手を貸してやりたいと思った。
私も人族を恨んでいた一人だから。
彼と共に戦い、それは間違っているとは断言せずとも、他の道もあると示してやることは出来る。
そう思えたのだが。
「師匠と、相談しても良いだろうか……私一人では、決断できない」
今の私は、王命を受けている立場。
とてもでは無いが、軽々しく首を縦に振る事は出来なかった。
「あぁ、勿論だ。また夜にでも皆一緒に話し合おう。その時には、その……良い返事を期待してるよ。でも催促してるとか、断ったからどうこうって事は無いからな!? それは安心してくれ!」
「分かった。すまない、すぐに答えを返してやれない未熟者で」
「そ、そんな事は……ほんと、こっちの都合に巻き込んじまって悪かった。むしろこっちの方こそ……ん? どうした? 今俺達は結構真面目な話を……え?」
話の途中で、イリーゼ王女が無言のまま彼の袖を引っ張って来た為話題が逸れてしまった。
まぁこんな席だ、あまり真面目な話ばかりしていても幼子は飽きてしまうだろうと予想していたのだが。
彼女の抱えていた兎を見て、王子の方も完全に停止してしまった。
これは、何かあったのだろう?
思わず首を傾げながら、二人の様子を眺めていれば。
「いや、え? だって、その子はスーの契約獣じゃないのか? え?」
「わ、私も良く分からなくて……それにスーも、ニコニコしっぱなしで……えっと、良いんでしょうか?」
未だ困惑した雰囲気の二人は、王女が抱いている兎に視線が落ちる。
そして、その兎。
元々はスーが捕まえた小動物の額には、何やら紋章が浮かんでいた。
「私……この子と契約しちゃいました……何度スーに確認を取っても、頷いてくれて……それで」
イリーゼ王女の言葉を聞いて、スーに視線を向けてみれば。
こちらは完全にいつもの調子で「どうぞどうぞ」とばかりに手を動かしていた。
つまり、なんだ?
ウチに居た兎は、テイマーらしい彼女と契約を結んでしまったという事なのか?
「うおぉぉぉぉ! 一歩どころじゃねぇ! テイマーとして、ものスゲェ前進じゃねぇか!」
今まで話していた難しい話は何だったのかという程、ライルはイリーゼの成果を喜び始めた。
それこそ、彼女と兎を一緒に抱き上げ小躍りを始めるくらいに。
「で、でもこの子はスーの飼っていた動物の筈です! これでは私が奪った様な状態になりませんか!?」
「スー! スーどうなんだ!? これって不味い事だったか!? だとしたらスマン!」
そんな大声を放ちながら、王族二人が彼女に向かって視線を向けてみれば。
随分と落ち着いた様子でビルを抱っこしたスーは、ニコッと微笑み。
「へーぃ、うーさ――。イリーゼ――うーさ」
どうやら、相手に引き渡すのに抵抗は無いらしく。
本人も笑顔を浮かべながらペットを送り出していた。
テイマーや契約の事を理解しているのかは分からないが、きっと彼女にペットを引き渡す事は理解しているのだろう。
大事にしてね? と言わんばかりに兎を指さしてから、キュッと優しくビルの事を抱きしめて見せる。
本当に、この子は。
我儘を言わない上に、すぐ誰かに自らのモノを差し出してしまうのだな。
「大事に、大事にしますわ! この子、絶対に辛い目になんか合わせません! 私がしっかりと責任をもって育てます!」
なんて、決意表明をする王女が兎を抱きながらスーに近付いてみれば。
「うーさ、――。ばい、ばい」
それだけ言って、スーは一度兎の頭を撫でてからスッと手を離した。
兎の方も彼女の手を惜しむ様に擦り付いたが、スーの言葉を聞いた影響か。
離れていくその手を追おうとはしなかった。
「こういうのだよ、種族とかそういうの関係なしに、皆仲良くすりゃこういう光景が見られるんだよ」
やけに感情的になっている王子はグズグズと鼻を啜りながら、若い二人の姿を見守っていた。
だが、彼の言う通りなのかもしれない。
スーが作りだす環境は、雰囲気は。
いつだって暖かいのだ。
関わる人全てを、笑顔にしてくれるのだ。
「この子からは、学ぶことが多いな」
思わず、私も頬を緩めてしまった。
この子は命の重さを知っている。
狩りもするし、解体だって手伝おうとする。
その命を食べるという事に、抵抗を持っている様には見えない。
全て、理解しているのだ。
だとしても彼女は動物に好かれる。
その上で、他者に自らを好いた動物達を預ける。
誰にでもという訳ではない、きっと安心して任せられる相手にのみ手渡しているのだろう。
アーラムの姫様に渡したグリフォンはしっかりと育ち、ミーと呼ばれた彼女に渡したグリフォンも随分と育ったと言っていた。
そして今度はガルバリンデの姫に、また新しい命を預けた。
彼女はもしかしたら、こうして命の尊さを伝えてく天使なのかもしれないな。
自分でも何をと思ってしまうが、それくらいスーは多くの人と繋がりを取り持って行くのだ。
何たって彼女には精霊が付いている。
あながち間違いでは無いのかもしれない。
なんて事を想像してしまう程に、穏やかで緩やかな空間がこの場には広がっていた。
「私も前向きに、師匠に相談してみようと思う。人は悪意も善意もある、だが……この子を見た後では、人の優しい所を信じたくなってしまうというモノだ」
「俺としては有難いよ、マジで。でもほんと、不思議な子だな、スーは……なんて言うか、全然染まってない、真っ白って感じがする。髪の毛は真っ黒なのにな」
「可愛いだろ?」
「悔しいが、可愛い。でも俺の妹だって負けてねぇ」
「確かにな、イリーゼも可愛い」
二人揃って、間抜けな笑い声を溢してしまうのであった。
どうやらこればかりは、疑うだけ無駄な苦労になってしまうかも知れない。
だって彼は、私から見ても。
いや、どこからどう見ても。
良い“お兄ちゃん”なのだから。
妹の事が大好きで、妹の友達すら大事に出来る。
多分そんな男なのだろう。
立場がどうあれ、こんな相手をいちいち疑う方が疲れるというモノだ。
だったら、私だけでも。
師匠とリリシアが違う決断をしたとしても、少しくらいは彼の事を信用しても良いのではないか。
そんな風に、思ってしまったのだ。




