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ひ弱な辺境伯令嬢は龍騎士になりたい  ~だから精霊巫女にはなりません~  作者: のもも
第2章 ちょっと丈夫になった辺境伯令嬢のやりたい事とやるべき事

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97、エミール様とパトリック伯父様の来訪

 北の領地は冬の1の月には雪がちらつき、冬の2の月にはどこも雪で覆われてしまう。

 猛吹雪になれば外に出られない日が続く。

 秋の2の月頃からは、冬に備えてどこも多忙になるようだ。

 外で作業する職人たちは、遅くても冬の月の1の月1週目頃までに、仕事を終わらせなければならない。

 その職人たちは雪が降り積もると、馬車や人が通る道の除排雪などの仕事を請け負って収入を得る者もいるという。


 その多忙な職人たちの一部を何とか集めて、ノール本店の温室造りと騎士団のパンの販売所と厨房の工事を依頼している。

 秋の2の月から同時に始まった工事は秋の3の月の最後の日には終わる予定だ。


 騎士団のパン職人は料理人を育成する屋敷の厨房で、お惣菜パンとお菓子パンと揚げパン作りに励んでいる。

 家が遠いものは見習いたちが使っていた部屋に、止まっているらしい。

 パン職人としての育成が始まって20日が経った。

 新たな厨房や販売所が出来るまでに、まだ1か月と少しあるけど、販売は10日後に開始される。


 パン職人や販売員であっても、身元がしっかりしている事と、身元の保証として、龍騎士団もしくは貴族の推薦状がいると聞いている。

 龍騎士になる条件と同じらしいの。

 貴族が多くいる場所では、簡単に誰でも働くことはできないようだ。

 シャルダン・デ・ローズとブーランジェリー・マシロ店も同じ条件だったよ。

 孤児院の子たちも当然、神殿長と孤児院長の推薦状を提出してもらっている。

 屋敷で働いているニコラやエタン、刺繡職人になったナディア、野菜や薬草を育てているアルマンの4人は勤勉だ。

 来年も孤児院から新しい子どもたちが入ってくるかもしれない。

 子どもたちと言ってもアンより年上だけどね。




 午後からエミール様がいらっしゃった。

 今日もサロンでお話を聞くことになったの。

 たぶんルージュが出てくることを期待していると思う。


 挨拶を終えると、エミール様は木箱から、小瓶を出してテーブルに並べていた。


「早速ですが、鑑定結果をお伝えします。薬草は最高品質でした」


「魔力が豊富に含まれていたということか?」


「おっしゃる通りです。そして薬ですが、ルニエヴェルトとフレアロスは上級薬、ポリポーは特級薬の扱いになります」


「・・・特級」


 お父様がボソッとおっしゃった。

 上級ではなく特級だって・・・今のお薬の品質とは違うとは、前回お会いした時のお話から、そうなるだろうと思った。


 ルージュは薬草を作った日から、以前のようにカメリアの木から頻繫に出てこなくなった。

 久しぶりに眠りから覚めて嬉しくて、あちこち見て回っていたらしいの。

 すっかり満足したのか、まったく姿を現さない日もあるようだ。


「精霊なんてそんなものよ」とルージュが言っていた。

「精霊は人の機微など気にしないものだ」とお父様がおっしゃっていたけど、今日は出てきてほしいと思っているみたい。


「ポリポーの薬は上級とルージュが言ったと聞いているが」


「今の薬の制度では、稀にみる良品の特級です。現在ポリポーの薬自体が存在していませんから、当然特級薬扱いになります。昔は魔力の多く含んだ良い薬草だけを採取していたようですから、現在の特級を上級と判定していたと推測されます。時代と共に薬草の品質が下がり、品質表示の変更をせざるを得なかったのでしょう」


「地の魔力をもっと上げることで、失われていた薬草が萌芽する可能性もあると言うことか?」


「根や種が地中で眠っているのなら、魔力を吸うことで育つ可能性はあると思います。山の麓の調査の許可を頂けるのでしたら。根や種の有無を調べたいと存じます」


「許可は出す・・・期待したいところだな」


「ええ・・・ルージュ様の時代のようにとまでいかなくても、今回のような品質の高い薬草が増えてほしいと思っています。もし、品質の高い薬草が取れるようになるのでしたら、品質表示がまた変わるかもしれません」


「ルージュにも、鑑定結果を聞かせてあげたいです。カメリアの木から出てくるといいのですが・・・ソフィ、ポップコーンの塩味とキャラメル味を持ってきてくれる?それとローズ・ルージュティーもね」


「直ぐに用意します」


「ポップコーンとは・・・?」


 エミール様が不思議そうに首を傾げていた。


「ルージュが好きなものです」


「そ、そうですか・・・」


「マイスで作ったものだが、エールに合うつまみに近いものだ」


「精霊が酒のつまみを?・・・好むのですか?」


 エミール様が困惑しているけど、ルージュを見たら納得するかも・・・。

 ルージュの見た目はムキムキだから、お酒がたくさん飲めそうに見えるからね。



 ソフィがワゴンを押して来た。

 エミール様の前にポップコーンが2種類置かれ、もちろんアンとお父様の前にも置いてある。

 バケツがあればもっとたくさん入れられるのにね・・・残念だよ。


 ローズの華やかな香りがうっすらと漂っている。

 ポップコーンとの相性はいいとは思えないけど、どちらもルージュの好きなものだからね。

 この匂いにつられて出てきてくれるといいな。

 ローズ・ルージュティーがカップに注がれて、エミール様の前に置かれた。


「エミール殿も、良かったらつまんでくれ。ポップコーンにはエールの方が合うが、今は仕事中だからな・・・カフェアロンジェも後で用意する」


「・・・お気遣いいただき、ありがとうございます」


 エミール様がローズ・ルージュティーの香りを楽しむように、カップ持ち上げていた。

 ゆっくりと一口飲んでまた、カップから香りをかいでいた。


「華やかな香りですが、飲みやすいです」


「香りのわりに飲んだ時の癖がないのです。ポップコーンもどうぞ。塩味とキャラメル味です」


「ありがとうございます」


 エミール様がポップコーンをつまんで口に入れた


「美味しいで・・・」

「いい香りがしているわね」


 エミール様の「美味しいです」と言いかけた時に、ルージュが現れた。

 やはりポップコーンの効果は大きかったよ。


「えっ・・・」


 エミール様がポップコーンのキャラメル味を持ったまま、固まっていた。

 今まで見たことがない上級精霊がシックスパックのムキムキだもの。

 驚くよね。


「ルージュ、ポップコーンがあるの。一緒に食べよう」


「いいわね。それにローズ・ルージュティーもあるじゃない」


 アンの隣の空いているところに腰かけて、ポップコーンを太い指でつまんでいる。なぜか小指が立つから、ついそこに目がいってしまう。


「あ、あの・・・初めまして。エミール・ガスパールと申します」


「ルージュ・カメリアよ」


「カメリア様、よろしくお願いいたします・・・・その、お茶を飲み終えてからで構いませんので、薬草の事を伺ってもよろしいでしょうか?」


「ルージュでいいわよ。薬草の事?・・・食べながらでも聞けるわ」


「ありがとうございます、ルージュ様。今回品質の高い薬草が採れ、失われていたポリポーのキノコも採取出来たことに驚いています。品質の高い薬草やポリポーはこれからもっと必要となってくるでしょう。そのために、今後も継続して採取を希望しています」


「あら、ポリポーは失われていたの?アンジェルたちと言った場所に、何本も生えていたわよ」


「そ、そうでしたか。ではキノコも採れるということでしょうか?」


「ポリポーのキノコはまだ育っていなかったわ。だからアンジェルとジルベールに育てさせたのよ。光魔法で育てると早いし、品質も上がるの」


「・・・そうですか。あの、薬は風魔法で圧縮をすると聞いたのですが、それ以外の方法でも、抽出は可能でしょうか?」


「それ以外なんて知らないわ」


「薬師は布で絞っていたのですが、薬の色が濁り品質も劣ります」


「圧縮はしているけど、水分は少し残してあるのよ。最後まで液体を抜き取りと、見た目と味を悪くするわ。それに圧縮しすぎると、回復させる成分が壊れるのよね」


「成分が壊れる?・・・・それでしたら絞る時に水分を少し残すことで、ルージュ様がお作りになった薬に近づく可能性はありますね」


「どうかしら・・・試してみたらいいじゃない」


「やってみます。ありがとうございます」


 ルージュはまたポップコーンをつまんでいる。


「これよ!これがいいのよね。キャラメル味と言ったかしら、美味しいわ」


「ルージュ、協力に感謝する。地に魔力が増えることで様々な薬草が増え品質も上がっていたようだ」


「アレクサンドルにお礼を言われるようなことはしていないわ。知っている事を言っただけよ。地に魔力が満たされれば、植物はよく育つでしょう?薬草も同じよ。ただ、魔力を多く必要とする薬草は成長が遅いのよね。だからあの時は光魔法で、とっとと育てたのよ。光魔法はよく育つから便利なの。効果も上がるからいい薬が出来ていたでしょう?」


「そのようだな。それとカメリアの実から作った液体とクリームはステファニーがとても気に入っている。友人にも進めたいと言っていたが・・・」


「種はあるわよ。ポップコーンを食べ終えたら、作ってあげるわ。大きめの容器と液体を入れる小瓶を用意しておいてね。クリームも作るから小さい容器もいるわね」


 お父様が言い終わらないうちに、ルージュが作ると言ってくれた・・・ポップコーン効果は大きいようだ。

 お父様は侍従に準備するように伝えると、エミール様が何かに期待するように目をキラキラさせていた。

 上級精霊ルージュの魔法が見られる貴重な時間だからね。


「ステファニーがカメリアの液体の事をカメリアセロム、クリームをカメリアヌリソンと呼んでいたが、他に希望があれば名を変えてもいいと言っていたが、ルージュはどう思う?」


「それでいいわよ。ステファニーが気に入っているのなら変更はしない方がいいわ」


 ルージュはお母様に、逆らうつもりないようだ。

 安寧が一番だと、知っていたよ。


 侍従が大きな盥のような入れ物を2つと、前と同じ小瓶と容器をたくさん持って来た。

 テーブルに大きな入れ物が並べて置かれると、カメリアの種がコンココン、コンコンコンと音を立てて溜まっていった。

 どこから出したのかな?


「フンヌッ!」


 ダンッ!


「フンヌッ!」


 ダンッ!


「フンヌッ!」


 ダンッ!


 前回と同様に盥の上で小指を立てた左右の握り拳を、掛け声とともに上下に振り始める。

 3度繰り返すと、種はペッタンコになって液体が出ていた。

 何度見ても凄いよね。


 今度は右の拳だけを振ると、液体だけがもう一つの盥に移動していった。

 移動した液体の半分が並んだ小瓶に入っていき、残りの液体は風魔法で水分を飛ばしてクリーム状にしていた。

 小さな容器にクリームを移動させ終わると、お父様の侍従が小瓶と容器の蓋をしていた。

 ルージュから「操作をしなさい」と言われなくて良かった・・・まだ操作が出来ないし、ましてクリーム状のものは練習すらしていなかったよ。

 ルージュと目が合わないようにして、お母様が命名したカメリアセロムとカメリアセロムを交互に眺めていた。


 カメリアセロムの小瓶が30本、カメリアセロムも30個作ってくれた。

 小瓶や容器は常に屋敷にあるようだけど、いつもは何に使っているのかな?

 ・・・不思議だよね。


「ルージュ、カメリアの種はどこから出したの?」


「あたしはカメリアの上級精霊よ。種ぐらいいつだって出せるわよ」


「妹のブランさんとロザートルさんも同じ?」


「そうよ」


「上級精霊って便利だね」


「そうかしら?」


「魔力もたくさんあって、薬草の事もたくさん知っているから凄いと思う」


「アンジェルもあたしくらい生きたら、凄くなるわよ」


「そんなに生きられないよ」


「人って残念ね」


 ・・・残念と言われてしまったよ。

 そういえば以前種を用意しておいてと言われたことがあったけど、あの時ルージュは種を出せなかったの?

 魔力が足りなかったのだろうか?


「あっ、そうそう、カメリアの木に魔力を注いでおいて頂戴。今使ったから減っているのよね」


「はい?」


 ルージュはカメリアの木から種を取り出しているの?

 結局、アンも魔力を使うらしい。

 初代王フェリクス陛下にも同じことをしていたのだろうか?・・・ちょっと気になった。


 お父様がエミール様にカメリアセロムとカメリアヌリソンをそれぞれの2つ渡していた。

 前回いらした時に、お父様から1個ずつ渡したらいいけど、エステル夫人とエミール様の奥様のカリーヌ様とで分けて使ってとても喜ばれたと言っていた。

 でもエミール様の分まではなかったらしい。

 今回は2つずつ渡したから、みんなでつやつやになるといいね。


 ルージュは「ポップコーンをお腹いっぱい食べたから、もう用はないわ」と言って、カメリアの木に戻って行った。

 エミール様は、お父様から山の麓の薬草採取の許可証を受け取ったら、採取してお薬を作るらしい。

 絞り過ぎないお薬を作ってみると言っていた。


「カメリアセロムとカメリアヌリソンの作り方で、フンヌッ!とダンッ!を見たけど、誰も出来るとは思えません」とエミール様は首を横に振っていた。

 あと「液体移動の魔法も無理です」と言っていたよ。

 人の力ではすぐにできる事ではないらしい。

 でもアンには「液体を小瓶に移動させる魔法も覚えないさい」とルージュが言っていた。


 ・・・本当にルージュのようにできるのかな?



 昨日はエミール様とルージュとで、話が出来て良かったとお父様が言っていた。

 ルージュの知識が、今後薬師や救護院の役に立ってくれればいいと思う。


 そして今日はようやくパトリック伯父様がやってくる。

 生ハムもやってくる・・・はず。

 カジミールたちに、生ハムが届くかもしれないと伝えているから、お昼からお父様たちと試食会だよ。

 生ハムは貴重で高価だから、いつものような試食会は出来ない。

 ソフィとフォセット、それにユーゴ達護衛3人とカジミールたち料理人には、交代で試食をするように伝えてあるの。

 今まで試食会を支えた重要なメンバーだから、キッチリと試食をしてもらうつもりだ。

 それとエタンにも試食してもらい、絵も描くように伝えたの。

 冬のメニュに間に合わせたいからね。




 パトリック伯父様もサロンに案内すると聞いた。

 お母様が、パトリック伯父様にルージュを紹介したいらしい。

 ローズ・ルージュティーを飲みながら待っていたら、バスチアンが「ペレトリー伯爵がお見えになりました」と知らせてくれた。


「パトリック義兄上、よく来た」


「アレクサンドル様、時間はかかりましたが、ようやく精霊のお許しがでました」


「・・・そうか」


 お父様、気の毒そうに頷くのは止めて下さい。生ハムが完成したのだから喜んで下さい。


「アンがお兄様に直接お願いをしたと聞いた時は驚きましたけど、無事に完成して良かったですわ」


「ええ、全て完璧とはいきませんでしたが、無事に届けることが出来ました」


 お母様まで心配そうに伯父様を労っていた。

 1年はかかると思っていたけど、半年で完成させるパトリック伯父様もマジ優秀だったよ。


「パトリック伯父様、こんにちは」


「アンジェル様、こんにちは。遂に完成しましたよ」


 伯父様がにっこり笑っているけど、目の下が薄っすら黒いのは疲労だろうか?もしかして心労の方だろうか?

 ・・・生ハムはやはり大変だったみたい。


「伯父様、無理なお願いを聞いて下さってありがとうございます。これで暫くは、伯父様にお願いするような新商品を作る予定はないと思います。少しゆっくりしてくださいね」


「ないと言うことですね。わかりました」


 優しい伯父様が、微笑みながらきっちりと念を押して来たよ。


「お兄様、サロンに上級精霊のルージュがいるのよ。是非お兄様にも会わせたいわ・・・出てきてくれるといいのだけれど」


「じょ、上級精霊ですか?」


「北の精霊樹に行った時に、アンの魔力で目覚めた精霊で、いずれ東の領地に戻りたいと言っている。それまでここにいると思う」


「皆様と少し会わないうちに、そんなことも起きていたのですね」


「ああ、まぁ・・・それ以外にもいろいろと・・・あったが」


 お父様が遠い目をしているよ。

 いろいろってルージュのことだよね?


「おいおい伺うことにしたほうがいいでしょうか?」


「今日は泊まっていくだろ?」


「ええ、そのつもりです」


「なら、ゆっくり話せるな」


「・・・そ、そうですね」


 パトリック伯父様はちょっと戸惑ったように目を泳がせている。

 そして何かを思い出したようにハッとして、侍従の方を見て頷いていた。

 侍従と時々屋敷に来る護衛のラウルが、大きな木箱をそれぞれテーブルの横まで運んで来た。

 ラウルが運んだ木箱の蓋を開けると生ハムの原木が1本見えたよ。


「これは見事な塊だな」


 お父様が原木を見て驚いていた。


「12本の原木を用意して作り始めましたが、最初の血ぬきや塩が甘かったのか、まず3本が駄目になりました。風魔法で乾燥させる段階で、精霊の許可が出ない肉が3本。完成した原木は6本です。全部だめにする覚悟で作り始めましたが、半分が完成したことに、安堵いたしました。本日は2本持参しています。残りの4本は店の分として屋敷の倉庫に保存しています。翌月にも4本完成予定です」


「自領や店の管理がある中、よく頑張ってくれた。アンの要望に応えてくれたことに感謝する」


「お役に立てて何よりです。新しいことに挑戦するのは、楽しかったです。原木が出来たことで、何とも言えない達成感を味合わせていただきました。生ハムはどのようにして食べるのか、楽しみです」


「伯父様、ありがとうございます。1年はかかると思っていたのに、半年で仕上げるなんて驚きました。伯父様を尊敬します」


「昔から勤勉でしたもの。私もお兄様をいつも尊敬していますわ」


「こんなに喜んでいただけるとは・・・頑張った甲斐がありました。こちらこそ、良い仕事させていただきありがとうございます」


 珍しく伯父様が照れていた・・・ちょっとお耳が赤いよ。


「お父様、早速試食会の準備をしてもいいですか?」


「そうだな。タルティーヌにすると言っていたか?」


「はい、お店にはタルティーヌの他にサラダに入れて出そうと思います。今日はお店には出さない物も準備します」


 生ハムの入った木箱はマクサンスとジュスタンが受け取り、アンと護衛たち3人で厨房に向かった。


 厨房に行くと、カジミールとコンスタンが珍しく揃っていた。


「カジミール、コンスタン、生ハムの原木が届いたよ。最初は、白ワインじゃなくて・・・えっと、ヴァンブランと一緒に、出来るだけ薄く切った生ハムを一口大に揃えて出してくれる?」


「これが原木と言うものですか?・・・凄いですね。す、すぐに用意します」


 カジミールが目を丸くしていた。

 食べたらもっと驚くかも。薄く切った生ハムは口の中でとろけるらしいの。

 大人は最初にヴァンブランとともに楽しんでもらうのもいいかな?


 すごく楽しみにしていたから、期待しちゃうよ。

 お酒は飲まないけど・・・。


 次にサラダが2種類。

 野菜サラダと生ハムはアイユの効いたドレッシングをかけてもらう。

 レザンとオランジュとトマートと生ハムのフルーツサラダは、甘みのあるドレッシングにしてもらった。

 タルティーヌは生ハムとチーズとラディロン。

 果物は季節外れの物も用意しておいたの。

 本来なら春に採れるフレーズ。

 夏に採れるペーシュ。

 今が旬のポワールとミュスカ。

 秋の3の月から冬に採れるポム。

 この果物を一口大に切って、生ハムを乗せる。

 お酒のおつまみみたいだけど、果物との組み合わせは子どもも食べてもいいと思うの。

 ちょっとだけだから、いいよね。


 茉白の世界ではメロンと言う果物に生ハムを巻いていたけど、メロンはまだ見たことがない。

 あるもので代用してみることにしたの。


 作る内容を伝え終わると、カジミールが切った超薄い生ハムを、コンスタンとロイクとニコラが見つめていた。


「サロンで待っているからお願いね」


 声を掛けたら、3人がハッとしたようにアンを見て頷いていた。

 にっこり笑って厨房を出てきたけど、大丈夫かな?


 サロンに戻ると、パトリック伯父様の前にルージュが作った、高級液体のカメリアセロムと高級クリームのカメリアヌリソンが置かれていた。

 カサンドラ夫人と成人したばかりのミレイユ様が喜ばれると思う。

 お父様とお母様は、パトリック伯父様に薬草やお薬の話までしていたよ。

 パトリック伯父様が目を丸くして頷いていた。


「目まぐるしい日々を過ごされていたのですね・・・」


 お父様とお母様を労うように言っていたけど「私は生ハム作りだけでよかったです」と小さな声でしみじみと言ったのもちゃんと聞こえていたよ。

 学院のパンの事やお店の温室の事も既に聞いていたらしい。


 しんみりとした空気が漂っていると、侍女がヴァンブランと生ハムを運んで来た。


「最初はヴァンブランと生ハムです」


「飲みながら食べるのか?」


 お父様はお酒が出てきたことに驚いていたけど、お酒に合うらしいの。

 アンはレザンジュースだけどね。


「このように薄く切った生ハムをそのまま食べるのですね」


 生ハムを作った伯父様が食べ方も知らずに作ってくれたけど、食べ方も説明しておけばよかっただろうか?

 今日食べたら、次回から味を思い出しながらどんどん作ってくれるはず。

 塩分が多いからたくさん食べてとは言えないけど、喜んでくれればいいと思う。


 野菜サラダと果物のサラダが運ばれてきた。

 これはアンも一緒に食べられるから嬉しい。

 生ハムの塩味と果物の甘みがお口の中で混ざり合って、すごく美味しい。


 すぐに生ハムのタルティーヌと生ハムを乗せた果物も運ばれてきた。

 フレーズとペーシュなど、季節外れの果物を今日の為に育てておいたの。


「あら、フレーズとペーシュもあるのね。さっきのサラダも美味しかったけど、果物と一緒にそのまま食べるのもいいわね。」


 お母様が嬉しそうに食べていた。


 屋敷の護衛やユーゴ達も試食をしてもらうから、パトリック伯父様の侍従や護衛のラウルにも隣の部屋で食べてもらっている。

「ユーゴ達も交代で食べるから、一緒にどうぞ」と声をかけたの。

 パトリック伯父様の護衛のラウルが凄く恐縮していたけど、お母様が「せっかくの機会だから食べておいたらいいわ」と伝えたら、了承していたよ。

 やはりお母様には逆らえない特殊な魔法はまだ解けていないようだ。


 パトリック伯父様は明日の午前中に帰ってしまうらしい。

 お父様が「苦労して作った生ハムだから、屋敷の分とパトリック義兄上の分の2つに分ける」とおっしゃった。

 残りの1本は王都に行った時に大領地の領主が希望すれば3等分して販売するらしい。

「パトリック義兄上の労力と時間は無料には出来ないが・・・王族は別だ」と何かを考えるような遠い目をしておっしゃっていた。


 パトリック伯父様が帰られる時に、メニュの絵のコピーを先に持って帰ってもらい、生ハム入りのタルティーヌの絵は、お父様が来月初めに王都へ向かう時に、持って行くことになった。


 秋の3の月から、騎士団で部屋を借りてお惣菜パンの販売が開始される。

 その様子を確認したら、翌日には王都に行くとお父様がおっしゃっていた。

 いずれ王族の耳にも生ハムの噂が届くから、その前に献上しておいた方がいいらしい。

 冬の1の月には追加で作った原木が出来上がるから、ノール本店分の原木を1本王族用に持って行くことになった。

 お店の分は当面心配がいらないとパトリック伯父様が言っていた。


 そんな話をしていたら、ルージュが食べ物の匂いにつられて出てきた。

 生ハムのことを説明したら、生なら保存魔法をかけておいた方がいいと言って、魔法の操作を教えてくれた。


 保存魔法は王族にだけ伝えられた秘密の魔法だよね?

 アンたちに教えてもいいの?


「アンジェル、王族の保存魔法は特殊なの。何百年も効果が保てるの。あたしが知っている保存魔法は、そうね・・・最初の雪の月から暑い月を超えて次の雪の月くらいまでの弱いものなのよ」


 アンはまた口に出ていたらしい。

「そうね」と言って人差し指を割れた顎にあてていた。

 割れた顎ますます深くならないのか、また心配になったけど、それより保存魔法で生ハムが雪の月から翌年の雪の月までの1年間も保存できるのは助かる。

 特に夏の王都は気温が高いから、保存魔法があれば安心だよね。


 水と風の魔法を同時に使う、それほど難しくない操作だった。

 これで生ハムが乾燥したり腐ったりしなくて済むね。

 新しいことを覚えることが好きなパトリック伯父様は、目をキラキラさせて操作していたよ。


 ルージュとパトリック伯父様に感謝を・・・。

 次回の更新は6月19日「98、食欲の秋と戒めと激流」の予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。



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