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黎明前奏そのⅠ

 黎明の刻(とき) に語り継がれるは魔術師共々が殺し合う罪悪を呼び起こす戦争―――その名は第四次魔術戦争。


 魔術師たちによって幾度となく行われた己が利己のために赤く濡れて黒く乾いた血で血を洗う物語。


 それは耐え難い闇。


 それは度し難い醜悪。


 正視できない人の罪。


 どれほど祈りを捧げようとも、臓物を捧げようと、命を捧げようとも―――嫌悪と白痴が自らを食い潰す。

 悪人が戯れに見せる善意、聖人が気まぐれに起こす悪意、この矛盾こそが人を人たらしめる。


 ――――生きるということは善悪両方を孕むもの。


 この物語にハッピーエンドなどない。あるのは誰も幸せにならないバッドエンド。


 今宵、始まるは―――その前奏。




※※※※※ ※※※※ ※※※ ※※ ※




 天駆ける星の独奏。―――夜の東京渋谷区、人々が行き交うスクランブル交差点をある一台の車が赤信号で立ち止まっている。

 車内には黒いスーツを身にまとい車を運転する人物。それと後部座席に丸メガネをつけた学生服の男がいる。

 明らかに度数が入ってなく、伊達メガネということがわかる。その男は東京のアンダーグラウンドな広告塔を眺めている。


「最近の流行りものらしいですよ。興味がお有りですか、リスト様」


 メガネを外し、学生服の胸ポケットへとメガネを突っ込む。リストと呼ばれる少年は気怠(けだる)げな様子で前を向かず、やはり車窓から世間を眺めている。


「暇つぶしだ。クソのような情報の羅列を眺めるのは良い暇つぶしだ」


 車が発進する。臙脂色の鈍い眼光で言葉を紡ぐ。


「―――魔術戦争……か」


 魔術戦争とは血で血を洗う魔術師同士の殺し合い。参加者はそれぞれの陣営に分かれてそれぞれ勝利をつかもうと奮闘する。


 ―――このゲームを創った者。


 人間の悪意を喰らう醜悪にして、罪悪にして、俗悪の旧き支配者―――それはこの戦いの主催にして此(こ)の世の全貌そのもの、地球外の異邦者―――『虚星の神』。


 そう、魔術戦争とは虚星の神による、人間の罪科の集約を目的とした食事をするための儀式。虚星の神が選んだ10人の魔術師が東京へと集まる。


 虚星の神が望むのは九つの罪罰の魂―――では生き残った最後の“ひとり”はどうか。なぜ魔術師が命を賭してまでこの戦いに身を投じるのか。


 この戦争の勝利者にのみ与えられる特権―――願望の成就。


 極端に言ってしまえば願いが叶う。たとえ、どんな願いであろうとも―――幾億の富を築くことも、世界の法則を改変することも、人類を平らげることも。


 願えば、だが。


「それで―――なんで私を選んだ」


「それは様々な要因もありますが―――あなた様が虚星の神に選ばれた魔術師の中で“最も強い”御方だからです」


「それもそうだ―――吸血鬼が人間に負けてどうする」


 冠位十二台頭。第十一席。リスト・ノート。

 人類の敵であり、絶望を与えし者。種族の頂点に座し、500年以上生きる吸血鬼。


「然(しか) し、お前たちが送ってきた使者を首だけにして送りつけるような奴に、まあよく協力を頼もうとするものだ。お前の主はなにか?阿呆(あほう)なのか」


 「……」


 「まあよい。ところで今は何(・)人(・)だ(・)」


「貴方様を含め―――判明してるのが9名。そのうち死亡しているのが3名です」


「どこの陣営だ」


「御園家(みそのけ)が2名。アーキタイプ家が1名です」


「こちら側はゼロか…。まだ最後の一人である魔術師も見つかっていないのになかなかじゃないか」


 この魔術戦争には1つルールがある。御三家と呼ばれる人類の歴史から見て最古の魔術家―――魔術戦争参加者はその3つの陣営のどちらかに加入する。


 魔術の探求と信仰を慮り、人類の敵を排斥する絶対守護勢力『御園家』。


 虚星の神を絶対の唯一神とし、魔術戦争を虚星の神の食卓にしようとする狂信者の家系『アーキタイプ家』


 そしてまだ一度も死者の出ていない―――庵野家。実力至上主義の体現。実力主義故に前当主である自らの父親を手に掛け、才能にあぐらをかくことなく猛進を続ける―――当主は、そんな僅か16歳の少女だ。


 加入するメリットは様々な支援をしてもらえることにある。資金やその他の問題を引き受けてくれる。


 また加入しない、という選択も可能だ。その場合、すべての陣営から狙われる事となるため、ほとんどの場合この方法を行わない。


「到着しました」


 車はとある料亭の前に止まる。石造りの壁がそびえ立っている。


「当主様がお待ちです」


 リストは車から降り、案内されるままに内部へと入っていく。座敷の奥へと最終的に通される。


 襖が開かれる。


 料亭の絢爛豪華なご馳走、その先で、リストが見たもの―――白装束に身を包み、黒色のよく手入れの行き届いた流れるような長髪。黒曜のような漆黒の麗しき肌色(はだしょく)。そして透き通った、透明のような黄金の瞳。花弁のように形作られた宝石細工の髪飾り。


「貴様か。私の助勢を願う庵野家当主というのは」


「はい。リスト・ノート様、御噂(おうわさ)はかねがね聞いております」


 黄金の瞳―――冠位なる使徒であり、己が愉悦、己が快楽を求めることに取り留めがないリスト・ノートでさえ。


 それは神々しく。


 吸い取られそうになる。


 黒と白が互いに畏敬を持ちながら高め合っているかのよう。


 彼女の有様は不完全な美―――狂気と正常の混在、そして優秀と拙劣の陵辱者。


「―――私は庵野家第六代目当主」


 魔術世界の異端児。


 完全に至ることは永劫になき欠陥者。


 それ故に深い御使(みつかい) たり得る個。


 そしてこの魔術戦争の参加者だ。


「庵野桐星(あんのきりぼし)と申します」


 桐星は深々と頭を下げ頭を垂れる。それも当然だ。人間と化け物、とどのつまり吸血鬼であり人類の敵。


 人類の歩いた歴史を、人間讃歌を、陵辱した挙句に投げ捨て、己の愉悦を満たす道具としか見ていない悪鬼。


 鬼―――なのだ。


 人間と吸血鬼のヒエラルキーなんて惨状が起きるよりも明らかだ。目に移すよりも明らかなのだ。


「桐星よ。お前に問おう―――私をこの場へと呼び寄せた理由(わけ)を。事と次第によっては馳走の上に貴様の首が乗る事になるぞ」


「私の命、貴方様の前では如何様(いかよう)にでも―――ですが私の稚拙な話を聞いてからでもその判断をされるのは遅くないかと」


 リスト・ノートは思った。


 この娘、精神の在り方が人間の“ソレ”ではない。どちらかといえば私たちのような人類悪―――人類の敵のような醜悪。


 普通の人間ならば、己を殺し得る者が目の前に立ったとき、逃げるか、覚悟があるにしても一切の憂慮を抱かないなどということはあり得ない。


 然(しか)しこの娘はどうだ。自然体を表している。


 だが私の先刻の言葉にも偽りはない。この娘が私を満足させるに足るものがない限り協力関係を結ぶことはない―――と。


「申してみろ」




※※※※※ ※※※※ ※※※ ※※ ※




「私ども庵野家は実力至上主義というのはご存じかとございます。


「私は自身の野望のため前当主と、当主の座をかけての決闘を挑み―――勝利しました。


「こうして私は第六代目当主に至ったのです。


「それでも成り行きとは言えども、前当主を事の流れがあり殺害してしまいました。


「それがいけなかった。前当主の派閥に属する庵野家さまざまな縁を持つ者からの反対とバッシング。人間の悪意、醜悪、諸悪―――鼠(ねずみ)の肥溜めにも比類たり得る蟲。


「いえ、もっと単純に私は人間が嫌いなんです。大嫌いなんです。


「―――笑っちゃうくらいに醜くて、欲に溺れれば直(す)ぐに自滅してしまう脆さ。―――希望を抱きながら平和を謳うくせに戦争や紛争が止まない矛盾。単純な嫌悪。


「本当は父(当主)を殺すつもりなどなかったです。だけれど、命乞いをされて―――気持ちが昂ぶって。


「―――すみません。関係のない事ばかりつらつらと。本題に戻ります。


「幼い頃からの夢なんです。産まれ落ちた瞬間からこの世界が気持ち悪かった。感情に訴えかける人間讃歌や人が作り出した仏教における悪人正機(あくにんしょうき)その全て―――


「突き詰めれば人類史の森羅万象。


「私は願いたいのです―――人類の、それに与(くみ)する全ての焼却を」




※※※※※ ※※※※ ※※※ ※※ ※




「………………………………………………………………」


 リスト・ノートは思った。


 この娘―――所詮は人の仔だ。この娘の言うところの人類への嫌悪とやらは、推し量るに“同族嫌悪”のようなものだ。


 この娘も人類と同じように致命的な欠落を抱えている。矛盾とも言える。


 “他者がいないと生きていけない”。


 大前提、人は弱い。だから寄り集まる。人間の正体とは、互いが助け合わなければ生きていけぬ憐れな獣だ。その獣共(けものども)が形成され、人類となり社会となり国が建つ。だから人間は強い。


 科学の発展、魔術の発展が最たるものだ。たまに純粋の化け物が生まれることもあるが―――まあ、例外を数に入れても仕方ない。


 とどの詰まり共生と共存、支配と服従も突き詰めれば助け合いという名の“依存”。真に一人の人間など存在しない。


 この娘は『人類を滅ぼしたい』から、自身の庵野家を利用した―――利用できるものを全て利用しようとしている。この“私”すらも。


 ほら。


 何をするにしても“他”はいる。この娘は目的の為に庵野家というしがらみを自らに巻いている。人類と同じ矛盾を自ら背負っている。自らが嫌悪するものとまったくの同質。道化もいいところだ。


「―――くだらない」


 淡白に言葉を吐き捨てる。特に感情を込めることなく―――まるで出来の悪い遊戯でも眺めているかのように心底、種として見下したような眼差しを向ける。


「……と申しますと」


「貴様が何を志そうと私の知ったことではない。人類を滅ぼそうだから力を貸してください―――こう言いたいわけだろう」


 庵野桐星が反論でもしようかと何か口ずさみかけたが、そんなことを気にする素振りなどなくリスト・ノートは言葉を続ける。


「私は正直、ひとりでも魔術戦争に勝てる実力を有している。陣営に与するなど、己のメリットになり得ない。そこで貴様に何ができる? 貴様にできることといえばせいぜい、その首を馳走の上へと飾り付け、私をひとときでも興じさせることではないのか」


「――――ッ……」


「最期に聞こう。この戦争は最後まで生き残った者が勝者だ。―――つまり陣営内に生き残りが同士としていた場合その者たちで殺し合うのだ。仮にも私が貴様の陣営に入り、全ての参加者を殺し、残りは貴様と私のみとなった場合―――貴様は死ぬ。端(はな)から貴様は願いを叶える気なとなかったのか?」


 その問いに対して彼女は非常にドライに、何でもないことのように答えを返す。


「いいえ―――私にはあなた様を殺せる手段がございます」


 ―――殺せる、と。


 ―――彼女は確実にそう言った。


 リスト・ノートは驚愕した。吸血鬼の自身を、冠位十二台頭を正面切って殺せると言わしめる己の魔術の自信、そして、規格外の精神力。


 リスト・ノートが何よりも感じた異質さ―――それは庵野桐星の底知れない魔力。今までは抑えていたが挑発とも取れる発言の後に解放し、彼女の底しれない力は菖蒲(あやめ)や瑠璃(るり)、雌黄(しおう)と色を変貌させ続けている。―――止まる様子はない。


 リスト・ノートが感じた異質さ―――それは千変万化の魔力。魔力の“色彩”は本人の性格やその在り方に依存する。例えば熱血漢や情に厚い人物であれば“赤”等(など)である。然(しか)し、その時の感情で色が変化することもしばしばある。


 だが、庵野桐星という女は常に色が循環している。よく観察してみれば青緑(シアン)、赤紫(マゼンタ)、黄(イエロー)がそれぞれ循環し、廻っている。彼女の精神内がこのように廻(めぐ)り廻(まわ)っていると表している。


 まさに化け物に相応(ふさわ)しい。狂気を帯びているのではなく、狂気そのもの。純度100パーセントの異常者。通常ならば絶対に有り得ない魔力の在り方だ。


 リスト・ノートに1000年以上は訪れていなかった“自己の脈動”を覚える。久方ぶりに思い出した―――遠い日の、肉が踊り血の沸き立つ感覚。少年が虫取り網と籠(かご)を持って駆け抜けた情熱のような―――そんな感覚を。


 驚きで目を見開く、長々と庵野桐星を目に収める。そして口角を上げ―――


「クッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


 笑い転げる。畳の上で腸(はらわた)が捩(よじ)れるのではないかというほどにその場で転げ笑う。笑い声は料亭内の果てまで轟(とどろ)いた。


「お前は真性の阿呆(あほう)だ!イカれているとは思ったが是程(これほど)とは!千年以上を生きて是程笑ったのは初めてだ!クハハハハ!」


 笑いが止む。

 雨が降ったあとの土壌のように。


「―――桐(・)星(・)」


「良かろう。庵野の陣営に付いてやる」


「……!ありがとうございま―――」


「ただし」


 言葉を遮る。

 そして口角は上がったまま、確かに桐星を見つめ―――


「全ての参加者を始末したら必ず貴様を殺してやる」


 と言い放った。


「貴様も私を殺しに来い。手を抜くことは赦さん」


「―――畏(かしこ)まりました」


 歪で、脆くて、薄氷の上に成り立っている協定が成立してしまった。吸血鬼と人間のツーマンセル―――冠位十二台頭と異端の魔術師とのタッグチーム。


 今宵の魔術戦争―――運命の夜の前夜。黎明の刻(とき)の前奏。諸行無常の響き。黒曜と白銀は人類史を嘲嗤(あざわら)う。


 ―――第四次魔術戦争。


 それは自他を問う物語。

 この物語の終局は果敢なくも、狂おしいバッドエンド。この両者がこの物語に及ぼす影響は近くもなく遠くもない“渾沌”だ。


「ところで、一つ申し上げてもよろしいでしょうか?」


「なんだ。答えてみろ」


「なぜ学ランを着込んでいるのでしょうか?」


「―――? これが流行りなんだろう?」


「―――ははっ」

庵野桐星について。

彼女は渾沌魔術を使う魔術師です。

魔術や魔法については今後描いていくなかで設定を出していきますが。


渾沌魔術とはオリジナルの魔術を創り出すことに長けています。型にはまらないというのが強みであり特徴。ですがこの魔術、なかなかの欠陥品で、なぜかと言いますと通常の魔術よりも魔力を使いすぎてしまうという点、そして創った魔術というものが一度限りの使い捨てになる点です。


普通の魔術だと魔術を使用することに魔力を5消費するとしたら、渾沌魔術は魔術を創ることに30、使用することに5ととにかく燃費が悪いです。


しかも使い捨てなので創るための時間がどれだけ早く創ろうが最低でも数秒は必要。魔術師同士の戦いとなったらかなり致命的なので実戦にも向かないものです。


たぶん一般魔術師がこれを習うとなったらサブウェポンとして使用するか、よほどの物好きです。


ですが庵野桐星は渾沌魔術をメインウェポンとして携え、庵野家前当主をぶっ殺しています。こんな魔術を使って当主殺せる彼女はこの世界観において異常です。


それでいて、リスト・ノートを殺せる手段を持っていると言うんですから控えめに言って化け物です。


幾千もある魔術の中からわざわざ渾沌魔術を選び、そして努力を続ける。それが庵野桐星。


リスト・ノートの思考が化け物に近いというのはあながち間違いではないですね。

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― 新着の感想 ―
硬派なローファンの色を感じました。魔術師が殺し合い、生き残った者が願いを叶えるという物語はそこそこありふれたものですけど、そこで差を出すのが吸血鬼であるリストの存在なんでしょうね。そして人間性が常人の…
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