006
その後も、馬車の旅は順調に進んでいた。ゴブリンが2度ほど出たが、そもそも馬車には護衛がついているし、そのうえで俺たちがいるんだから、その程度は何の問題も無い。問題があるとすれば、馬車を降りた後だ。
ダレルの家は、小さな町の郊外にある。ちょっとした大きさの農場があり、そこで畑を耕して生活している……というのが俺の記憶にある情報だが、サンティに聞いてみても同じだったので、おそらく変わってないんだろう。
「てことは、相変わらず魔物よけも設置してないのか?」
停留所で馬車を降り、ダレルの家へと歩きながら聞く俺に、先導して歩くサンティが振り返って答える。
「うん。あれ維持するのにそこそこお金かかるし、ゴブリンはどうしようもないけど、ペアルラビットみたいな食べられる魔物なら、むしろ来てくれたら夕食のおかずが一品増えるしね」
旅の間で徐々に崩れてきたサンティの言葉に、俺は「変わってねぇなぁ」と笑う。魔物よけは触れるとビリッとくる程度から、方向感覚を狂わせて入れないようにする、幻影を映して見えなくする、物理的・魔術的干渉を一定まで完全無効化するなんていう鉄壁なものまであるが、導入にも維持にも効果に見合ったコストがかかるので、個人の畑だと特に何もしないという人も少なくはない。
とはいえ、郊外で魔物との距離が近いなら多少の対策はするものだが、まああのクソ親父ならさもありなんだろう。
と、そんな話をしている間に、さっそくゴブリンが道の脇から出てきて……
「凍てつくモノ 凍えるモノ 輝き、閃き、敵を貫け! 『アイシクル ランス』」
サンティの流れるような詠唱によって生み出された氷の槍が、瞬く間にゴブリンを貫く。目の前の1匹をいきなり殺され、続こうとしていた2匹は慌てて踵を返して逃げていった。
「お見事」
「へへーん」
笑顔で拍手を送るマリィちゃんに、得意げに笑うサンティ。そう、彼女は魔法が使えたのだ。いかに街道沿いとはいえ、こんな子供を一人で行かせるなんて……という懸念は、完全に吹っ切れた。この辺の治安を考えれば、ゴブリンを蹴散らせるなら町まで行って馬車に乗るくらいは、何の問題も無い。
どうしようもなくて苦肉の策で送り出された「冒険」ではなく、この程度なら大丈夫だろうと判断された上での「お使い」だったことは、俺にとって大きな安心をもたらした。
まあ、だからこそこうしてそれほど急ぐわけでもなく、ダレルの家へと向かっている訳ではあるが。
ちなみに、サンティは掃除人登録をしていないので、ゴブリンを倒しても金にはならないし、俺たちも自分で倒したわけじゃないから、死体には近づくことすらせずそのまま放置した。放っておけば逃げていった2匹が戻ってきて、綺麗に「お片付け」してくれることだろう。
しばらくして、目的地が見えてくる。1階建ての、四角くて平べったい建物。家と言われると違和感がある作りだが、「人が住んでれば家だろ」と住人が主張しているんだから、別に問題は無い。
家の前には季節の実りを称えた畑が広がり、そこにいるのは、身長160センチ程の……もう30センチも背が低かったら、誰が見てもドワーフだと言われるような、筋骨隆々の髭親父。
「なぁマリィちゃん。何で俺の知り合いって、髭とかマッチョとかが多いんだろう?」
「知らないわよそんなこと」
もっと綺麗なお姉さんと知り合いたい俺の魂の呟きに、心底どうでもいい感じでマリィちゃんが答える。そして、そんな俺たちを置き去りにして、小さな人影が偽ドワーフへと突進する。
「パパー!」
「おお、我が太陽! よく帰ったな!」
飛びついてきた愛娘を抱き留め、抱き上げ、クルクルとその場で回る。
「大丈夫か? 怪我してないか? どこかの変態に触られたりしてないか?」
「大丈夫だし、怪我もしてないよ! 触られ……は、まあしたけど」
「ハァァ!? おい、クソ餓鬼! 今すぐここに来て仰向けになれ! その腐った腸詰めを踏みつぶしてやる!」
「えぇ……5年ぶりに会った最初の一声がそれなのかよ。てか、別に変なことはしてねぇよ!?」
サンティの、嘘では無いが微妙な言葉に目をつり上げたダレルに、俺は慌てて否定の言葉を返す。
「本当かサンティ? ドネットの奴に何をされたんだ?」
「うーんと、『突然抱かれ』て、『回され』たよ。ドネットの奴『変態』だし」
そう言って、サンティの口がニヤリと笑う。明らかに「解ってる」言い回しだ。というか、これ絶対マリィちゃんのせいだ。随分仲良くなってたけど、一体どんな話をしていたんだろうか……
そんなサンティの言葉を聞いて、「なっ!?」とか「がっ!?」とか言いながらその場で固まっていたダレルが、不意にサンティを地面に下ろすと、俺に向かって歩いてくる。目は血走り、歯を食いしばり、胸の前で両手を……って、ヤバ!?
「武装具現化・ダンゲル・ダンディ」
光の粒子がダレルの両手を覆い、いぶし銀の如き鈍い輝きを放つ篭手が現れる。そのまま腕を振りかぶり、助走をつけて……
「歯ぁ食いしばれぇ!」
「馬鹿かクソ親父!」
恥も外聞も無い全力回避で横っ飛びした俺の脇を、ダレルの拳が吹き抜けていく。それはそのまま地面に当たると、30センチほどのへこみができる。人間が食らったら、どう考えても即死する感じの威力だ。
「避けるんじゃねぇ! クソ餓鬼が!」
「避けるに決まってるだろ! ばっ!? やめ! うぉぉ!?」
ブンブン振り回される即死の拳を、俺は必死に回避し続ける。視界の端にはらはら1割、どきどき9割くらいのサンティの顔やら、「男って馬鹿ねぇ」とでも言いたげなマリィちゃんの顔がちらちら映るが、どちらも助けてくれそうに無いうえに、そっちに気を取られると俺の命が取られてしまう。
避ける。避ける。ひたすら避ける。相棒で閃光弾でも作れば動きは止められるだろうが、流石にこんなことには使えないし、かといって実弾で攻撃は流石に無いし、近接格闘特化の筋肉達磨を銃床で殴ったところで、こっちの手を痛めるだけだろう。となれば……
「いい加減にしろ! サンティに怒られるぞ!」
「な、何っ!?」
俺の言葉に、ダレルの動きがぴたりと止まる。
「そ、そうなのか!? 怒っているのか?」
「えーっと……」
ダレルにしがみつかれ、戸惑うサンティに俺は必死に手をすりあわせ、拝み倒す。これで「そんなことないよ」とか言われたら、本気でこの親父を止める手段が思いつかない。
「うん。ほら、地面が穴だらけになったら歩きにくくなっちゃうし、間違って畑の方を荒らしちゃったら大変でしょ? 二人とも仲良くしなきゃ駄目だよ?」
「ぐぅぅ……わかった……」
意気消沈し武装を解除したダレルに、俺はほっと胸をなで下ろし、サンティに感謝の視線を送る。元はと言えばサンティが面白がって変なことを言ったからではあるが、こういう時に女の子を責めても、いいことは何も無い。いい男には寛容さが必須なのだ。
「ほら、ぼさっとしてないで全員家に入れ。それと……良く戻ったな、クソ餓鬼」
短い足でズンズン歩き、背を向けたまま言われたその言葉に、俺は苦笑を浮かべて、こう返した。
「ああ、ただいま。クソ親父」




