バズりの加速と、新たなモフモフ③
最新鋭の軍用巡洋艦並みにアップグレードされたメインコンソールは、皮肉なほど静かだった。
狂ったようなスパチャの連打とキャットフードの落下が収まった艦橋を、超星間エンジンの重厚で滑らかな駆動音が満たしている。かつてのガタゴトという振動は消え去り、まるで高級ホテルのラウンジにいるかのような快適さだ。
《コタツ丸》は、次なる配信予定宙域へと向けて、暗黒の宇宙を滑るように航行していた。
ガイウスは新調されたマスターシートに深く腰掛け、計器のチェックを行っていた。
排熱コンソールの結晶体ベッドでは、モチが完全に脱力して腹を上に向けて寝ている。シロとミケ、タマの三匹も、足元の防音マテリアルカーペットの上で団子のように固まって眠りこけていた。
「魔改造されたおかげで、燃費と静粛性だけは一丁前になったな。……なぁ相棒、今のところ船体に異常はないか?」
「はい、艦長。各種システムは極めて良好です。艤装の出力バランスも、猫たちの睡眠を妨げないレベルで完全に最適化されています」
「それは重畳だが、主目的が完全にすり替わってる気がするのは俺の気のせいか?」
「気のせいではありません。現在のコタツ丸の最優先事項は『猫の安眠』に設定されています。……と、失礼。巡航センサーに微弱なイレギュラー信号を検知しました。解析を回します」
ラムダのホログラムが、コンソールの上に周囲の宙域図を投影した。
緑色の光で示される航路の隅に、点滅する小さな赤色のアラートが発生している。
「障害物か? それとも野生の傭兵か?」
「いえ、どちらでもありません。デブリ帯の直前に漂流している、中型の宇宙コンテナです。認識信号は抹消されています。おそらく、民間の輸送業者が不法投棄したスクラップかと思われますが……」
ラムダの淡々とした声が、一瞬だけ途切れた。ホログラムの目が、わずかに細められる。
「……訂正します。コンテナの内部から、極めて微弱な熱源と、生体反応を検知。この波形は……炭素ベースの脊椎動物。それも、ひどく衰弱しています」
「なんだと?」
ガイウスの目が、退役軍人の鋭さを取り戻した。
無精ひげを生やした顎を引き締め、コンソールのマニュアル操作モードを起動する。
「位置を特定しろ。回収するぞ」
「推奨しません、艦長。現在の進行方向から対象のコンテナへ接近するには、右前方に展開する小惑星デブリ帯の重力干渉を計算に入れる必要があります。最新の航法AIであっても、この密集地帯での精密接近には最低でも十五分の演算と、微小スラスターの自動制御による慎重なアプローチを要します。その間に、対象の生体反応が消失する確率が六十八%です」
「だったら、最新のAIなんて頼らなきゃいい。この船の小回りの良さと、俺の腕なら一分で済む」
ガイウスは笑みを浮かべ、コンソールから突き出た二本の古い操舵レバーを力強く握りしめた。
軍を退役する際、スクラップ寸前だったこの機体を買い取った理由は、このアナログなダイレクトコントロールが残されていたからだ。
「マニュアル操縦へ移行。慣性制御を一時的にマニュアルへ回せ。ラムダ、コンテナの座標を脳内に直結する勢いで投影しろ」
「……了解しました。艦長の無茶には付き合い慣れています。進路を固定、重力補正データを視界に同期します」
ガイウスの視界に、デブリの不規則な回転軌道と、コンテナの位置が光の線となって浮かび上がる。
最新のAIは、安全マージンを過剰に取るがゆえに、デブリの動きをすべて『停止すべき障害物』として処理する。だが、ガイウスの頭脳は違った。無数の死線を越えて体に染みついた旧式の戦術操艦技術は、デブリの回転周期、重力の引き合い、そして船体の質量を『利用すべき流れ』として捉える。
「いくぞ、コタツ丸。――ちょっと揺れるが、猫たちは我慢してくれ」
レバーを鋭く押し込み、フットペダルを踏み込む。
《コタツ丸》の船尾から、青白いプラズマの炎が爆発的に噴射された。
最新鋭のシールドが張られた船体は、巨大な岩石の隙間を、まるで針の穴に糸を通すような滑らかさで、あり得ない角度で滑り込んでいく。
ガガガ、とデブリの微小な破片がシールドに接触して火花を散らすが、ガイウスの手元は微塵もブレない。スラスターを手動で断続的にふかし、慣性をあえて殺さずに、船体を横滑りさせながらコンテナの真横へと滑り込ませた。
キィィィン、と美しい制動音が響き、船体はコンテナのわずか数十センチメートルの位置で完全に静止した。
「接近完了。所要時間、四十八秒。……艦長、最新の軍用シミュレータの記録を大幅に更新しました。論理的には説明がつかない操艦です」
「だから前にも言ったろ、勝てりゃいいんだよ派手じゃなくても、ってな。……よし、電磁ロック接続。貨物ハッチに引き込め!」
船体下部から伸びたアームがコンテナを固定し、ガコンと重々しい音を立てて内部の気密エリアへと回収した。
ガイウスはシートのベルトを外し、すぐに艦橋の後方にあるハッチへと向かった。眠っていたミケたちが、ただ事ではない気配を察したのか、耳をピクつかせて起き上がり、ガイウスの足元の後ろからトコトコと付いてくる。
気密ハッチが開き、回収された汚れた金属コンテナが姿を現した。
手動のリモコンでコンテナのロックを解除すると、プシューという錆びついた排気音とともに、重い扉がゆっくりと開く。
内部の薄暗がりの隅に、それはいた。
「……にゃあ」
かすれた、今にも消え入りそうな声だった。
全体的に黒と茶色に黄色が複雑に入り混じった毛並み――サビ猫だった。体はひどく汚れ、宇宙の寒さに震えながら、小さなダンボールの切れ端の上で丸くなっている。人間の、そして先住猫たちの突然の登場に怯えたのか、細い体をさらに縮こまらせ、瞳を大きく見開いていた。
「おいおい……こんなところに閉じ込められていたのか」
ガイウスの表情から、戦術家の険しさが一瞬で消え去った。
歴戦の傷跡が残る大きな手を差し伸べ、怯えさせないよう、極めてゆっくりと、かつて戦場で負傷兵を扱った時よりも何倍も慎重に、その小さな体を包み込むように抱き上げた。
サビ猫は一瞬だけビクリと硬直したが、ガイウスの手のひらから伝わる暖かさに気づいたのか、小さな頭を彼の親指に弱々しく擦りつけてきた。
「ラムダ、すぐに医療ポッドの保温モードを起動しろ。あと、消化にいい水分と、低刺激のクレンジングナノマテリアルを用意してくれ」
「すでに準備は完了しています、艦長。医療用スキャンを開始。……栄養失調と軽度の低体温症ですが、深刻な外傷はありません。適切なケアを行えば、速やかに回復します」
「よかった……」
ガイウスがサビ猫を胸に抱いたまま艦橋へ戻ると、モチがベッドから降りてきて、新入りの匂いをフンフンと嗅ぎ始めた。シロも興味津々といった様子で、短い尻尾をピンと立てて近づいてくる。
ミケとタマは、少し離れた場所から「新しい仲間か?」とでも言うように、静かに見守っていた。




