102、学院の試験結果とコレットさんの帰郷
精霊樹で食べた厚焼き玉子サンドは、騎士たちにも喜ばれ騎士団の販売所で買えるようにしてほしいと要望が多かったの。
騎士団のパンは大きいから、1つのサンドウィッチにウッフが4個使われている事をお父様に伝えたら、そんなにウッフを使うなら、鶏を増やしてウッフの確保が出来てからのほうがいいとおっしゃった。
・・・早くても春の3の月以降だって。
騎士たちには我慢してもらうしかないね。
ブーランジェリー・マシロ店では、騎士団のパンの半分の大きさで販売しようと思っていたの。
それでもウッフは2個使うから、これもまだ販売は出来ない。
鶏が増えるまでは屋敷で時々作ってもらって、ユーゴ達に分けてあげようかな?
シャルダン・デ・ローズがオープンしてもうすぐ1年になる。
メニュ作りも落ち着いて、春の新商品はミートパイとアップルパイ、丸ごとアップルの3種類だけにした。
パイの絵も完成して、王都店とノール本店のコピーをシャル兄様が全部やってくれたの。
これで春のメニュ表も仕上げられるね。
メニュの絵は来春までは描く予定がないから、そろそろエタンにルージュと家族の絵を描いてもらいたいと思ったの。
お父様とお母様に相談したら、ルージュの絵はルージュとエタンの都合のいい時で構わないけど、家族の絵はベル兄様が南の領地から王都経由で帰って来た時に、王都で描いたらいいとおっしゃった。
エタンはやはり王都に連れて行くことになるようだ。
エタンに伝えたら「以前お世話になっていた孤児院にも行けますから、王都には喜んでついて行きます」と言った。
その話をエタンから義母のウラリー夫人に伝えたら「寂しくなるわね」と悲しそうに言ったらしいの。
「エタンを守るために養子にしたのであって、縛るためではない。エタンはこれからもっと学んで、自由に絵を描いてほしい。ガイヤールの屋敷はエタンの実家だ、いつでも戻って来られる」
義父のセブランさんがそう言って、笑いながらエタンの背中を押してくれたらしいの。
いつも優しく接してもらっているウラリー夫人に、悲しい思いはさせたくなかったけどセブランさんの言葉で「実家には必ず帰ってきます」と伝えて、王都に行く決心がついたらしい。
エタンはセブランさんとウラリー夫人にとても大切にされていたのがよくわかった。
せっかく王都にいてくれるなら、メニュの追加も気兼ねなく描いてもらえるから助かるよね。
今日は学院の試験日
教室に行くとジルベールさんはいつもの席で本を読んでいた。
・・・あれ?コレットさんがまだ来てないのかな?
「ジルベールさん、おはよう」
「おはようございます」
「コレットさんがまだ来ていないなんて、珍しいね」
「必ず来ると思います。王都に行くと頑張っているのですから」
「そうだよね」
いつもの席に座って本を読んでいても、入り口の扉につい目がいってしまう。
そんなことを繰り返していたら始業の鐘が鳴り、同時にコレットさんが入って来た。
すぐ後ろにメルセンヌ先生もいた。
ギリギリだったから廊下で一緒になったのかな?
コレットさんはいつものようにアンの後ろの席に着いたけど、アンやジルベールさんを見ることはなかった。
もしかして勉強会を中止した事を怒っているの?
コレットさんの事を気にしながら、本を片付けて羽ペンやインクの用意をした。
メルセンヌ先生は教室を見渡たしてから、お話しを始めた。
「今日は、王都の学院に行く上位10名が決まる最後の試験です。先月までの試験で、8位から12位までは点数の差がほとんどありません。気を抜かないようにしっかり試験を受けましょう。それと来月の試験の日が吹雪の場合は、通学している生徒に限り、別日に試験を受けることが可能です。吹雪の日に無理に学院に来ないようにしてください。遭難されは困りますからね。1組は現在、全員進級できる点数を取り続けています。このまま規定の点数以上を取るよう頑張ってください」
王都の学院に行く10名が、今日の試験で決定する。
王都行きの結論は早く出るようだ。
入学の時にそんなことを言っていただろうか?
資料をちゃんと読んでいなかったのかも。
冬の2の月の試験だと結果が出るのは3の月だから、新しく作る制服が間に合わなくなる。
12回目の最終試験は冬の3の月の2週目だから、合否の結果を待っていると、王都に行くのが馬車なら、準備期間を含めると日数が足りないかもしれない。
「ではさっそく試験を始めます。前に座っている生徒は試験問題と答案用紙を取りに来てください」
先生から試験問題と答案用紙を受け取って、アンの後ろに座っているコレットさんに渡したら、軽く会釈はしていたけど、すぐに目を逸らされてしまった。
コレットの顔色が悪い・・・どうしたのだろう?
それにしても何だか気まずいよ・・・午前の試験が終わったら勉強会を中止した事を謝ろう。
「配り終わったようですね。では始めてください」
チラッとジルベールさんを見たら、メルセンヌ先生の声と同時に試験問題を読み始めていた。
・・・試験の集中しよう、アンは今回も満点を取らないと。
答えを書き終え見直しも終わり、メルセンヌ先生に答案用紙を提出すると、いつものように先月の答案用紙が戻ってきた。
「今月も提出は一番ですね。そして先月の試験も満点です・・・アンジェルさんの順位はもう不動のようですね」
「ありがとうございます。残りの試験も満点を取り続けられるように、頑張ります」
「頑張ってください。寒いですから、風邪などひかないように気をつけて下さいね」
「ありがとうございます」
微笑むメルセンヌ先生に会釈をして教室を出て、いつものように図書室に向った
少しするとジルベールさんがやって来た。
「アンジェルさん、お待たせしました」
「お疲れ様。今回の試験で10名が決まるね」
「ここまで来たら1位2位3位と3人で独占したいです」
「うん、そうだね・・・さっき、コレットさんの顔色が悪かったように見えたの、大丈夫かな?」
「僕が教室を出る時は、コレットさんは下を向いて答えを書いていたようですから、顔色まで見ることが出来ませんでした。体調が悪いなら少し時間がかかるかもしれませんね」
「そうだね」
「コレットさんが来たら、聞いてみましょう。アンジェルさんは前回の試験も満点ですよね。僕も満点ですが、実技はギリギリの満点です」
「満点おめでとう。でもギリギリって?」
「実技は今回も満点だけどギリギリの満点だと、メルセンヌ先生に言われました。ギリギリでも、満点が取れていれば王都の学院でも上位になれるはずだとも言っていました」
「魔法の実技を担当しているデュポア先生も、ジルベールさんとコレットさんは王都の学院で上位になれるといっていたから、ギリギリ満点でも凄いということだよね?」
「・・・実技は魔力量と技術の双方が必要になりますから、満点を取れる生徒はもともと少ないと聞いたことで、安心していたのかもしれません。でも・・・精霊樹に行った時に、アンジェルさんとの圧倒的な魔力量の違いがわかりました。あまりの違いに驚き、こんなに差があるのだと、1位があまりにも遠くて」
「・・・それは」
「すみません。アンジェルさんを超えたいと思っているわけではないのです。あまりの差に、戸惑っているだけです。大精霊のグノーム様がまだ魔力量を増やせるとおっしゃいました。大丈夫です、頑張れます・・・ギリギリだとしてもなかなか取れない貴重な満点ですから」
「ジルベールさんはこれからもっと成長するから、魔力量も沢山増えるよね」
「そうだといいですね。テールヴィオレット辺境伯様くらい大きくなりたいです」
「ジルベールさんは入学の時から比べると凄く背が伸びているから、お父様くらい大きくなるかも・・・私も大きくなりたいな」
「アンジェルさん・・・テールヴィオレット辺境伯様くらい大きくなりたいのですか?女性としては大きすぎると思いますが・・・それにまた魔力が増えることに・・・」
「・・・増えるかな?」
「えっと・・・ますます差が開きます」
「フフ・・・」
「もう追いつかないと言うことだけはわかりました・・・それにしてもコレットさん、遅いですね」
いつもならコレットさんも来ている時間なのに・・・朝もギリギリの時間だった。
試験も特に難しい問題はなかったような気がするけど・・・・
「体調が悪くて集中できないのかな?」
「あの・・・コレットさんの事でちょっと気になっていたことがあるのですが」
「朝、遅れたこと?」
「それも気になりますが・・・精霊樹に行った翌日に図書室へ行ったのです・・・丁度コレットさんが図書室から出て来るところだったのですが、今日のように顔色が悪くて、僕と目が合うと『急いでいるから』と言って行ってしまって・・・」
「ジルベールさんを避けていたの?」
「わかりません・・・図書室の入り口で、今度は1組の男爵令息とすれ違いましたが、ひどく不機嫌な顔をしていました。中に入ると、1組の伯爵令嬢と子爵令嬢がいたのですが、その二人もすぐに出て行ってしまったから、その時はあまり気に留めなかったのです」
「1組の生徒が4人で勉強していたの?」
「令嬢二人は勉強している様子ではなかったです。そう言えば、すれ違った男爵令息の成績は10位で、子爵令嬢は9位だったと記憶しています。でも伯爵令嬢は10位以内に入っていないはずです」
「その人たちと成績3位のコレットさんが一緒にいたの?成績を上げるために勉強を教えてほしいと言われて、コレットさんが困っているとか?」
「コレットさんと男爵令息以外は、本や資料を持っていなかったです」
「勉強以外の事をしていたの?・・・でもその組み合わせは珍しいよね」
「そうですね・・・コレットさんのことが気になるので、僕が教室の様子を見てきます」
「私も一緒に行く」
「コレットさんと行き違いになるかもしれませんから、アンジェルさんはここで待っていてください」
「わかった、ここで待っているね」
ジルベールさんは図書室を出て行ったと思ったら、すぐに戻ってきた。
後ろから来たのは顔色の悪いコレットさんだった。
・・・元気がないように見える。
「コレットさん、体調が悪いの?」
「・・・大丈夫よ」
「図書室の扉の横で、同じクラスの令嬢二人とコレットさんが話をしていました。僕を見て、食堂の方に行ってしまいました」
「同じクラスの人?」
「・・・寮も同じよ」
「コレットさんのお友だちなら、昼食は一緒に取らなくていいの?」
「と、友だちじゃないわ」
「取り敢えずもうお昼休みですから、食堂に行きませんか?」
「・・・アンジェルさん、私、前回の実技試験も満点を取れなかったわ。また199点よ。たぶん今日の午後の実技も満点は取れないと思う・・・。今は一人でいたいの、寮に戻るから食堂には行かないわ・・・ごめんなさい」
「コレットさん!」
コレットさんが行ってしまった。
勉強会を中止したことを謝ろうと思ったけど、それさえ口にする暇がなかった。
コレットさんは実技で、満点を取れなかったことで落ち込んでいるのかな。
「アンジェルさん、先ほどいた二人は、先日図書室にいた子爵令嬢と伯爵令嬢でした。コレットさんに何か言っていたようです」
「・・・王都に行けるのは1位から10位までだけど、メルセンヌ先生は8位から12位までは点数の差がほとんどないと言っていたよね。その事に関係あるのかも」
「コレットさんは3位ですから、あの二人が何か言ったところで成績順位が下位と入れ替わる事はないと思います」
「・・・そうだよね」
考えても何の発展もない・・・諦めて二人で食堂に行った。
学院専用メニュのフレンチトーストセットを頼んで食べたけど、なんだかゆっくり味わう気持ちになれなかった。
「寮の食事にも学院専用メニュはあるのでしょう?」
「あります。3種類とも食べました。今までのおすすめメニュと交互に食べているから飽きないです。学院の評判は上々ですよ。毎回学院専用メニュだけ食べている生徒もいるようです」
「喜んでもらえているなら良かった・・・私はそろそろ教室に戻らないと」
「一緒に行きます。試験はアンジェルさんの次が僕ですから」
ジルベールさんと教室に戻ったけど、コレットさんはまだ来ていなかった。
デュポア先生に呼ばれ、教室から外に出られる扉を開けて広場に向った。
実技試験は自分の属性の中で、2つ、もしくは3つ制御しながら操作するだけだった。
水魔法は霧状にして広範囲に撒き、撒いたところを風魔法で乾かしてみる。
最後に火魔法を小さな球状にして、空に向かってポンポンポンポンポンポンと何度も打ち上げてみた。
もし球状の魔力が赤や黄色、青、緑などの複数の色が出せて、花が咲くように広がったら、花火みたいで綺麗だろうなと思った。
「火魔法の使い方が面白いです。しかも23回連続は見事です。まだ魔力に余裕はありそうですね?
「はい、大丈夫です」
「では、他に何かできますか?」
「他に、ですか?」
「なんでも結構ですから、もう一つ見せてくれますか?」
「・・・もう一つ」
ふとデュポア先生の手を見ると、用紙を抱えている左手の甲に最近切ったような小さな切り傷と古い傷があった。
光魔法で傷は治せるけど、この操作は秘密ではないよね?
「・・・先生、左手を貸していただけますか?」
デュポア先生はちょっと驚いていたけど、抱えていた紙を右に持ち替えて、左手を出して下さった。
掌に光魔法を集めて、デュポア先生の左手の甲に包むようにして治癒魔法をかけた。
魔法が小さく光って消えると、切り傷と古傷の両方が消えていた。
「驚きました・・・古傷も消せるのですね。光魔法は残念ながら今回の試験の対象外ですが、今日も合格です・・・私の好奇心だったのですが、お願いして良かった、ありがとう」
デュポア先生は満足そうに微笑んでいた。
火魔法を23回出したと数えていたらしい。
それに4つ目は好奇心で、しかも試験の対象外だったよ。
「・・・怪我を治すことが出来て良かったです。では失礼します」
デュポア先生に会釈をして教室に戻ったら、ジルベールさんと目が合ったけど、首を横に振っていた。
コレットさんはまだ来ていないらしい。
小さい声で「図書室で待っているね」と伝えたら頷いていた。
図書室で本を読んでいても、内容が頭に入ってこない・・・。
コレットさんは教室に戻ったかな?
実技試験を受ける事は出来るのだろうか?
3人で王都の学院に行こうって話したのだから・・・大丈夫だよね。
・・・待つ時間が長く感じるよ。
カツカツと急ぐ足音に振り向くとジルベールの靴音だった。
「・・・あっ、ジルベールさん」
「コレットさんは今、試験を受けています」
「よかった!実技をちゃんと受けていたのね」
「ひどく緊張をした様子でしたが、まだデュポア先生と話をしていましたから、先に戻ってきました」
「そう・・・試験が終わったらここに来るよね?」
「・・・とりあえず待ちましょう」
薬草採取をお父様に頼まれたルージュが、ジルベールさんとコレットさんも当然一緒に行くつもりでいることを伝え、薬草の本にも目を通しておこうと言うことになった。
今回もポリポーのキノコを育てるのがアンとジルベールさんで、刻むのがコレットさんの役割だとルージュが言っていたことも伝えて、なんとか時間を潰していた。
しばらくすると、試験を終えた生徒たちが本や資料を返却したり、別な本を借りたりと出入りするようになってきた。
・・・結局、コレットさんは来なかったよ。
もう帰らないとユーゴが心配する。
「ジルベールさん、そろそろ帰る時間なの」
「アンジェルさんは帰った方がいいです。僕はもう少しここで待ってみます」
「わかった。じゃぁ、先に帰るね」
「今日コレットさんが来なければ、明日話を聞いてみます」
「私も明日、学院にこようかな?」
「明日、コレットさんと話をした後に連絡します。もし何か問題があった場合は来てもらえると助かります」
「連絡を待っているね」
「必ず連絡します」
図書室を出てから、廊下の奥を見たり振り返ったりしたけど、コレットさんの姿はなかった。
前向きで、とても元気だったコレットさんが、急によそよそしくなったことが悲しかった。
屋敷に帰ってもコレットさんの事が気になっていた。
何か困っていることがあるのなら、相談してほしいと思ったけど、アンもコレットさんに言えないことがたくさんある。
言えないことがあると、本当のお友だちではないのだろうか?
そんなことをずっと考えていたら、お布団に入っても眠れなかった。
ふと気づけば、カーテンの隙間から光が差し込んでいた。
少しは眠れたようだけど、まだ眠い。
半分しか開かない瞼をこすってなんと起き上がった。
支度を終えても食欲はわかない。
ソフィアに「きちんと食べないと、倒れてしまいますよ」と言われ、渋々食堂に向った。
朝食としては少し遅い時間なのに、珍しくシャル兄様がまだ食事をしている。
「シャル兄様、おはよう」
「おはよう。今日は遅かったな」
「・・・うん。あまり食欲がないから・・・」
「ちゃんと食べないと風邪をひいてしまうぞ。今日はポムドゥテールのスープだ。身体が温まる」
「少しだけ食べる」
ソフィがポムドゥテールのスープとマシロパンと姫ポムのジャムをアンの前に置いてくれた。
スープを飲むと、なんだかホッとして力が少し抜けていった。
身体に力が入っていたのかな?
「アンは疲れているのか?顔色があまりよくないな・・・今日はゆっくり休んだ方がいい」
「学院に行くかもしれないの」
「試験は昨日終わっただろう?」
「うん、用事が出来るかもしれないから」
「どうしたのだ?点数が悪かった?いや・・・それはないよな?」
「試験は大丈夫だと思う・・・お友だちの事で・・・ちょっと気になって」
「ジルベール君とコレット嬢か?」
「・・・コレットさんのほう」
コレットさんの事を知っているシャル兄様に、勉強会を中止したことから昨日までの事を話してしまった。
「コレット嬢は何か悩んでいるのではないか?王都の学院に行きたいと思っていても、金銭的な問題で悩んでいる学生もいるからな」
「金銭的な問題?」
「それで王都の学院に行くのを諦める者もいる。でもコレット嬢は親の勧めもあって王都の学院に行くといっていたな?金銭的なことではないか・・うーん」
「やっぱり悩むよね。今日、ジルベールさんから連絡が来るはずだから、それで何かわかればいいけど」
「私にできる事があれば手伝うから、遠慮なく言えよ」
「うん、ありがとう」
それからシャル兄様は、「アンたちと一緒に薬草を採りに行くとになった」と言った。
シャル兄様とお父様がサロンでポップコーンを食べていたら、ルージュがやって来て「薬草採取はシャルルも手伝うのよ」と言った一声で決まったらしい。
お父様は「4日後に行けるように準備しておきなさい」と、おっしゃっていたらしい。
アンはまだその話を聞いていないから、夕食後にお父様から呼ばれるかも。
シャル兄様と一緒に食堂を出て歩いていると「学院の帰りに龍舎へ寄って、ラーヴに果物を渡すのだ」と嬉しそうに話している。
アンはコレットさんの事が気になって悩んでいるのに・・・堂々と龍舎に行けるシャル兄様が羨ましいと思った。
八つ当たりだってわかっているけど、ちょっと睨んでもいいよね。
シャル兄様と別れて部屋に戻ると、フォセットがやって来てジルベールさんの護衛が手紙を届けに来たと言って、封筒を渡してくれた。
急いで封を開けて読んでみると、コレットさんは今朝早く自分の屋敷に帰ったらしく、会えなかったと書いてあった。
・・・屋敷に帰った?
実技の試験がうまくいかなかったのだろうか?
それとも家族に何かあったのだろうか?
時々帰っていると聞いていたけど、今回は早く帰ったのかな?
コレットさんはいつから様子がおかしくなったのだろう?
先月の試験の日・・・アンは実技試験の後は図書室に寄らずに真っ直ぐ屋敷に帰った。
あの後何かあったのかな?
もしアンが真っ直ぐに帰らずに図書室に行っていれば、何かに気づくことが出来ただろうか?
ジルベールさんとコレットさんも真っ直ぐに帰ったのかな?
・・・ここで悩んでも何も解決しない。
急いで手紙のお礼と、来週早々にポリポーの採取があるから、改めて連絡が行くこと、会った時にコレットさんの事で話がしたいと書いた。
ジルベールさんには話していたけど、コレットさんに話していないこともある。
全て平等には出来ない・・・。
勉強会を断って、精霊樹に行ったのはアンとジルベールさんだけで・・・そのことをコレットさんには話していない。
隠すことではないけど、わざわざ言う事でもないと思ったのは間違いだったのかな?
お友だちってなんだろう?
家族と同じようになんでも話せること?・・・わからなくなった。
・・・コレットさんに手紙を書こう。
アンが自分のことを全部話せないのと同じように、コレットさんにも話せないことがあるのかもしれない。
コレットさんはいつも前向きで明るい人なのに・・・きっと何かあったのだと思う。
何か困っているのなら、アンは力になりたいと思っているよ。
だって・・・お友だちだもの。
『 親愛なるコレットさんへ
すっかり寒くなり、精霊さんの姿もあまり見かけなくなったね。
雪が降るようになると、六角帽を被った雪の精霊さんが現れるから楽しみにしているの。
試験の日はゆっくりおしゃべりできなかったから、次の日にお話ししようと思っていたの。
でも、コレットさんが屋敷に帰ったとジルベールさんから聞いたよ。
来週、薬草を採りに行くことになったの。
もし、すぐ寮に戻れるのなら、一緒に行こう。
ルージュがコレットさんに薬草を刻んでほしいと言っていたよ。
コレットさんの得意技、風魔法の風刃が活躍するね。
薬草採取が午前中に終わったら、午後からはラスクとポテトチップでお茶会をしたいね。
戒めを忘れて激流に流されよう。
たまには羽目を外してもいいと思うの。
待っているね。
友人のアンジェルより 』
ソフィにジルベールさんとルグラン男爵の屋敷に手紙を出すように頼んだ。
シャル兄様が言っていたように、夕食後サロンでお話があるとお父様がおっしゃっていた。
3の週の白の日に薬草を採取するけど、外は寒いから薬は屋敷で作るらしい
もう雪が降り始めているからね。
「今回は私も一緒だ」
そう言った、シャル兄様は嬉しそうだった。
「明日の午後は服職人が来るから、アンも応接室に来てね」
お母様も嬉しそうにおっしゃった。
アンの制服とドレス、それに飛行服も作るらしい。
「生地を選んだりデザインを考えたりするのは楽しいのよ」
目をキラキラさせていた。
「お母様、飛行服はたくさんあります」
「アンの背が少し伸びたようだから、春から着るドレスと併せて新しく作るのよ。王都に行けば王城に行く機会も増えるから、ドレスは数着作りたいわね」
お母様が「アンの身体にほんの少しお肉が付いたわね」と、小さな声でおっしゃった事は聞こえないふりをしてしまった。
「ステファニーも、先日買った宝石に合わせてドレスを新調したらいい。ステファニーも王城に行く機会が増えるから、2、3着はいるのではないか?」
「まぁ、よろしいのですか?嬉しいわ」
お父様がおっしゃった言葉にお母様が2割増しのキラキラ笑顔で答えていた。
ドレスを2、3着・・・金貨が何枚動くのだろう?
お父様は宝石商人が来た日に、クタリと肩を落としていたよう気がしたけど、もう忘れたのだろうか?
それにシャル兄様とお父様は新しい服は作らなくていいのかな?
思わずお父様とシャル兄様の顔を交互に見てしまった。
「アン、私とシャルの心配はいらない。既に採寸して注文してある」
考えていたことがなぜわかったのだろう?
「今回は私も王都に行くのだから、当然だろう」
シャル兄様に胸を張って言われてしまった・・・心配することはなかったらしい。
翌日ジルベールさんから手紙がまた届き『テールヴィオレット辺境伯様より薬草採取が3の週の白の日になると連絡を頂き、参加させて頂く返事を出しました』と書かれていた。
そしてコレットさんからはまだ返事が来ていないことも書かれていた。
アンのところには、昨日手紙を出したばかりだから、当然返事はまだ来ない。
午後から服職人が来て採寸してもらい、お母様と一緒に春のドレスと夏のドレスの生地を選んだ。
正確にはただ横にいて、お母様が「これはいいわね」と言った生地に頷いただけだったけど。
制服はデザインが決まっているから、何も考えなくて良かった。
ドレスと飛行服のデザインはお母様にお任せしたの。
面倒・・・とかではないよ・・・なんでもいいと思っていただけだよ。
お父様宛に、コレットさんから薬草採取を辞退する旨の返事とコレットさんのお父様のルグラン男爵のお詫びの手紙が一緒に届いたのが、薬草採取をする2日前だったと聞いた。
辞退の理由が体調不良と書かれていたらしい。
今回は飛行服の上からモコモコのケープを羽織って山の麓まで来た。
ルージュは大きな毛皮のマントを体にグルグルと巻き付けて、毛皮の帽子をスッポリと被っていた。
「寒すぎるわ」
そう言ってさらに風魔法で体を包んで、マクサンスの龍に乗っていた。
「あれとこれとあっちとそっちはポリポーよ」
ルージュは山の麓に着いても、龍の上から指図だけして動こうとしない。
本当に冬は苦手らしい・・・カメリアって冬の花なのにね。
ルージュに確認しながら、ルニエヴェルトはマクサンスとジュスタンがズボッ、ズボッと抜いていき、フレアロスはユーゴが風魔法でスッパリと切っていった。
ポリポーはアンとジルベールさんがそれぞれ2つずつ育てて大きなキノコにした。
キノコは風刃ポリポー切りで落とした。
コレットさんの究極技だから、見せたかったよ。
外では薬を作らないから、薬草を採取するたびにシャル兄様が次々と保存魔法をかけ、屋敷の護衛が木箱に詰めていく。
それぞれ採取、魔法、運搬と役割を決めていたから、それほど時間がかからずに作業をおえることが出来た。
「この雪の時に採取だなんて、拷問だわ」
ルージュがブツブツと文句を言い、寒さに震えながら毛皮のマントに顔を埋めていた。
ルージュの機嫌がこれ以上悪くならないうちに、急いで屋敷に戻らないとね。
この後はお薬を作ってもらうから、ローズ・ルージュティーとポップコーンを用意してもらっているの。
好きなものを食べると元気になるよ。
・・・きっとコレットさんも元気になるよね。
「ジルベールさん、お疲れ様。2日後、吹雪にならなければコレットさんの屋敷に一緒に行こう。ラスクとポテトチップとローズ・ルージュティーを沢山持って、ルグラン男爵のお屋敷で食べよう。3人で戒めを忘れて思い切り激流に乗ろう。コレットさんへのお手紙にお茶会のお誘いをしたのに、アンには返事が来てないの・・・だから押しかけるの・・お友だちだもの」
「戒めを忘れて激流に乗る・・・そ、それは参加以外の選択肢はないです。それに僕もコレットさんから返事をもらっていないですから・・・一緒に押しかけるしかないようです」
「うん!そうだよね」
いつも『ひ弱な辺境伯令嬢』を読んでいただきありがとうございます。
第2章はあと2話で終わる予定です。(あくまでも予定です。3話になったらごめんなさい・・・)
その後第3章へと続きます。
1章と2章はそれぞれ25話程度の予定だったのですが、想定以上に長くなってしまいました。
それでもこのような稚拙な文書を読み続けて下さった読者様に心より感謝申し上げます。
どうぞ、引き続きよろしくお願いいたします。
次回の更新は7月24日「103、ルグラン男爵のお屋敷に行こう」の予定です。




