91、上級精霊が屋敷にやって来た
屋敷に上級精霊のルージュ・カメリアが行くと、急いで先触れを出していた。
いきなり上級精霊が屋敷に現れたら、みんなが驚くからね。
身体が大きくてムキムキだとか、髪型がポニーテールで赤い花が付いているとか、ロイク似ているとか、小指がぴんと立つとか・・・いろいろとね。
心の準備は大事だよ。
アンが魔力を使いすぎたせいで、お父様が龍に乗って帰るかと心配してくれていたけど、キリーがいるからちょっと迷っていたの。
でも、ルージュがキリーに乗ると言ったことで、お父様の龍に堂々と乗れることになった。
龍に乗れると心の中で喜んだのは、キリーに内緒だよ。
お父様がアンを抱えて火龍のマァルスに乗せてくれた。
思わず大きなマァルスの後頭部や背中を観察してしまったよ。
全体が赤みを帯びた鱗で覆われていて、頭部から首の後ろまで赤い毛が少し生えている。
首の周りの鱗は少し小さくて、翼の付け根の鱗は赤身が強い・・。
「・・・綺麗な鱗」
以前ノル兄様の風龍に乗せてもらった時は、空や山など周りばかり見て喜んでいたから、龍をしっかり見ていなかったよ。
「イヴァンの火龍はフランメと言う。私のマァルスは少しやんちゃだが、フランメは火龍にしては大人しいほうだ。少し頑固なところがイヴァンによく似ている。似た者同士だな」
アンがマァルスの鱗が綺麗と言ったからか、お父様がイヴァンの話までして笑っていた。
似た者が選ばれるのなら、お父様もやんちゃと言うこと?
それにしても・・・イヴァンは穏やかな印象だったけど、頑固とは知らなかったよ。
チラッとイヴァンの方を見たら、目が合ったような気がする。
・・・お父様の話が聞こえたのかな?
しばらく飛んでいると、お父様が小さく息を吐いた。
「ルージュを見たら、皆驚くだろうな・・・間違ってもロイクと呼ばないように伝えたておいた方がよさそうだ」
「・・・そうですね」
お父様と同じように、息を吐いてしまったよ。
それから屋敷に着くまで無言になってしまった。
お父様もあの一方的な話し方に振り回されるのかと思うと、気が重いのかもしれない。
お父様に抱えられて庭に降り立つと、後ろからキリーとネージュの声が聞こえた。
「グッグワァー」
「ピッピピー」
明るい声で、ただいまと挨拶をしている。
しぶしぶルージュを乗せたていたキリーの機嫌は、直っていたようだ。
庭ではお母様とシャル兄様が待っていた。
アンの後ろの方を見て、一瞬だけ固まったような気がする。
精霊が行くと先に知らせてはいたけど・・・ムキムキの精霊を見たら驚くよね。
「ステファニー、戻った。アンをすぐに休ませてやってくれ、魔力を使い過ぎたようだ・・・アン、部屋まで歩いていけるか?」
「大丈夫です」
「おかえりなさいませ・・・アンはまた魔力を?」
お母様が心配そうに顔を覗き込んできた。
「いや、今回はグノーム様ではない」
「そうでしたの。モロー女医を呼んだ方がいいかしら?アンの顔色がよくないわ」
「医者を呼ぶほどではないと思うが、これからの事を考えると、休めるうちに休んだ方がいいだろう。上級精霊を呼び出してしまったからな・・・」
「アンが呼び出したのですか?」
「ああ・・・しばらくは屋敷が賑やかになると思う」
お父様とお母様が深刻そうに話をしていると、キリーから降りたルージュがこちらにやって来た。
「父上、おかえりなさいませ・・・えっ?ロイク?」
あっ、シャル兄様が言ってしまったよ・・・お父様は額に手を当てて、そっと後ろ振り向いていた。
シャル兄様がルージュに、ロイクと言ってしまったのは仕方ないと思うの。
だってそっくりだもの。髪と顎以外は・・・・。
「ロイクって誰かしら?」
そうなるよね。
ルージュはちょっと嫌そうにシャル兄様に聞いていた。
「し、失礼しました。人違い?・・・でした」
「あたしはルージュ・カメリア、精霊よ」
「は、はい。私はテ、テールヴィオレット辺境伯の三男、シャルルと言います。人です」
「人なのは見ればわかるわよ。シャルルね・・・そちらの貴女、カメリアの香水をつけているのね。使ってくれて嬉しいわ」
「アレクサンドル・テールヴィオレットの妻、ステファニーですわ。ようこそお越しくださいました。カメリア様の香水は好んでつけておりますの」
「ルージュと呼んでいいわよ、様もいらないから。ステファニーの使っている香水はカメリアと言っても、あたしたち三姉妹の種にミュゲを使っているのよ。この香水の組み合わせは気に入っているの。爽やかな優しい香りでしょ?」
ミュゲって茉白の家の庭に咲いていたスズランだよね?
屋敷の庭の奥の方にもあったはず。春になると咲くけど、根に弱い毒があるから素手では触れないようにと言われていたような気がする。
でも花はいい香りがするから、精霊が香水にしたのかもしれない。
「ええ、優しい素敵な香りですわ・・・えっと、三姉妹・・・?」
お母様が三姉妹と言う言葉に疑問を持ったらしい・・・ムキムキだからね。
「そうよ。あたしが長女で、次がブラン、その下がロザートルよ。その香水はアリアース王女が好きだと言ったから、贈ったのよ。それを今も同じような配合で使ってくれているなんて嬉しいわ」
「優しい香りは飽きないですもの。北の大領地の初代領主セルジュ・テールヴィオレットに輿入れをして来た、アリアース王女が生涯愛用したと言われた香水は辺境伯夫人となったものが、受け継いでいます。残念ながら現在も東の領地でしか作ることができないので、特注品として定期的に取り寄せしていますの」
「東の精霊樹にはカメリアの木がたくさんあったのよ。妹たちといろいろな香水を作っていたわ。あたしたちはいつの間にか眠りについてしまったけどね・・・でも突然魔力が注がれて、目覚めて出て来たのよ。聞けば北の精霊樹だって言うじゃない、驚いたわよ。出てこられたのは嬉しいけど、いずれ元の場所に戻りたいのよね。妹たちに会いたいじゃない」
「さ、さようでございますか・・・」
お母様の「さようでございますか」は、初めて聞いたよ。
精霊さん相手では、曖昧な返答が無難なのかもしれない。
「ところで、ロイクと言うのはどこにいるのかしら?会ってみたいわ。あたしに似ているの?」
シャル兄様はビクリとして、後ずさりしていた。
「えっと・・・ロイクは厨房にいます」
「アンジェル、厨房に案内して頂戴」
「は、はい・・・その前に厨房に知らせないと・・・みんな仕事をしている時間だかから」
「仕事?・・・そう、わかったわ。人には決まり事があるのよね」
「ルージュ、申し訳ないけどアンジェルは疲れているから、休ませたいの。ロイクのところには、明日にしていいかしら?」
「・・・アンジェルは魔力をたくさん使ったようだし・・・仕方ないわね、明日でいいわ。でもその前に、あたしの木を育て頂戴。花が咲くまで育てなくてもいいけど、木はいるのよ。夜はそこで休むことにしたの」
ルージュの差し出した掌に2つの種が乗っていた。どこから持ってきたのだろう?
「それなら庭と温室に一つずつ植えたらいいかしら?温室なら冬でも暖かいいわ・・・でもアンは大丈夫なの?」
「大丈夫です・・・お母様。厨房に行く日を明日にしていただき助かりました」
「くれぐれも無理はしないでね・・・今夜、熱が出なければいいけど」
「・・・種を育てたら、すぐに休みます」
「ええ、そうしてね」
ルージュから種を受け取り、先に庭へ向かうことにした。
庭師のジェローを呼んでもらいカメリアを植えたいと伝えると、庭の奥の姫ポムの近くに開いたところがあるから、案内してくれると言う。
姫ポムの奥の方はまだ木が数本は植えられるくらい空いた。
他にも何か植えようかと、ちょっと思ってしまったよ。
ユーゴが魔法で土を軽く掘り起こして種を植えたら、アンが魔法をかけて蕾が出るまで育てた。
一緒に来たジェローがカメリアの木をのけぞるように眺めて、それからユーゴとアンの方を見た。
「・・・アンジェル様はこんなに簡単に樹木を育てることが出来るのですね・・・羨ましい・・・魔法の前では庭師は余りにも非力です」
ジェローが、がっくりと肩を落としてしまった。
・・・うっかりしていたよ。
ジェローはアンが魔法で植物を育てていたことを知らなかったよね。
手間暇かけて育てているのに、何もしなくても魔法さえあれば勝手に育つと知って・・・落ち込んだらしい。
「あら、いいわね。今夜はここで休むわ」
ジェローとは対照的に、ルージュが満足そうに大きく育ったカメリアの木を、ポンポン叩くように触っていた。
「えっ?・・・ど、どなたでしょう?ロイクの親戚ですか?」
「あら、やだ。ここでもロイクなの?そんなに似ているのかしら。明日会うのが楽しみね。美人なの?」
「・・・ビ、ジン?」
ジェローが首を傾げている・・・美人と言う意味を考えているのだろうか?
「ジェロー・・・上級精霊のルージュ・カメリアなの。ジェローにも見えて良かったね・・・?」
「せ、精霊様!・・・しかもカメリア様の木の・・・そ、それは、ようこそおいで下さいました。東の領地ではカメリア様の木は大切にされておりました・・・おおぉ、頭上にカメリアの花が、なんとお美しい。お目にかかれて光栄でございます」
ジェローが帽子を脱いで、頭を下げていた。
「まぁ、貴方この花の良さがわかるのね。嬉しいわ」
「もちろんでございます。まさかお会いできるとは・・・息子のアランにも合わせたかったです」
「アラン?その息子と言うのはどこにいるのかしら?」
「王都でございます」
「オウト?もしかしてフェリクス・エスポワールがいるところかしら?」
「フェリクス陛下は初代国王でございます。現在の国王はユルリッシュ陛下でございます」
東の領地出身のジェローにとって、木の精霊は大切だったらしい。
「アンジェル、もう休んでいいわよ。温室とやらに種を植えるのは明日でいいわ。あたしジェローが気に入ったの。ここでおしゃべりをしてから勝手に休むから、気にしないで頂戴」
「は、はい・・・ジェローは大丈夫?」
「あと一か所、土を足して水を撒けば今日の仕事は終わりです。カメリア様とお話しできるとは・・・光栄です」
「あら、それはどこ。あたしも手伝おうかしら?ルージュって呼んで」
「ルージュ様。あちらの木の向こう側にあるローズの手入れをしますが、ルージュ様にお手伝いいただくなど、とんでもないことでございます」
「あら、気にしないで。ここにはローズもあるのね、素敵だわ」
「東の領地から苗を運んで育てました。ステファニー様がお好きなグラデーションのローズです」
「あら!グラデーションのローズですって」
「さようでございます。ルージュ様に見ていただけるとは・・・中々大きくならないローズでしたが、根気よく育てた甲斐があります」
「あのローズは気難しいから大きくするのは大変なのよ。さぁ、とっと行きましょう。早く見たいわ」
ジェローが嬉しそうにお話をしていた。
庭師にとってルージュは素晴らしい精霊らしい。東の領地出身だからなのかな?
・・・でもジェローまで精霊が見えていたとは知らなかったよ。
ローズの話にも、盛り上がっているようだからそっとしておこう。
アンはもう休むよ。
疲れた・・・今夜は熱が出ませんように。
「アン様、もうお昼です」
ソフィの声で目が覚めた。
お昼?・・・寝すぎてしまったよ。
部屋を見渡したけどネージュはいない・・・もう外に行ったようだ。
今日はルージュを厨房に連れて行くのだった。
急いで顔を拭いて、ソフィに着替えを手伝ってもらっていると、フォセットがサンドウィッチと紅茶を運んできた。
サンドウィッチを食べながら、ふと窓の方を見たらルージュが立っていた。
「えっ?・・・ルージュ?いつからいたの?」
「今来たのよ。貴女、いままで寝ていたの?お寝坊さんね。早く厨房に行くわよ」
食事をしていたのに、なぜ寝坊したことがわかったのだろう?
それよりもどこから入ってきたのかな?
ソフィがアンの後ろにやって来て、小さな声で「厨房に伝えてきます」
と言って小走りで部屋から出て行ってしまった。
ルージュが怖くて逃げたのだろう?・・・それならアンを置いていくわけがないから、違うよね?
ルージュは気にした様子もなく、窓から庭を眺めて誰かに手を振っていた。
ルージュが窓の方を見ている間に、急いでサンドイッチを食べて、紅茶を飲んだよ。
フォセットがアンの横にぴったり付いて離れない・・・見た目マッチョの精霊に戸惑っているようだ。
ソフィが急いで戻って来たよ・・・怖くて逃げたわけではなかったみたい。
「今の時間でしたら、問題ないそうです」
「わかった・・・ルージュ、今からなら大丈夫だって」
「そっ、行きましょう」
いつもならユーゴたち護衛3人とソフィにフォセットで厨房に行くけど、今回はフォセットに残ってもらったの。
ルージュは身体が大きくて、いるだけで凄い圧迫感を感じるから、行く人数を1人減らしてみたの。
なぜかフォセットがホッとした顔をしていた。
ところでソフィは上級精霊がロイクに会いに行くと、ちゃんと伝えたのかな?
詳細を伝えていないと料理人たちはとても驚くと思うの。
・・・あれ?料理人たちは精霊が見えるのかな?
見えなかったらどうしようかと思っていたら、アンの前を歩くルージュの背中に羽があるのに気が付いた。
大きな背中に小さな羽がピコピコと動いているのが面白くて、じっと見ていたらルージュが急に振り返った。
「アンジェル、まだつかないのかしら?羽を動かすも疲れるのよ。やたら広くて、不便な屋敷ね」
「そこの角を曲がったらすぐだよ。羽を動かすのを止めたら、駄目なの?」
「羽を動かさなかった、歩かなくちゃいけないじゃない」
「えっと・・・歩いてなかったの?」
「何を言っているのよ。飛んでいるに決まっているじゃない・・・ほら、足元。ちゃんと浮いているでしょう?」
ムキムキの足元はわずかに浮いていた。
羽は動かしているだけだと思っていたよ・・・だって足は歩くように動いていたもの。
昔王城にいた時はどうしていたのだろう?うちのお屋敷の何倍も広かったと思うけど・・・?
「う、うん。浮いているね・・・もう少しで着くからね」
「あら、そう・・・じゃぁ先にいってもいいわね」
「あっ・・・ルージュ」
いきなりルージュが顔を出したら、料理人たちが驚いちゃうよ。
ユーゴも驚いたのか、マクサンスに指示を出した。
「先に行って料理人に上級精霊が来たと伝えてくれ」
「はっ」
マクサンスが急いでルージュを追い越していくと、ルージュが羽を高速で動かして、マクサンスを追い越そうとしている。
「ちょっと貴方、あたしを追い越そうなんて500年早いわよ」
「そ、そんな・・・りょ、料理人たちに知らせに行くだけです」
そう言いながら小走りで進むマクサンス。それに負けまいとルージュも羽と足を急いで動かしている。
二人がほぼ同時に角を曲がったら、見えなくなってしまった。
どっちが先に着いたかわからない。
アンたちも急ぎ足で厨房に行くと、マクサンスはカジミールと話をしていた。
ロイクは鍋を片手で持ち、もう片方に手には蓋を盾のようにして構えたまま固まっていた。
ルージュは、ロイクを見て、目を細めていた。
「もしかして貴方がロイク?あたしと似ているらしいの。でも似てないわよね?」
「えっ?・・・もしかして精霊様?」
ロイクは精霊が見えるらしい。
「アンジェル様、申し訳ありません。厨房に入ったのがルージュ様と同時で・・・カジミールには伝えたのですが、ロイクには間に合いませんでした」
「う、うん・・・仕方ないよ。ルージュがマクサンスと争うとは思わなかったもの」
「聖獣や精霊は人が走ると競う習性があるのでしょうか?」
そう聞いてきたユーゴもキリーと追いかけっこしていたよね?
「キリーとルージュだけかも」
「アンジェル、ロイクは身体が大きいだけで、あたしに全く似てないわよ。髭の剃り残しはあるし、眉毛だってボーボーじゃない・・・それに口も小さすぎるわ」
ゴットン!
ロイクの小さな口が半開きになり・・・盾の代わりにしていたお鍋の蓋を落としていた。
「ルージュ、ロイクにはロイクのいいところがあるの。見た目で判断しちゃだめだよ。口が小さくたってパンはちゃんと食べられるし、眉毛がボーボーだって三つ編みが出来るほど、伸びて垂れ下がっているわけじゃないよ。普段、髪がボサボサでも帽子を被れば隠れているから、問題ないもの」
「あたし三つ編み眉毛とか、髪がボサボサとかそんな酷い事は言ってないわよ」
「あれ?・・・」
「・・・アンジェル様、明日は午後からお休みさせてください・・・髪を切ってきます」
ロイクは大きなムキムキの身体を猫背のように丸め、下を向いて話していた。
「言っておくけど、坊主はダメよ。あなたには似合わないわ。あたしのように髪を伸ばして結んだらいいのよ。あたしの花をあげる。カメリアをつける事を許すわ」
「精霊様、私は帽子を被りますから。結んだり、髪飾りをつけたりできません・・・それより私は男です・・・花の飾りはちょっと・・・」
「あら、そう残念ね・・・もうロイクを見たから、あとは自分で見て回るわ。ついてこなくていいわよ」
「ルージュ、まだ屋敷から出ないでね」
「わかってるわよ」
ルージュが去ったあと、マクサンスとジュスタンが「人は見た目ではないぞ」と、さらに追い打ちをかけるようにロイクを励まし、ユーゴはロイクの腹筋と太い腕を誉めちぎっていた。
「ルージュ様のお腹の筋肉が6つに割れていて羨ましいです。自分は4つです」
ロイクが小さな声で言ったのが聞こえてきた。
ロイクの腹筋は4つに割れているらしい・・・数が多い方がいいのかな?
一番落ち込んだのは筋肉の割れた数で負けた事で、次が三つ編み眉毛で、その次が髪のボサボサだったと言われてしまった。
アンのせいもあるらしい・・・。
予定通り明日は午後からお休みにしてあげた。
余計なことを言ってしまった・・・心の中でごめんねと言って反省したよ、ちょっとだけ。
ルージュが毎日屋敷の中を見て回ったり、庭に行ったりしているから、精霊を見ることができる護衛や侍従も随分と慣れてきたようだった。
ルージュから預かっていたカメリアの種を、温室で花が咲くまで育ておいたら「今夜は温室で寝てみるわ」と言っていた。
毎晩どちらかの木で眠っているらしい。
キリーに乗って移動することを覚えたルージュは、嫌がるキリーに「さぁ、行くわよ」と、毎日命令しては庭を飛び回っていた。
東の畑や西の畑にも行ってきたらしい。
シャル兄様や護衛たちが耕して、アンが育てた果物は魔力が豊富でよく育っていると誉められたよ。
以前 茉白の家の庭にも咲いていた赤い椿と言う名前の花は、雪がちらついても咲いていて、そして力尽きたようにポタリと落ちていく。
なんだか物悲しい花のように感じていたけど、上級精霊ルージュ・カメリアは元気いっぱいで、儚い感じは全くなかった。
元気なムキムキマッチョさんだったよ。
お母様は昼食後に、ルージュと温室でお茶を飲む約束をしたとおっしゃっていた。
「お母様、アンも昼食後に温室に行ってもいいですか?」
「もちろんいいわよ」
食事を済ませて温室に行くと、先にサロンに行っていたお母様がお茶を飲んでいた。
お母様の向かいにルージュが座っているけど、お母様はルージュの圧は気にならないのだろうか?
あれ?・・・いつもと香りが違う?
「お母様、いい香りがします」
「ルージュが作ったローズティーの香りよ。華やかな香りなのに、飲んでみると癖がなくて飲みやすいわ」
「ローズの花弁と蕾を入れたの。アンジェルも飲んでいいわよ」
「ありがとう、ルージュ」
「アンジェルにはハチミツを入れた方が飲みやすいかしら?」
ハチミツをカップに入れると、ほんのり赤い紅茶を注いでくれた。
一口飲んでみると、ローズの香りが広がり、甘いハチミツの味とよく合う。
「赤い色が綺麗、それに飲みやすい」
「真っ赤なローズを使っているの。紅茶の葉を入れないから、いつ飲んでもいいのよ。疲れた時や眠れない時には、飲んでから休むとぐっすり眠れるのよね。フェリクスが眠れないと言ってはあたしを呼んで、ローズティーを作ってくれと言っていたわ・・・」
遠くを見るような目で、あごに人差し指を当てていた。
フェリクス・・・初代国王陛下の名前だよね?・・・昔を思い出しているのかな?・・・ピンと立った小指が少し動いているよ。
「ルージュの木は王宮にあったの?」
「そうよ。そこに種を植えて、少しの間だけどあたしを住まわせていたわ。何度も呼ばれるのは面倒だったけど、かなり疲れていたようだったから、入れてあげたのよ。あたしは優しいのよ」
「うん・・・優しいね」
「フェリクスは嫌いじゃなかったの。でも・・・ある時からまったく呼ばれなくなったわ。それから陛下の子どもが国王になったと聞いたのよ。人の寿命と言うものらしいの。何だかここが重くなってしまって・・・それで東の精霊樹に帰ったのよ」
ルージュはここが重くなったと言って押さえたのは、胸だった。
精霊と人の寿命は違うと聞いている・・・陛下との別れが悲しかったのかも・・・。
長く生きていると、悲しい経験もするのだと思った。
「いやね、あなた達。そんな悲しい顔しないで頂戴。人とかかわるのは止めようかと、ちょっとは思ったりもしたけど、面白いこともたくさんあったのよ。気にしないで・・・」
「・・・そうだわ。ルージュ、アンのお店にローズのお茶を出してもいいかしら?お肌にもいいし、香りも素敵だもの。それに何より飲みやすいでしょう。せっかくバラを育てているのだから、沢山の人に飲んでもらいたいわ」
「アンも美味しいと思う。いいでしょう?」
「好きにしていいわよ」
「ルージュティーって名前にしてもいい?」
「あら!あたしの名前じゃないの。それならローズ・ルージュティーにして頂戴。ローズの精霊も喜ぶと思うわ」
「うん、いいね」
「素敵だわ」
お母様も微笑んで頷いていた。
「お店には冬から飲めるようにしようかな?ルージュ、ありがとう」
「元々綺麗なローズが咲いていたのだから、気にすることじゃないわ・・・そうそう、大切に手入れをしていたジェローにも飲ませてあげて頂戴」
「うん、明日ジェローに飲み方を教えるね。そうしたら飲みたい時に飲めるもの」
「それがいいわね・・・それじゃぁ出かけてくるわね。あらっ、やだ。忘れるところだったわ。明日でいいからカメリアの木を、実が割れて種ができるまで育てておいて頂戴ね」
あっという間にどこかに行ってしまったよ。
ルージュは優しい精霊だった・・・初代王の事が忘れられないみたいだし、それにジェローの事も気にかけていたもの。
明日は忘れないように、朝のうちにカメリアの木を成長させて実がなるようにしておかないとね。
その日の夕食に、お父様はお話があるとおっしゃったの。
食事が終わってサロンに行くと、お父様もルージュ・ローズティーを飲んでいたよ・・・お肌にいいって聞いたからかな?
「早速だが用件を伝える。惣菜パンとお菓子パンは、来月から龍騎士団の食堂で販売する事になった」
「良かったです。パンは騎士団で作るのですか?」
「そうだ、パン職人を3人雇った。来週から屋敷でコンスタンから指導を受けることになる」
「わかりました。小豆をまた収穫しておきますね」
「そうだな。ある程度、在庫は抱えておきたい・・・明日は学院だろう?試験が終わった後で構わないぞ」
「わかりました」
「アズキとヒヨコ豆の件だが、来年から従兄弟の領地で収穫する」
「お父様の従兄弟とは、アベラール・テールヴィオレット伯爵の事ですか?」
「そうだ。リシャール叔父上の妻の妹の子、リゼットの失態で、叔父は一線を退き領地の離れでおとなしく暮らしてはいるが、悪評は広がるものだ。運営がかなり厳しくなったそうだ」
「それで小豆とひよこ豆を育てるように依頼したのですね」
「自領で育てて収穫した豆は、販売先まで決まっているのだ。それなりに領地の運営資金の足しになるはずだ」
「あんこは来年の秋から季節限定ではなく、1年を通して販売できるということでしょうか?」
「可能だ・・・小麦も少し育てていると言っていたから、それも収穫を増やすように言ってある。アベラールの領地から小麦も仕入れられる」
「パンとパスタと焼きそばそしてグラタンは小麦ばかりですものね」
「コロッケパンの表面の衣も、元はパンだからな」
「そうでした。小麦や小豆がテールヴィオレット一族の役に立ってよかったです」
「アンに感謝すると言っていた。アベラールは親で苦労していたから、これで少しは楽になってくれるといいが」
「冬になったら、お店に幸運のガレット・デ・ロアを食べに来たらいいのに」
「また来たいと言っていたから、冬に予約が入るかもしれないな」
お父様はアベラール様を心配していたらしい。それに小豆とヒヨコ豆の心配もいらなくなったよ。
「あの・・・学院の試験の日ですが、もうネージュを連れていかなくてもいいですか?お昼に魔力を渡す事もなくなりましたから、しばらく様子を見たいのですが」
「アンが問題ないと思うなら、構わない」
「それでしたらキリーに乗って学院に行ってもいいですか?」
「それは無理だ。学院の制服ではキリーに乗れないぞ」
「あっ・・・そうでした・・・馬車ですね」
「馬車だな」
「・・・はい」
「そろそろ、学院の食堂も利用してもいいだろう。今の所、不審者の気配もないと報告が上がっている」
「ありがとうございます」
「金を持っていくのを忘れないようにしなさい」
「そ、そうでした・・・」
「話は以上だ、今日も早く休むようにしなさい」
「はい、おやすみなさい」
学院の往復は馬車のままだったけど、食堂を利用する許可が出たからいいとしよう。
学院の食堂で食べるのを楽しみにしていたの。
ジルベールさんやコレットさんとも一緒に食べられるよ。
今日は朝から庭に行ったの
「ルージュが、ローズのお世話をしていたジェローにも、ローズ・ルージュティー飲ませてあげてと言っていたから、飲み方を教えるね」
「ありがたいことです・・・ですがローズを勝手に使うのは・・・」
「庭のローズを使うが気になるなら、ローズを数本ジェローの家の庭に植えたらいいよ」
「す、数本・・・?ローズはとても高価なのですが・・・」
ジェローが驚いて固まってしまったよ。
「ルージュの言った事だから、遠慮はしない方がいいよ。庭の端の方にある大きく横に広がったローズを持っていったらいいかも」
「それは一番古くて立派なものです。それでしたら奥の方のまだ若いローズを頂きます」
古くて大きい木は貴重だから駄目だって・・・。
それでも、若いと言ったローズを3本渡せたからいいとしよう。
飲み方の説明とローズの木を渡せた事に満足して、そのまま温室に向かった。
ルージュはまだ眠っているかもしれないと思いつつ、魔法をかけて花が枯れて実から種が見えるまで成長させたの。
「これでいいかな?」
ルージュは種を増やして、またどこかにカメリアの木を育ててと言うのだろうか?
「もう!貴方魔法をかけすぎよ。あたしの頭の花まで種になったじゃない!」
カメリアの木からヌッとルージュ出てきた。
驚いて肩がビクッとなったよ。
恐る恐るルージュの頭を見れば、花が枯れ実も割れて種が見えていた。
・・・どうやら加減を間違えたらしい。
次回の更新は5月8日「92、お友だちとの楽しいおしゃべり」の予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。




