88、シャルルが願っていたこと
ハッとして目が覚めたら、毎朝見る自分の部屋の天井に描かれている、淡い黄緑の蔦の葉が見えた。
龍舎に行っていたのに・・・なぜ部屋で寝ている?
いつ部屋で寝たのか、思い出せない・・・。
なんだか頭が重い・・・少しくらくらする。
・・・ああ、そうだ・・・龍舎で気を失ったのか・・・。
アンがよく言っていたな。
出かけていたはずなのに、気がついたら自分の部屋の天井の模様が眼に入ってくると。
まさか自分も経験するとは思わなかった。
龍舎に通ってもう半年近く経つ・・・。
あれは春の1の月だった。
ようやく龍舎に行けようになった時に出会ったのだ。
「父上、龍舎に行って来ます」
「ああ・・・龍から近づいて来るまで、焦らずじっくり待つのだぞ」
「はい、わかっています」
10歳になり、念願の龍舎の出入許可が出た。
学院に行く前に、学院の友人二人と一緒に龍舎に向かった。
少し離れたところから見る龍たちはとても大きかった。
私は火龍に乗りたいと思っている。
私自身、火属性が1番強い・・・魔力量も兄弟の中で1番多くなるだろうと言われていた。
剣術も馬術も学院では頭一つ抜きんでた断トツの首位だ・・・学科は別だが・・・。
龍舎に通い始めて2日目の朝、奥にひと際大きな龍がいた。
火龍だ!・・・あの龍がいい。
魔力量も多そうだし、何より強そうだ。
そばに来てくれないだろうか?
魔力を受け入れてほしくて、じっと見つめて待ち続けた。
だが待っても振り向きもされず・・・当然、目すら合わない・・・。
毎日、朝と午後に通っているがあの火龍には見向きもされない。
いつも空ばかり見ているのは、誰かを乗せて飛び立ちたいのだろうか?
魔力量が多そうだからあの龍と釣り合うためには、私の魔力をもっと増やさなければならないだろう・・・。
どのように増やすか考えなければならないと思っていたら、アンが魔力増加のために畑を作りたいと言った。
父上も賛成し、家族総出ですることになった。
そこで魔法を消費すれば魔力量は増やせる。
「すぐに畑を耕したい」と言ったら、アンはとても喜んでくれた。
1日でも早く増やしたいと思っていたから、明日畑に行くことになったのは、ありがたいと思った。
さすがアンだ。話しが早くて助かる。
翌日、アンと一緒にノール本店の裏側に行くと、塀で囲まれた所の土地を耕してほしいと言う。
かなり広い・・・やれるのか?
しかも畑を耕すと言い出したアンは、姫ポムを大きくすると言って、木のたくさんある方へ行ってしまった。
・・・いや魔力を増やすと決めたのだ。一人でもやりきるしかない。
アンの護衛のユーゴに教わった方法で、土を掘り起こしては平らにならし、次に等間隔で畝と言うのを作った。
昼休憩にはスコーンと言う菓子のようなパンと肉やポムドゥテール、ウッフがたっぷりと入ったサンドウィッチが用意されていた。
頑張って働いたせいもあり、とにかく美味かった・・・あれは何度でも食べたい。
護衛のアムールも「凄く美味しいですね。弟にも食べさせたいです」と言っていた。
アムールは弟を可愛がっているからな。
午後からも頑張った。
かなり時間はかかったが、何とか終わらせることができた。気がつけば日が傾き、地面に移る自分の影が伸びていた。
「わぁ、ありがとう、明日はここに種を蒔くの」
アンがとても喜んでくれた。頑張って良かったと思った。
「明日は隣の畑をお願いね」
にっこり笑った顔のままお願いされたが・・・明日?・・・また明日もやるのか?
疲れが更にどっと出て膝から崩れ落ちそうになるのを、何とか耐えて頷いた。
午前中は学院に行かなければならない、正確には龍舎に行かなければならない。
だから明日以降の畑仕事は午後からにしてもらったが、次の日もそのまた次の日も畑を耕してと頼まれた。
だが、4日目は休ませてもらった・・・流石に疲れた。
5日目はノール本店ではなく、屋敷裏の西側にある並木道の右奥にある土地を耕すように言われた。
・・・ここはあの土地以上に広かった。
ノル兄上から魔法制御について学んだが、なかなかうまくいかない。
「魔力が強いと制御に慣れるまで時間がかかるから、焦らずにゆっくり訓練するように」
「焦らずにゆっくり」と言われたが、出来るだけ早く覚えたいと思っている。
龍が待っているのだ・・・いや、正確には龍は待っていない・・・私が受け入れてもらえるのを待っているのだ。
6日目の朝、アムールに礼を言われた。
弟のエドモンから手紙が届き、『学院でシャルル様から頂いたサンドウィッチが、とても美味しかったです。兄上はいつもこのような美味しいものを食べておられるのですか?羨ましいです』と書いてあったと。
私は学院の3年目で1組に上がった。
2年目までは2組にいたが、2組でも学科の成績は後ろの方だった。
学科も頑張って成績を上げたから、1組に滑り込めたのだ。
1組にはエドモンがいる。
アムールは学院に3年通ったと聞いている。3年間1組だったらしい。
エドモンも1年目から1組で、2年目からは上位5本の指に入る成績だった。
1年目の時に上位だった10名が王都の学院に行くから、2年目は11位の者が学年トップになるのだ。
だからエドモンも上位になった。
だが、私のように急に勉強をやりだす者も稀にいるから、油断は禁物だぞ。
ちなみに私は今、上位3本の指に入るのだ。
これは実技が抜きん出て優秀だから、そこで点数を稼いでいるわけだ。
学科だけならエドモンの方が優秀なのだ・・・そこは仕方ない。
学院の成績順位が近く、アムールの弟と言う事もあって、話す機会が増えていた。
午後から魔力増加訓練があるからすぐに帰らなければならないのに、わざと昼食を持っていった。
そしてエドモンに「所用で屋敷に戻ることになった。サンドウィッチが無駄になってしまうから、代わりに食べてほしい」と言って渡したが、アムールに知られてしまった。
「秘密だぞ」と言ったのだが、アムールにだけは伝えたらしい。
「いつか弟に食べさせたいと思っていましたから、ありがたいです。私以外には他言はしないと言っていますので、安心してください」
とても喜んで礼まで言われた。
私は・・・アムールに対して負い目を感じていたから、少しでも役に立ちたかっただけだ。
いい加減な気持ちでいたせいで・・・あの時、アンやソフィを傷つけアムールの将来まで潰してしまうところだった。
侍女見習いなのか、家庭教師なのかよくわからないが、リゼットと言う遠戚が誘拐未遂を企てたのだ。
私がもっとしっかりしていればアンの護衛やアムールに処罰はなかったはずだった。
「アムール・・・ずっと謝りたいと思っていた。私のせいで鉱山道の見回りという見習いの仕事をさせてしまった。すまなかった」
頭を下げると、アムールは慌てたように私の前で片膝をついた。
「頭を上げて下さい。シャルル様が謝ることは何もありません。1から出直そうと決めたのは私です。私が至らなかったのです。申し訳ありません」
逆に頭を下げられてしまった。
「アムールが戻って来てくれて本当によかった。またよろしく頼む」
「こちらこそ、シャルル様が私を護衛に戻してほしいと、アレクサンドル様に何度も願い出てくれたと聞いております。その気持ちが嬉しかったです。これからは間違えないように気を付けます。どうぞよろしくお願いいたします」
アムールと話が出来てよかった・・・。
心の負債が少しだけ減ったような気がして・・・今日も頑張ろうと思えた。
アムールと玄関に向かうと、今日はアンの方が先に来ていた。
後から華やかな服を着た母上までやって来た。
屋敷の東側にある丘の方に馬車で向かったが、途中で馬車から降りてここから歩くと言う。
少し歩くとアンが低木を見て言った。
「あれはオルタシアンと言うの。雨が降る時期に見ると、とても美しいらしいの」
・・・実際に見たことはないらしい。
その道は馬車が通れるほどの幅があるのに、なぜ降りたのか疑問に思った。
「今日は畑だから、ここの道を真っ直ぐ行かないで北側の道に向かうの。真っ直ぐ行くと丘に行ってしまうから」
アンがにっこり笑っている。
・・・この笑顔は、知っている。
広い土地を耕して、畑になるのが嬉しくて仕方ないと言う顔だ。
少し歩くと予想通り、とても広い土地があった・・・はるか向こうに塀が見えるが、もしかしてあそこまで耕すのだろうか?
不安は的中した・・・塀までだそうだ。
日が傾くまで魔力制御をしながら耕し続け・・・やっと終わったと思った。
「今回の畑づくりはこれでお終いなの。お疲れ様です」
アンが声をかけてきた。
「・・・遂に終わったか」
必死で畑を耕してきた・・・この1週間がとても長く感じた・・・。
達成感とともに疲れがどっと出てきた。
明日はゆっくり休めるだろうか・・・休むことばかり考えていたら、耕した畑の全てに種や苗木を植えたと、アンが言った。
ホットしたのも束の間、今度は苗に水をかけてほしいと頼まれた。
しかも制御しながら少しずつかけてほしいと・・・。
「えっー!!」
驚きで膝が抜け、両膝を地面につけたまま叫んでいた・・・。
ま、まだやるというのか?
あの龍に振り向いてもらうためだと自分にいいきかせ、必死になって土を耕してきたのに・・・今度は毎日違う畑に、水魔法で水を撒くと・・・。
ま、魔力を増やすためだ。
火龍・・・私の魔力が増えるまで、誰のところにも行かず待っていてくれと、必死に願った。
1ヶ月が経った。
魔力量が以前の2倍に増えたと思う・・・畑仕事ではあったが、1ヶ月でこれだけ増やせたのは、アンに丸投げされた膨大な広さの畑仕事・・・いや、魔力訓練のおかげだと思う。
今日も朝から龍舎に来ていた。
友人たちは午後から来ると言っていたが、待ちきれなかったのだ。
龍舎の管理人に火龍のことを聞いたら、「ラーヴ」と言う名前だと教えてくれた。
「今のところ、誰かを受け入れようとする気配すらありません」とまで親切に教えてくれる。
古参の龍で、人を受け入れなくなってかなり長く、いずれ引退して山に帰るとまで聞かせてくれた。
山に帰るなんて・・・まだ駄目だ。
私はラーヴがいい・・・どうか私を受け入れてもらえないだろうか。
龍舎の1番奥にいるラーヴに、果物を差し出してみたがこちらを見る事はない。
じっと待ってみる・・・待っても見向きもされない。
当然、他の龍が私に近寄ってくることもなかった。
午後からも友人たちとまた龍舎にやって来た。
もちろん果物を持って・・・やはり見向きもされない。
友人たちも同じく、他の龍に見向きもされていなかった。
私たちの姿は龍に見えないのだろうか?・・・そう思うほど無視されている気がする。
2ヶ月がたった。
アンたちは店のことで忙しそうにしていた。
今日は店のプレオープンと言うのに行ったから、龍舎に行くのが夕方になってしまった。
一緒に行った友人の一人は、風龍に認められ魔力を受け入れられていた。
果物もすぐ食べてくれたことに感激して涙まで浮かべている。
涙を袖口でふき、とてもうれしそうに龍の鼻ズラをなでていた。
・・・羨ましい。
羨ましいが、私は・・・やはりあの大きな「ラーヴ」がいい。
毎日、朝と午後に通っているが・・・未だ目すら合わない。
3か月がたった。
やはり目も合わせてくれない
4ヶ月が過ぎた。
毎日通っているが、相変わらず見向きもされない・・・それでも私は諦められなかった。
その頃、アンがベル兄上から送ってきた魚介類で新しい料理作っていた。
あれも美味かった。
そしてなぜか父上に呼ばれた。
執務室に行くと母上もいたが酷く疲れた顔をされていた。
龍の事で何か言われるのかと思っていたら、アンの事だった・・・いや、父上の事か・・・?
アンを守るため、グノーム様に交渉すると言った。
「アンの魔力を必要とする事が今後起きると思う。精霊は人とは違う。アンに無理を強いるのであれば、私の全魔力を対価にしてでも、アンを守る」
「父上!」
「ないとは思うが・・・万が一の時は、兄弟3人で力を合わせてステファニーとアンを守ってほしい」
「そんな・・・母上はそれでよろしいのですか?」
「シャルル・・・アンが生まれそうになった時に、どちらか一人しか守れないと女医が言ったのよ。でも、私はアンと共にこの地につながると強く願い信じたわ。アレクサンドル様とノルとベルも精霊に強く願ってくれたの。だから、精霊は私たち家族の願い叶え、アンと私の二つの命をこの地につないでくれたの。精霊はアンだけが必要だったはずなのに・・・」
「だからと言って、父上が犠牲にならなくても・・・」
あの時私は、父上に精霊樹へ行ってほしくはなかった。
アンは可愛い妹だ。大切に思っている。
それでも、父上を失うことなど考えられなかった。
・・・そうか。
あの時の父上と今の私は同じだ・・・どちらも失いたくないと思っている。
「シャルルも信じましょう。お父様が無事に帰っていらっしゃると・・・」
「精霊を・・・信じる?・・・父上、必ず無事に帰ってきてください」
「そうだな・・・そう願っている」
だがあの日、戻って来たのは気を失ったアンとアンの護衛だけだと聞いた時、頭が真っ白になった。
今にも倒れそうなユーゴと厳しい顔をしたマクサンスとジュスタン・・・龍騎士団の者も数名戻って来ていたが、母上と話を終えるとすぐに騎士団に帰ったらしい。
父上とイヴァンや他の護衛たちが戻っていない。
まさか精霊樹で・・・初めて精霊が怖いと思った。
日が沈む頃、ようやく父上が戻られたが、父上はとても疲れた顔をされていた。
最初に母上へアンの状態を確認して、一緒ホッとされたように見えたが、すぐに厳しい顔に戻っていた。
またやらなければならないことが増えたと、母上に言っていたのが聞こえた。
これからまた忙しくなるようだが、誰一人欠けることなく帰ってきてくれたことに、安堵していた。
父上はアンが目覚めてから、慌ただしく王都に向われてしまった。
5か月目に入っても、朝と昼に欠かさず龍舎へ通っていた。
相変わらずラーヴは、空ばかり見ている。
もしかして人の姿が見えないのだろうかと、疑ってしまうくらい人に興味を示さなかった。
龍舎の管理人が近くにいても、まったく気にした様子もない。
何の進展もないまま、6ケ月目になった。
「ラーヴ、今夜からメテオール祭だから果物をたくさん持って来た。食べないか?」
声をかけても、返事どころかこちらを見ることさえしない
・・・なぜ空ばかり見ているのだ?
見向きもされないのは、わかっている・・・わかっているのだ。
それでも・・・諦められない・・・。
もしこの先・・・ラーヴに選ばれなかったら、龍騎士になる事も難しいのだろうな。
龍騎士になれないのなら、どうすればいい?
・・・だめだ・・弱気になるな。諦めるな。
父上は「シャルルは必ず龍騎士になれる」と、おっしゃって下さったのだ。
「ラーヴ、また来る。果物は置いて行くから、あとで食べるといい」
見向きもされないラーヴに声を掛けて、龍舎を出た。
夜は屋敷の3階のテラスで家族揃って流星群を眺めた。
ベル兄上はいないが、久しぶりにノル兄上がいる。
優秀な兄上に学院の事を聞かれても、今はきちんと答えられると思う。
ただ・・・龍の事には触れてほしくない・・・龍に見向きもされていないと言いたくないのだ。
みんなからの視線を避けるように、無言で星を眺めていた。
・・・今頃ラーヴも流星群を見ているのだろうか?
ラーヴは、なぜ空ばかり見ているのだろう?
以前受け入れた、龍騎士が忘れられないのだろうか?
「シャル兄様?・・・幸運のお菓子を食べよう・・・好きなところを選んでいいよ」
「幸運なお菓子?」
「うん、ガレット・デ・ロアと言うお菓子で、アマンドが入っていたら一年間は幸運なの。好きなところを選んでね」
6つに切られたであろうお菓子が、テーブルに5皿も並んでいた。
既に父上たちが選んだあとだから、3ヶ所抜けている。
30切れもあったのか?
「ず、ずいぶん沢山あるな」
・・・侍従や侍女、護衛の分もあるのかもしれない。
「今日は一切れだけだよ。幸せは欲張っちゃダメなの」
「そ、そうか・・・これがいい」
いつも沢山食べるから、今日の追加はないと言いたかったのだろう。
少し悩みながらも一切れを指さすと、アンの侍女のソフィが皿に取り分けてくれた。
最後にアンも選んでいた。
侍従達や護衛たちも、交代で食べるらしい。
アンが「いただきます」と言って嬉しそうに食べ始めた。
私もその様子を見ながら、食べ始める。
アンの考えたお菓子はいつも美味い・・・。
二口目を口に入れて噛んだら、カリッと音がした.
「アマンドが入っていた!」
嬉しくてつい声を上げてしまったが、隣や正面からもカリッと音がした。
うちの家族で幸せを全部掴んでしまったのだろうか?
そう思っていたら、アンが笑って言った。
「みんな、幸運になるの」
身体が弱くてずっと寝たきりだったのに?
大叔父の親戚のリゼットに嫌がらせを受けたのに?
精霊樹に言っては魔力を奪われ、何度も気を失ったのに?
なんでそんなに、嬉しそうに・・・楽しそうに笑って・・・みんなの幸せを願う?
「そうか・・・みんな幸運か。アンも幸せになったのか?」
思わず聞いてしまった。
「うん」
アンは精霊が怖くないのだろうか?
「もう夜も遅いから、アンジェルはそろそろ休んだ方がいいわ」
母上がアンに休むようにとおっしゃった・・・でも聞いておきたいと思った。
「私も部屋に戻る、途中まで一緒に行くぞ」
そいう声をかけて腕を差し出すと、嬉しそうに頷いたアンの小さな手が私の腕に乗った。
「また、精霊樹に行くと聞いた・・・アンは怖くないのか?」
「怖い?なぜ?」
「何度も倒れているだろう?」
「倒れる事は今まで何度もあったから、慣れているのかも。それに、今生きているのは精霊さんたちのおかげだもの。茉白に会えたのもよかったと思っているよ」
「・・・そうか」
「シャル兄様も精霊が見えるようになったら、きっと好きになるよ。でもね、隠し事が出来ないの。全部見ているから」
「・・・そうか」
嬉しそうに笑うアンに「そうか」しか言えなかった。
アンの部屋の前まで送り、自室に戻ってからも考えていた。
魔力が増えても精霊がまだ見えない・・・もしかしてラーヴどころか精霊にも見放されているのだろうか?
あと一週間で秋の1の月になろうとしていた・・・もう半月か・・・。
そう思いながら龍舎に行くと、いつも奥にいるラーヴの姿がなかった。
もしかして他の誰かを受け入れたのか?
まさか・・・山に行った?
焦った私は急いで屋敷に戻り、父上の執務室に向かった。
「父上、龍舎の奥にいた火龍の姿がありませんが、どこに行ったのですか?『ラーヴ』と言う火龍です」
「・・・ラーヴ?ああ・・・あの150年以上生きていると言われている龍だな。3代前の王も乗った龍だったのだが、その王が精霊の地に渡られてから、誰も選ばなくなった。王との相性がよほど良かったのだろう・・・とても大切にされていたらしい」
「・・・そうですか」
「もし今年中に誰も選ばないのであれば引退してもらう予定でいる。龍は人よりも寿命が長いが、それでもあと30年もしくは40年人を乗せて飛ぶことは難しいかもしれぬ。今は自由にさせているから、訓練の者達について飛んで行ったのかもしれないな。まだここを離れる気がなければ龍舎に戻ってくるぞ」
「今年で引退・・・そんな・・・私は・・・私はあの龍がいいのです」
「シャルル!・・・何を勘違いしている。選ぶのは龍であってシャルルではない。そのような傲慢な気持ちでいれば、他の龍からも選ばれることは絶対ない。暫くは龍舎に行くのは止めたほうがいい」
「そんな!・・・私はあの龍が気に入っているのです!」
「シャルル・・・落ち着きなさい。暫く龍舎に行かず、冷静に考えなさい」
「父上!」
嫌だ、なぜ駄目なのだ。あの龍がいいと思っては駄目なのか?
一目見た時からずっと憧れていた。
大きくな身体に強いまなざし、空を見たまま決してこちら見る事はないが、空を見ていたのは相棒を乗せて飛びたいからだ・・・だから私はその相棒になって一緒に飛びたいのだ。
だから・・・どうか私を・・・乗せて欲しい。
気が付いたら執務室を飛び出して走っていた・・・。
「シャルル!」と呼ぶ父上の声が聞こえたような気もするが、その事を気にかけている余裕はなかった。
また龍舎の前に来てしまった。
龍舎に入ると奥にラーヴはいた。
さっきまで仲間と飛んでいたのか?・・・なのにまた空を見ているのか?
「ラーヴ・・・ラーヴは、王様が、忘れられないの、か?・・・そんなに、王様が好きだったの、か?」
走ってきたせいで、息が切れる。
額の汗を袖口で拭っているのに、ぽたぽたと落ちるものは止まらない。
「ううっ」
・・・10歳にもなって泣くなんて・・・情けない。
慌てて腕で涙をぬぐったが、涙は止まらなかった。
「何で引退なのだ!相棒と空を飛びたいのだろう!私と飛ぶのは嫌なのか!私はラーヴと一緒に飛びたい!乗せてくれよ!空に向かって一緒に飛んでくれよ!」
もう叫んでいた。
涙も鼻水も出ようと、もうなりふり構わず叫んでいた。
どうしてもあの火龍の相棒になりたい。
怒りと悲しみと悔しさの感情が入り混じって冷静になれない。
悔しくて地面に両膝をつき、片腕で目を覆っても、涙がとまらない。
手で口をふさいでも嗚咽が漏れる。
泣き続けて身体の力が少し抜けた頃、頭上から声が聞こえた。
「ない・・・」「シャ・・・」「・・たー」
「シャ・・・」「はな・・・」「ない・・・」
「えっ?」
「シャルー」「泣いたー」「泣いたー」
「泣いたー」「シャルー」「ハナタレー」
「な、泣いていない!」
「泣いたー」「シャルー」「ハナタレー」
「せ、精霊?・・・見える・・・?声も聞こえる」
精霊がたくさんいた・・・頭に花を咲かせ、飛びながらこちらを見ている。
なぜ急に見えるようになった?
・・・嬉しい。
やっと見えるようになった。そう思ったら、また泣きそうになって下を向いてしまった。
ふと、影が落ちたような気配がして、恐る恐る顔を上げるとあの大きな火龍が近づいていた。
「・・・ラ、ラーヴ・・・?」
囁くように名を呼んだ途端、私の魔力が・・・グンと持って行かれた。
ああ・・・ラーヴ・・・ついに認めてくれたのか?
歓喜に心が震え、また涙が出てきた。
私はこんなに泣き虫だったのか?
ラーヴ、やっとだ・・・やっと・・・受け入れて、もらえた。
ラーヴに手をのばしたとたん、意識が途切れた。
「目を覚ましたと聞いた。体調はどうだ?」
「ご心配おかけしました、父上。まだ少し体が重いですが、問題ないです」
「そうか・・・昨日は頑張ったようだな」
「昨日?」
「ああ、昨日龍舎で倒れてからずっと眠っていた・・・まだ寝ていた方がいい、夕食は部屋に運ぶよう伝えてある・・・ついに「ラーヴ」が受け入れたようだな、おめでとう。明日、体調が戻っていれば龍舎に行って果物を渡してきなさい。果物もきちんと食べたなら「ラーヴ」の騎士はシャルルだ。だがシャルルは更に魔力を増やす訓練をしないといけない。「ラーヴ」は魔力をかなり食う。今まで「ラーヴ」が誰も受け入れなかったのは魔力の低い者を相手に出来なかったからだと思う。だが今回、シャルルは魔力を上げる努力をした。そして何度も龍舎に通うしつこさ・・・コホン・・・熱心さに負けたのかもしれないな・・・覚悟して頑張ることだ」
「はい!父上。あの・・・急に執務室を飛び出してしまい申し訳ありませんでした」
「いきなり執務室に押しかけて来た所から反省して、今後気をつけるようにしなさい」
「あっ・・・はい・・・気を付けます。それと精霊が見えるようになりました。声も聞こえたのです」
「そうか!それは良かった」
「・・・父上。私は間違っていました」
「間違い?」
「ラーヴは空ばかり見ていたから、誰かと一緒に飛びたいのだと思っていました。もしかしたら今まで乗せていた王様が忘れられなくて、寂しい思いをしているのではないかと・・・でも違いました」
「違っていたか?」
「はい・・・ラーヴは寂しい思いはしていませんでした。空を見ていたのではなく、上にいた精霊たちを見ていたのです。精霊たちがたくさんいたのです。気を失う前の一瞬でしたが、沢山の精霊がラーヴの周りにいました」
「精霊が見えたことで、漸く分かったのだな。ラーヴは精霊が好きなようだ。いつも精霊を乗せている。頭や背、肩に腕と・・・シャルルも精霊を大切にしなければいけない」
「私は精霊が・・・見ない精霊が怖かったのです。いつもアンがつらい思いをしているのではないかと・・・でもアンは・・・」
「いつも楽しんでいるようだぞ」
「はい、そして笑っています」
「そうだな。シャルルもそのように過ごせたらいいと思うぞ」
「アンのように・・・ですか・・・?」
「いや・・・真似なくてもいい部分がたくさんある」
「ぷっ・・・そうですね」
「・・・未来のシャルル龍騎士。騎士団が待っている。前を向いて精進しなさい」
「はっ!・・・寝室で敬礼してもしまらないですが・・・」
「そうか?」
「でも、憧れの龍騎士と呼ばれるは嬉しいです」
「そうだろう?・・・私もそうだった」
◇ ◇ ◇
元々王族は魔力が高い。
初代の王は魔力が非常に多かったため、精霊が見え精霊と共に生きたと言われている。
その初代王に匹敵するほどではないが、3代前の王も魔力量が多かったと言われていた。
ラーヴが受け入れた王は、当時15歳で北の領地に視察に来ていた時だ。
成人した王族と同じつもりで魔力を受け入れたのだろうが、10歳のシャルルには負担が大きかっただろう。
シャルルも魔力量は多いが、まだ成長しきっていない子どもだ。
何がきっかけだったのかはわからないが、昨日、突然精霊が見えるようになり聞こえるようになったと言っていた。
そのこともあって、ラーヴが受け入れたのかもしれない。
執務室を飛び出していった時は、シャルルにどうにか諦めさせようと思ったが、まさかその日にラーヴが受け入れるとは・・・それにしても魔力がなくなるほど取られていたのに、よく精霊の地に渡らなかったものだ。
シャルルの魔力量はかなり増えていたとは言え、ラーヴも100年ぶりの魔力の受け入れで、加減を忘れたか・・・まぁ、シャルルのしつこさへのいやがらせの可能性もあるが・・・。
成長とともに、シャルルが更に魔力を増やせば、何とかなるだろう。
シャルルが倒れたと連絡を受け、慌てて龍舎に行けばシャルルは涙と鼻水らしきもので顔は汚れていた。
ラーヴの方に手をのばして、白目をむいていていたが、なぜかうれしそうに口角は上がっていた。
ラーヴは龍舎の管理人とシャルルの顔を見比べ、目を泳がせていたらしい。
白目をむいて倒れたシャルルを見て、驚いたのかもしれない。
少しは魔力の加減を覚えてくれればいいが・・・慣れるまではシャルルも命懸けになりそうだ。
暫くは護衛に目を離さないよう言っておかなければなるまい・・・。
ようやくシャルルの龍が決まったが・・・これで良かったのか?
いや・・・シャルルは満足しているのだ。
これ以上余計なことは考えまい・・・することが山積みなのだ。振り返る暇もないほどに
・・・アンよ、そうだろう?
次回の更新は4月17日「89、冬のメニュは前倒しで用意しよう」の予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。




