007
家に入ってテーブルに着き、「そういや、お前そのべっぴんさんは誰だ?」というあまりにも今更な発言を受けてマリィちゃんを紹介したり、ダレルの「いかにサンティが可愛いか」という話にウンザリしたりしながら、俺たちはゆっくりと時間を過ごす。畑の収穫を冷やかし程度に手伝ったり、俺とダレルのいい男エピソード対決をしてみたり(結果は0勝0敗10引き分けだった)、馬鹿みたいなことを話して、馬鹿みたいなことを笑い合って、マリィちゃんとサンティが寝静まったころ、俺はダレルと二人で、奴の部屋にいた。
「にしても、本当にでかくなったなぁ。5年前はミジンコみてぇなサイズだったと思ったが」
「5年前の俺は何者なんだよ!? ったく、そっちは本当に変わらねぇな」
差し出されたグラスに琥珀が満たされ、それをあおって俺は呟く。久しぶりの喉を焼く感覚に、思わずため息が出る。
そう。ダレルは変わってない。見た目も、今日会ってから今この瞬間までも、俺が覚えているままだ。でも、もし本当にそうだったなら、俺は今ここにいない。
「……あとどのくらいだ?」
グラスに視線を落としたままの俺の言葉に、ダレルもグビッと酒をあおり、美味そうにプハーッと息を漏らして、そして答える。
「……正確には言えねぇが、まああと1年くらいだろうな」
「……そうか」
俺は再び、酒をあおる。それ以外の言葉が出ない。色んな気持ちがない交ぜになって、形になること無くただため息としてこぼれるだけだ。
そんな沈黙を破ったのは、予想外にして予想通りの来客。
「随分と辛気くさいのね。男同士の昔話なら放っておこうと思ったけど、そんな顔でお酒を飲むなら、私みたいな花が必要でしょ?」
「マリィちゃん……」
「おいドネット、このお嬢さんは……」
「いいんだ」
ダレルの言葉を、俺は手をかざして止める。そう、マリィちゃんはよそ者じゃない。
「マリィちゃんはいいんだよ。何せ、俺があまりにいい男だから、俺と一緒に『借りを返してくれる』みたいだからさ」
「いい男だからじゃなく、相棒だから、だけどね」
ふんわりと笑って、マリィちゃんは自分で持ってきたグラスに、目の前の瓶から琥珀を注ぐと、軽く香りを楽しんでから、一口喉に流し込む。
「……いいのか?」
真剣な顔で、ダレルが問う。だが、笑って答える俺の言葉は、もう大分前から決まっている。
「ああ。あんたのことは、あと1年なんて言うなら隠すことも無いだろ? それに……俺のことも、問題ない。マリィちゃんならね」
「そうか。お前がいいなら、俺もいい」
緊張を緩めて、酒をあおるダレル。ダンッとグラスをテーブルにおいたところで、マリィちゃんが改めて口を開いた。
「話がまとまったなら、聞いてもいいかしら? あと1年って、どういうこと? 怪我をしているようには見えないし、病気? あるいは呪いとか、そう言うたぐいかしら?」
「そう言うのとは違うな。まあ、見せた方が早いか」
そう言うと、ダレルは近くの引き出しから小さなナイフを取り出すと、それを使って左手の人差し指をすぱっと切り落とし、慌てるマリィちゃんに、その断面を見せる。
「何を……って、これ、機械? まさか、機械人!?」
「いや、違う。機械人はれっきとした魔物だ。体は技術の産物だが、動かしてるのは魔術だ。奴らは魔力が切れたら人型を維持することすらできない。魔術の力で、がらくたをそれっぽい形につなぎ合わせて動かしているだけだからな。
俺は……人間だ」
そう言って、ダレルは指をくっつけると、治療薬スプレーを一拭きする。ただそれだけで、切断された指は綺麗に治り、まるで何事も無かったかのように動かしてみせる。
それは、普通のことではない。普通の人間に同じ事をしたら、治療薬スプレーでは、せいぜい表面の皮膚がくっつくくらいで、指の機能まで完全に治ることなどない。
そして、機械人なら治療薬自体が効かない。つまり、ダレルはそのどちらでもないか……あるいは、例外ということになる。
「つっても、別に深い理由とか、悲しい過去があるとかじゃねぇんだ。そういうのがあれば、俺のいい男エピソードの筆頭に加えるんだがな」
酒で喉を潤し、笑うダレルに悲壮感のようなものは微塵も無い。
「単純な話さ。俺は死にたくなかった。病気とかじゃねぇ。寿命で死ぬのが嫌だったって、我が儘でどうしようもない、だがごく普通の理由だ。死にたくねぇから、体を少しずつ機械に置き換えていって、気づいたら全身機械になってた。ただそれだけの話さ」
「全身を機械に……? え、そんなことできるの? というか、何でそんなことを? 魔術を使えば、不老化はともかく遅老化はできるでしょ? 機械なんて不確かなものにするより、回復魔法が作用する生身の肉体を維持した方が、よっぽど長生き出来る確率が高いと思うけど?」
そう。それが普通の考えだ。今の時代、人間の体を代替するような高度な機械は、メンテはまだしも修理はほぼ不可能だし、そんなものをいくつも用意出来る金やコネがあるなら、それこそ首から下を切り落として、回復魔法で健康な体を再生する方がよっぽど楽だ。
「それもまた、簡単な話さ。俺が機械の体になった頃は、まだ魔術が……正確には、魔法という力そのものが、この世界には無かったんだよ」
マリィちゃんの目が驚愕に見開かれる。まさかそんな、と口を押さえる様を肴に酒をあおり、ダレルの言葉が続く。
「『大変遷』……俺はその前の時代の人間だ」
大変遷……1000年前、かつて技術しか無かったこの世界に、突如魔法の力が吹き荒れた、世界を書き換える大事件。
それまで絶対であったはずの物理法則を上書きする魔術の法則と、それによって生み出された異形の存在。それらは最初技術によって押さえられていたが、形勢は徐々に逆転する。
理由は簡単。魔術を動かす魔力は時間経過で回復するが、技術を生かすためには資源が必要だったからだ。誰でも使える強力な爆弾はたやすく魔物を吹き飛ばすが、使えばそれで終わり。新たに作るには資源も時間も必要になる。
だが、魔術を用いた魔法は、詠唱の手間こそあれ個人の力のみで発動でき、消費した魔力も放っておくだけで回復する。魔力を吹き出していた「空の大穴」を早期に塞ぐことが出来れば形勢逆転もあり得たが、そもそも魔術によって生み出されたであろう穴を塞ぐには、同じ魔術による干渉が必要不可欠であり、やっと魔術をある程度解析して穴を塞いだ時には、文明の7割が消失していた。
既に世界に満ちてしまった魔法の力を枯渇させる方法など思いつかないし、そこにいたる頃には魔術もまた人の命を支えるために必要不可欠な存在となっていたため、それを消し去るという考えそのものが無くなっていた。
その後1000年かけて、世界は復興する。技術の保全そのものはある程度出来ていたが、崩壊しかけた世界において、資源を消費しない魔術の使い勝手の良さが前面に出て、技術は徐々に衰退していく。所々の知識が断絶し、それ故に高度な機械が作れなくなり、だが魔術によって補填され……それを繰り返し、ちぐはぐな技術と万能な魔術が広がったのが、今のこの世界というわけだ。




