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ひ弱な辺境伯令嬢は龍騎士になりたい  ~だから精霊巫女にはなりません~  作者: のもも
第2章 ちょっと丈夫になった辺境伯令嬢のやりたい事とやるべき事

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98/101

98、食欲の秋と戒めと激流

 ルージュから1年間有効の保存魔法を教わり、生ハムの保管がしやすくなった。

 長く生きていると、役に立つ知識が増えるのだろうか・・・?

 ルージュほどでなくてもいいから、少し長く生きるのもいいかとほんのちょっとだけ思ってしまったよ。


 生ハム入りのタルティーヌはエタンに急いで描いてもらった。

 絵はお母様が値段を書き入れ、シャル兄様が一人でコピーをしてくれた。

 先にコピーしていたメニュのパンのところに生ハム入りのタルティーヌの絵を入れたら、製本職人に出してもらう。

 メニュ表が完成次第、すぐに王都に送るようバスチアンに頼んだ。

 シャル兄様は面白いからと言って、ノール本店分もコピーをしてくれたの。

 忙しくされているパトリック伯父様が、少しだけ楽になったと思いたい。




 秋の3の月に入り、今日から騎士団の部屋を借りて、お昼と夕方にパンの販売が始まる。

 明日、お父様は販売状況を確認し、その翌日には王都に向うとおっしゃっていた。

 騎士団のパン職人の育成が終わったカジミールも、ニコラとともに冬のメニュの指導で王都に向う。

 2日後には、コンスタンもノール本店に向かうと言っていた。


 今回も王都に持っていくものは多い。

 まだ王都店にオランジュとスィトロンの木を育てていないから、東側の畑で育てて収穫したものを、お父様の出発に合わせて龍の宅急便で運んでもらう予定なの。

 昨日からオランジュとスィトロンを育てて収穫はした・・・収穫はしたけど・・・ちょっと予想外なことがあった。


 ネージュは光魔法を覚えてから、機会があるごとに使いたがる。

 今回はスィトロンをネージュに頼んで、アンはオランジュを担当することにしたの。

 ネージュの魔力が少し強かったのか、あっという間に育ってしまった。


「スィトロンは収穫するだけだよ」


 スィトロンは酸っぱいからそのままでは食べられない。


「ピィピ」


 育てても食べられないから、不満だったようだ。


「グッワワァー!」


 キリーが「ネージュ!」と呼んだけど、その声は届かなかった。


「あっ!」


 驚いて声が出てしまったけど、もう遅い。

 ネージュは畑を飛び回り、光魔法を放ってペーシュとフレーズ、それにシャテニエまで育てていた。


「ピピイ」


「ググゥー」


 ・・・ネージュとキリーが嬉しそうに食べると言っている。


「・・・ネージュ」


 予想外に収穫するものが増えていた。

 シャテニエはイガがあるから、火ばさみと丈夫な靴と手袋がいる・・・バケツもいるよね。

 シャテニエ以外は、ネージュやキリーが好きなものだから、食べたかったのかもしれない。


 ・・・そう言えば、最近ネージュは凄く食べる。

 昨日と今朝は、珍しくアンの魔力も持っていった・・・もう魔力はいらないのかと思っていたけど、そうではないみたい。

 ふと茉白を思い出した。

「秋は気温も穏やかで、美味しい食べ物がたくさんあるから、つい食べ過ぎちゃう。体重が増えたかも」


「食欲の秋だからねー」


 困ったように茉白が言うと、茉白のおばあちゃんが笑いながら答えていた。

 秋は食べすぎるらしい・・・。


 あちらこちらでたわわに実っている果物は、ユーゴ達3人と屋敷の護衛3人ではどう見ても終わらないと思う。

 ジュスタンに、屋敷へ戻って手の空いている護衛と侍従に、応援を頼むよう言った。

 シャテニエの収穫もあるから、道具も用意することも伝えたよ。


 しばらくしてジュスタンが戻って来た。


「10人ほど応援が来ます」


 10人いれば、何とかなるよね。

 季節外れの大きなフレーズと、収穫には少し遅いペーシュ、それに収穫には少し早いと思われるオランジュとスィトロン。

 どれも屋敷の者以外には見せられない。

 屋敷にいる護衛や侍従でやるしかないよね。


「護衛や侍従が荷馬車にバケツや籠を乗せて、東側の畑に向うのを見たから、一緒に来たぞ」


 ぞろぞろとやって来た集団と一緒に、シャル兄様と護衛のアムールまで来ていたよ。

 暇だったのだろうか?

 折角来てくれたのだから、もちろん収穫はしてもらう。

 これで応援は12人・・・助かった。


 ネージュがフレーズの収穫を始めた。

 フレーズを収穫しているマクサンスとジュスタンの真似をして、丁寧に実を摘んでは籠に並べていた。

 キリーは空の籠を嘴で1つくわえて、ネージュのところに置いていく。

 また一つくわえて、今度はマクサンスの近く置いていた。

 一つずつしかくわえられないから、空の籠をくわえて畑を行ったり来たりしている。

 今回キリーは誰にも迷惑をかけていないのに、なぜかせっせと働いていた。

 ネージュのしたことなのに、自分が出来る範囲でお手伝いを頑張っているようだ。

 少し多めにフレーズを食べてもいいよ。あとでペーシュも食べていいからね、と心の中で話しかけてみる。



 作業がかなり進み、いったん休憩をすることになった。

 それぞれが好きなものを食べていいと伝えると、ペーシュを食べる人が多かったよ。

 今日収穫したペーシュは大きくて香りが強い・・・凄く美味しそうだ。


 護衛の中に、火魔法でシャテニエを焼いている人がいた。

 ・・・香ばしい匂いがする。

 匂いにつられたのか、何人かがシャテニエを持って集まっていた。

 まとめて焼いてあげたのかな?


「アンジェル様もおひとついかがですか?」


「美味しいそう、いただきます」


「まだ中の方は少し熱いかもしれません。お気を付けてお召し上がりください」


「うん、ありがとう」


 焼いているところを見ていたら、屋敷の護衛が1つ渡してくれた

 しかも鬼皮が割れて、渋皮もはがれている。

 中で実だけが少し動いていた。中の実を綺麗にはがしてくれたらしい。

 アンの掌ぐらいある・・・大きい。

 受け取った大きな焼きシャテニエにかぶりついた。

 外は少しカリッとしていたけど、中はホクホクしている。

 ちょっと熱かったけど、香ばしさの後に甘さがやって来た。


 ・・・美味しい。


 マロングラッセも美味しいけど、それとは違った素朴で優しい味がいいと思った。


 ユーゴとマクサンスとジュスタンの3人は土、水、風の3つの属性を持っているけど、火の属性を持っていない。

 属性はなくても生活魔法程度なら使えるけど、長く使うことは出来ないと聞いている。

 火魔法を使う機会は少ないらしいけど、こんな時に火魔法持ちが活躍するとは思っていなかったよ。

 予定外に出来てしまったシャテニエは大量だ。

 まとめて焼いて屋敷のみんなにも、食べてもらったらいいかもしれない。


「ユーゴ、屋敷のみんなの分も焼きたいの」


「今日は護衛が大勢いるので、制御しながら操作が出来るのでしたら、アン様が焼いても構いません」


「火魔法を使ってもいいの?」


「これだけ護衛が見守っていますから、問題はないでしょう」


 なんと!・・・ユーゴからお許しが出たよ。

 ユーゴ達たち護衛はイガを足で踏みつけて、実を取り出すと、手の空いていた護衛がシャテニエの鬼皮にナイフで切れ目を入れていく。

 切れ目を入れておくと、破裂して飛び散るのを防げるらしい。

 次々と流れ作業のようにバケツに入っていく。

 大きなバケツ12個が、山盛りになったところで、浅くて大きな穴を4つ掘り始めた。

 そこに枯れかけた葉と中を取り除いたイガを入れると、ユーゴ達が風魔法でイガを乾燥させていた。


「イガは乾燥させるとよく燃えるのです」


 ユーゴはそう言って、乾燥したイガの上にまた大きな葉を敷いて、シャテニエを入れていった。

 一つの穴にバケツ3つ分のシャテニエを入れるらしい。

 念の為、アンの周りは風魔法で防御すると言っていた。


「アン様は一番端の穴のところで操作をしてください。誤って火が広がっても、端だと逃げやすいです」


 ・・・逃げることも考えないといけないらしい。

 頷いてユーゴの言葉に従ったよ。

 普段火魔法を使うことが出来ないから、使えるだけいいと思う・・・ちょっとワクワクする。


 火魔法を制御しながら慎重に焼いていく。

 隣の護衛を見たらアンより火力が強そうだった。

 正面にユーゴが待機している・・・たぶん後ろにマクサンスとジュスタンがいると思う。

 後ろから風魔法の気配がしたもの。

 どこをどうやってアンを包んでいるのかわからないけど、守ってくれているようだ。

 もう少し火力を強めてみる・・・少ししたらバチバチと音がして、煙とともに香ばしい匂いがしてきた。


 ・・・バチバチと焼ける音はしているけど、いつまで焼けばいいのかな?

 しばらく焼いていたら、シャテニエの下と周りに置いていたイガが黒くなっているのが見えた。

 隣は火魔法を止めたみたい・・・ユーゴの方を見たら、頷いている。

 止めていいよ、と言う合図かな?

 とりあえず止めて、周りを見たらみんな止めていたよ。


「アン様、後は少し冷めるまでこのまま置いておきます。このまま置いて少し蒸らす感じです。ゆっくりと中まで熱が通るのです」


「ユーゴは詳しいね」


「私の領地では秋になると焼きシャテニを作りますから」


「そうだった。ユーゴの領地からもらったシャテニエの木もあったよね」


 ユーゴが頷いていた。


「ピピイ」


「ググゥー」


 今まで静かにしていたネージュとキリーが「食べる」と言ってフレーズの籠の前にいた。

 もう待ちきれなくなったようだ。


「ネージュとキリーも、シャテニエを食べる?」


「ピィ?」


「グワッ?」


 なんで?と言っているのかな?

 ネージュがフレーズを抱えた。


「フレーズがいいの?」


「ピッ」


「グワァ」


「わかった。食べていいよ」


 ネージュは水魔法でフレーズを洗って、かぶりついた。

 いつもソフィが洗っているのを見ていたから、それを真似ているのかな?

 ・・・綺麗好きな子に育っていたよ。

 洗ったフレーズをキリーの嘴の中にも入れていたけど、切っていないから飲み込むのが大変そうだ。

 ネージュの雑な好意でも、キリーは受け取るらしい。

 時間をかけて飲み込んで、また嘴を開けていたから気にならなかったようだ。

 ネージュも誰かのお世話ができるようになったみたい・・・感心したよ。


 ・・・感心はしたけど、凄く食べている。

 キリーはもういらないと首を横に振っていたけど、ネージュはずっと食べている。

 口の周りとフレーズを掴む小さな手とお腹が真っ赤になっていた。

 あれ?・・・小さな手が見えるね。

 毛で覆われていたから、毛をよけないと見えなかった手が見えている。

 もしかして手や腕だけ伸びた?・・・指らしき所は白っぽい毛で覆われているけど、黒い爪は見える。

 そのうち足も伸びてきて、黒い爪がもっとよく見えるようになるのかな?

 もっと大きくなったらどんな姿になるのだろう?


 ネージュは、ついに摘み取ったフレーズを全部食べてしまった。

 満足したのか、まだ収穫されていないフレーズを採りに行く気はないようだ。

 オランジュとスィトロンとペーシュの収穫も、1日では終わりそうにない。

 残っているフレーズと共に、翌日収穫することになった。


「あとは我々3人と屋敷の護衛3人でなんとかなります。応援は不要と伝えます」


 まだ残っている果物の様子を見て、ユーゴが言っていた。

 護衛なのにすっかり農業従事者のような口ぶりだった・・・収穫にも慣れてしまったからだろうけど。


「明日は学院に行くから、手伝いは出来ない」とシャル兄様からは断られてしまった。

 学院なら無理に手伝ってとはいえないよね。


 今日、突然収穫を手伝うことになったアムールには、ペーシュとオランジュを5個ずつ分けてあげたの。


「明日と明後日はお休みをいただいておりますから、家族と食べようと思います」


 とてもいい笑顔で言ったアムールは、大好きな弟の顔を思い浮かべたのかもしれない。


 屋敷に戻る前に、真っ赤になったネージュの体を、水魔法で包むように洗って綺麗にした。

 キリーの嘴の周りも少し赤くなっていたから、魔法で水をかけたら嘴を開けられてしまった。

 お水が飲みたかったのだろうか?

 ちょっと多めにお水を出したら、「グゲッ」と声を出していたけど嘴は綺麗になっていたよ。


 屋敷の庭に戻ってから、ネージュに「果物や植物には、許可なく勝手に育てては駄目だよ。今日みたいに、たくさんの人達に迷惑をかけてしまうでしょう」と注意をしたら、なぜかキリーがコクコクと首を縦に振っていた。

 なぜキリーが?

 ・・・肝心のネージュは反省したのだろうか?


「ネージュ?」


「・・・ピッ」


 なんとなく返事をしていたけど、今度はキリーもしっかりネージュを止めてくれるといいな。

 キリーを見たら、頷いていた。

 通じたようだ・・・キリーは本当にいい聖獣だよね。


 2日かけて収穫したペーシュとオランジュは手伝ってくれた護衛と侍従にも分けてあげたの。

 バスチアンが「後日、臨時の給金を出さなければなりません」と、言っていた。

 ペーシュとオランジュのお礼だけでは駄目だったらしい。

 日が暮れてもまだ荷馬車を引いていたから、時間外労働になると言われてしまったよ。

 翌日、畑に残っていたフレーズはキリーが運んだ籠にネージュが摘み取って入れていた。

 収穫したフレーズはネージュとキリーが、全部食べてしまったけどね。




 今日、お父様はお母様と共に王都に向われた。

 沢山の荷物を載せた、龍の宅急便も飛び立ったと聞いた。

 ルージュが作ったお薬が3種類と、高級液体のカメリアセロム、高級クリームのカメリアヌリソン。

 パトリック伯父様が頑張って作ってくれた生ハムの原木。

 希望があれば保存魔法も伝えるらしい・・・でも王族はもっといい保存魔法が使えるけどね。


 カジミールとニコラも、お父様達と一緒に出発していった。

 陛下たちが食べるかどうかはわからないけど、お惣菜パンとお菓子パンと揚げパンやブーランジェリー・マシロ店監修の学院専用メニュも作る。

 パンは各大領地の領主にも伝えるらしい。

 各領地にパン屋さんを増やしたいけど、今は王都や各領地の騎士団に販売所が出来たら嬉しい。

 あとはヤングコーンとローズ・ルージュティーの事も。

「ローズをもっと増やさなければ」という庭師ジェローの声が聞こえてきそうだ。

 そして、宿泊先のパトリック伯父様には生ハム入りタルティーヌの絵のコピーと、出来上がった冬のメニュを一冊見本で届けてもらう。

 その見本を見て、パトリック伯父様がコピーしたメニュを整えて、製本職人へ出してもらう。

 冬の準備は着々と進んで行く。




 明日は久しぶりにジルベールさんとコレットさんが屋敷にやってくる。

 お勉強会と言っても、魔法制御の訓練だけする予定だよ。

 二人は薬草のお勉強が進まないから、王都に行くまでは魔法制御の訓練をすることにしたらしい。

 液体を小瓶にこぼさず入れることが難しく、一緒に勉強をしたいと連絡が来ていたの。

 アンはクリームを容器に移すことは何とか出来るようになったけど、容器の口が広いから入れやすいだけだよ。

 液体を細く長くすることは出来たけど、口の小さい小瓶にこぼさず入れるのは難しい。

 一人で悩んでいるよりは、3人で悩みながらも訓練した方が楽しいような気がする。


 ジルベールさんが「毎回昼食をごちそうになるのは申し訳ないです。昼食後にうかがいます」と言っていた。

 コレットさんも同じような内容の連絡が来ていたから、ジルベールさんが昼食後に行こうと、伝えたのかもしれない。

 だから今回は、休憩の時に食べるおやつを作ろうと思ったの。



 午後から厨房に行くとコンスタンが待っていた。


「アンジェル様、お待ちしておりました」


 コンスタンの横でロイクが軽く会釈をしている。


「今日は簡単なおやつだからすぐできるよ」


「アンジェル様から伺っていた通り、チーズを乾燥させて粉状にしておきました。それとポムドゥテールは薄切りにして水にさらしています」


「粉チーズが出来ているならすぐ出来るね。角食パンの端っこも沢山ある?」


「ございます」


「早速説明するね。今日作ってもらうのはラスクとポテトチップだよ」


「ラスク?ですか?」

「ポテトチップ?」


 二人とも聞きなれない言葉に首を傾げていた。

 ラスクと言ったのがコンスタンで、ポテトチップ?と言ったのはロイクだから、角食パンの端っこの担当がコンスタン。そしてポムドゥテール担当がロイクかも。

 先にポテトチップの説明をしようかな。


「薄く切ったポムドゥテールは水を切って、さらに布で水分を取ってね。あとは油で揚げて、浮いてきたら取り出して塩を振るだけなの。袋があればそこにポテトチップと塩を入れて軽く振ると塩が偏らずにつくよ」


「わかりました」


 ロイクが返事をした・・・やっぱり担当だったね。

 ポテトチップは茉白の好きだったおやつの一つで、食べたら止まらないらしい。

 止まらないおやつ・・・かなり気になる。


「ラスクは2種類作るの。1つ目は浅い鍋にバターを入れて溶かしてから、一口大に切ったパンの端っこを入れて、カリッとするまで焼くの。カリッとしたらノールシュクレを入れて溶けるまでからめてね。ノールシュクレが溶けたら、容器に移して粗熱を取るの。2つ目は鍋にアイユと油を熱してからパンの端っこを入れてね。同じくカリッとしたら火を止めて、みじん切りのパセリ・・・じゃなくて、ペルシと粉チーズと塩、コショウを振って味を整えたら出来上がりだよ」


「わかりました」


「お父様とお母様にも帰っていらっしゃったら、お出ししてね」


「心得ています」


 コンスタンがカジミールと同じ返事をしていた。

 なんだかすっかり頼もしくなっていたよ。



 今日は出来がるのが早い。

 もうポテトチップとラスクが運ばれてきた。

 恒例の「試食会を始めるよ。オオォー」の合図で食べ始めた。

 ユーゴが「エールに合いますね」と絶対言うと思って、じっと見てしまった。


「アン様、ポテトチップにはヴァンルージュが飲みたくなります。チーズ味のラスクにはヴァンブランがいいですね」


「そ、そうなの?エールじゃないの?」


「エールもいいですが、ヴァンルージュやヴァンブランの方がもっと合うと思います」


 ユーゴはそう言ってまたポテトチップを食べ始めた。

 ヴァンルージュは赤ワインでヴァンブランが白ワインだったよね。

 そのお酒が合うと言った。

 アンの期待とは違っていたけど、お酒に合うのは間違いないらしい。


 マクサンスとジュスタン、コンスタンとロイク、それにフォセットまでチーズ味のラスクがいいと言う。

 アンとソフィは甘いのがいい・・・そしてお酒は飲まない・・・いや、アンはまだ飲んではいけないの、間違いだった。

 ジュスタンとコンスタンとフォセットはたしなむ程度と言っていた。

 たぶん、飲んでもカップに1杯か2杯程度だと思う。

 ユーゴとマクサンスとロイクは「それなりに」と言った・・・それなりとはどれなりなのかわからなかった。

 チーズ味のラスクは、お酒が飲める大人のおつまみになったよ。

 生ハムと一緒に出してもいいかもしれない・・・高いから今は生ハムを出さないけど。


 試食をすることで好みが分かれ、お昼のおやつにしたり夜のおつまみにしたり出来ることが分かった。

 やはり試食会は重要だと再認識し、満足して厨房を出た。




 今日はジルベールさんとコレットさんが午後からやって来る。

 昼食後エントランスで出迎えて、そのまま庭に向った。

 ソフィに小瓶を用意するように伝えて、訓練を始めることにした。

 二人とも寮で練習をしていたらしい。

 ジルベールさんはかなり細くできるようになったけど、次の小瓶に移る時に少しこぼれてしまうと言っていた。

 コレットさんは10本全てぼれてしまうから、中の水は半分しか入れることが出来なかったらしい。

 アンは一定量の水を持ち上げて小瓶に入れているつもりだけど、10本のうち5本は中のお水の量が違っている。


 早速練習を始めたけど、3人とも集中して無言になってしまった。

 ・・・これでは一人で練習しているのと同じかも。


「一人ずつ操作して、お互いに気になったところを教え合うというのはどうかな?」


「その方がいいですね。折角3人集まったのですから、意見交換をしましょう」


「そうね。アンジェルさんやジルベールさんの操作を見てみたいわ」


「私から始める?」


「お願いします。次は僕で、最後がコレットさんでいいですか?」


「私が一番水をこぼすから、最後にするわ。アンジェルさんから見せてくれる?」


「うん、始めるね」


 二人に見られるのは緊張するけど、集中しないと・・・。

 大きな容器から、小瓶に入れる量だけお水を持ち上げる。

 次に小瓶の口に合わせて水を細くして、ゆっくりと入れていく。

 1本目はうまく出来た・・・また同じようにお水を持ち上げて小瓶に入れていく。

 6本目が終わり7本目で集中力が切れた。

 持ち上げるお水の量が少し多かったらしく、小瓶から溢れてしまった。


「・・・集中力が切れて、お水の量が正確に持ち上げられなかったみたい」


「6本は凄いです。一定量の水を持ち上げて入れるほうがいいですね。僕は適当な量を持ち上げて小瓶に入れ、いっぱいになったら次の小瓶に入れるという操作をしていました。だから次の小瓶に移る時、こぼれてしまうのですね」


「私もジルベールさんと同じ操作をしていたわ。でも最初から半分はこぼれていたから、もっと水を細くしないと駄目ね」


「今日はジルベールさんとコレットさんは一定量の水を持ち上げる練習をしてみてはどう?」


「そうですね」


「私もそうするわ」


「私がいつも練習していたカップがあるの。これは小瓶と同じ量のお水が入るから、これに入れる練習をしてみて」


 ジルベールさんとコレットさんが差し出したカップを受け取って、さっそく練習を始めていた。


 アンは小瓶を6本成功させ、昨日練習した時より1本増えた。

 それでも目標の10本まであと4本もある・・・まだ時間はかかりそうだ。

 今日はジルベールさんとコレットさんと一緒にお水を持ち上げる訓練を始めることにした。


 黙々と水を持ち上げる練習をしていたら、ユーゴが声をかけてくれた。


「そろそろ休憩にしましょう」


 疲れてきていたから、休みたいと思っていたところだった。


「ジルベールさん、コレットさん、おやつ休憩にしよう。今日のおやつはラスクとポテトチップなの」


「ラスクとポテトチップ?・・・初めて聞いたわ。アンジェルさん、また新しいお菓子を作ったの?」


「角食パンの端っこやポムドゥテールを薄く切っておやつにしただけだよ」


「パンの端っこですか?」


「ジルベールさんは角食パンを食べる?」


「食べますが、ブーランジェリー・マシロ店で買う角食パンには端の部分は入っていませんが?」


「切って販売している角食パンは両端を切り落としているの」


「端のところは捨ててしまうのかしら?」


「トンカツやコロッケの衣に使うから、パン粉にすることが多いの。今日のラスクは屋敷で焼いている角食パンの端っこを使っているはずだよ。甘いのとチーズ味の2種類を用意してもらっているからたくさん食べてね」


「楽しみだわ。疲れた時は甘いのがいいのよね」


「チーズ味も気になりますが、今日は甘いものも食べたい気分です」


 ジルベールさんとコレットさんは疲れていると思う。

 集中して魔力を操作すると、疲労が大きい。

 ルージュみたいにパパッと操作が出来るようになりたいけど、あと何年かかるのだろう?

 ・・・もしかしたらお祖母さんになっているかもしれない。


 ソフィが紅茶と2種類のラスクを最初に運んで来た。


「私は甘い方が好きだけど、チーズ味のラスクがいいと言う人が多かったの」


 今日は甘さ控えめのミルクティーも一緒に用意してもらった。

 ミルクティーを一口飲んで、一口大の甘いラスクを食べる。

 ジルベールさんとコレットさんも、同じくミルクティーを一口飲んで、甘い方のラスクから食べていた。

 コレットさんの口角が上がった。

 甘いラスクは口に合ったらしい。

 ジルベールさんは続けてチーズ味のラスクを食べていた。


「どちらも美味しいですが、魔力を多く使う訓練をした後は、甘いラスクがいいです。チーズ味の方は、食べ続けてしまいそうな味ですね。うっかり食べ過ぎないように、自分に戒めが必要かもしれません」


 ・・・チーズ味に戒め・・・。


「そうよね。これは本を読みながらつまんでいると、気づいたらなくなっていたと言う危険な流れね。この激流には抗えないわ」


 ・・・危険?激流?・・・ラスクだよ?


 戒めと激流と言いながら、二人ともチーズ味を黙々と食べていた。

 美味しくて好きだと言うことだよね。


 ソフィが3つの容器に山盛りとなった、ポテトチップを運んで来た。


「ポテトチップと言うの。たぶんこれも激流だから戒めは効かないかも。護衛のユーゴはヴァンルージュに合うと言っていたけど、私たちはお茶を飲みながら食べようね」


「そ、そうですか、では遠慮なくいただきます」


 激流だから戒めが効かないと先に伝えたら、ジルベールさんが恐る恐る薄くてカリっとしたポテトチップをそっとつまんで口に入れていた。


 パリッ、ポリポリ・・・。


「・・・」


 ジルベールさんは無言だった。


「私もいただきます」


 コレットさんも恐る恐る手を伸ばて、つまんだ。

 ポテトチップをじっと見つめて、それから口に入れていた。


 パリッ・・・ポリポリ・・・


「ん?」


 またつまんで口に入れている

 パリッ、ポリポリ・・・パリッ、ポリポリ・・・。


 3回続けて、口に入れていた。

 コレットさんが目を丸くして口を押えている。


「・・・反則だわ」


 反則と言う不穏な感想をいただきました。

 コレットさんの呟きを気にした様子もなく、ジルベールさんは無言でポテトチップをまだ食べていた。


 パリッ、ポリポリ、パリッ、ポリポリ。

 パリッ、ポリポリ・・・。


 二人ともお口に合ったみたいで良かったけど・・・ジルベールさんは戒めを完全に忘れたらしい。

 食べ終わるまでそっとしておいた方がいいかな?

 そう思っていたら、ハッとしてジルベールさんがこちらを見た。


「すみません・・・美味しくて無言になっていました」


「ううん、気にしないで食べて。沢山作ってあるから、ポテトチップはお土産用に小さな木箱にも入れてあるの。帰りに持って帰ってね」


「嬉しいわ。寮でも食べられるのね」


「護衛の分もあるからね」


 コレットさんの護衛をチラッと見たら、目が合ってしまった。


「ありがとう。独り占めしないでちゃんと分けるわ」


 先に言っておいてよかった・・・またコレットさんの護衛の顔を見たら、口角がちょっとだけ上がっていた。


「アンジェルさん、いつもありがとうございます。護衛たちも喜びます」


「みんなで食べたほうが美味しいから」


「そうですね」


 ジルベールさんも嬉しそうだった。

 ポテトチップは子どもを誘惑する食べ物かも知れない・・・食べ始めたら止められない激流だ。

 ジルベールさんとコレットさんは全て食べきっていた。

 これもバケツで食べたかったよね。


 すっかりお腹も膨れた二人は「今日の訓練はもういいですね。また学院で会いましょう」と言ってニコニコして帰っていった。

 お土産用のポテトチップを入れた木箱が、一回り大きくなっていた。

 ソフィが気を聞かせてくれたのかもしれない。

 次回の更新は6月26日「99、試験の重圧と来春のメニュの追加」の予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。



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