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ひ弱な辺境伯令嬢は龍騎士になりたい  ~だから精霊巫女にはなりません~  作者: のもも
第2章 ちょっと丈夫になった辺境伯令嬢のやりたい事とやるべき事

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101/102

101、シャル兄様とジルベールさんも精霊樹へ

 冬の月に入る3日前にノール本店の温室が完成し、翌日の黄の日に騎士団の厨房と販売所が完成した。


 そして今日は秋の3月の最後の日となった。

 風が冷たくなり、朝晩は暖炉の薪が燃やされるようになったけど、雪が降るのはもう少し先になると思う。


 朝食を済ませてからキリーに乗って、ネージュと一緒にノール本店に向かうの。

 フレーズとページュとオランジュ、スィトロンを温室に植えて、季節より少し早く実るように調節しておく予定だよ。


 ネージュは魔法の使っていい時と場所を覚えてくれるだろうか?

「王都に行ったら、魔法を使う場所が限定されるから、今までのようには出来ないよ」と伝えたの。

 キリーは頷きながら聞いていたけど、ネージュは「・・・ピッ」と言ったあと声を出さなかった。

 大丈夫かな?


 今日の飛行服は夜空の満月のような少し灰色かかった淡い黄色の上着を着ているの。

 オリーブグリーンの糸で、もみじのような葉の刺繡が襟の縁や袖口に施された、かなり落ち着いた色合いだ。

 中のブラウスが生成り色で、くすんだ赤色の刺繡が襟の縁にある。

 ズボンも上着と同じ色で、靴は生成り色にオリーブグリーンの紐で編み上げになっている。

 キリーとネージュの帽子は、アンのジャケットと同じ生地で、マッシュルームハットだよ。

 帽子の縁にオリーブグリーンの葉の刺繡があって、くすんだ赤色のリボンが付いている。

 リボンは右側になるように被るとソフィが言っていた。

 左右を気にしながら帽子を被せて、すぐに出発をした。


 ユーゴ達と屋敷の護衛たちと共にノール本店に向かうと、大きな建物が見えて来た。

 温室は3階建てと同じくらいの高さがありそうだった。

 木も植えたりするから、3階建てくらいの高い天井じゃないと、突き破ってしまうからかな?

 中に入ってすぐユーゴに土を耕してもらい、マクサンスとジュスタンには種を蒔いてもらった。


 ユーゴがお水を撒き終わったら、成長魔法をかけて季節より少し早めに実が成るようにする予定だよ。


「ネージュ、すぐに使うオランジュとスィトロンは実が成るまで育てるけど、ペーシュとポワールとミルティーユは木を大きく育てるだけで、実はまだ使わないからね。フレーズはネージュとキリーの今日のおやつだから、育てていいよ」


「ピピイ」


「ググゥー」


 まだ育ててもいないのに、ネージュとキリーはもう「食べる」と言った・・・食べる気満々のようだ。


「フレーズは収穫した後に、もう一度小さな蕾が出るまで魔法をかけてくれる?」


「ピッ!」


 張り切って返事をしていた。

 最初にちゃんと説明すれば大丈夫みたい。


 無事にオランジュとスィトロンの収穫を終えて、屋敷の護衛にお店の厨房へ運ぶように言った。

 ネージュとキリーが育てて収穫をしたフレーズは、アンと護衛の分もあるのか、やたら数が多い。

 ネージュとキリーの了承をもらって、みんなで食べた季節外れのフレーズは、甘くて美味しかったよ。

 ネージュは勝手に魔法をかけたりせず、アンが伝えた通りに操作をしていたから、王都に行っても大丈夫だと信じたい。

 お父様にネージュは心配ないと、報告をしておこうと思う。




 今日から騎士団の厨房でパン作りが始まり、販売所が開店する。

 冬の月に入り、冷たい風が少し強く吹いていたけど、お父様は朝食後に騎士団の様子を見に行くとおっしゃっていた。

 午後からは宝石商を呼んでいるらしい・・・お母様に宝石を買ってあげるのかな?

 お父様は北の屋敷に帰って来ても、のんびりは出来ないようだ。


 寒い中、木工職人のポランも午後からやって来た。

 組み立て式の木箱の注文をしたいと伝えていたの。

 春から販売する、ミートパイやアップルパイ、それと丸ごとアップルパイを入れるお持ち帰り用の木箱だよ。

 発注書の内容は、念の為バスチアンにも確認してもらった。


「組み立て式木箱を作るのはもう慣れました。大きさが少し変わるだけですから、何の問題もないです。期日にかなり余裕があります。余裕さえあれば大丈夫です。ありがとうございます」


 ポランはニコニコしながらお礼を言っていた。

 期日に余裕があることが、何よりも重要だったのだと思う。

 余裕と2回も言っていたもの。


 夕食の時にお母様の機嫌が凄く良かった。

 気に入った宝石があったのだと思う。

 お父様はちょっと肩を落としていたような気がするのは、買った宝石が高かったのかもしれない。

 何かの記念日でもないのに宝石商を呼んでいる?・・・もしかして王都ではお父様よりお母様の方が忙しかったのかな?

 そんなことを考えていたら、お父様が「今日からカジミールとニコラが厨房にいる」と言っていた。

 カジミールとニコラは予想通り、王都から帰ってきてすぐにパイを作っていたらしい。

 仕事が熱心過ぎたようで、お父様は王都から戻った翌日から4日間のお休みを二人に強制的に与えたと聞いた。


 王都に行ったカジミールとニコラは2度も王城に行ったらしいの。

 1度目は王城の厨房で生ハムを使ったお料理を作り、2度目はお惣菜パンとお菓子パンと揚げパンを作ったようだ。

 屋敷でアンコを作って準備もしていたのに、予想以上に人数が増えて、王都の屋敷のリシュ料理長も手伝いに加わって頑張ったらしい。


 陛下はお忙しくて、時間内にすべてを食べることが出来なかったけど、焼きそばパンをお気に召していたとお父様がおっしゃっていた。

 焼きそばパン?・・・お惣菜パンを陛下が食べたの・・・?

 陛下は焼きそばパンにかぶりついたりしないと思う。

 ナイフとフォークで食べたのかもしれない。


 王城の厨房にいる料理人は全員貴族だったから、ニコラがかなり気を遣っていたらしい。

 これから先も王城に行く機会は増えれば、二コラはもっと礼儀作法を覚えなければならないそうだ。

 ニコラは孤児院の出身で親の顔も知らない庶民だけど、勤勉でしかも一度食べた味を忘れないという才能の持ち主だ。

 腕のいい料理人になれると言ったカジミールが、その才能を認めて弟子にしている。

 王城に行けば貴族の料理人ばかりで、屋敷に料理を習いに来る見習いの中にも貴族はいる。

 料理人として一人前になり指導する立場になったとしても、庶民のままではニコラが気を遣うことになる。

 そのことでカジミールは心配をしていたらしい。

 カジミールはお父様の時間が取れたら、伝えたいことがあると言っていたらしい。




 今日も朝食は4人が揃っていた。

 久しぶりに角食パンにバターと姫ポムジャムを塗って食べたの。

 スープは赤味かかった黄色のポティロンだよ。

 寒くなるとポムドゥテールやポティロンのようなスープが美味しい。

 学院専用メニュのスープを作ってからポティロンが良く使われるようになった。

 ポティロンはお父様や兄様たちにはあまり好まれなかったようだけど、スープは問題ないらしい。

 ポティロンと言えば・・・カボチャの天ぷらと言うのが茉白の世界に合った。

 食べてみたいな。

 もしかして天ぷらもおつまみになる?

 天つゆという黒っぽい液体はないけど、塩を付けて食べてもいいらしい。

 えびや白身魚の天ぷらも美味しいかも。

 ベル兄様がまた魚介類を送ってくれたら作ってもらおう。


 ・・・ベル兄様は元気にしているかな?・・・会いたいな。


「・・・アン?」


「・・・は、はい」


「食事の手が止まっているようだけど、疲れているのかしら?」


「だ、大丈夫です」


「・・・アンは最近、熱を出さなくなって元気に過ごしていたけど、寒くなってきているから身体を冷やさないようにね」


「はい、お母様」


「アン、体調に問題がないのなら、この後シャルと一緒に執務室に来るように」


「・・・はい」


 書斎じゃないからお説教ではないよね。

 もしネージュの事なら、精霊樹に行ってもむやみに魔法を使わないように、もう一度言っておいたほうがいいかもしれない。

 ・・・でも、シャル兄様も呼ばれているよね?


「先に行っている」とおっしゃったお父様はお母様と一緒に席を立たれた。

 お父様たちはすでに食事を終えていたらしい。


「待っているから、ゆっくり食べろ」


「うん、ありがとう」


 シャル兄様が優しい。

 ゆっくりでいいと言ってくれたけど、少しだけ急いで食べたよ。



 二人で執務室に行くと、お父様だけだった。


「父上、お待たせしました」


「ああ、そこに座りなさい」


 頷いてシャル兄様と並んでソファーに座ると、机で仕事をしていたお父様もアンたちの前のソファーに座った。


「お母様はいらっしゃらないのですね?」


「サロンに行っている。ルージュとお茶をすると聞いている」


「そうでしたか」


 カメリアセロムやカメリアヌリソンのお話をするのかな?


「時間があまりないので用件を伝える。北の精霊樹に行く日だが、今週末に行くと龍騎士団に伝えた。今回はシャルも同行しなさい」


「はい!ありがとうございます!」


 シャル兄様が嬉しそうに返事をしていた。

 精霊樹に行きたいと言っていたものね。


「アンが1年間王都の学院に行くことで、私も王都に行く回数が増えるような気がする・・・ベルが北の屋敷に戻ってくるが、私が精霊樹に行けなかった場合は、ベルとシャルが龍騎士団とともに、精霊樹に行って実の確認とグノーム様にチョコレートを渡すように」


「はい。あの・・・ベル兄上は来年から龍舎に通うのですか?」


「その予定だ。龍に選ばれるには時間がかかるかもしれないが、ベルも魔力は十分ある。心配はないだろう。シャルはまだラーヴに乗ることは出来ない。精霊樹に行く時は、護衛の龍に乗せてもらいなさい。それとアンが王都に行く時も、シャルは同行するように。今まで遠出をする機会がなく、龍に乗る機会が少なかったからな。シャルも学院を卒業して、龍騎士団の研修が始まるまでの期間は王都で過ごしたらいい」


「よろしいのですか?」


「ああ、アンも以前よりは丈夫になっている、健康面に関してだけは、それほど手もかからないはずだ。いい機会だろう?」


「精霊樹と王都に行くのが楽しみです。来年から龍騎士団で訓練を受けますが、龍に乗るのが待ち遠しいと思っていました。もう遠出が出来るなんて・・・ありがとうございます。父上」


「冬の出発になるから、護衛のアムールに寒くないようしっかりと準備をするように伝えておきなさい。準備の詳細はこちらからも伝えるが、不明な点はユーゴに聞けばいいだろう」


「わかりました」


 健康面に関してだけは手がかからなくなったと言っていたよね。

 アンは凄く丈夫になったよ。それ以外でも手間はかけていないよね?

 それに、アンが王都に行くと、行く回数が増えるような気がすると言っていたよね?

 新しいメニュを作る度に王都に来て試食するのかな?

 それだと確かに王都に行く回数は増えて面倒かも。

 うーんお父様がこちらに来るのに合わせて何か作ればいいのかな?


「うーん・・・」


「アン?何を唸っているのだ?」


「あっ…いえ、大丈夫です」


「問題ないのならアンにも話をしておこう。いつも試験の一週間前にジルベール君とコレット嬢とで勉強会をしていると聞いていたが、今回は中止しなさい。訓練の2日後に冬の精霊樹へ行くのはアンの身体の負担がかかる。それにジルベール君を精霊樹に連れて行くことにした」


「ジルベールさんを?」


「これから先、ジルベール君も光魔法を使う機会が増えると思う。アンはなぜかわかるな?」


「・・・はい、精霊樹に光魔法を注ぐ事と、新たな精霊王を迎えるために光魔法が必要になるかもしれないと・・・」


「そうだ・・・これからは光属性を持つものみんなで、協力していくことになると思う。アンが一人で頑張る必要はないはずだ。テオドール第三王子やリシェンヌ王妃、それに各領地にも光魔法を持つものはいる。それにジルベール君はいずれ各精霊樹を訪れたいと希望していた。予定より先に行くのも悪くはないと思う。先日、王都から帰ると途中、ジルベール君の領地に寄って来た。ご両親からの了承も得ている」


「わかりました。それでは二人に手紙で知らせます。コレットさんには申し訳ないけど・・・勉強会はお休みすると連絡します。それと精霊樹で食べるお食の用意をしておきます。龍騎士は騎士団のパンを毎日食べていると思いますから、今回はサンドイッチにします」


「ジルベール君にはこちらからも知らせてあるが、アンからも知らせておいた方がいいだろう。あとはネージュだな・・・魔力の使っていい時と場所の事を言い聞かせておきなさい」


「ネージュは大丈夫です。いつでもどこでも勝手に魔法を使ってはいけないと伝えました。ノール本店の温室に行った時も、アンの言った事を守ってくれました」


「そうか・・・このことはジルベール君やアン、そしてシャルにも言えることだ。人前では使えない魔法もある。どのような魔法をどこで使うのか、よくよく考えて使うように」


「父上、それは光魔法以外でもですか?」


「魔法に関しては全てだ。同時に2種類の魔法を使うこともあるだろう?たとえばコピーだ。操作方法は公表をしていない。光魔法で植物を育てていることも」


「アンに関わる事ばかりですね」


「他にもあるかもしれないよ。シャル兄様」


「そうか?・・・思いつかないぞ」


 シャル兄様の首が、折れそうになるほど横に傾いていた。

 アンだけではないと思う・・・たぶん。

 悩んでいたら、お父様に話は終わったと言われてしまった。



 執務室を出て、部屋に戻るとすぐに机に向かった。

 ジルベールさんには精霊樹に一緒に行くことで勉強会が中止になり、コレットさんにもその旨の手紙をこちらから知らせることと、当日の昼食はこちらで用意することも書いた。

 コレットさんには週末に予定があるから、体力温存のため勉強会は中止してほしいという内容の手紙と、カジミールにはさっき思いついたサンドウィッチの具材についての説明を書いた。


「ソフィ、お願いがあるの」


「何でしょうか?」


 ソフィの真っ直ぐな背筋が一段と伸びた。


「この2通を学院の寮に、至急で出してくれる?こっちはカジミールに」


「わかりました」


 扉の所にいたユーゴはカジミールと言ったアンの声に反応したようだ。

 そんなキラキラした目でアンを見ても、今回は試食会をしないよ?


 昼食後にジルベールさんからもう返事が届いた・・・早い。


『アンジェルさんへ


 ご連絡をいただきありがとうございます。

 テールヴィオレット辺境伯様からも連絡を頂いておりました。

 こんなに早く精霊樹に行けると思っていませんでしたから、とても嬉しいです。

 週末が待ち遠しいです。

 また昼食のお気遣いもいただき、ありがとうございます。

 護衛ともども昼食も楽しみにしています。


 侍従の同行も特別許可を頂きました。

 侍従が涙目になりながら喜んでいます。

 精霊樹へ行ったら、可能な限り働くと言っていましたから、仕事を沢山与えてください。


 テールヴィオレット辺境伯様とアンジェルさんのお気遣いに感謝を。


                        友人のジルベールより 』


 ジルベールさんは相変わらず丁寧な手紙だった。

 侍従だけお留守番はかわいそうだから、お父様に特別許可をもらったらしい。


 コレットさんからの返事は夕方に届いた。


『アンジェルさんへ


 連絡をありがとうございます。

 私は訓練を続けるつもりでいます。


 精霊樹にはお気をつけてお出かけください。


                           コレットより 』


 短い返事だった。

 敬語でしかもつもり・・・頑張るわよって言わないの?

 コレットさんらしくない感じがした。

 急に勉強会を取りやめたから、気を悪くしたのかな?

 学院に行ったら勝手に勉強会を中止したことを謝らないと。




 今日はグー様のところに行くから飛行服を着ているの。

 また新しい飛行服になっていた。

 ソフィ曰く、先月は晩秋仕様で、今回は初冬仕様だそうだ。

 赤紫の少し厚地の生地の上下に、赤からピンクへと変わる綺麗なグラデーションで、身幅がゆったりとした腰丈の上着を着ている。

 首回りと手首と上着の縁に薄いピンク色のフワフワした毛皮が付いていた。

 薄いピンク色の靴は赤紫の紐で編み上げになっている。

 ネージュとキリーの帽子はコサック帽と言われる筒の形だ。

 アンの上着と同じ生地だからグラデーションになっていて、薄いピンク色の毛皮が付いている。

 右側に赤紫の糸で刺繡がされていた。

 ・・・なぜカメリアの花なのだろう?ルージュに何か言われたのかだろうか?

 それにしても・・・コサック帽の赤からピンクのグラデーション。

 珍しいと思ったのはアンだけだろうか?


 昨日、サロンに行ってルージュにも声をかけたの。


「ルージュも精霊樹に行こう」


「いやよ、精霊樹に行くまでが寒いじゃない。それに雪が積もる前にポリポーの薬を作ってほしいとアレクサンドルに頼まれているのよ。ポリポーはアンとジルベールで育て頂戴。コレットがいると、刻むのが楽よね」


 アンとジルベールさんとコレットさんの仕事になっていたよ。

 いつ行くのかな?

 これからジルベールさんに会うから、伝えておかないとね。

 ルージュを誘ったけど、きっぱりと断られてしまった。


 お薬はお父様が王城と各大領地に配っているから、特級薬のポリポーと上級薬のルニエヴェルトは北の領地としての保管はない。

 アンが持っている分をお父様に渡そうとしたら「ルージュがアンに渡したものだ。アンが持っていなさい」とおしゃって、受け取ってもらえなかったの。

 騎士たちの方が怪我をする確率は高いのにね。


 部屋にいたネージュと一緒に庭へ行くと、キリーが待っていた。

 ネージュの頭に乗っているコサック帽を見てから、アンが手に持っているコサック帽を見て、なんだか安心したような顔をしている。

 どんな形だろうと、どんなに派手な色だろうと、一緒と言うのが大事なのかもしれない。

 おしゃれにうるさくない聖獣でよかったと思う。


「キリー、帽子を被せるね」


「グワァ」


 嬉しそうに返事をして、頭を下げていた。


「ピィー」


 帽子を被せたら、ネージュが「いいね」と言った。

 ・・・ネージュも、一緒と言うのが大事らしい。

 そばに立っていたユーゴの口がちょっとヒクヒクしたように見えたけど見ないふりをしたよ。


「アン、そろそろ出発するようだぞ。準備はいいか?」


 上から声が聞こえたから振り向いて見上げると、シャル兄様はもう護衛のアムールの龍に乗っていた。


「うん、大丈夫」


 すぐにキリー乗って待機した。

 シャル兄様の飛行服を見るのは久しぶりだ・・・あの時以来だよ。

 あの時、シャル兄様は立派な鞍を抱えて嬉しそうにやって来た。

 キリーに乗るはずだったのに、拒まれたの。

 怒ったような、がっかりしたような顔だった。

 今思えば、シャル兄様は悲しい顔だったような気もする。

 キリーに乗って空に向かって飛びたかったのだと思う。

 今日は護衛のアムールの龍に乗せてもらっている・・・凄く嬉しそうだ。

 シャル兄様は火龍のラーヴを得たから、龍騎士の訓練が終われば、一人で龍に乗って飛んでいける。

 良かったね。

 アンも王都の学院を卒業したら、龍舎行けるといいな・・・待ち遠しい。



「ジルベール君たちは、騎士団とともに上空で合流することになっている。では出発だ!」


 お父様が右手を挙げるとイヴァンの龍が先に飛び立ち、お父様も飛びたった。次にシャル兄様の乗ったアムールの龍。

 その後ろにアンと右横にユーゴが並んで飛び、ネージュはキリーの左横に付いてきていた。

 マクサンスはネージュ側にいた。

 ジュスタンは後ろかな?

 屋敷の護衛たちも後ろから来ているはず。


 龍騎士団の練習場上空に近づくと龍たちが旋回しているのが見えた。

 近くまで行くと、ジルベールさんが手を振っていたから、アンも手を振り返した。

 すぐにジルベールさんの乗った龍が後方に下がっていく。


 はるか向こうの山の上は白い。もう雪が積もっていた。

 精霊樹のある山はまだ雪が降っていなくて少しホッとした。


 精霊樹に着くと、後方の龍たちも次々と降りて来た。

 格好いい・・・。

 飛ぶ姿もいいけど、降り立つ姿もいいよね。


「ハァ・・・いいなぁ」


「何がいいのだ?」


 驚いて肩がびくりと揺れた。

 龍に見とれて、横に来ていたお父様に気がつかなかったよ。


「龍が・・・龍が格好いいです」


「・・・そうだな。さぁ、もうキリーから降りて準備しなさい。シャルとジルベール君も一緒に祭壇に行くぞ」


「は、はい、父上」


「テールヴィオレット辺境伯様、今日はよろしくお願いします」


「ああ、難しいことはないから、緊張しなくていい」


「・・・はい」


「先ず、アンとジルベール君が精霊樹に魔力を注ぐのだが、ジルベール君はポリポーで経験していると思うが、問題はないか?」


「はい、出来ます」


「ジルベールさん、後でまた魔力を使うから、ここで無理をしないでね」


「わかりました」


 精霊樹に二人でゆっくりと魔力を注ぐ。

 ジルベールさんの光魔法はアンより少し透明だけど、うっすら金色かかった粒子がキラキラしていた。


「もういいだろう」


「「はい」」


 ・・・フゥーッ


 ジルベールさんは息を吐いた。


「失礼しました。慣れないことでやはり緊張したようです」


「始めてきた場所での操作は、誰でも緊張するものだ。だが落ち着いてやれていた。問題ない」


「あ、ありがとうございます」


「次はシャルだ。実の確認をする。昨日説明した通りにやればいい。少しでも黒いものは王都の大神殿に収める」


「はい」


 いつもお父様がやっていることを、今日はシャル兄様がやっていた。

 一定の大きさの紫の実は丁寧に籠に入れられていく。


「確認しましたが黒い色はありませんでした。濃い紫の実だけです」


「アンが魔力を注ぐようになってから、黒い実はなくなったのだが。ジルベール君の魔力も問題ないようだ・・・3人ともご苦労だった」


「精霊樹プラターヌを近くで見ることが出来て嬉しいです」


 ジルベールさんはそう言って精霊樹を見上げていた。


「・・・セ、リーヌ・・・?」


「えっ?・・・グ、グノーム様?」


 ジルベールさんは驚いていたけど、グー様だと知っていたようだ。

 ・・・でも、グー様はセリーヌって言ったよね。


「あの・・・グー様、こんにちわ。今年最後の訪れとなりました。紫の実は祭壇においています。それとチョコレートを持ってきました」


「罪な味をこちらに」


 グノーム様の伸ばした手にチョコレートの木箱を渡すと、今回も両腕でチョコを守るようにかかえていた。


「今日は息子とアンジェルの友人も来ています」


 お父様は先にシャル兄様の肩に触れて前に出るように促していた。


「初めまして、テールヴィオレット辺境伯の三男、シャルルと言います」


「シャルル・・・いつでもここに来たらいい」


「ありがとうございます」


 グノーム様は頷いたあと、すぐにジルベールさんの方を向いた。


「セリーヌではないのか・・・」


「あの・・・お初にお目にかかります。ミッテラン子爵の長男、ジルベールといいます。セリーヌは私の祖母です」


「セリーヌは来ていないのか?」


「祖母は・・・精霊の地に渡りました」


「もう、渡ってしまったのか・・・セリーヌの魔力は良かった。ジルベールの魔力はセリーヌによく似ている」


「あ、ありがとうございます」


「ジルベールはもっと魔力量を増やせる」


「は、はい・・・頑張ります」


 ジルベールさんは憧れの大精霊グー様に会えたからなのか、頬を赤くして返事をしていた。


「シャルルはまだまだ増やせる」


「はい!」


「グー様、アンも増えますか?」


「増やせ・・・そう言えば、今日はあれがいないのか?」


 アンの扱いが雑ではないだろうか?


「あれ?・・・もしかしてルージュですか?」


「・・・ああ」


「寒いから、行かないと言っていました」


「そうか」


 あからさまにホッとした顔をしたよ・・・ルージュが苦手なのだろうか?


「グー様、ベルリュンヌ様はこちらに来ましたか?」


 グー様はチョコレートを抱えたまま首を横に振った。


「雪の時は来ない」


 わかっていたけど、念のためにきいただけなの、ベルリュンヌ様の情報が欲しい。

 ・・・冬は南の精霊樹に行っているよね・・・たぶん。


「そうでした。アンは春になったら、シェーヌサクレのある王都に1年間滞在します」


「ここにも来るのだろう?」


「アンが来られない時は、シャル兄様がここに来ると思います」


「忘れずに来るなら、それでいい」


「ベルリュンヌ様に会いたのですが、王都にはいつ頃来るのでしょうか?」


「花の咲く時から、葉が枯れる前までではないか?」


 それって春から秋と言うことだろうか?・・・限定は出来ないらしい。

 お父様が王城に行った時に、テオドール第三王子から「ベルリュンヌ様にはまだ出会っていない」と聞いていた。

 夜にシェーヌサクレに行って、チョコレートを収めているようだけれど、チョコレートはどうなっているのだろう?

 月の精霊が誰もいない祭壇から、チョコだけ持って行ったとは、言いづらかったのかな?


 ぼんやりと考え事をしていたら、グー様が消えていた。

 ベルリュンヌ様は来ていないと言っていたし、もう用はないからグー様はいなくてもいいかな?


「ジルベールさん、これからネージュと一緒に果物を育てよう?」


「冬に育てるのですか?」


「ネージュと私でやるから見ていてね。あっ、ここでのことは誰にも言わないでね。ジルベールさんの護衛にも伝えておいてね。コレットさんにはいつか話せる時が来たら、私から伝えるつもりなの」


「・・・は、はい」


「コレットさんとジルベールさんはお友だちだけど、全て伝えることはできないの。ごめんね」


「精霊にかかわることは周りの人には言えないことが多いと、祖母が父によく言っていたようです。そして祖母の個人の日記にもかかれていました」


「これは精霊とは関係ないけど・・・とりあえず理解してもらえたということでいいかな?早速フレーズとペーシェを育てよう。昼食のデザートにするの」


「デザート?」と言って、驚いているジルベールさんとペーシェのところまで行くと、ネージュとキリーはフレーズのところで待機していた。


「ネージュ、フレーズだけ育ててね。」


「ピッ」


 ネージュは返事をすると、すぐにフレーズを育てた・・・早い。


「ネージュ、先に収穫してね」


「ピピイ」

「ググゥー」


「ペーシェの収穫が終わるまで、食べないで待っていて」


「ピッ」

「グワ」


 相変わらずキリーまで同じ返事をしていた。

 また籠をくわえてネージュに持っていくのかな?


「ジルベールさん、始めようか?」


「あっ・・・はい。あの・・・アンジェルさんは「ピ」と「グワ」だけでよく理解出来ますね」


「なんとなくだけど。たぶんジルベールさんも1年くらい一緒にいたらわかるかも」


「・・・絶対無理だと思います」


「そう?・・・と、とりあえず始めよう。前にポリポーに魔力を降り注いだでしょ。それと同じように木の成長を見ながらかけ続けてね」


「やってみます」


 ジルベールさんは光魔法を少しずつ木の根元にかけていた。

 慣れてくると徐々に木から離れて行き、上の方に向けて降り注いでいく。

 ペーシェは花が咲き、青い実が育って来た。


 ジルベールさんは、フッーと息を吐くと同時に魔力が止まった。


「かなり魔力を使いますね」


「実のなる木は魔力を凄く使うの。訓練になるけど、どこででも出来ないの。交代するね」


「お願いします。アンジェルさんはいつもこの練習をしているのですか?」


「うん。いつもじゃないけど、季節に数回かな?」


 魔力を一気に降り注ぐと、実が熟して甘い香りがしてきた。

 そばにいたユーゴに収穫とお昼の準備を頼んで、振り返るとジルベールさんが、ペーシェを見上げたまま、口が半分空いていた。


「ジ、ジルベールさん、お腹すいたでしょう。サンドウィッチをたくさん持って来たから食べてね。今日はいつものサンドイッチの他に、新しく厚焼き玉子サンドも作ってもらったの。まだ誰も食べてない新しいサンドウィッチだよ」


「新しい・・・そうですか・・・アリガトウ、ゴザイマス」


 ジルベールさんはお礼を言っていたけど、目は遠くを見つめたままだった。

 後ろから「厚焼き玉子?」と言う、ユーゴの声が聞こえた。

 玉子焼きは初めてだよね。

 オムレツとかスクランブルエッグとかウッフ焼きが定番だからね。

 サンドウィッチの卵サンドは茹でウッフを潰してマヨネーズで味付けだけど、今回はコンソメ味の厚焼き玉子を作ってもらったの。

 角食パンにマヨネーズとムータルトを塗ってから、厚焼き玉子を挟む。

 かなり膨らんだサンドウィッチになるから、紙に包んでおくの。

 食べる時に紙ごと半部に切ったら、そのまま手に持って食べられる。

 外で食べるには便利だよ。

 紙にアンジェル様用って書いてあるのが、ムータルト抜きだと聞いている。

 まだ辛いのは苦手だけど・・・王都に行ったら大人の味も食べられるようになっているかもしれない。


 みんなは少し辛くて美味しい厚焼き玉子サンドウィッチをゆっくり食べてね。

 次回の更新は7月17日「102、学院の試験結果とコレットさんの帰郷」の予定です。

どうぞよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
ジルベール君とアンジェルちゃんの魔力量は倍以上離れてそうだなぁ。鍛錬を頑張るべしですね。
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