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ひ弱な辺境伯令嬢は龍騎士になりたい  ~だから精霊巫女にはなりません~  作者: のもも
第2章 ちょっと丈夫になった辺境伯令嬢のやりたい事とやるべき事

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96、学院のパン

 昨日、ジルベールさんとコレットさんが、薬草の知識を得たり、薬を作るための魔法の操作を学んだりしたいと言っていた。

 すっかりルージュの影響を受けてしまったみたい。

 ジルベールさんは、助けを呼べないような場所で大怪我をした場合、ポリポーのお薬が手元にあれば助かると考えていた。

 光魔法を持つ人は、人のために使わなければならないと、思っているのかもしれない。

 ジルベールさんのお祖母様のセリーヌ様が精霊巫女様だったから、その影響もあるのかな?


 アンは光魔法を持っているのに、精霊巫女にはなりたくないと今でも思っているの。

 人を助けるとか、誰かの役に立つとか、深く考えてはいなかった。

 キラキラと光る龍を初めて見た時から、龍に乗って自由に飛び回りと思ってきた。

 あの頃はいつも熱を出して出歩くことができなかった・・・だからその気持ちが強かったのかもしれない。

 龍に乗る事への憧れは変わらない・・・それとパン屋さんを各領地に作りたいと思っているの。

 そして龍に乗って各お店に行きたい。

 救護院の治癒師や薬師になりたいとは思っていないけど・・・将来の夢や希望があると言うことは、素敵なことだよね?


 グー様に言われたやるべき事もある。

 その為に今後どのような準備が必要なのか、ベルリュンヌ様に会わなければならない。

 いつお会いできるのかもわからないけど。

 50年ごとの夏の月は魔力が満ち、フレーズのような色の満月になる。

「リュン・ドゥ・フレーズ」と言っていた。

 51年目のメテオール祭に満月が出る・・・「リュン・ドゥ・フレーズ」はいつ出るのだろう?


 魔力は弱まり、結界も消えそうになっている。

 しかも精霊王レスプラオンデュール様は間もなく消えるとグー様が言った。

 各領地を魔力で満たし結界を強固にしていく事と、新たな精霊王を迎えなければならないと・・・。


 フー・・・。


 思わずため息がこぼれてしまった。

 ジルベールさんやコレットさんがやりたいと思っている事を、キラキラした目で楽しそうに話していたから、ちょっと自分の事を振り返ってしまったよ。

 とりあえず今は、学院のパンのことを考えよう・・・。


 学院の食堂は各領地の寄付金で一部が負担されている。

 だから、学院証を見せると安くなる。

 半額だよ・・・凄いよね。

 パンは2個で小銅貨3枚、紅茶は銅貨3枚、具入りスープは銅貨3枚だけどパンが2個付いてくる、お肉とスープをまとめて買うとこれもパンが2個付きで銅貨7枚・・・合わせて買うとパンは無料になっている。

 ブーランジェリー・マシロ店のパンの価格を下げたとしても、街のパン屋さんの売り上げが減るだけではなく、学生にパン代がかかってくる。

 柔らかいパンを売るのは無理だったよ。

 かといって無料提供までする理由はない・・・安いドーナツも考えたけど、お金がかかることに変わりない。

 ・・・何かいい方法はないだろうか?

 街のパン屋さんの売り上げを減らさない方法・・・。



「ソフィ、お願いがあるの」


「な、何でしょうか?」


 ソフィの背筋が伸びたよ。

 今回は少し無茶なお願いになるかな?


「学院にパンを卸しているパン屋さんから、学院用パンを20個・・・ううん、30個買ってきてほしいの」


「30個ですか?」


「うん、ちょっと試したいことがあるの」


「・・・どこのパン屋か調べて見ますが、数が多いようですから予め予約が必要なるかもしれません。確認をしてみます」


「明日の午後に使えるかな?買えたら厨房に届けてほしい」


「もし・・・購入可能でしたら、カジミールにも伝えておきますが・・・」


 ソフィが戸惑っているように感じる・・・あまり出歩くことがないから、屋敷の外へ出るのは気が進まないのだろうか?

 それでもソフィは「出かけてきます」と言って部屋を出ていった。


 ソフィが戻るまでに、価格が安くてお腹いっぱいになるものを考えてみよう。

 カジミールは燻製肉を入れない焼きそばパンやナポリタンパン、それにポムドゥテールは価格が低いからポテトパンも試作してみると言っていた。

 学院のパンは少しパサついて固めだから、お惣菜パンにしても食べにくいかもしれない。


 カジミールとコンスタントは交代で騎士団のパン職人の育成に関わっている。

 学院のパンを試作している時間はあるのかな?

 とりあえず価格が安いと言っていたポムドゥテールを使うことも検討してみよう。

 お腹が膨れるものは・・・ポティロン?

 野菜だけど、使えるよね?

 マイスは小麦と同じ穀類と言われているものだから、これもお腹が満たされるはず。

 マイスは季節限定品になっちゃうけど、まずは試作をしてみよう。


 ポティロンは茉白の世界ではカボチャと言われていたけど、こちらの世界の4分の1くらい大きさだった。

 ジャガイモとカボチャは1年を通して食べられていたから、保存できるということだよね。

 こちらの世界にも冷蔵庫が出来たから、長期保存は可能なはず。

 それに今はポティロンの収穫時期だよね。

 あれ?・・・ポティロンが食事に出てきたことがあったかな?

 うーん・・・。


 ・・・・あっ、思い出した。

 あの時は確か、初めてシフォンケーキを焼いてもらった日だった。

 シフォンケーキが焼き上がって冷めるのを待つ間、厨房の食糧庫の見学をした。

 そこに大きなポティロンが丸ごと置いてあったのを見たよ。

 それからソバージュカナールと言う魔物のお肉を焼いた時に、一緒に焼いた野菜の中にポティロンがあった。

 その時に初めて食べたと思う。

 確かに食べたけど・・・食べたのはあの時1回だけだったような気がする。

 普段はあまり食べない物なのかな?・・・カジミールに会ったら確認してみよう。


 ドアがノックされフォセットが扉をあけると、出掛けたはずのソフィがもう戻って来ていた。


「アン様、申し訳ありません。今日はお店に行くことが出来ませんでした」


「何かあったの?」


 ソフィに尋ねると、フォセットが前に出てきた。


「私がソフィに侍女長のブリジットさんに話を通すよう伝えました」


「フォセットが?」


 ソフィがアンの用事で出掛けることに不安を感じて、フォセットに伝えたらしい。

 話を聞いたフォセットは、侍女長のブリジットに報告するように伝え、ブリジットの許可が下りれば、どこのパン屋さんかをバスチアンに確認してもらったらいいと助言したと言う。

 ソフィはすぐにブリジットの所に行って話をしたら、パンを買うことを止められ、物事の順番を考えなさいと注意をされたそうだ。

 ブリジットはパンの件をお父様に伝え、お父様からアンに話をすることになり、後から呼び出しがあるとの事だった。

 アンがパンを買ってきてほしいと言い出した時に、ソフィが引き受ける事なく、お父様から許可をもらうように伝えるべきだったらしい。

 テールヴィオレット家が、ブーランジェリー・マシロ店というパン屋さんを経営しているのに、街のパン屋に侍女が行って、テールヴィオレット家の名前でパンを30個も予約をするのはおかしいと言われたそうだ。


「買ったパンをどうされるおつもりだったのか、何か考えていらっしゃって、他店のパン屋を利用することになったのか、そのことはアンジェル様自身でアレクサンドル様へ相談すべきことなのです。許可が下りれば領主様、もしくは代理人が街のパン屋へ交渉するのですよ。注文はその後です」とブリジットに諭すように言われたらしい。


 ・・・言われてみて初めて理解した。

 自分のお店でパンを売っているのに、少し品質を落としたパンを30個も予約すれば、何かあるのかと疑われてもしかたない。

 逆の立場になった時に「マシロパンを違うパンにしました」と、突然言われたら驚くし怒るかも。


 ・・・アンの考えが足りなかったよ。


「私の配慮が足りませんでした。申し訳ありません」


 ソフィが申し訳なさそう謝り、頭を下げていた。


「ソフィ、頭を上げて。アンがお父様にお話をせずに先走ったから・・・ソフィは悪くないの。これからお父様にお話しするから、お父様のご都合を確認してくれる?」


「は、はい、すぐに確認してきます」


 ソフィが扉に向かって歩き出したら、扉をノックする音がした。

 ソフィが開けると、バスチアンの声が聞こえてきた。


 ・・・もうお父様から呼び出しがきたようだ。


「アン様、アレクサンドル様からお話があるそうです。すぐに書斎に来るようにとのことです」


「書斎に?・・・すぐ行くと伝えてくれる?」


 ・・・やはり呼び出しだったよ。

 執務室ではなく書斎だったよ・・・お説教かな?


 そっとため息を吐きながら、書斎に向うとお父様とお母様が向かい合ってお茶を飲んでいた。

 くつろいでいるように見えるけど、お説教ではなかった?

 ブリジットもいるよ。


「お父様、お話しがあると伺いました」


「ああ、お母様の隣に座りなさい」


「・・・はい」


 言われるままにお母様の隣に座ると、ブリジットがお茶を入れてくれた。


「ブリジット・・・今日は止めてくれてありがとう、配慮に欠けた行動だったと反省してるいの。だから・・・ソフィを叱らないでね」


「アンジェル様、ソフィはまだまだ学ばなければならないことが多いようです」


「・・・アンのせいなの」


「人は間違えることもあります。それを失敗と思うか、学びと思うかです・・・後はアレクサンドル様とステファニー様とでお話をしてくださいませ」


「・・・はい」


「では、失礼いたします」


 ブリジットは微笑みながら下がっていった。

 書斎では3人でお話をするらしい。


「さて、アン。何を考えたのか聞かせてくれるか?」


「・・・学院のパンをもっと食べやすくしたいと思っていましたが、ブーランジェリー・マシロ店のパンを改良しても値段が折り合わないとわかりました」


「・・・そうだな」


「学院のパンは組み合わせて買うと、無料です」


「ああ・・・食堂の料理は一部が寄付金で負担しているから、まとめて買うとパンに金がかからないようになっている」


「そこで、マシロ店のパンではなく、元々あるパンを利用して見た目を変えたパンとスープとお肉をつけて、小銀貨1枚と銅貨4枚で販売したいと考えました。学生は半額の7銅貨のままです・・・お父様はパン屋の妨げにならないようにとおっしゃいましたが、マシロ店のパンを安く売りなさいはおっしゃっていませんでした」


「・・・確かに言っていない」


「試作品を作ったら、連絡しなさいとおっしゃっていましたから、先ずは学院のパンが必要だったのです・・・でも、私が相手のパンを使って勝手に見た目や風合いを変えることはいけないことでした。相手の了承を得るべきでした。そのためにはお父様の許可が必要で・・・ごめんなさい」


 深々と頭を下げて、膝の上の拳を強く握ると、お母様がアンお手を掴んで指を広げようとしてくれた。


「アン、そんなに強く握ると掌が痛いでしょう?」


「・・・お母様」


「ソフィが不安に思ったらしく、フォセットに相談後ブリジットに伝えたと聞いている。外部に迷惑を掛けることはなかったが・・・周りは慌てたようだな」


「・・・ごめんなさい」


「反省しているのなら、今回のアンの行動に関してはこれ以上言うつもりはない・・・だが見た目や風合いを変えたパンの事を、相手のパン屋にはどう伝えつもりだったのだ?」


「パンはそのまま学院に卸してらうつもりでした。ブーランジェリー・マシロ店監修と言うことで、学院専用の新しいパンメニュにしようと考えました」


「ブーランジェリー・マシロ店監修?」


「そうすれば、パン屋さんの売り上げは減りません。学生も今まで通りの値段で買えます」


「もし、パン屋がそのパンを店でも売りたいと言ったらどうする?」


「価格はお店の人が決めて売ってもいいと思っています。ただ、学院専用パンとして販売してほしいです。マシロ店のパンとは材料も見た目も違います。当然価格も違います」


 お父様は何もおっしゃらす、目を瞑って腕を組んでしまった。

 お母様はアンの耳元で「大丈夫よ」とおっしゃってくれた。


 少し間があって、お父様は腕を下ろしてアンの方を見た。


「・・・パン屋と交渉しよう」


「あ、ありがとうございます」


「良かったわね」


 お母様もほっとしたように、微笑んでくれた。


「心配をかけてごめんなさい」


「話を聞いた時には驚いたわ」


「・・・ごめんなさい」


「アン、試作品のパンは30個と聞いているが間違いないか?」


「最初の試作兼試食分として30個です。パン屋さんにも試食をしてもらった方がいいと思っています。その時は改めて注文してほしいです」


「パンが届いたら連絡する。カジミールにもその旨を伝えておくが、今は騎士団のパン職人の指導もあって、忙しい。あまり面倒な料理にならないようにしなさい」


「以前に作ったことがあるものばかりですから、問題ないと思います」


「学院の食堂にも美味しいメニュが増えるのね。喜ばれると思うわ」


 お母様は学院のメニュが美味しくなることに賛成らしい。


「そうだといいのですが。材料はミルクと水を合わせてみたり、お肉は塩味だけだったりと少し単純な味になります」


「それでも美味しいと思う学生は多いはずよ」


「喜んでもらえるといいのですが」


「先ずは試食してからの判断だな。それと薬草と薬だが、来週中にエミール殿が来ると連絡が来ていた」


「アンもまた同席してもいいですか?」


「もちろん、同席してもらう」


 もちろんと言われたけど、お薬を作ってとは言われないよね。

 その時はルージュを呼ぼうかな?


 お父様はパンの事でアンを叱ることはなかった。

 少し悩んではいたようだったけど・・・外部にまで迷惑が掛からなかったからかな?

 ソフィの機転とフォセットの誘導のおかげだよね。

 ブリジットもありがとう。

 事情を聴かれたあと、お話が進んで良かった。

 ホッとして書斎を後にした。




 お父様が、パン屋さんとどんな交渉をしたのかわからないけど、3日後にパンが届いたと連絡が来た。

 お仕事が早くてびっくりしたよ。


 お父様のお話によると、パン屋さんは比較的大きなお店を街の中心に構えていて、男爵家や商人など比較的裕福な家庭が買って行くパン屋さんだと言っていた。

 学院には貴族も多く通っているため、そんなに品質の悪いパンではなかったらしい。

 アンたちはフワフワの白いパンに慣れていたからね。


 早速、午後から厨房に行く事にした。

 ユーゴ達護衛も3人揃っているけど、学院のパンの試食会だからあまり期待しないでね。


 厨房に行くと、コンスタンとロイクしかいなかった。

 カジミールとニコラはパン職人の指導のため、今回は不在らしい。


「アンジェル様、お待ちしていました」


「コンスタン、忙しいと聞いていたけど、疲れていない?」


「カジミール総料理長と交代できちんとお休みを頂いていますから、大丈夫です」


「良かった。今日はフレンチトーストとサンドウィッチ、それにスープを作ってもらうの。それと塩唐揚げもね。マイスとヤングコーンもある?」


「今が旬ですから、たくさんあります。どれも作ったことがあるものばかりですね」


「作り方が少し違うの。フレンチトーストはミルクとお水を使ってほしいの。ノールシュクレも少なめにして、ハチミツを入れてくれる?」


「水とハチミツですか?」


「うん。値段を下げたいの。小銀貨1枚と銅貨4枚で、パン2個とスープとお肉の組み合わせにしたいから、材料は出来るだけ節約しようと思って。かかった費用はバスチアンに計算してもらうから、ひと通り作ったら試食会に参加するように伝えてあるの」


「わかりました。バスチアンさんの分も含めて作ります」


 今日はパンとスープをそれぞれ3種類作ってもらう。

 1つ目は、お水で割ったミルクと卵とハチミツで作るフレンチトースト。

 2つ目は、薄く切って軽く焼いたパンにバターを付けずに刻んだ燻製肉と薄く切ったチーズとラディロンに塩のみ振る、タルティーヌ。

 端っこなどの形の崩れた燻製肉は比較的に安く手に入る。それを刻んでハーブとコショウで味付けしてもらうの。

 3つ目は、茹でたポムドゥテールを潰して薄きったソーセージを入れる。マヨネーズと塩とコショウで味付けしてレチュも入れて、薄く切ったパンで挟むポテトサラダ風サンドウィッチにする。

 レチュはレタスのような葉っぱで、屋敷でもサラダでよく出てくる。

 スープはポムドゥテール、ポティロン、マイスの3種類。

 どれも大きめの塩唐揚げを1個付ける。

 塩唐揚げはコロッケやハンバーグなどの日替わりに、いつかしたいと思っているの。

 唐揚げは一日1個なら毎日食べても飽きないと思うの。

 しばらくはこれで我慢してもらおう。


 パンは30個。

 今日の試食メンバーにはバスチアンも加わる。

 アンが3種類のパンを全部食べるのは多いからソフィとフォセットで分けることにしたの。

 料理人が2人、護衛が3人だから試食会のパンは21個使う。

 夕食にはお父様とお母様と新しいものを作った時には絶対いるシャル兄様とで、試食会と同じように、3人に3種類を食べてもらうから、パンは9個。

 合計額30個でピッタリだったよ。

 お母様に3個のパンは多いから半分にして出してもらって、残り半分は試食用にカジミールとニコラで一口ずつでも食べてくれればいいかな?


 試食品が出来上がったころにバスチアンが来た。

 一緒に食べようと言ったら、酷く遠慮されてしまった。

 今日は試食会だから、計算だけではなく試食の感想も聞きたいと伝えて、やっと頷いたよ。


「今日は学院の新しいメニュの試食会だよ。オオォー」


「オオォー」


 ロイクが声とともに拳を顔の横まで上げている。

 バスチアンがギョッとしてアンを見て、そしてソフィとフォセットの顔を見た。

 今日はフォセットも拳を作っていた。

 ソフィも拳を作っていたから、フォセットも慣れてきたようだ。

 今はコンスタンや、苦笑いしながらもユーゴやマクサンスとジュスタンも拳は作ってくれるようになった。

 誰もが拳を顔の横に上げてくれるようになったのだから、バスチアンも拳くらいは作ってくれてもいいと思うの。

 早く慣れてね。


 バスチアンを除くみんなの拳を見て満足したから、まずは小さなカップに入ったスープを飲んでみた。

 小さなカップはアンだけだよ。

 アン以外のメンバーや学院で使っているカップとほぼ同じ大きさで飲んでもらうことにしたの。


 最初はポムドゥテール・・・美味しい。夏は冷製スープにしたらいいかも。

 次にポティロン・・・少し甘みがあってこれも美味しい。これからの寒い時期にはお腹も温まりそうだね。

 最後はマイス・・・これは文句なく美味しい・・・新鮮だったのか、マイスの甘みがしっかり感じる。

 マイスは冷凍保存したら、1年を通して出せないだろうか?


「コンスタン、マイスは冷凍しても美味しい?」


「冷凍ものでも美味しいですが、コクと甘みが少し落ちます。材料費に余裕があるなら生クリームやバターなどを入れてコクを出すといいかもしれません」


「バスチアン、材料費の追加は出来る?」


「後ほど計算してみましょう・・・それにしてもどれも美味しいです。今の学生は幸せですね」


「バスチアンは学生ではないけど、このメニュを食べたから幸せになったでしょう?」


「アンジェル様、私はこちらで働くようになってから、ずっと幸せです」


 ニッコリ笑って答えてくれたけど、学生時代は幸せではなかったのかな?


「早くに父が精霊の地に旅立ち、年の離れた兄が15歳で当主になりました。アレクサンドル様の御爺様が何かと気にかけてくださり、助けていただいたのです。そのおかげで私は苦労することなく学院も卒業出来ましたから、卒業後すぐにこちらで働かせていただきました。少しでもテールヴィオレット家のお役に立ちたいと願っていましたから」


 アンの心の声が聞こえたのだろうか?バスチアンはニコニコしながら突然家の事情を話し始めて、ちょっとびっくりした。


「バスチアンのやりたい事が叶っていたなら、幸せだね・・・良かった」


「ええ、そうですね」


 またにっこり笑っていた。

 アンもつられてにっこり笑ってしまったよ。


 目の前に並んだパンの中から、最初にフレンチトーストを選んで食べてみた。

 ちょっとコクが足りないような気が・・・しないでもない。

 でもパンはしっとりして食べやすい。

 周りを見れば、何事もなく食べているように見える・・・たぶん大丈夫・・・いける。


 次にタルティーヌを食べてみた。

 パンにバターを塗っていないけど、燻製肉とハーブとチーズで味がしっかりしていて食べやすい。パンを少し焼くことで、パンの表面がカリッとしているから、これはこれで美味しいかも。

 ポティロンのスープとも合うと思う。


 最後はポムドゥテールのポテトサラダ風サンドウィッチ。

 ポテトサラダとレチュを挟むことでパンの内側がしっとりしている。これは文句なく食べやすい。パンの内側に黄色くて辛いムータルドを塗って食べたい人もいるかも・・・一般の人が食べる時は、ムータルドを付けますかと聞いた方がいいのだろうか?


「ユーゴはポテトサラダ風サンドウィッチにはムータルトが塗ってある方がいいよね?」


「個人的にはあった方がいいですが、今日は学生が食べる昼食ですから、このままで問題ないと思います。少し大きめのパンが2個とスープ。それに塩唐揚げも大きいのが1つ付いて、たった7銅貨です。これだけの量が食べられるのですから、一般の学生はこれで十分だと思います」


 ユーゴがまともな意見を言ってくれたよ。


「う、うん・・・そうだね」


 このままでいいと言うことだよね?

 ・・・一般の学生?一般ではない学生ってどんな学生かな?あとで確認すればいいよね?


 料理人が毎日たくさんの種類を作るのは大変だから、パンとスープを組み合わせて曜日で決めるのはどうだろうか。

 フレンチトーストにはポムドゥテールのスープ。

 タルティーヌにはポティロンのスープ。

 ポテトサラダ風サンドウィッチはマイスのスープではどうだろう。


 学院は白の日から黄の日までだから、

 白の日はタルティーヌ。

 赤の日はいつもの学院のおすすめメニュ

 緑の日はフレンチトースト

 青の日は学院のおすすめメニュ

 黄の日はポムドゥテールのサンドウィッチ。


 一日置きがいいかな?

 このほうが料理人も楽だと思う・・・あれ?アンとジルベールさんとコレットさんは試験の日しか学院に行かないから、毎月赤の日になる。

 ・・・学院のおすすめメニュだよ・・・これは駄目だ。

 毎日提供して限定20食とか30食にした方がいいかも。

 ・・・ところで食堂は毎日学生が何人利用しているのかな?

 そこも調べないと駄目だよね・・・それに食堂の料理人にも作り方を覚えてもらわないと。

 夕食後に、お父様に相談しよう。



 夕食にお父様たちに試食を兼ねて食べてもらった。

 学生が7銅貨でこれだけ食べられるのなら、問題はないだろうとおっしゃってくださり、あっさりと許可が出た。

 シャル兄様は学院の食堂のセットメニュだけでは足りないから、サンドウィッチやスコーン、シャル兄様用の大きなクッキーも持参していると言っていた。

 騎士科を目指している学生は、ほぼ全員食べるものを持参しているらしい。

 もしかして、一般の学生以外とはシャル兄様のような人の事だろうか?

 今日の夕食だけでは足りないよね?


「アンの別仕立ての夕食も全部食べていいよ」


「いいのか?遠慮なくもらうぞ?」


 アンが頷くと、ソフィがお皿をシャル兄様の前に移動させていた。

 先にパンの試食をしていたから、夕食はアンだけ別な物を用意してくれていた。

 でもまったくお腹がすいていないの。

 コンスタンが、今夜のメニュだけではシャル兄様のお腹が満たされないと知っていたようだ。

 塩唐揚げが山盛りで置かれていた・・・全部食べ切ってもまだ食べられると言っているよ。

 ・・・シャル兄様のお腹は無限らしい。


 夕食後に、学食の数など疑問に思っていたことを尋ねると、交渉やその後の詳細は全てお父様がやって下さるとおっしゃった。

 アンはメニュを考えたあとは、何もしない方がいいとまで言われてしまったよ。

 街のパン屋さんと学院側の関係者と料理人に試食をしてもらって、お昼のメニュに加えるか検討してもらう。

 あとは許可が下りるのを待つだけとなった。



 昨日の試食会も無事に終わり、今日から西の畑で魔法制御の訓練を兼ねて、ラディを増やすことにしたの。

 学院でメニュの許可が出たら、フレンチトーストや、騎士団で販売するお菓子パンにもノールシュクレはかなり使う。

 多く作る分には問題ないと思うの。


 魔力を使ってラディを大きく育てる前に、桶に水を張りその水を畑に移動させる訓練もすることにしたの。

 水を浮かせることはすぐに出来たけど、細く長くすることが出来ない。

 ユーゴ達3人も交代で挑戦しているけど、細く長くはならなかった。

 制御しすぎるとお水は持ち上がらず、制御を弱めると桶の水が全部浮いて、ダバッと地面に落ちる。


 お水を減らしたり容器を変えたりと工夫して、3日目に出来たことは、カップの水を隣のカップに少しずつ細く注ぐように移動させることだけだった。

 ユーゴは、ルージュの操作は小瓶1回分ずつ液体を浮かせて移動させていたと言っていた。

 小瓶に入れる液体の量を一定にする操作に、時間がかかりそうだ。


 思うように訓練が進まないまま屋敷に戻ると、バスチアンが「エタンが冬のメニュの絵を完成させましたので、ステファニー様が値段を書き込んでいます。3日ほどで書き終える予定と伺っています。来週の緑の日からコピー作業は可能と思われます」と言っていた。

 シャル兄様にも知らせてくれると言っていたから、2人でやれば緑の日に全て終わると思う。


 毎日、一定量のお水を浮かせる訓練に励んでいたら、あっという間に3日が立ち、緑の日にはシャル兄様と護衛たちで流れ作業のようにコピーを終わらせた。

 すっかり慣れた作業にシャル兄様は「コピーは面白いな」と言って喜んでいた。

 これも魔法を使うから楽しいのかもしれない。

 制御も慣れてくると、無駄な魔力を使わなくなるから、あまり疲れなくなってきている。

 少しは腕が上がっていると思いたいけど、小瓶にお水を入れる訓練は難しい。

 「これは数をこなして、感覚を覚えるしかないです」とユーゴが言っていた。


 昨日無事にコピー作業を終えて、今日は少しのんびりしたいと思っていたら、「午後は書斎に来るようにと、アレクサンドル様がおっしゃっています」とバスチアンから連絡が来ていた。

「昨日、屋敷に見慣れぬ馬車が2台来ていました」とソフィが言っていたから、いらっしゃったお客様は学院の関係者とパン屋さんだと思う。


 昼食を済ませて書斎に行くと、お父様はソファーに座ってカフェアロンジェを飲んでいた。

 今日はお母様と一緒ではなようだ。


「アン、こちらに座りなさい」


「はい」


「何か飲むか?」


「いいえ、食事の時にナッツミルクティーを飲みましたから、今はお腹がいっぱいです」


「そうか・・・ではすぐに話を始める。昨日、学院の理事と食堂の責任者と料理人、それに街のパン屋が来た。パン屋にはある程度の話をしていたが、学院関係者とも話をして、その後ブーランジェリー・マシロ店監修の学院専用メニュの試食をしてもらった・・・小銀貨1枚と銅貨4枚でこれだけのボリュームと味が出せるのなら是非にと学院からも賛同を得た」


「よかったです」


 思わず胸の前で両手を組んでしまった。


「学院の料理人も調理方法を知りたいと言っていた。それと学院側から、寮の食堂でも出したいとの要望があり、了承した。寮費の中に食事代が含まれているから、寮に住んでいる学生たちは昼も寮に戻って昼食を摂る学生が多いからな」


「そうだったのですね。ジルベールさんとコレットさんと一緒に学院の食堂で食事をしたのですが、余分にお金を使わせてしまったかもしれません」


「前もって伝えていれば寮の昼食代は引かれないはずだ」


「そうですか。よかった」


「それと、街のパン屋では学院専用パンは店で販売をしないそうだ。学院のパンは学生が少しでも多く食べられるように、店のパンより大きくしているが、値段は店の2個売りのパンと同じだと聞いた。つまり学院のパンは利益が低い。今は街の大きなパン屋になっているが、先々代の時は街はずれの小さなパン屋だったそうだ。先代がまだ学院に通っている頃は、昼食代がなくて食堂に入ることが出来なかったらしい。自分の店の前日の売れ残りのパンを3年間かじっていたそうだ。学院を卒業して5年後にパン屋を引き継いだらしい。その後学院に卸していた大きなパン屋が高齢のため店を閉じることになり、今のパン屋が引き継いだと言っていた。その時からパンは大きくしたと聞いた。自分は食堂で昼食をとることが出来たけれど、苦労した父親の遺志を継いでいるから、今後も学院のパンの大きさを変更する予定はないが、パンを美味しくしてくれたことに感謝すると言っていた。今と同じ価格でより美味しいものが食べられる学生は幸せだとも言っていたな」


「パン屋さんの妨げにならなくて良かったです。お父様、助言を頂きありがとうございました」


「アンの創意工夫が良かったのだろう。てっきり諦めると思っていたからな」


「今回は無理かもしれないと思いました。でも無事に新しいメニュが追加できてよかったです」


「・・・そうだな。そう言えば小銀貨1枚と銅貨4枚の範囲で作るメニュができないと、カジミールが頭を痛めていた・・・今回のメニュの事はコンスタンから聞いたらしく、アンジェル様には脱帽ですと言っていたぞ」


「あっ、カジミールに頼んでいたのに、新しいメニュが思いついたことにホッとして伝えるのを忘れていました」


「アンが暴走しかけたからな」


「ううぅ・・・それは反省しています」


「今回は学ぶことが多かったと思う・・・学院の食事は料理人次第だが、遅くても冬の1の月くらいから新しいメニュが加わると思う・・・それと明日の午後からエミール殿が来る。鑑定結果が出たらしい。そして2日後にパトリック義兄上も来ると連絡が来ていた」


「パトリック伯父様が?・・・もしかして生ハムが出来たのでしょうか?」


 秋のメニュには間に合うかな?すぐに試食会の準備をしないとね。

 でもその前に薬草とお薬の鑑定結果だよ。

 もしエミール様から質問があるのならルージュに聞いてほしいと思う。

 ・・・明日はカメリアの木からルージュが出てきますように。

 次回の更新は6月12日「97、エミール様とパトリック伯父様の来訪」の予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。


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