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黎明前奏そのⅡ

 ―――Archetype


 ―――アーキタイプ。


 心理学者カール・ユングが提唱した「元型」と呼ばれる概念で、人間の深層心理に共通して存在する「普遍的な原型(イメージや行動パターン)」のこと。


 神話、物語、夢などに繰り返し表れる『ヒーロー』『母』『魔術師』『影』などの型を指し、時代や文化を超えて共有される心の基盤を指すことである。


 定義として『原型』『模範』『典型』などを意味し、人間の集合的無意識の中で遺伝的に受け継がれる心像の基本パターン。


 または『固定観念』や『固定概念』とも言い換えてもいい。




※※※※※ ※※※※ ※※※ ※※ ※




 これは十二月四日から十二月十二日まで、その出来事を綴ったお話。


 ―――イントロダクション。

 とも言っていい。


 都会の灯りの下(もと)で、私は運命の人と出会った。


 それは衝撃的な出会いでもあったし、壊滅的な出会いだった。でも、もし時が巻き戻って、彼と会うことのない人生かまた彼と出会い破滅する未来を辿るんだったら、私は絶対後者ね。


 だってそのほうがロマンチックでしょう?


 これは黎明前奏。―――運命の夜の一日前。私が言えることはもうおしまいかな。いや、でも、まだあった。正直言うか迷ったことが。


 笑わないで訊いてほしいんだけど。


 ――――私、初恋だったんだよ?




※※※※※ ※※※※ ※※※ ※※ ※




 産まれたての、猿みたい。


 そんなことを言っていたように思う。


 人を殺して、ひと仕事終えて出てくる言葉がこれだった。年はもいかぬ少女が人を殺す理由づけとしてはゼロ点だ。魔術戦争の参加者だった男女を二人殺した。だけど、私の仲間だった『平塚歩』が死んだ。合計で三人。まだ見つかっていない魔術師も含めればあと、七人だ。


 これが二日前の出来事。


 そして二日後の今日―――黎明の刻。


 アーキタイプ家の本部は東京の外れにある小さな寂れた教会だ。―――錆びれて、寂れてしまっている。そんな教会。廃墟とかそういうものに近い建物―――その屋内へと入っていく。


 傷んだ内部は静寂さが辺りを支配している。神聖さとも言い換えていい。灯りがない暗夜なので当然ながら足元の先に至るまで黒曜石のように暗い。そんな暗闇を足元に気をつけながら長椅子の中心を通って―――その中央へと行く。


 窓ガラスが割れて散らばりつつも、結婚式場はこういうところでするのだろうと考えをやはり巡らせるのだ。十字架が荘厳に立ち尽くす。月明かりが照らす。そんな月明かりは割れたガラスに反射する。十字架に反射する。


 月といえば、人間の手脚みたい。


「お、先に着いてんじゃん」


 不躾に祭式場の不思議の扉は開かれる。そこには不摂生で小汚い、趣味の悪い黄色いジャージを着込んだ男。髭(ひげ)を生やしたその面(つら)に黄色いジャージは本当にミスマッチだ。どうにかならないのだろうか。


「なに、なにか良いことでもあったのかな?」


「なにもないですよ」


「まあまあ、そんなところで会話を切り上げようとしないでよ。仲間でしょ?もう少しなんてことないことでも話そうや。あっそうだ。こんなのなんてどおかな『海は5パーセントしか解明されてないため、95パーセントは未知の世界』なんだぜ。いやー凄いよね。海どんだけ広いんだよみたいな。でもさ、やっぱり95パーセントは知られてないってことはさ、人間が出会ったことのない未知の生物とか海底の底に眠ってたりするのかな。95パーセント。そういうワクワクが取り残されてる可能性があって、それを目撃できるチャンスがあるんだ。まったく海の開拓者が羨ましいよね。ま、僕はごめんどけど」


「その軽薄な口を今すぐ閉じろ」


 人を殺せるような眼光で意地の悪い男をナイフで刺すように見つめる。人殺しが何を言っているのかとでも思うかもしれないが元来、彼女は人を殺すことを好まない。彼女の人を殺すストレスは計り知れない。


「不愉快極まりない」


「―――怒られちゃった」


 舌をべっと出し小馬鹿にしたような嘲笑で男が相槌を取る。本当に人を馬鹿にしたような態度が鼻につく男だ。そこで男はポケットにしまっていたと思われる缶コーヒーを取り出す。


「これ、お詫びの印に」


「いりません」


「あー、もしかして紅茶派だった?」


「もう黙ってください」


 残念と缶の栓を開け、缶の持った腕を頂上へと掲げ、そこからコーヒーを滝のように垂らす。行動の一挙手一投足にツッコんでいたらキリがない。


「うわっ!ヌルくなってる!災厄だぜ。最悪だぜ。はぁ、今夜冷えるんだよなぁ。風邪引いたらどぉしよ。風邪を引いたときの福利厚生とかさ、アーキタイプの人たちどーなのかな?」


「温(・)め(・)直(・)せ(・)ば(・)い(・)い(・)で(・)し(・)ょ(・)う(・)。あ(・)な(・)た(・)は(・)そ(・)う(・)い(・)う(・)能(・)力(・)だ(・)」


「少年漫画風に言えば―――そうだね。僕はそういう能力だ」


 そう言うと男は特に何もするべくもなく、缶コーヒーを持っていただけだった。だが、眼が瞬く間に冷めた缶コーヒーから湯気が立ちこめてきた。まるで当たり前に、そこにあることが当たり前のように温かい湯気は上に立ち込めていた。まるで自動販売機から買ってすぐにあけたかのようだ。


「ジャッジャーン。どーよ?いい魔術でしょ。僕が魔術回路考えたんだぜ。僕のメインウェポンさ。仲間の誼(よしみ)で教えてあげてもいいっ―――ってあっつ!」


 本当にどうかしてる。この男からは知性をまるで感じられない。


「何をしている」


 威圧感を孕んだ怒気が声色に乗っている。思わず身体がたじろぐ。体中から変な冷や汗が溢れる。たぶん今まで感じたことがない、きっと狩られる獣ってこんな気持ちなんだって解らせられてるみたいな、そんな気分だ。


「あはは、敵わないな」


「すみません、死屍累さん。無駄話をしてました」


「よい、では定例会議を始める」


 こうしてアーキタイプ陣営による、定例会議が今夜開かれた。アーキタイプ陣営は魔術戦争が始まって以来、その血族から魔術戦争に参加できていない。平たく言えば選(・)ば(・)れ(・)て(・)い(・)な(・)い(・)。


 魔術戦争はどれだけ理想や幻想を振り撒こうとも、とどの詰まりは『食事』。虚星の神の食事以外に他ならない。なので世界中から質の良い魔術師を虚星の神が自ら選び抜き、食卓へと添える蠱毒のようなもの。自(・)ら(・)が選ぶのだ。


 アーキタイプ家は思想の強い宗教家器質な魔術師の家柄だ。御園家(みそのけ)のように目的のために魔術を究(きわ)めるわけでも、庵野家のように弱肉強食の実力至上主義というわけでもなく、魔術の質で決まるわけではない。虚星の神に対する教示、思想、共創、重愛、博愛、勇猛が特別視される。魔術のあり方も必然的に強さを求めるものではなく、それに則した在り方に成る。故に虚星の神の求める魔術師はアーキタイプにはいない。―――だからアーキタイプからは選ばれることはない。外の魔術師がアーキタイプ側に付く事となる。


 アーキタイプ陣営には現在3名。


 その軽薄さからは底が隠れた男。それはまるで重箱の中の果実。見え隠れする現象のような効力を秘めた男。―――富騰風夜(ふとうふうや)。


 それは旧き使徒と隣り合った過去の英傑。獰猛にして、勇猛にして、兇猛の枯れた傑物。もはや見る陰はそこにはなく、在るのは腐り落ちた泥の死に体。―――死屍累史郎(ししるいしろう)。


 アルビオン。それは白い国の成れの果て―――それは幻想郷の剣の名。それは理想郷の断崖の名。それは桃源郷の獅子龍の名。無垢な女性の美の原点。其れは―――蝋燭坂蘆花(ろうそくざかろか)。


「先(ま)ずは蝋燭坂。平塚が死んだ。お前がいたはずだろう。何故だ」


「恐れながら申し上げます。今回戦った御園家は3名でした。その中には神童とも謳われるあ(・)の(・)女(・)が―――」


「元祖帰りか……」


「元祖帰りぃー?」


「1000年ほど前の魔術師と同じ、己の魔術の鍛錬と研鑽に命を懸け、根源に至ろうとせんとする者たち―――単に言ってしまえば才能のある魔術師だ」


「正直あの女以外は敵ではなかった。だが、あの女は魔術師として若いながらも一流だ。とても受け流せるものじゃありませんでした」


「噂に訊いていた以上―――というわけか」


 御園家は魔術の探求と信仰を慮り、人類の敵を排斥する絶対守護勢力。その才能ある魔術師たちを出してきた。だが現当主である御園正十郎(ごおんせいじゅうろう)ではなく、神童と謳われる当主代行であり現当主の娘―――御園日鞠(ごおんひまり)。魔術師のエリートのような存在。


「平塚死んじまったのかよぉー。うおぉー悲しいぜ。哀しいぜ。見ろよ涙が出てきた。僕と結構、気が合う奴だったのに。悲しいぜぇー」


 そんなふうに泣いたふりをする。軽薄さ以前に人としての態度が駄目だ。平塚の話をされるとこっちもあまりいい思い出がない。そんなことを考えていたところ打って変わってニヤリと富騰は軽薄な笑みを浮かべる。


「でもよ、平塚と蝋燭坂のお陰で御園の陣営はその神童ちゃんただ1人だろ?まだ分かってない魔術師が実は御園家に与してましたーって展開がなければ、その1人だけだ」


「そうですね……」


「じゃー今、御園家は神童ちゃんただ1人。ここにいる全員で畳み掛ければ神童ちゃん潰せて御園家も潰せて―――殺りどきじゃない?」


「―――そうだな。泳がせておく意味もない」


 それぞれのやるべきことが決まった。決行は次の日、十二月四日。それぞれの作戦を携えて、奢ることも怠ることもなく作戦は万全だった。


「それじゃあ神童ちゃんを殺るって感じでまとまったんで今日はひとまずお開きということで―――さいならぁ!」


 といった相変わらずの様子でこの教会を去っていった。私は―――蝋燭坂蘆花はもう少し、この長椅子に座ってしばらく月の光を眺めていたい。


「白亜の幻想郷(アルビオン)―――またの名を堕ちた白の国……だったか」


「…………」


 異名。または二つ名。其れが表す敬称。名は体を表す。其れが―――白亜の幻想郷(アルビオン)。


「蝋燭坂、お前の刻印は何処(どこ)にできたんだ?」


「……背中側の左肩です」


「そうか……俺は右の腹部だった。序(ついで)に言うと太陽のような形状をしていた」


「あ……そうですか」


 ある意味で蝋燭坂蘆花は恐怖していた。会話が続かない、なんとも言えないやるせなさと気まずさが混在した気分だった。普段から仏頂面の男が普段しないことをするものだから恐怖してしまった。


 ―――刻印とは虚星の神が魔術師(食材)に与える印のようなもの。人間風に言うのなら家畜に焼印や烙印を押すのと同義のことだろう。


 それはそうと、死屍累史郎は語り出す。悲惨さを強調するわけではなく、ただ過ぎたことを語り出すように。


「昔、とある街でとある男が何か目的を持って出かける。この男は不運にも、沼のそばで突然雷に打たれて死んでしまうんだ。―――その時だ。もうひとつ別の雷がすぐ近くの沼へと落ちた。なんとも形容しがたい偶然に合い、この落雷は沼の汚泥と化学反応を起こし、死んだ男と全く同じの、全く同一の、同質形状の生成物を生み出した。―――この同質の生成物を沼男(スワンプマン)という。スワンプマンは原子レベルで死んだ男とまったくの同一だ。家族も、友達も、恋人も、その男が偽物だということには気が付かない。スワンプマンは男が住んでいた家に帰り、男が食べていた料理を食べ、男が寝ていたベットで床に就き、男が通っていた職場に通い、男が過ごしていた日常を過ごしていくことになる。だがスワンプマンはとあることがきっかけで知ってしまう―――自身が偽物であると。さてこの話を聞いてどう感じたか、スワンプマンという偽物を許容するか否か、私はお前に訊きたい。蝋燭坂―――」


 『何を訊かれているんだろう』と思うよりも先にひと言だけ、たったひと言の言葉が出てきた。


「どうでもいい―――」


「なに?」


 蘆花はしまったと思った。灰色の仄暗い目が蘆花を丸く見つめる。氷柱(つらら)で心臓を貫かれているような気分になる。それは、その威圧感はまるで人と相対しているような生易しいものではなく、腹を空かせた獣の前にいるようなものだった。


 『怖い』と蘆花は思った。全身の毛が逆立ち、鳥肌が歪曲するような感覚。体の細胞の繊維に至るまで生命に固執する自分に少し苛立(いらだ)ちを覚えながら、なんとか答えを間違えないように質問に答える。


「あの―――」


「よい、取り繕うな。お前の偽りのない答えを訊きたい」


 以外だった。威圧感に相反してその言葉は優しさを帯びている。私は嘘偽りのない私の考えを答えた。


「この話自体、どこから言ったものなのか分からないもので気味の悪さを感じますが問題はそこではないです」


 ひと呼吸置いて話を続ける。死屍累史郎の顔色をうかがいながらなんとか。


「偽物の許容の否ですね。―――私は意思が大切だと思います」


「意思―――?」


「はい。本物であろうとする意思。本物を知覚し、自身を偽物と知り絶望するかもしれない。男はその危うさを持ち合わせている。ですが、言い換えればそれは美しいことのようにも見えます」


「……………」


「偽物と知りながらも本物に近づこうとする泥くささ―――それが美しい」


 沼男(スワンプマン)と掛けたわけではないが。


「そのスワンプマンが本物であろうとする姿。それが、その行為が本物よりも“偽物”に価値があることたらしめる」


「………………」


「だからどうでもいいんです。何事も、そのスワンプマン自体の問題で私には関係のないものです」


「そうか……なに、気にするな。ちょっとした言葉遊びだ」


「そう……ですか」


「富騰にも訊いたんだが……偽物に価値はないと一蹴されてしまった」


「……………心中お察しします」




※※※※※ ※※※※ ※※※ ※※ ※




 その後の話をするならば死屍累さんは教会を後にした。私も一緒に帰るという選択肢は限りなく選びたくなかったのでもう少し残ると言って私は何をするでもなくボーっと恨めしく十字架を眺めていた。


 あの時―――あの時は不意打ちで二人を殺れた。だけれどあの女は既(すんで)のところで守った。自分自身を、黄金の剣を幾十と重ねて、守った。剣は私にも由来があるものだから彼女と通じるものを感じた。異質感というより同質感?のようなものだった。近からずも遠からずみたいな。そんなものを。


 不意打ちで二人を殺れたのは偶然、彼女が油断してくれていたお陰だ。逆に言えば少しの油断をしていた状態でさえ、彼女の命を取るまでには至っていない。彼女が完全に油断することなどないのだろうか。不意打ちをした挙句、一番殺したかったターゲットを逃がし、事もあろうに仲間をひとり殺されて逃げ帰る羽目になってしまった。


「神童……ね」


 それって重くない?逃げ出したくないのかな。その枷。だけど元祖帰りなんだっけか。なら魔術のために何でもしちゃうようなイカれ女だよな。でも御園家側についていた魔術師二人を殺した時、一瞬だけど表情が泣いていたような―――考えても無駄か。


 ―――憧れる事がある。いつかとある男性と恋に堕ちて。何もかもを捨ててどこまでも遠くに一緒に逃げていく。家はすごく高い山の中枢にぽつんと建つ小屋で、近くに湖があって、森があって―――って少し欲張りすぎかな。


 それで山を下りたら街があって、そこでは私たちおしどり夫婦なんて呼ばれたりして、子供ができておめでとうって言われるの。おめでとうってね。それで頑張って産んで、よく頑張ったなって言われる。そしてすくすく子供は育っていって。―――いつまでも幸せに、幸せに過ごすの。


「私もいつか湖の騎士のように―――」


 そんな情熱的な恋がしたい。







今回はアーキタイプ陣営のお話でした。

まあろくな結果を生まない連中にはなると思うんですが、頑張って運命に打ち勝ってほしいところではあります。


今回はあまりネタバレしたくないので蝋燭坂蘆花について魔術をチョロっとだけ。


白亜の幻想郷〈アルビオン〉それが彼女の魔術の名称。


簡単に言えば幻想の具現化みたいな能力。


今後は湖の騎士関係の話とかが出る予定。


そんなちょっとした関係性とかあったり、なかったり。

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― 新着の感想 ―
虚星の神が食事をするために魔術師同士で殺し合う。そして生き残った者は願いを叶えられる。順当に考えれば、生き残った者は非常に質の良い食事だから虚星の神にとってご馳走なのでは、と考えています。虚星の神にも…
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