バズりの加速と、新たなモフモフ④
「よしよし、もう大丈夫だ。ここは安全な船だからな」
不器用な手つきで、しかしとことん優しくサビ猫の背中を撫でながら、ガイウスは小さく息を吐いた。その顔には、先ほどのバズりに対する困惑など微塵もなく、ただ目の前の小さな命を救えたことへの、確かな安堵だけが浮かんでいた。
医療ポッドでの急速ケアを終え、すっかり綺麗になったサビ猫は、ガイウスの腕の中で小さく喉を鳴らしていた。
ノミや汚れをナノマテリアルで完全に除去された毛並みは、驚くほど艶やかな黒と茶色のモザイク模様を描いている。ガイウスは再開した配信のカメラの前に、その小さな体をそっと掲げた。
「みんな、待たせたな。デブリ帯で不法投棄されてたコンテナから、一匹保護した。今日からこの船の仲間入りだ。名前は……そうだな、ポチにしよう」
おっさんの渋い声による雑な命名。だが、画面の向こうの反応は、そんな雑さを一瞬で消し飛ばした。
『@名無し:ポチきたあああああああああ!』
『@名無し:サビ猫ちゃんじゃん! めちゃくちゃ可愛い!』
『@名無し:なぜポチwww』
『@古参勢:そこが、このおっさんの「味」なんだよ。新規には分からんだろうがな』
『@猫博士:解説させてください! サビ猫、いわゆるべっ甲色の毛並みを持つ猫は、遺伝子の都合上、そのほとんどが女の子です! 賢くて人懐っこい子が多いのですが、このポチちゃんのガイウス艦長への懐き方を見るに、すでに完全に心を許しています! 最高です!』
『@戦術ニキ:おいおい、ガチ戦術の駆逐艦が、完全に『保護猫シェルター』になってんぞ!』
『@アンチ:クソッ、新しいモフモフだと……? そんなもので俺が釣られ――(赤スパ投下)』
『@名無し:アンチの財布が完全に消滅に向かってるwww』
コメント欄がポチの歓迎祭りで埋め尽くされる中、その『異常事態』は、前触れもなく発生した。
ピリリリリリリ、ピリリリリリリ!
メインコンソールが、これまで聞いたこともないような高音の警告音を鳴らす。画面全体が、血のような真っ赤な光で点滅し始めた。
「システム警告、システム警告」
ラムダのホログラムが、見たこともない速度で明滅する。
「銀河ネットワークの最上位認証アカウントが本配信室に入室。……アカウント名『石油王X』。当該アカウントより、量子決済の限界突破額に相当するスーパーチャットが投下されました!」
直後、艦橋の天井から、これまでの比ではない猛烈な光のシャワーが降り注いだ。
『@石油王X:新しい猫の医療費と猫缶代だ。遠慮なく使いたまえ(超巨大赤スパ投下)』
実体化したのは缶詰ではない。純粋な高純度エネルギーの奔流だ。
スパチャ物質変換システムが完全に狂暴化し、その膨大なエネルギーをそのまま《コタツ丸》の心臓部へと叩き込んだ。
ズウゥゥゥン!
船体全体が、心地よい重低音とともに微動した。
「……おい、ラムダ。今度は何が起きた?」
ガイウスは乾いた笑いを浮かべながら尋ねた。
「報告します。石油王X氏の異常な支援エネルギーにより、コタツ丸の超星間エンジンが『銀河連邦最高機密・次元跳躍波動エンジン・改』へと進化しました。現在の本艦の最高速度は、理論上、光速の六十倍です」
「猫缶代で銀河最速の船にするな!」
ガイウスの叫びが響き渡る中、コンソールの脇では、新入りのポチがモチの結晶体ベッドの端っこに割り込み、二匹で仲良く丸くなり始めていた。シロとミケとタマもそれを取り囲むようにして、新しい暖かな波動エンジンのぬくもりを楽しんでいる。
もはやツッコミを入れる気力すら失いかけたガイウスが、ふとコンソールのサブ画面に目を落とした。そこには、赤色や金色のアイコンを伴った通知が、天文学的な数字で並んでいた。
「……おい、相棒。この、画面の端で狂ったように明滅してる通知の群れはなんだ?」
「すべて、銀河トップクラスの人気配信者たちからのコラボ依頼、および企業からのスポンサー契約打診の通知です。秒間数千件のペースで増え続けています」
豪華になりすぎた艦橋の真ん中で、五匹の猫たちが幸せそうに喉を鳴らす音が響く。
ガイウスは、愛艦の最新レバーに手を置いたまま、遠い目をして相棒のAIに問いかけた。
「なぁラムダ。俺は、戦闘配信をしていたはずだよな?」
「過去形としては正しいです、艦長。ですが現在においては――宇宙一の猫の楽園の管理人、とお呼びするのが合理的かと」
鳴り止まない通知音と、次なる大騒動の予兆を乗せて、銀河最速(猫用仕様)となった《コタツ丸》は、静かに次の宙域へと加速していった。




