008
「『大変遷』前の生き残りねぇ……個人的には酔っ払いの与太話として流してしまいたいけど」
「そうはいかないんでしょうね」と笑って、マリィちゃんが酒を飲む。その目には戸惑いの色が濃いが、疑いの色は無い。馬鹿なことをと切って捨てれば、この話はここで終わるしかないからだ。
でも、マリィちゃんは聞いてくれる。だからダレルも話を続ける。
「ああ、当然1000年もずっと生活してたわけじゃねーぞ。この建物の地下がな、病院というか研究所というか、そういう感じになってんだよ。『大変遷』が起きたとき、俺はちょうど代替脳の保守……あー、整備とか調整とかか? をしてて、それが終わったところだったんだ。で、安全のために24時間はスリープモードでセルフチェック……ええい、ちゃんと動くかどうか眠りながら調べてたんだが、その途中で電気……魔力じゃない動力の供給が切れちまって、そのまま寝続けてたってとこだな。
で、理由はわからねぇが、何故か施設の電力がちょっとだけ回復して、そのおかげでセルフチェックが終わって俺が目覚めたのが、大体50年くらい前か。あの時は焦ったぜ。電力切れで部屋は暗いしドアは開かねぇし、やっと外に這い出たらそもそも町が無くなってたからな」
ハッハッと苦笑いしながら、ダレルも酒を飲む。コップが空になったのを見て、俺が注いでやった。今のところ、俺の出番は無いしな。いい男は、つまらない自己顕示欲で出しゃばったりしないもんだ。
「とりあえず、概要はわかったわ。じゃあ、本題の貴方が時々止まるっていうのは、その電力? とかいうエネルギーが切れかけてるってこと? それとも、体の機械が劣化して壊れかけてるとか?」
「体の劣化の方だな。魔力と電力の変換は、すぐにどうにかなった。というか、普通に町でそういう機械を売ってたからな。技術が完全に死んでないのと、単一の動力に頼り切って痛い目をみたからだろうが、コイツは本気で助かった。
だが、寝てただけとはいえ、1000年の経年劣化は流石にどうしようもない。地下の設備で整備するにも結構な魔力がいるから、騙し騙しやってきたんだが、そろそろどうしようもねぇ。換えの部品なんて今の世界じゃ作りようがねぇし、仮に遺跡から発掘されたとしても、劣化を最大限保護してくれる機械のなかにいた俺の体より状態のいい部品なんてあるわけがねぇ。
一応、空から星が落っこちてくるくらいの可能性として、完全な状態の機械の情報を記録した自動組立機か物質複製機があれば、新品を調達して置き換えることはできるが……まあ無理だろうしな」
そう言って自虐的に笑うダレルの言葉に、マリィちゃんも俺も、困った顔で同意するしかない。何をどうやっても絶対に実現できない、なんてことは世の中にはそれほど多くないが、現実的に可能ではないことは、大量にある。今回もまた、そう言う事情だ。解決する手段が、全く思いつかない。相棒を使ったとしても、作れるのは銃弾だけだ。どう誤魔化したって、人体を構成する機械なんて作れやしない。
「あら? じゃあDDに言った「借りを返せ」っていうのは、結局どういう意味なの?」
当然、マリィちゃんの疑問がそこに至る。でも、俺には予想が付く。付き合いが長いから。このクソ親父のことを理解してるから。解りたくも無いことも、解ってしまう。
「それこそまさに、単純の極みだぜ。おいクソ餓鬼。俺を殺せ」
まるで何でも無いことみたいに、ちょっと酒場に繰り出してくるぜ、みたいな気軽な口調で、ダレルがそう俺に言った。予想通りの言葉を、俺に言った。
「……ごめんなさい。何故そうなるのか理解できないんだけど……?」
「何度も言ってるが、俺は全身機械だ。だから、『動かなくなること』と『死ぬこと』は違うんだよ。体が動かなくなっても、目が見えなくなっても、耳が聞こえなくなっても、俺は死なない。代替脳には非常用のバッテリーが……まあとにかく、首から上どころか、頭が3分の2くらいになってすら、俺は簡単には死なねぇんだよ。
でも、『死なない』ことと『生きてる』ことも違う。何も出来ない真っ暗闇で、意識だけがずーっとあり続けるとか、そんなの嫌だろ? いくら俺がナイスダンディだからって、美女に囲まれる妄想だけで何十年かを乗り切るのはなぁ」
肩をすくめて、おどけて言う。だが、俺もマリィちゃんも笑えない。ダレルに訪れる未来にも、それを防ぐためにしなければならないことにも。
「なあ、俺に使ったアレは駄目なのか?」
久しぶりに口を開いた俺の言葉に、ダレルが眉をひそめて考える。
「うーん。アレが万全に動くなら、一応可能性は残せるが……アレを動かし続けるのは、馬鹿みたいに魔力を食うぞ? お前を助けられたのも、たまたま市長とやったポーカーで大勝ちしたからだしな」
「へ? 俺が助かったのって、そんな理由なの?」
明かされた驚愕の事実に、俺は思わず間抜けな声をあげてしまう。そりゃ、自分の命がポーカーの結果だったと言われたら、誰だってそうだろう。
「おうよ。気合いや根性で機械が動くわけないだろ? お前を助けるのに町の一等地に豪邸が建つくらいは使ったんだから、感謝しろよ」
「それは……え、ありがとう?」
「お、おぅ。素直に感謝されると、それはそれでアレだな……」
今までそこに全く考えが至らなかった俺が素直に礼を言い、それを受けたダレルが居心地悪そうにモジモジする。中年親父にそんなことをされてもキモいだけだが、それはここでは口にしない。
そして、そんな俺たちを見て、マリィちゃんが頭を抱えて口を出す。
「えーと、また良くわからない事になってるんだけど、とりあえず本筋に話を戻すなら、要はお金があればダレルさんを助けられるってことなの? それなら、昼間見たあの武器……何とかダンディ? を売ったら何とかならない?」
「ああ、そりゃ無理だ。ダンゲル・ダンディは発動体が俺の腕そのものだからな。自分の腕を切り落としてコイツを移植するってなら使えるが、まともな取引相手はそんなことしやしないし、それを実行するような取引相手だと、後が怖い。
金があっても俺が元に戻るまでかなり時間がかかるし、その間は大金を持ったサンティ一人になる。襲ってくれって言ってるようなもんだ」
その言葉は、間違いなく正しい。護衛をつけるにしたって、大金を持つ子供を年単位で守るなんて依頼が、問題なく達成されると信じられるほど、俺たちの頭はお花畑じゃない。
最も穏便な解決法としては、俺自身が一発当ててダレルに金を貸すってところだが……期限が1年を切っているとなると、ギャンブルで大勝ちする、相棒を売り払う、犯罪に手を染める……まともな手段がない。
「わかったか? なら、コイツを手に取れ」
どうにも出来ない事実はある。考えたって無理だとわかっていても、考えずにはいられない俺に対して、ダレルがそれを、そっと机の上に置いた。
中折れ式の、シングルバレルのデリンジャー。艶の無い真っ黒な銃身に、俺の瞳は吸い付けられる。
「『第1の巨人』。かつて俺がお前を撃った銃。そして、今度はお前が俺を撃つ銃だ」




